65話 嘘と本当
(4/20)スライムのカムイさんの二つ名を変更修整。
遺跡の地下。灯りは蝋燭1つだけしかない薄暗い石室。
「『扇動溶酸』、『発足り半蔵』、『写られた花嫁』、以上三名が参上した旨をマイ・マスターに報告します」
1人の女性プレイヤーが片膝を地につけて傅き、目の前にいる人物へ顔を上げず事務的に状況を語る。
そんな彼女の左右にも、1人ずつが無言で立っている計4人きりの空間。
それぞれの外見については、あえて言及しないでおこう。
彼らのこの姿が、本当の姿とも限らないのだから。
「4人、4対3……我がクラン『半真半偽』はこれで全員になってしまったな」
女性の報告を受け、マスターと呼ばれたその人物はクランメンバー達の正面で呟いていた。
「キルされた1人は『魔法唱杖』であることは間違いないかと」
「そうだったか、あやつの変身魔法には期待はしていたのだが……」
マスターは残念がり、先に散ったメンバーの健闘を称えるように黙祷を捧げる。
女性の左右に佇んでいる2人も、これには口を開かずにはいられなくなる。
「いや待ち? 回復アーツ使えるのあいつだけじゃん。オレさまちゃんのダメージもしかしてずっとこのまま?」
「ククク、奴は四天王の中でも最若年。下手をうって脱落したには惜しい人材でござったな」
それぞれ三者三様の反応を示す。
ただその誰もが、クラン名に反したクランメンバーへの篤い信頼の表れが見て取れよう。
「皆、堂々と動じるな。依然として我々が数で勝っている。何がなくとも、敵クラン・リトルフラワーの情報共有を始めよう」
マスターは腰を上げず、さりとて威圧感を覚えさせる声で問いかける。
「1人でもいい、敵プレイヤーの特徴を知る者はいないか?」
それに真っ先に応じたのは、目の前の女性であった。
「共有します。ホルホー◯や次元大◯を意識した背格好の男性プレイヤー。PNキッド、二つ名は『百発意中』、偽名の可能性は無し。一人称は『俺っち』、二人称は『お前』及び『テメェ』。また、自身のロールプレイに酔いしれている節あり」
キッド自身のプロフィールから、キッドの親に聞かれたら枕に顔を埋めて足をバタつかせそうな事まで、女性はまるで他人事のように無感情と事務的に列挙してゆく。
そこに横槍を入れるように挙手した人物もいた。
「そいつなら、このオレさまちゃんも戦ったよ。【変肢体】」
そうスライムのカムイの使い手はアーツを発動。
すると、着ているものまで含めて全身がみるみる内にぐにゃりと歪む。
体の色が変わり、形が変わり、身長が伸び。
やがてそこには、女性が報告していた身体的特徴に合致する西部劇のガンマン、即ちキッドそのものへと変身したのだ。
「喋り方はざっとこんなチャラい感じだった、ぜ。二人共、真似してみせな」
姿形だけでなく声さえキッドそのものとなったスライムのカムイ使いはメンバー達に促してみると。
「忍務は果たすのみ。【貧相な変装】」
「我が身よ我が身、世界で一番屈折した姿にウツせ【彼我身移私】」
2人が同時にアーツを唱えると、やはりそれぞれキッドと瓜ふたつの姿となったのだ。
やがてこの場にキッドが3人もいるという何とも面妖な絵面に。それを現実とする変幻自在の人材達のカムイ。
そう、彼らのクラン『半真半偽』は、先に倒された1人を含めてメンバー5人中4人が変身能力を持つという、まさしく異色で異形のクランなのである。
とはいえ、あくまで外見だけが同じになっているだけであり、性格や記憶といった内面までは使用者の演技力によるカバーが必須。
尤も、このクランメンバーそれぞれ生半可な舞台役者に見劣りしないだけの演技力の他、不十分な情報でも敵の前で躊躇なく演じられる胆力もある。
事実クロとマリーは、不審点だらけの偽物相手でありながら手遅れになるまで見抜けなかった。
「うむ、1人は把握した。では他の敵メンバーを見た者は?」
「やれやれ、次もこのオレさまちゃんのことをよく見なって【変肢体】」
3人の中央に移動したスライムのカムイ使いが、よほど目立ちたいのかまたもや代表してアーツを発動。
すると、蠢く紫の粘液が彼の全身を包み込み、そこには安物の腕輪と腹部以外を守る革製の鎧を装備した天真爛漫そうな少女、マサムネの姿がそこに現れたのだ。
「このひと、オレさまちゃんよりも話し方のアクが強いから気をつけてねー」
「かの者の刀のカムイは拙者が預かっているでござる。【貧相な変装】」
「我が身よ我が身、世界で一番屈折した姿にウツせ【彼我身移私】」
2人は同じようにアーツを発動し、すぐさまその姿を容易くマサムネそのものに変えて体の感覚を確かめる。
なお、マサムネの刀を所持しているのはござる口調の男性のみ。
