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67話 嘘の制し方

 全員合流してしまえば偽物のつけ入る隙は無いだろうと、3人は楽観視していた。


 しかし、敵のクランはそれすらも逆手にとるカムイの使い手を保有していたのである。


「このネバネバうぜぇ! てかなんかウネウネ動いてるしキメェ!」


 ハグたん達の場所に戻りたいマサムネだったが、腕や足に付着されている紫の粘液のせいで転倒してしまい、立ち上がりに四苦八苦している最中。


 そう、入れ替えられたマサムネが何故だか暫く戻ってこれなかったのも、予め女性がスライムのカムイの粘液を浴びている状態で入れ替わりを発動したからである。


「き、キッドさん! ここ、このひとマサムネさんの体ですけど自爆してもいいんでしょうか……」

「待て! もしかすりゃこいつを倒したらマサムネがやられちまうのか? そんでこいつが生き残るのか? クソっ分かるか! 俺は能力バトル漫画の住人じゃねえんだぞ!」


 目的も能力も本性も掴めない相手だが、キッドの最大の懸念点こそこれだ。

 中身だけ入れ替わる、言い換えれば肉体はそのままなのだから。思案するほど引き金を引くための指が凍りついて動けなくなる。


「貴方が知る必要は皆無。我が身よ我が身、【彼我身移私(ミラームーブ)】」

「しまっ! ぬわっ!?」


 女性の入れ替わりのアーツが不意に発動し、この場に白い霧が舞い上がってキッドと女性を包み込む。


「な、何が起こったんですか!?」


 一瞬とはいえハグたんは目を奪われ、そうして一拍置いて霧が晴れた時。


「おいハグたん……いつからそっちに行きやがったんだ」


 キッドの口調がハグたんに問う。


 キッドの視界では、先程まで隣にいたはずのハグたんが前にいることが疑問だったのだが。


「私は一歩も動いてません! これ、キッドさんがマサムネさんの体と入れ替わっちゃってるんです!!」

「あんだって!? 俺っちがあのアホタレと!?」


 ハグたんに急かされ、キッドは自分の位置が変わっていたことに、また自分の視線が低くなったことの違和感に気づく。


 ずんぐりとした自分の指から見て、鎧越しに胸をさすり、サイドポニーテールの髪を触り、すぐにキッドは自分が少女の体になっていたことにも気づいた。


「こりゃあ……ショックだぜ……誰かジョークって言ってくれよ……」


 キッドが自己陶酔する色男が形無しだと、よれよれと膝が崩れ落ちた。


 されど、キッドがマサムネの体になったということは、元々マサムネの体になっていた敵の場所はというと。


「入れ替わり完了。レベルの高い体、褒め置きましょう」


 そう低い男性の声がしたのはハグたんの隣から。

 その敵はキッドと瓜二つ、いや、キッドそのものの肉体となったのだ。


「あわあわ、キッドさんも賢そうに……」

「なあハグたん、俺っちそんなにアホそうに見えてたか?」


 ハグたんからすれば、頭脳面のヒエラルキーはマサムネより1つマシな層にキッドがいたのであった。


 いよいよもって難解なことになってきた状況下。


 はっきりしないことばかりだが、故にキルという一番はっきりする結果へと突き進みたがるのがキッドというガンマン。


「ここで収拾つけなきゃ頭がどうかしちまう。覚悟は済ませたかテメェ……って銃が無ぇ!?」


 慣れた動作でホルスターから銃を抜こうとしたが、何も掴めない。

 自分の命同然のものが紛失したなら最早動転するしかなかったが、代わりに1本の刀なら腰に携えてあった。


 そうとも、アーツの効果で中身だけが入れ替わっているのだ。

 装備だって元の肉体に置いてきぼりであると考える方が自然だ。


「上等な得物、獲得」


 つまりキッドの銃は今、キッドの体になった女性がホルスターから引き抜いていたのだ。


「これを用い、貴女からキルを遂行します」

「あ、あばばば!」


 真っ直ぐに銃口を向けられたハグたんは、自爆の迎撃をしようともせずただただ震え上がってばかりだ。


 感情的な問題ではなく、今回は本当にキッドだけをキルしてしまう可能性があるからだ。


「ハグたん! 俺っちの後ろに隠れろ!」


 マサムネの体のキッドが、少しでもハグたんを庇うために手を伸ばす。


「標的変更。ダメージは誰であれ、我が方に有益」


 女性はこれ幸いとキッドへと狙いを変更し、その銃の引き金を引いて銃声を響かせた。


 一発、二発、三発。


 それらがキッドの伸ばしている手に命中し……Uターン。


「ぐっ! ぐっ! ぐうっ! これは……弾丸が跳ね返った……?」

「はうぅ、キッドさんの弾丸のカムイのおかげで助かりましたぁ」


 弾丸が意思を持ったかのような現象に戸惑う女性をよそに、ダメージを受けずに済んだハグたんはほっと一息ついていた。


 これこそキッドのお手芸のアーツ【曲弾の射手(ベクトルウェーブ)】。単にハグたんを庇うのではなく、超人的な反射神経で弾道を操ってカウンターを仕掛けたのだ。


