其八十九
二人が白波神社に着くころには、太陽がすっかり真上にやってきていた。
今は夏場。木陰で水分補給をしながら休んでいると、見覚えのある人影が白波神社から出てきた。
「あ、赤羽さん!」
「あっ、こんにちは巴樹さん。」
柔らかな笑顔を浮かべ、赤羽がこちらに駆け寄ってくる。
ふわりと新緑の髪が揺れて、ほのかに森の香りが二人を包んだ。
巴樹が赤羽と会うのはきいと共に龍雅会に行った時に会った以来で、しばらく顔を見ていなかったのだが、元気そうで良かったとほっと胸をなでおろした。
「この間の闇の一件では、本当にお疲れ様でした。私はあの後世間側の処理で手間取っていまして、労いが遅れてしまいすみません。」
「いっ、いえいえ!私は、私にできる事をしただけですし、戦闘の大半は風華さんが憑いていただけなので私の力じゃないですから………」
「それでも、あなたが闇を封印したという事実には変わりないですよ。」
そう言ってふふ、と仄かに笑った赤羽は、ふと、巴樹の後ろでじっと話を聞いていた葵に視線を移し、すっとその瞳を細くした。
その瞳からは警戒と安心の二つが入り混じったようなものが感じられて、巴樹は少しだけどきりとした。
ゆっくりと口が動き、赤羽が言葉を紡ぐ。
「君は……華波の………」
「に、い、さ、まぁぁぁっ!!」
その瞬間、全速力で人影が赤羽の背中に体当たりして、赤羽の体が前につんのめる。
げほげほとせき込みながら、赤羽は呆れた声色で人影に言った。
「星……やめなさい………」
「兄様こそ、僕に何も言わずに勝手にどこかに行かないでください!兄様がいないと僕は生きていけないんです!だから僕を一人にしないでください!!」
「ちょっと、ストップストップ星!わかった、わかったから!」
ぷくっと膨らませた頬はぷにぷにで真っ白。赤羽と同じ緑色の髪はショートよりのボブで、髪と同じ緑色の瞳にはやや涙が浮かんでいる。体格も巴樹と同じくらいで、中学生くらいにみえる。
彼のマシンガントークに、赤羽も焦り顔で止めに入る。
眉尻を少し下げ、赤羽は巴樹の方に向き直り申し訳なさそうな表情を浮かべながら言った。
「………こちら、弟の星です。重度の兄依存症…ブラコンでして、いつもこんな感じなんですよ。」
「あっ、やっぱり弟さんなんですね!こんにちは、星くん。私は七橋巴樹といいます。よろしくね!」
巴樹がそういった瞬間、ずっと赤羽を見ていた星がぐるりとこちらを向き、満面の笑顔を浮かべながら言った。だが、目は全く笑っていなかった
「こんにちは、巴樹さん。僕は五色龍緑龍精、崇高な赤羽兄様の弟の緑葉星です!よろしくお願いしますね!」
「崇高な」の部分にやけに大きなアクセントをつけて星は言う。
思わずひくっと口角が上がり、巴樹の口からは乾いた笑いが少しだけ漏れた。
「星……封じの姫様に対して敵対心を表すのはどうかと思うぞ。」
「………えっ、この人が!?」
赤羽がそう言った瞬間、少しだけあふれていた星の殺気が引っ込み、驚きの表情を浮かべた。
突然あたふたとし始め、ぱたぱたと服をはらい、星は深々とお辞儀した。
「すみませんでした!まさか封じの姫だとは思わず………」
「あっ、いや、あの…そんなに大したことはしていないので………私も、赤羽さんはすごくかっこいいと思いますよ……!」
「いえ、兄様はかっこいいと思うのではなく事実かっこよくて素晴らしくて尊敬するべき方です。」
顔を上げながらきりっとした目でそう答える星。
赤羽もこれは苦労しているんだろうな、と、星と初対面の巴樹でさえ引くほどの兄至上主義を掲げるこの少年は、ふと葵の方に目を向けて言った。
「あれ……信重さん………?」
その言葉に、今まで黙っていた葵がゆっくりと言葉を紡いだ。
「あの……赤羽さん……は、僕のことを知っていらっしゃるんですか?」
おずおずと言い出した葵に、赤羽は葵の瞳をしっかりと見つめながら答えを返した。
「ええ。ですが、僕があなたのことを知ったのは五年前であり、『あなた』は知らないと思いますけれどね。」
「………五年前…?」
五年前といえば巴樹は小学6年生だ。
確か、葵くんが失踪した辺りの年だけれども……
そう考える巴樹の思考を読み取ったかのように赤羽は言った。
「はい。彼が失踪した時、捜索のためにあなたの写真を見せていただきました。その時の写真と、あなたは全く変わっていません。あれから五年以上も経っているはずなのに、まるで時が止まっているかのように。
正直、きいさんが睦月寮にやってきて、初めて『彼』と顔を合わせた時、その場にいた龍精達は固まっていましたよ。………あの華波葵が黒の御子になって帰ってきた、と。」
その時の、赤羽や陵の反応が、まるで見てきたかのように鮮明に思い浮かぶ。
一年以上探し続けた若き幻術の天才が、自分たちの敵である黒の御子となり帰ってきた。その時の驚愕は計り知れない。
あのへらへらとした顔を厳しく歪め、腕を組む陵。
優し気な眦を困ったように下げる赤羽。
暦と冷はどうか分からないが、彼らのその複雑な感情は本当に難しいものだっただろう。
「僕は、信重さんが黒の御子である、ってことだけ兄様から聞いていました。華波葵が失踪した話に、僕は関与していなかったからきみの顔は知らなかったし、信重さん自体あんまり合わなかったから……」
小さく笑い、星は言う。
ただただ太陽が照らす白波神社の境内はやけに静まり返っていた。
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「それでは、赤羽さん。また。」
「はい。それではまた。」
優しく微笑む赤羽と星に別れを告げ、二人はまた歩みを進める。
「あ、ちょっと待って!」
だが、そんな二人を星が止めた。
ぱたぱたと駆け寄ってきた星が、悪魔の様に笑いながら言った。
「言っとくけど、僕、これでも19歳だから。背が小さいからって年下とは限らないんだよ?」
ばいばーい!と手を振って、星は赤羽のもとに帰っていった。
だが、その言葉にあっけにとられ、巴樹はその場に立ち尽くす。
「………巴樹さん?大丈夫ですか?」
不思議そうにこちらを見上げる葵に、巴樹は笑顔を作って「大丈夫!」と言った。
(……星くんって、大学生だったんだ……!てっきり中学生くらいかと思った………)
はあ、とため息をつき、巴樹は葵の後ろを慌てて追いかけた。