他の変身能力者もやろうと思えば刀も変身可能だが、余計なクールタイムがかかってしまうので必要ない場面においては避けている。
「流石は扇動溶酸生還率が高い、情報を必ず持ち帰ってくれる」
「なんのなんの、雑魚キャラのスライムとは鍛えられ方が違うんでねん」
変身を解除しつつ、中央から元のポジションに戻ったスライムのカムイ使いは誇らしげとなった。
彼ら、一口に変身能力といってもそれぞれ違うカムイのアーツなので発動条件や欠点などに細かな差異があるのだが、いずれにせよ仲間のフリをして敵に接近するにはうってつけだ。
お遊び系のアーツにクランランクバトルとしての価値を見出したマスターの慧眼が光るるだろう。
「さて、最後の1人を知る者はいないか」
そうマスターが流れるように3人に訊くが、誰も変身しようとはしていない。
「それが、まだ見つけられてないんだよねん……」
「回答不能、名前以外の情報も足取りも一切不明」
「敵の会話によるとPNはハグたん、されど情報収集に長けた拙者ですら現状それだけが限界でござる」
どこから仕入れたかハグたんの名前を提示した者こそいたが、どれもがうつむき加減のまま。
彼らの変身能力は、少なくとも対象の人物を髪だけでも見ていなければ化けられない。
「ともすると、このクランバトル、まだ勝ったとは言えないな」
決して慢心せず、はっきりしない敵の実力は大きく見積もるマスター。
「マイマスター、作戦は続行するのでござるか」
「無論。機が熟すまでキルは控えろ。マサムネかキッドの身となって奴らに近づき、各自のやり方で弱体化に専念するのだ」
そうメンバー達に慎重な指示を下す。
このクラン、敵の武器や力を奪い精神を消耗させるまではあるが、あえて無計画なキルはしない。
もし迂闊に残り1人だけにでも追いやれば、その相手からすれば自分以外全て敵ということになり、持ち前の変身能力も無用の長物と化してしまう。
ましてやハグたんの正体や能力は未知数、窮鼠猫を噛むことだってあるだろう。
なので、こうして20分おきに集合して情報の精度を上げつつ、4対3の絶妙な数字を維持し、敵それぞれに疲弊と不信を強いらせつつ孤立したところで、一気に撃破。
それこれが、クランバトルの支配者たる強豪クラン『半真半偽』の戦略である。
「十分な情報は集まった。これにて会議は終了とする」
マスターはそれ以上の追求や会話はせず、早々に締め括る。
ここに全員が留まってる内に、敵同士に合流されれば手間がかかることになりかねないためだ。
主導権は握り続けなければならないのは、どこのクランも同じこと。
「さあ行け、欺け、偽れ、騙せ、惑わせ、奪い、倒せ。勝利という1つの真実をものとするために!」
「はっ!」
「御意!」
「今度はキッドとかいうおじちゃんになろーっと」
号令を下されたメンバー達は、この建物を後にして散開する。ここから20分後、何人が倒されていようと生きて再び集結することを望みながら。
やがてマスター自身も腰を上げ、クランメンバーの1人として混乱を助長させるために出立したのであった。
▽▽▽
「とうしてっ……どうしてっ……みんなどうしてっ……!」
アルマジロのように丸まっているハグたんの怯えようが、どう見てもいつものそれとは違う。
「みんな、友達になったんじゃなかったんですか……なんで友達同士なのに喧嘩してるんですかぁ!」
怒ればいいのか悲しめばいいのか、行き場のないその嘆きの声音が周囲に虚しく響いた。
そう、ハグたんはクランバトルが始まってからというもの、メンタルが二度も粉々に砕かれる悪夢のような一部始終を目撃してしまっていたからだ。
『終わりね。あんたはここであたしに倒されるしかないのよ』
最初に、マリーがクロに殴りかかろうとしている場面に遭遇しては、恐ろしくなって逃げ出した。
『喋るな! もう俺っちはテメェを撃つしかねぇんだよ!』
今度は、キッドがマサムネに向けて銃弾を乱射している場面に遭遇しては、恐ろしくなって逃げ出した。
それら全て、友達同士の殺し合いだと結論づけてしまったのだ。
「全部……私のせいなのかな。私がクランマスターなのに、みんなに頼りっきりにしたせいでバチがあたったからなのかな……」
原因不明な出来事となると、全部自分のせいにしてしまうほど背負い込む節のあるハグたんだ。
いくら嘆いても応じる者はいない。
誰もいなければ、ハグたんは自分の心を話し相手にするしかない。
なお、実際はクロの場合はマリーの偽物に攻撃されており、キッドの場合はマサムネの偽物に唆されて本物と気付かず銃撃しただけなのだが、どちらも森林越しに遠目からでしか見ていなかったハグたんには知る由もない。
それでももう、このバトル中で友達の姿は二度と見たくないほどに、ハグたんの顔はズタボロにやつれてしまっている。