「ちょいと読み違えたかい? 俺っちは弾丸がカムイなんだぜ」

「読み違い……? 再試行」


 再び何度か発砲したが、その全てがキッドの体の女性へと返る。


 例え体が入れ替わろうと、カムイとは精神に紐づけされている存在。元通り使用可能だ。

 そもそもこの女性がマサムネ、キッドへと2連続入れ替わっていることからも既に理屈は実証されている。


「ヘイレディ、テンパらせてすまなかったな。だがどうせダメージを受けるのは俺っちの体で……って俺っちの体じゃねえか!?」


 自分で言いかけて、敵が体を入れ替えた本当の目論見を察す。


「ハグたんマサムネ! このレディ、最初っから俺達の体を俺達に攻撃させるつもりだ!」

「そんなこと急に言われても私はどうすればいいんですかぁ!」

「ウチ、やっとネバネバ取れたばっかで聞いてなかったっす」


 それぞれ難色を示す反応が返る。少女二人組が正常について行くには、まだまだレベルが高い話であった。


 そんな2人をよそに、キッドは自分の推測を確かめるために一旦自分のHPバーを表示する。


「やっぱりか……マサムネのやつ、だいぶ前からダメージ食らわせちまってたからな」


 そう、ただ自分とマサムネの体が入れ替えられただけのはずなのに、残りHPが半分以下にまで減少している。


 いや、確かに何度も銃での攻撃を受けていたではないか。マサムネの肉体が、だ。


 偽物に唆されて乱射した時、合言葉を忘れたからと即座に脳天へ銃撃した時、それら自分がマサムネに与えたダメージの蓄積が現在のマサムネの体に反映されているまで。


 これほどまでの皮肉めいた状況、皮肉屋な側面のあるキッドですら流石にレトリックに富んだ二の句を思いつけなかった。


()()()()ダメージは稼がせました。我が身よ我が身、【彼我身移私(ミラームーブ)】」

「またかッ! 今度はどいつと入れ替わる気だ!」


 先程同様に白い霧が発生し、この場にいる4人全員を包みこんで隠す。


 たが霧が晴れてからでは後手になる、と、自分の体は変化がないと確定したキッドは即座に敵の移動先に目星を立てた。


「このパターンだと……ハグたんと入れ替わっているってことか!」

「私は入れ替わってません! 合言葉……じゃなくて、キッドさんの相棒さんは私のせいで1引き分けに……!」

「よし、十分だぜハグたん」


 合言葉はマサムネが敵の前で叫んでしまったために別の方法で本物を証明したハグたんのファインプレー。

 これによりキッドは、敵意を向ける矛先を1つに絞る。


「花嫁姿のレディに戻ってるぜ! ハグたん! 自爆をかませ!」


 相手が元の体なら懸念も無くなるので最適な指示を出し、一撃必殺の自爆の元に入れ替わり騒動への終止符を打ちたかったが。


「もうダメです! あの人もうあんなとこにいるんです!」


「撹乱完了。上首尾の成果」


 敵の方が1枚上手であった。


 何故なら、心身共に元の女性の体に戻った瞬間、自分の使命を全うしたとして3人から大幅に距離をとっていたのだから。


「これより一時撤退を開始」

「いや逃げんのかよ! こんなカオスしか生まねぇ奴逃がせるか!」


 そんな抗議の声に耳を傾けず、相手は最小限の動作による走りで林の奥へと走り去ってゆく。


 キッドがその場での最短の選択を取る天才だとすれば、女性は予めの作戦を最速で実行する計画派と、2人の大人は土台から差がついていたのだ。


「銃……おいマサムネ! 当てらんなくてもいいからお前が撃て! 出来れば足を狙え!」

「今やろうとしてるとこなんだからさ! そんな2つも注文すんな!」


 キッドの体となったマサムネが応え、わたわたとしながら目分量で狙いを定めて引き金を引く。


 その弾丸は、意外にも女性のかかとに見事命中。

 したように思えたが。


「【身体気楼(ラージミラージュ)】」


 アーツを発動すると、命中したはずの弾丸が幻でも撃ったかのように体を通り抜けていった。

 更には、女性と3人はどんどん離れているはずなのに、体の色素が薄くなりながら2倍3倍と拡大したのだ。


 これこそ、自分から攻撃出来なくなるがあらゆる物理攻撃をすり抜けるという、いわゆる蜃気楼と化す霞のカムイのアーツ。


 やがて6倍くらいに体が拡大した後には、蜃気楼でも見せられていたかのように女性プレイヤーの姿が忽然と消え去っていた。


「チクショウ、俺達は弄ばれただけか!」


 敵を前にしてまたもやキル出来なかった現実に、キッドは自分の失態として憤った。


 経過時間40分。


「てか、ウチとおじさん入れ替わってるまんまなんすけど」

「撹乱ってこういうことかい。どう始末つけりゃいいんだこりゃ……」

「私だけ入れ替わってなくて……すみません」


 そこに残されたのは、無傷だがそもそもダメージを受けてはいけないハグたんと、弾丸を何度か食らったキッドの体にされたマサムネと、ダメージ著しいマサムネの体にされたキッドであった。


