其六十八
六月に入りましたねぇ
梅雨って、じめじめしてて嫌なんですけど、たまにはいい働きをしてくれます笑
"黒の御子"
その単語は、巴樹の胸を確実に打ち抜いた。
何度も聞き、時には戦う決心を大きく決めた、因縁の相手。
それが、ごく身近にいる、しかも、きいだったなんて。
しばらくは会わないだろうと思っていたのだが、どうやら自分が見ず知らずのうちに、その相手は巴樹の近くにいたようだった。
きいからの手紙には、巴樹の知らない、事件の裏事情や、きいの言動についてが、分かりやすく書かれていた。
【これが、今の俺に話せるすべて。
もう、きっと会えない。あの日までさ。
だから、巴樹に一つだけ頼みたいことがある。それはー】
手紙の最後には、書きかけ途中のように言葉が途中で切られて終わっていた。
巴樹は、パタンと手紙を元に折りなおすと、自分の机の上に置いた。
そして、黙って待っていてくれたらしい四人に向き直り、巴樹は静かに口を開いた。
「佳穂さん。利人さん。柴さん。奈濟さん。皆さんに、幾つか聞きたいことがあります。」
名前を呼ばれた四人は、静かに巴樹の方を向く。
すうっ、と息を吸い、巴樹は言った。
「皆さんは、きいくんが『黒の御子』だということを知っていたんですよね?」
その問いかけに、四人は顔を見合わせ悲しそうに頷き合う。
そして、初めに口を開いたのは、苦しげな表情の佳穂だった。
「うん。そうだよ。………………それに、私達だけじゃない。悠とか、小冬さんとか……聖龍士の五人と、限られた二十七族生の龍精、そして、この睦月寮の皆さんが知ってる。」
「!?」
初めて明かされた真実に、巴樹は言葉も出なかった。
佳穂の言葉に続くように、今度は利人も口を開く。
「俺が、龍精の医者って、前言っただろ?きいも、俺の患者の一人。あいつ(きい)の力が暴発しそうになると、この町………伏見町が"崩壊"しかけねぇ。だから、定期的に検診してた。」
(ああ……………だから、きいくんはたまにふらりとどこかに行ってしまっていたんだ………………)
もう、巴樹は驚かなかった。
むしろ、驚きすぎて逆に冷静になったのだ。
次は、利人の翻訳付きの柴だった。
『私は、りーくんに教えてもらったの。よく事情は知らないけど、大変なことだってことは分かってた。』
「そうだったんですか。」
出来るだけゆっくりと大きな口で柴に答えると、巴樹は最後の一人に向き直る。
すると、彼女は静かに目を閉じ、意を決して話し出す。
「さっき、佳穂さんが言ってくれたように、巴樹ちゃん以外の睦月寮の寮員皆、きいのこと知ってるよ。
黙っててごめんね。でも、あの子が巴樹ちゃんには言わないでくれって言ったの。
だけど、きいが自分から言ったのなら、私はちゃんと話すわ。聞いてくれるかな?」
巴樹は、奈濟さんの言葉に黙ってうなずく。
すると、奈濟さんは部屋の真ん中に置かれた卓袱台の横に座り、静かに語りだした。
きいが、この寮にやってきた日のことを…………………………。
あれは、今から五年前。
奈濟が二十二歳で、睦月寮の寮長になって一年が経とうとした六月のこと………………
『あーあ、今日も雨かぁ………』
その時、十一歳の源人が、大きな窓から外を見ながらつぶやく。
ソファに座ってテレビを見ていた十二歳の冷斗が、景色に目もくれず、言葉だけ源人に返した。
『梅雨の時期なんだし、仕方ないでしょ?』
『でもっ……………ジメジメしてて、嫌な感じですよねっ!』
冷斗の言葉に、寮に来て三か月の十歳だった身長の小さい理衣が言う。
『まーねー』と軽く答えなおし、冷斗は再びテレビへと意識を集中させた。
『それにしても変な天気だよね。今日。』
『そうだね。晴れているのに雨が降っているなんて………………狐が嫁入りしているのかな?』
源人の独り言のようなつぶやきに、緑が同調する。
その頃の睦月寮の寮員は、源人・冷斗・理衣・奈濟・緑の五人だけで、今と同じように皆仲良く家族のように暮らしていた。
だが、そんな時だった。
"彼"がやってきたのは。
『じゃあ私、ちょっと買い出し行ってくるね。』
『行ってらっしゃぁい!』
『僕も手伝いますよ?』
『大丈夫だよ、緑くん。少ないから一人で持てると思うよ。』
その日の夕方、奈濟は晩御飯に足りない材料を買い出しに、近くのスーパーマーケットに向かおうとしていた。
そして、その時十三歳だった緑と、理衣の挨拶を聞いて、青緑のビニール傘を差して外に出た時だった。
『!?えぇ?!』
寮の茶色い扉を開けた奈濟の目に映ったのは、窓から見た規則的な雨粒の弾幕と晴れ渡る空。そして、一人の男の子の姿だった。
その男の子の艶やかそうな黒髪は雨に濡れて頭にはりつき、水色をした瞳は、"感情"というものをまったく映してはない。
傘も合羽も、雨を防ぐものを何も持たず、着ず。
少年の着ている藍色のフード付きのTシャツは、ぴったりと体に張り付き、彼の体のラインをくっきりと表し、下にはいているジーンズもぐっしょりとなっていた。
『ちょ、ちょっとキミッ!こんなとこにいると風邪ひくよ!?』
『…………………………』
奈濟が声をかけるが、少年は何も答えず、石像のように動こうとしない。
しばらく声をかけたりしていたがまったく動かないので、奈濟は最終手段に出た。
『龍幻龍術!』
奈濟は白い札をバックから取り出し、そう叫ぶ。
そして、ピッと風と雨を切りながら少年へ投げつける。
が。
まったく動かなかった彼の右手が、彼の体の前に移動し、手のひらに当たった奈濟の札を弾き飛ばした。
次も、奈濟さんの過去バナの続きからです