まさに不幸の星が輝いているほどの最悪の巡り合わせだ。
「うわあぁん、ひぐっ、うわあぁっ! もういやだああっ!!」
誰よりも調和を重んじるハグたんには大泣きするほどにトラウマとなり、最早クランランクバトル自体を放棄してしまっていた。
アーツ【最後の爆散】での自主退場も考えた。
ただ発動したところで、どのみち先に退場している友達2人と顔を合わせなければならないとなると、どうしても宣言する口が動かなくなる。
そのせいで、制限時間一杯になるまでこの壊れかけの木樽の中に隠れて過ごすつもりでいると卑屈な方針を固めてしまったのだ。
敵クランの恐るべき成りすまし作戦は、敵の預かり知らぬ所でも絶大な効果を発揮していたのである。
そんなハグたんにも、決断しなくてはならない時がやってくる。
「もしかしてハグたん近くにいんの!? 泣いてる子はいねがー!」
「ぎょええええマサムネさんだあああ!!」
敵ではないのに敵に見つかった時のようなリアクション。
疑心暗鬼真っ只中であり、友達相手でもとことん信用ならなくなっていた。
隠れていてもどうせ見つかっていると樽から顔を出し、そこにいた腰に携えている刀のないマサムネと顔を合わせる。
「えっとマサムネさん……あの、キッドさんとは何があったんで……」
「ハグたんストップ! そこで動かない!」
「ひゃああああ!!」
――喧嘩だ、殺し合いだ。自分も他の友達と同じように、マサムネさんと傷つけ合わなきゃいけないんだ。
そう捉えられても仕方がないマサムネの命令口調だが、次のセリフは意外なものであった。
「突然ですがここでクエスチョン! 前にバトルトーナメントに参加した時に、ウチは何回戦で負けたでしょーか?」
「はえ?」
あまりにも突拍子もないコーナーが始まった。
といっても、質問の指す出来事自体はハグたんはちゃんと覚えている。
「二回戦目です……」
「ほうほう、じゃあウチは一回戦目はどんな感じにカッコよく勝っちゃってたかな?」
「いえ、相手の人が人質をとってきたせいで、マサムネさんは……」
「おっけおっけ、そこまで」
語るほどにブルーな気分になってゆくハグたんを手で制止させたマサムネ。
すると、打って変わって自分からハグたんに近寄る足取りを段々と早め、段々と頬を緩ませてゆき。
「本物のハグたんだー! やっほーい!」
「わわわぁ!?」
ハグたんに飛びつき、ハグを決めたのだ。
「ハグぅ、うへへへ……じゃなくて、さっきから訳わからないことばかりで、何があったんですか」
事情を何もかも知らないハグたんだ。
偽物が知るはずもない情報を答えさせるための唐突なクイズも、わからないことの1つ。
故に、正真正銘本物のマサムネはおちゃらけた表情を隠す。
「早い話、ウチらの偽物がそこら辺にウヨウヨいるんだよね」
「いや本当にどういうことですか……」
ウヨウヨいるほどでもないはずだが、これくらい誇張させた方が油断もなくなるかもしれない。
ただそのおかげで、ハグたんは真実だと思っていたことが誤解であったとようやく気づき始めていた。
「ということは、マサムネさんとキッドさんが喧嘩してたのも、偽物のせいなんですか」
「なんでそれ知ってんの!? なんか怪しくなったきたかも」
「あ……あぁ……私はずっと友達ですよね……」
「うそうそ! ごめんごめんほんとごめん! あんなとこ見せちゃって恐かったよね!」
仲間に銃撃されて似たような思いをさせられたマサムネなので、共感を込めてハグを強めて泣きべそを慰めた。
それに、武器を奪われたマサムネの状況では、火力源となるハグたんと合流出来たこともまた、ひとしおの安心感だ。
「話戻すけど、キッドのおじさんがウチの偽物に騙されて一緒にいる状態でやっべえ」
「な、なんですかそれ? キッドさん、このままだと危ないんじゃ……」
あの場には偽マサムネが遺跡の上に立っていたのだが、ハグたんの視点では樹に遮られて本物までしか見えていなかった。
なお、マサムネが言う一緒にいる偽物はとっくにキルされていることも事実。
自分で言った後に3対4になっていたことに気づいたマサムネは、誤魔化すために主題を転換。
「というかさ、一番やばいところはあのおじさんがウチらのこと偽物って決めつけてきそうなとこなんだよね」
「それもそうですよね……キッドさんに私達のことどう信じて貰えばいいんでしょうか……」
友達に励まされたおかげで勝負の諦めは克服したハグたんだが、それでも不安の種はある。
またさっきのようにクイズを出題するとなると、遠距離攻撃武器である銃を持つキッドでは話すために近づく前に撃たれるかもしれないからだ。
経過時間25分。
地獄のハードコースの地獄を切り抜けられるかどうかは、リトルフラワーのかき乱された友情を取り戻せるかにかかっている。