 依然として3対3であれど、敵のクランマスターの正体すら掴めてないリトルフラワーは大差をつけられていると断言していいだろう。


「はぁ~、こんなおじさんの体とか、背中がかゆくなるくらい無理っすわ。だって加齢臭がすっげえし」

「テメェゴラ! 俺っちの言われたくねぇセリフ2位をほざくんじゃねえ!」


 マサムネの体の状態で逆鱗に触れられたキッドだが、普段のマサムネの行動を鑑みれば入れ替わったと思えないのが笑いどころか。


「そういうテメェの体も、小便くせぇガキどころか大便くせぇからな! ぜってぇ1週間ぐらい風呂入ってねぇだろ!」

「は? ウチはちゃんとお風呂入ってますゥー。暇な時に」

「暇じゃなくても毎日体洗え! 風呂キャン界隈ってやつか糞ガキ!」

「ひゃあっどうでもいいことで喧嘩しないで下さい!」


 マサムネが銃を、キッドが刀を向け合う不毛で滑稽な絵面をすぐに仲裁。


 入れ替わり組はひとまず武器を交換し、カムイの能力だけは元通り発揮出来るようにする。


「てかよ、俺っちの体をキルしていいのかどうかとか、結局謎のままだったな」

「今思ったんですけど、多分誰の体だとしてもキルして大丈夫だったと思いますよ」

「ハグたん……俺達の中で一番賢いのはハグたんだと思うぜ……」


 せめてそれをもう少し早く気づいてくれればと言いかけたが、何一つ気づけなかった自分では大人げなさを晒すだけだと、ハグたんの考察を消沈気味に褒めた。



 霞のカムイのアーツ【彼我身移私(ミラームーブ)】は、誰の肉体であれ使用者が倒されて場合のみ例外的に本体だけが死亡する。無論全員の入れ替わりも一斉解除だ。


 また、使用者が自傷行為をした場合でも、そのダメージはいくら肉体を入れ替えようとも延々と引き継がれてしまう。


 そうでもなければ、最初にマサムネと入れ替わった瞬間に刀で切腹するだけでキルは稼げたはずだと、ハグたんは逆算で推理したのだ。


「とりま、合言葉変えとこ。『偽物許すまじ』で」

「ああ、それでいいぜもう……」


 私怨の含まれた合言葉には、キッドは精神的な疲労によって意見する気にもなれなくなっていた。



「偽物許すまじ……偽物許すまじ……」

「偽物許すまじ……偽物許すまじ……」

「偽物許すまじ……偽物許すまじ……」


 やがて3人は恨みつらみを込めた合言葉をぶつぶつ復唱しながら遺跡地帯を彷徨い歩く。


 もし先程のように突然入れ替えられた場合、必然的に合言葉の念仏が途絶えるためだ。


 なんだか合言葉の意味が違ってきているが、それほどまでに入れ替わりのアーツを脅威と印象付けられている。


「偽物許すまじ……これ、いつまで言い続ければ……うわわわ!? 今回参加してないのはコロリンさん1人だけです!」


 合言葉を途絶えた瞬間、銃と刀を向けられたハグたんだったがすぐさま本物を証明し、武器を下ろさせる。


「……だよな。俺っちだっていちいち神経質に聞き返すみてぇな真似、もうごめんだぜ」

「ハグたんもそのうちネタ切れするかもだし、もう無しで」


 3人ともひどくくたびれた様子となり、合言葉作戦を中止した。


 疑い続けるというのは、思っている以上に神経をすり減らす。暗い声を出し続けていれば、次第に気分も落ちてゆく。


 かといって代案を思いつくわけでもない。ましてや敵の姿を見つけたわけでもない。


