其七十九
きたー、やっと!
ほぼラストです。ていうか、ラストです!
ぺたり、と風華は幻想の中の草原に座り込む。
はあ、はあ、と口から荒い息を吐き出し、大量の汗を体中から放出していた。
『だめ、だわ………………やっぱり、無理………っ!』
ドクン、と大きく脈打つ自らの心臓を押さえつけるが、押さえるその手から力が抜けていくのを感じる。
もはや、十本の指が本当にあるのかも心配になるほどだった。
(ごめ……ん、巴樹ちゃん…………ちょっと、力使いまくっちゃった……………)
はは………と乾いた笑い声が、荒い息の合間に漏れ出る。
いつの間にか、風華の姿は元の体……巴樹のものへと戻っていた。
「大丈夫、ですよ………風華さん…………こちら、こそ、ごめん、なさい……………」
巴樹の翡翠の瞳から、緑の涙が零れ落ちる。
『どう、した…………我を、早く封じぬのか。』
「弱気、ですね。」
『ふん…………お主らが無駄な行動をしてくれたおかげで、我の力が少々戻ったわ!』
草原に寝転がる巴樹と祇夕。
だが、その一言で、祇夕がゆっくりと体を起こした。
口元には、あの意地悪い笑み。
『これで、我の復讐が果たせる………………千年以来の素晴らしい戦いができて楽しかったわ。そこだけは礼を言って………………………ぐァッ!』
突如、祇夕の表情が変わった。
余裕そうだった顔つきは、般若のように歪む。
『グぁ………キさ、マ、まダジがをもッていタとはッ………………』
そして、祇夕の喋り方も変わってきた。
その時、微かに巴樹の耳に、聞き馴染んだ声が聞こえてきた。
『ハナ……s「は…ぎ……」セッ………ハナ、レr「にげ………」ロ………k「はや、く」ク、ルナ……………』
「………………………………きい、くん?」
巴樹は、苦しそうにうずくまる祇夕の、いや、きいの元へと行くため力を振り絞る。
「巴樹っ……『ニゲロ…………』早く……『チカラガ…………』……………消える、『マエニ…………』」
巴樹は悟った。
今、きいは体の中で、祇夕と戦っているんだ、と。
その証拠に、きいの言葉の合間合間に祇夕の声が聞こえる。
だが、祇夕の顔がますます歪められ、大きく遠吠えするように叫んだ。
『グオオオオオオオオオオオオおおオオオオオオオオオオオオオオッッッッッッッッッっっ!!!!!!』
劈くような悲鳴が、草を揺るがす。
刹那
ばたり、と祇夕の体が崩れ落ちた。
「?!き、きいくんっ?!」
「………………早く、封じろ。」
その、いつも通りのそっけない言葉で、きいは巴樹に命じる。
でも、巴樹は感じていた。
「嫌だよ………そした、ら、"きい"くんが………消えちゃうじゃない……………」
祇夕をまるまる封じること。
神託を唱え封じ込めの力を解放すれば、巴樹の残り僅かな体力でも封じることは可能だ。
だが、それに伴い、祇夕と共に、"きい"も封じられることになる。
なぜなら、今のきいと祇夕はまさに【一心同体】。
巴樹と風華のように、巴樹に憑依した風華が負った傷は、元の肉体の持ち主である巴樹に引き継がれる。
同じように、きいと祇夕も憑依された関係。祇夕が憑依を解かない限り、きいと共に祇夕を封じなければならなくなる。
だが、きいは分かっていた。
今、祇夕を解き放てば、霊体となった祇夕は「不死身」。封じることはできても、それは半永久的なものとなるのではないか、と。
千年前、風華が祇夕を封じた時は、祇夕に肉体があり、尚且つ【呪縛霊魂】がかけられていたため封印が解けてしまったが、今、祇夕の肉体はない。
つまり、押さえている今は、祇夕は心に命令を下すことができない。肉体があるからこそその力を存分に発揮できる。
だからこそ、真の肉体の持ち主であるきいが祇夕を押さえるという"命令"を出している間に巴樹が封じ込めれば、このような出来事を、今後、一切出すことはなくなる。永久に。
ただ、巴樹の持つ【封じ込めの力】は、肉体ごとすべてを封じる能力。つまり、肉体である【きい】と、精神・心である【祇夕】を分けて封じることはできないのだ。
「あのな…………そんな、こと、言ってる場合か?」
「嫌だよっ、嫌だよっ!」
涙を流して首を振り続ける巴樹に、とうとう雷が落ちた。
「馬鹿かお前は!」
「!?」
強いまなざしが、巴樹の胸を貫く。
「今、お前のすべきことはなんだよ。俺を封じることだろ。俺が消えるとかそういうことじゃなくて、お前は、来世にこういう出来事を起こさないために、今、ここで封じるんだよ。俺一人の魂が消えるのと、来世でたくさんの人が死ぬのと、お前はどっちが血が少ないか知ってるだろ。」
きいはゆっくりと瞼を閉じる。
彼女の瞳が揺れた。
「早く、しろ。お前の役目、果たせよ。」
巴樹は、静かにきいの胸の真ん中に手を当てた。
(心臓が動いてる…………皆、同じ、生きてる…………)
巴樹もゆっくりと瞼を閉じ、開けた。
そして、花が開くように満面の笑みで、目の前に転がる愛しい人に告げた。
「ありがとう…………大好き。」
巴樹は一筋の涙を流す。
瞬間、巴樹の周りで新緑の色をした色彩達が乱れ飛ぶ。
「七橋風華封印風夢」
今あるすべての力を解放する。
すうっ、と息を吸いこむと、巴樹は告げた。
「今、此処に、封じの姫、七橋巴樹の名のもとに、悪しき魂を封印する。」
乱れ飛ぶ色彩達が、きいの体を包み込み、薄黄緑のホールを造り上げる。
きいは、優しく微笑んでいた。
「『封印 風聖龍』」
パチンッ
弾け飛ぶような音が聞こえて、草原をさわさわと揺るがす。
幻想の中には、巴樹だけが立っていた。
引っ込んでいた涙が、ぼろぼろと流れ出す。
やがて、涙腺が壊れたかのように、巴樹は泣き出した。
「ごめ……………んねぇ…………ごめん…………なさ、い……………ごめん……………」
『巴樹ちゃん………私のせいで、辛い思いさせて、ごめんね………………』
心の中で、風華の声が聞こえる。
巴樹は、うっうっと声を出して、久しぶりにたくさん泣いた。
巴樹をまとう光の粒子達は、ひらひらと幻想の中を飛び回っていた。
「ごめんなさい……………きいくん。」
『ごめん、なさい………祇夕さん。』
巴樹の姿は、着物をまとう風華の姿になり、また巴樹に戻り、そして、巫女服姿の風華に変わり…巴樹に戻り。
二人の魂が交錯しあい、幻の世界の終わりが来た。
眩いほど光が、巴樹を包み込み、彼女の意識は、そこで途絶えた。
新たな朝が、伏見町にさした。
闇結界、軈乃球、そして、黒の御子。
三つの脅威が、今、二人の少女の手によって幕を閉じた。
2017年6月21日
闇のようなこの一日は、陰陽師とともに日ノ本を守り続けてきた龍の力をまといし精達のおかげで、午後7時45分に終わった。
黒き結界により追い出された人々が見たのは、黒き球体と結界、そして、その球体を打ち破る新緑の光だった。
彼らは、のちにこの一日のことをこう呼ぶようになった。
光と影の交わりし一日、
【光陰混合の一日】と。




