其之十八
そして時は過ぎて、土曜日の九時半頃。
睦月寮から少し離れたところで、なぜかきいは巴樹に睨まれていた。
隣には、黒髪を腰辺りまでさらりと垂らし、きいとまったく同じ水色の、柔らかな瞳をした五歳ぐらいの小さな少女がいる。
あきれ顔のきいが、巴樹に、ため息交じりに言う。
「あのな、言ったろ。こいつは……。」
「みゆちゃんでしょ。で、この子は何者?」
「いやだから、」
「誰なの?きいくん。」
明らかに不満だらけの声に、きいは何度目かわからないため息をついた。
「こいつは、俺の、」
「早く教えて。」
…………なぜこのような状況になっているのかというと、実はこんなことだった。
「じゃあ行ってきます!」
巴樹が笑顔でそう言うと、奈濟さんが言った。
「巴樹ちゃん、本当に大丈夫なの?」
心配そうな表情に、少し前にいるきいが言う。
「ただ龍雅会の本部に行くだけでしょ。」
「でもねぇ……。」
「佳穂さんが待ってくれているらしいので、大丈夫ですよ。」
玄関を出ると、奈濟さんの悲痛な叫びが後ろから聞こえた。
「気を付けてねぇ~っ!!」
「………………過保護。」
その叫び声に、短くきいがつぶやく。
すると。
「おはよぉございまぁす……。」
どこかから、か細い女の子の声が聞こえてきた。
「え?」
突然のことに、声の主を探してきょろきょろと見回すと、いつの間にか巴樹の目の前に女の子が立っていた。
長い黒髪を垂らし、鈴のついたかんざしをつけ、柔らかそうな水色の瞳。ピンクのフリルのついたワンピースを着ている五歳くらいの女の子。
(うわっ…………可愛いー)
と、英国風少女が思っていると、隣からきいのつぶやきが聞こえる。
「……みゆ。」
きいがそうつぶやいて、みゆと呼んだ女の子に近づいていく。
「今度は何の用だ?」
「はい!えっとですね、」
みゆがそう言って話し出そうとしたとき、巴樹が待ったをかけた。
「き、きいくん?この子は?」
目をぱちぱちとさせて、巴樹は続ける。
「え、あー……あのな、こいつは…。」
「誰?」
ということで、最初の、きいが言おうとすると巴樹が返す、不思議な会話になっていたのであった。
これは、言う前に返す巴樹も巴樹だが、
どもって早く先を言わないきいもきいである。
「で、誰?」
「だから……」
「あのさ……」
「えと……」
いつまでも続く会話にあきあきしてきたのか、きいの隣にちょこんと立つみゆが言った。
「きい様、私が言ったほうが早いのでは……」
「あ、私もそう思う。」
「それならさっさと巴樹が言っときゃいいのに。」
またまたあきれ顔のきい。
苦笑いしながら、みゆが自己紹介する。
「えと、私はみゆと言って、きい様の『式神』です。よろしくお願いします。」
ぺこりと頭を下げるみゆに、巴樹がぽかーんとする。
「し…式神っ?!」
式神とは、陰陽師などにつくパートナーのような動物のこと。
陰陽師の場合には、式札と呼ばれる和紙を術方によって使役意図に適した能力を持つ鳥獣や異形の者へと自在に変身させるのだが、龍精の場合は、猫を用いることがほとんど。
三毛猫や黒猫、白猫など種類は多様だが、龍精の使う猫には使役する龍精が術をかけて、擬人化できるようにしている。このような猫達は、情報伝達や、時には戦闘も行う。
「はい。」
あくまで冷静にみゆが言う。
「ええええええ?!ほんとにっ!?」
なぜか目をらんらんとさせて、巴樹が、みゆと同じ目線になるようにしゃがみこんだ。
「可愛いーっみゆちゃん。私……」
「巴樹っていうの。よろしくね!」と言おうと思ったが、その前にみゆが口を開いた。
「七橋巴樹さん、ですよね。よろしくお願いします!」
にこっとみゆが笑い、巴樹が固まる。
そんな光景を見ながら、きいが言った。
「おい、早くいかねーと時間に遅れるぞー。」
と言いつつ、もう10mほど先に行くきい。
「えっ、えええ?」
急いで立ち上がると、巴樹はきいの後を追いかける。みゆも二人の後を追いかけて、白波神社へと向かった。
「もう、遅いですよ。二人とも。」
白波神社の境内には、佳穂と、他に、一人の男の子が横にいた。
「す、すみませんっ。」
現時刻、午前十時十分である。
「扉がきえちゃうんで、早めに来てください。」
佳穂は、すたすたと、本殿の後ろへと回っていった。
男の子も無言でついていく。
二人は顔を見合わせると、本殿の裏へと回る。
(扉がきえる、ってどういうことなの?)
そんな巴樹の問いかけは、数秒後に解決することになった。
「えええええっ?!」
巴樹はあんぐりと口を開ける。
「おい、巴樹。さっさと行くぞ。」
そういうきいの体が、金色に輝く、丸い空間の切れ目に半分吸い込まれている。
「これが、扉?」
佳穂に案内された場所(本殿の裏)には、空間の切れ目があった。
空間の切れ目とは、巴樹達の住む世界と別世界(異次元の世界)とを分ける空間に出来た裂け目。龍精では、この切れ目を『霊道』と呼ぶ。本来、そう簡単に霊道が出来ないのだが……
びくびくとしていると、どんどん霊道が端から消えてきている。
(か、佳穂さんが言っていたのは、こういうことだったんだ!)
意を決して、巴樹は霊道の中に飛び込んだ。
その瞬間。
周りの景色が変わっていた。
少し暗いその場所は、赤茶色の壁に真っ赤なカーペット。
「ようこそ、龍雅会本部へ」
次回、龍雅会潜入です