 高い場所に陣取ろうにも、入れ替わりのアーツはかなりの遠距離からでも発動したことは確かなので、リトルフラワーは精神的な袋小路に陥っていた。


「つかよぉ、偽物だのすり替わりだの、敵の方もこんがらがったりしねぇのか?」


 敵に関心しているのかしていないのか、キッドはこれまで出会った敵の姿を想起してぼやく。


 何しろ彼ら、せいぜい武器を持っているかいないかくらいで、それ以外は見分けがつかないくらいには精巧な変身能力だ。

 その上、相対の体をそのまま頂く入れ替わり能力まであるときた。


「そうですよね。私達みたいに合言葉でも考えてないと、絶対わけ分からなくなりそうですよね」


 そうハグたんが何気なく漏らした一言。


「……あっ!」


 それを背中で聞いたキッドとマサムネは、目を丸くさせていきなりハグたんのいる方へと戻る。


 そして、迷宮入りした犯行現場で閃きを得た名探偵のように、頭の上に豆電球が浮かんだかのように画期的なアイデアが降りて来たのだ。


「それだああああ!!」

「いや何がですか!?」


 2人揃って力を込めて閃きの声を出したが、ハグたん自身何が何だかさっぱりな様子。


「そりゃあいつらもあいつら同士見分けなきゃいけねぇよな? 合言葉とかでな?」

「だよねだよね! うっぷぷぷぷ……」

「ま、まだ笑うな……堪えろマサムネ……」

「やっべ……やべぇすよ……マジでキタコレ……」

「いいやまずは落ち着け……そんでよーく思い出せ。偽物共は俺達に最初に会った時に、何つってたかをよ」


 なにやらコソコソと相談を始めた2人は、子供には到底見せられないくらいには悪い顔をしていた。


「ううんと、そんなに面白いことでもあったんですか……?」

「これが笑わずにいられっか! こっから俺達が騙す側に回れるかもしれないんだからよ!」

「お手柄っすよハグたん! こりゃ将来は魔性の悪女になれまっすわ〜」


 あまり褒め言葉として受け取りたくない評価をされたが、ともかく2人は試す価値のある逆転の一手が掴み取れた。


 これも、純粋無垢なハグたんの一言あればこそ。


「敵共にも、味方を識別するための合言葉がある。ぜってぇにある!」

「そいえば偽クーちゃん、『おーい! こっちこっちー!』ってすげぇテンションて言ってたっすよ」

「おお、アホのくせによく思い出せたな! 俺っちのとこにきた偽物も同じこと抜かしてたぜ! 間違いねぇ」


 頭よりも本能で行動する者同士シンパシーでもあったか、トントン拍子で話が進んでゆく。


「ええと、マサムネさんとキッドさんが言いたいことは『おーい! こっちこっちー!』って敵に言うだけで味方って信じ込ませられる、ことですね」

「そゆこと」

「それじゃあ……ほ、本当にやるんですか。私達が相手クランのメンバーに成りすます作戦」

「オフコース!」


 これからの作戦を言語化したために、マサムネは解説不要になったと肩の力を抜いた。


 本人と見分けがつかないほど高度な変身能力を持つということは、自分達は特に外見に工夫はしなくても問題ないと逆手にとれる。


「題して、逆・成りすまし大作戦! ヘトヘトのウチらが勝つにはこれしかない!」


 まさに逆転の発想。

 マサムネ達は、翻弄される側から翻弄する側へ、狩られる側から狩る側へと転換出来るのか。

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