高揚しすぎて
ぎゅぅ、と抱き締められて、ユリはそっとヴェルディーゼを見上げようとする。
しかし、それを拒否するかのように、ヴェルディーゼはより強くユリを抱き締めた。
「あるじさ――」
「大丈夫。……急にこんなことして、心配したよね。違うんだよ……ただ、その……嫉妬してたのもそうだし、これまでもどかしかったから……ようやくちゃんと、ユリと向き合えるって思ったら、つい」
「……それなら、いいですけど。そんな……顔を隠すようなことして、わかりやすいにもほどがありますよ」
顔を見ることができないまま、ユリは見透かすようにそう言った。
ヴェルディーゼはそれに少しの沈黙を返すと、ユリの頭頂部に頭を預けながら言う。
「今は、ダメ。……かつてないほどだらしない顔してるから、見ないで……」
「えっ見たいです見せて見る見る見る見る絶対見る!!」
「あっ、だ、ダメだってば! 暴れないで!」
「むぐぐぐぐぐ……! ……ぐぅぅ。動けない……はぁ、しょうがないですね……何でそんなだらしない顔してるんです? この状況……じゃないですよね、順番がおかしいや……うーん、私と向き合えるから?」
ユリがどうしてだらしない顔をしているのかと訊ねてみると、ヴェルディーゼは再び沈黙し、答えを返してはくれなかった。
ユリは、そのことに不満を持ってなるべく強めに頭突きをかましていると、ふとヴェルディーゼが溜息を吐く。
そして、渋々といった様子で、ヴェルディーゼはユリの質問に答える。
「ユリが……ユリがあまりにも、結婚式は素敵なものなんだって言うから……心底、そう思ってる顔をするから……僕も、そう思い始めて……それで……その。……ユリに惚れたあの瞬間くらい……ユリが、僕と同じところに……ふふっ、僕に落ちてくれた瞬間くらい、高揚してる。……こんな顔、見せられないよ」
「見たぁい……」
「……実は今、高揚しすぎて力の加減があんまりできてない。油断すると絞め殺しそう。なのに危機感が無くて僕もどうしたらいいかわかんない」
「主様になら別にいいですけど……いややっぱ離れ離れになりたくないのでダメです」
「可愛いこと言わないで、絞め殺しそう」
ヴェルディーゼのあまりにも不穏な発言に、ユリは頬を引き攣らせた。
だが、ユリではどうにもできないので、大人しくヴェルディーゼを刺激しないように動かず、喋らないようにする。
このままヴェルディーゼが落ち着くのを待つ作戦である。
「急に静かになってどうしたの? 可愛いね。受け入れてくれるってこと? 絞め殺……興奮しすぎてわけのわからないこと口走ってる気がする。落ち着かないと……僕はユリのことを殺したいわけじゃ……ない、よ?」
「……」
少し濁した言い方をするヴェルディーゼに、ユリは肩を震わせた。
本当に殺したいわけではなくても、怖がらせたいとか、死に顔を見たいとか、そんな恐ろしい考えくらいは過っていそうだ。
高揚しすぎていてヴェルディーゼがおかしくなっているので、ユリはじっとじっと時間が過ぎるのを待つ。
じっと、じぃっと、ヴェルディーゼを刺激しないようにしながら、ユリは静かにヴェルディーゼが落ち着くのを我慢強く待った。
凄く待って、そして――
◇
「三年後、そこには未だ抱き締められて絞め殺されそうになっている私がいるのでした〜おしまいおしまい……はぁ、やっと離してくれましたね」
「三年も経ってないよ」
「三十分抱き締めてましたよね。一緒ですよ一緒、長時間には変わりないですぅ〜。……コホン、そろそろ結婚式の話できます?」
三十分やってようやくヴェルディーゼから解放されたユリが、ヴェルディーゼから距離を取りながらそう訊ねた。
それに申し訳なさそうな顔をしつつ、ヴェルディーゼは小さく頷いた。
「できるよ。えっと……何から話したら、いいのかな……」
「なら良かった。じゃあ……私から、大事なお話……というか、確認というか。真面目な話です」
「真面目な話……? 結婚式の話の前に?」
「あはは……結婚式の話をする前に、はっきりさせておきたくて。本当は、もっとたくさん機会はあったはずなんですけど……ちょっと踏み込めなくて、ちゃんとは話してなかったので」
本題は濁しつつ言うユリに、ヴェルディーゼは首を傾げた。
色んなことを、ちゃんと話してきたはずだ。
ヴェルディーゼは隠し事をして、ユリを傷付けたこともあった。
だがそれでも、最終的にはちゃんと、和解したはずで――
「私を抱き締めながら……私に惚れたあの瞬間……って、言ってましたよね。それって、いつですか。――なんで、主様は私を好きになったんですか?」
ユリの言葉に、ヴェルディーゼは表情を引き締めた。
確かに、それははっきりとは伝えてこなかった。
好き、大好き、愛してると、愛の言葉を囁くばかりで、ヴェルディーゼはその原点を伝えていなかった。
それは、失念していたからではない。
「……一目惚れ……じゃ、ダメ?」
「ダメです。そうじゃないのは、わかってますから」
ユリが硬い声で言うと、ヴェルディーゼは苦々しい表情になった。
額に手を当て、ヴェルディーゼはゆっくりと息を吐き出すと、改めてユリを見る。
「……話したくないわけじゃないんだよ。ただ……本当、大したことないから」
「じゃあ話してくれてもいいですよね? ハイどーぞ」
ユリに容赦なく話すよう促され、ヴェルディーゼは再び溜息を吐いた。




