其八十三
やっとできました!
"ククク……………今ここに深淵の闇をもたらし、今ひとたびの絶望を与えよう…………
それこそ、【再度なる暗黒】…………
あの仮の身体では、やはり本来の彼奴の力は引き出せなかった。
あの者はもう必要ない。一年、無駄に使ってしまったな。
彼奴も力の復活にはしばし刻を使うであろう。本来の身体に戻った今、すべての回復は時間の問題。
再び、我らの憩いの地【暗黒場】をこの世に作り出そうではないか。
待っておれ、龍精。そして封じの姫よ!
束の間の休息をとくと味わうがよい!
そして、訪れる災厄と絶望をその身にとくと受け入れよ!!"
「ぎにゃっ!…………ちょっと巴樹様!踏んでます踏んでますっ!」
「ふにぇ……………あーー、ごめんごめんゆゅぅ………」
時は流れ、夏が終わりを告げに来る季節。
巴樹は夏休みラスト1週間を盛大に謳歌していた。
それもそのはず、現在の時刻は午前9時58分。とうに起きているはずの時間を過ぎているからだ。
「もー、巴樹様は相変わらずだなぁ……」
「あははぁ、褒めてくれてありがとう!」
「……巴樹様、いくら鈍感でも褒めてないことに気づいてください。」
今日は珍しく巴樹の部屋で一夜を過ごした、現在人形のゆゆは、ジト目で巴樹を見つめながら呆れ声で呟く。
寝癖でボサボサになった自分の髪を手ぐしで整えてから、服を着替える。
巴樹は、カーテンを開けて窓を開き、降り注いでくる日光と夏の爽やかな風を浴びて大きな伸びをし、にっこりと微笑んだ。
「よーし、残り一週間、頑張るぞ〜!!」
ーーーー
「あ、葵くんおはよう!」
「おはようございます、巴樹さん。遅かったですね。」
「ははは、すっかり寝ちゃってたみたいw」
1階には葵しかおらず、ソファで本を読んでいた。
その物思いにふける姿も、葵はきいにそっくりで。つい巴樹は見とれてしまう。
(っっ!いけないいけない!この子は葵くんだもん!)
巴樹はブンブンと頭を振って、葵に問いかけた。
「葵くん、奈濟さんは?」
「あ、そうでした!皆さん少し前に夏期講習やお買い物に出掛けに行きましたよ。巴樹さんが起きてきたら、『悪いけど今日は自分で作ってね』と言ってと言付かってます」
左手でキッチンを指さし、葵は言う。
巴樹は「分かった!」と親指を立ててグーサインを送ると、キッチンで朝ごはんを作り始めた。
数分後。
巴樹は食卓につき、手を合わせていた。
簡単に作ったのはベーコンエッグ、それと冷蔵庫に入っていた、奈濟手作りのヨーグルトにイチゴジャムを乗せたものだ。プラスココア。
「いただきまーす!」
葵は巴樹がキッチンでガサゴソとしている間も黙々と読書を続け、巴樹が食べ終わる頃には一冊読みきっていた。
食器を片付けると、巴樹は葵の隣に座りゆっくりと腰を沈めて背中を背もたれに預ける。
「…………あの、巴樹さん。」
巴樹が長い息を吐いた時、ふと目元に腕を当てていた葵がふと口を開いた。
少し冷静な声で言葉を紡ぐ葵に、巴樹はまたきいのことを思い出した。
「ん?」
「冷斗さんや緑さんに聞きました………僕は、"信重きい"という方とよく似ているらしいですね。」
「…………うん。」
突然の予想だにしない葵の言葉に、巴樹は一瞬びくりとする。
でも、少し間をおいてから控えめに笑い、小さく答えた。
「ほんと、すごい似てるんだぁ。小さい頃のきいくんを私は知らないけど、きいくんがそのままちっちゃくなったみたい!」
「へぇ……そんなに似てるんですね……僕もその人と会ってみたいです。」
(あはは……案外鏡を見たら会えるかもね……なんちゃって。)
普段嫌味で使われる言葉だが、巴樹はそんなこと知らない。
また葵も純粋なのであり、この状況に突っ込む人物は、今いないのだ。
「……………。」
「……………。」
しばしの沈黙が室内を包む。
口を開いたのは葵だった。
「…………【月見町】………」
「え?」
「あの、近くに月見町という町はありませんか?」
月見町。
巴樹はもちろん聞き覚えがあった。
伏見町と隣接する月見市の一部で、だいたい電車で20分ぐらい。
月見町にはスターライトパークという有名な巨大遊園地があり、巴樹も奈濟に連れられ遊びに行ったことがある。
「………うん。あるよ。それがどうしたの?」
「あ、あの実はその月見町っていう町名を、今日ふと思い出して………だから気になって聞いてみたんです。」
「へぇ……………」
「行けれるんなら、行ってみたいですね………」
苦笑いしつつ、葵は再び本を手に取る。
"葵の記憶のピース"
それが、月見町にある。
巴樹の脳内に、そんな考えが出現する。
もしかしたら、きいくんのことが分かるかもしれない………
そんな期待を膨らませながら、巴樹は葵の前に回り込み、笑顔を浮かべてこう言った。
「ねぇ、葵君」
「はい?」
「月見町、今から行っちゃおっか!」
「…………へ?!」
突然の巴樹の提案に、葵はあんぐりと口を開き、しばらく呆然とした。
にっこりと笑う巴樹は、少しのためらいと半分の好奇心と残りの期待を胸に、葵を見つめていた。
ーーーーー
「本当にすみません、巴樹さん。お金を出していただいて。」
「ううん、構わないよ?これくらいならぎりぎりセーフ!」
お弁当を作り、伏見駅からかれこれ十五分。
二人は電車に揺られて月見駅へと向かっていた。
あと一駅で月見駅。
電車の中は、夏休みだというのにあまり人数は少なく、座席に座ることができた。
「ところで葵君。」
「はい?」
「月見町については、名前だけ?それとも風景も?」
「そうですね……断片的な風景はなんとなく………」
「うーん…断片的、かあ……」と巴樹はぼやきつつ外の景色に目をやる。
窓の外を流れるのんびりとした野山の景色と、時折のビルや専門店街。田舎のようで田舎でない、都会のようで都会でもないこの辺りは、どこか心をほっとさせる。
『まもなく~月見町~月見町~右のドアが開きます~ドアから手を離してお待ちください~』
「あ、着くみたい。葵君降りよっ」
「は、はい!」
巴樹と葵は、流れてきたアナウンスをキャッチして、座席から立ち上がりドアの前へと向かった。
『お忘れ物に~ご注意ください~』
そんなアナウンスに見送られ、二人は駅のホームに降り着いた。
そのまま人の流れに身を任せ、改札を出る。
二人を出迎えたのは、大きな大きな山だった。
「お、おお………大きな山だね…………」
「あの山は月見山って言って、標高は6000メートルくらい?」
「あのな……6000メートルもあったら暮らせないから。せいぜい2500メートルくらい。」
突然、巴樹の呟きに答えた二人がいた。
しかも、どこかで聞いたような声で。
「……………誰?」
やや警戒した声で葵が呟く。
すると、その男女はにっこり(女の子の方だけ)笑い、こう言った。
「こんにちは、文化祭の方!」
「あとあお兄。」
その呼び方に、巴樹と葵はきょとんとした顔で立ち尽くすしかなかった。




