元ハイエルフとおっさん
胸が怪物の口の様に開いたララノアさん。見るからに正気じゃない。
戦闘は避けられそうにないが……人通りが少ないと道とは言え、まだ明るい時間だ。
まさかこんな所で仕掛けてくるとは。
「うふふ、心臓、心臓を下さい」
胸が大きく開いているからか、バランスを取り難そうに歩くララノアさん。
見たところ機動力はなさそうだ。
一旦引き離してみるか。どうやら狙いは私みたいだし。
なんとか安全に戦える場所に行きたい。
背後にいるイシュミールさんの体に変化はない。
イシュミールさんには理性が残っている……様だが、話し合いに応じてはくれなさそうだ。
いかん。悠長に考えていては。
タケルヒコ様やイブキさんにも行動が遅いと注意されてきたのだ。
よし、ここは正面から。
ララノアさんに突進する。
2メートル程まで接近したところで、ララノアさんの胸が大きく開く。
あ、ほんとにそこから食べるのか。
私は上に飛んで攻撃をすかし、そのまま近くの屋根に降りる。
ララノアさんを見やる。
ララノアさんも、ゆっくりと見返してきた。
やはり反応が鈍い、これなら十分逃げられそうだ。
では失礼して。
屋根伝いに移動する。
事前に戦えそうな場所をチェックしておいてよかった。
ひとまずそこまで――
「きゃあああああ!!」
後方から悲鳴。足を止める。
まさか関係ない人を襲っているのか。
いかん。無差別に攻撃する可能性を考えていなかった。戻らないと。
と、駆けだそうとした瞬間。
先程の場所から「ドン!」と何かがぶつかった音がする。屋根が揺れ、悲鳴が連鎖する。
悲鳴を辿ると、裏道から姿を現す物体。
上半身は変わらないが、腰から下が大きく太い触手に塗れて、3メートル近い巨体まで膨れ上がっている。
触手がうねり、巨体をものともしない速度で移動する。
露店が砕け、人々が悲鳴を上げながら逃げ隠れる。おいおい。
これは逃げてる場合じゃない、誰か轢かれたら死んじゃうぞ。
屋根から降りる。
でどうする。
何も考えていない。
そんな私を待ってくれない彼女は、ただひたすらに突き進む。
「ウィンドシールド!」
職種は掴めなさそうなので、風の盾を作る。
そして、衝突した。
同時に衝撃が響く。何メートルかの後退を余儀なくされる。
手の甲を交差させ、盾が切れないように魔力を集中。
女性にこんなこと言うのは失礼かもしれないが、お、重い。
少しして、完全に勢いを殺した。
さてどうする。
まずは周りの人達を避難させたいところだが。
いかんせん人も物も多すぎる。
考えがまとまらない内に、触手が伸びてくる。
と、風の盾が消滅した。
「!」
続いて、腹部に重い風圧がかかる。
後ろに飛ばされた。
さらに着地したそばから複数の衝撃に襲われる。
なるほど、風魔術か。
どうやら私はララノアさんが得意とする分野で仕掛けていた様だ。
風の盾が消えたのもそのせいだろう。
しかし、んー、周りに被害が及ばない様に風魔術を選んだのだが。
後使えそうなのは水か土……か。
他のは周りが心配で使えない。
それでなんとか動きを封じなければ。
「ん?」
離れた所で魔力を感じる。
よく知る魔力。
ルミさん、サクヤさん、イブキさん……ディアノックさんも。
やはり全員見つかっていたか。
敵方の魔力にも覚えがある。
この国を拠点にしていたのは間違いない様だ。
ならきっといる筈だ。それを信じて、今は耐える。
みんなもそれまで――
「んー。よく拙者の前に顔を出せたでゴザルな。バサラガ」
巨躯の黒騎士。
「ふむ。我輩とて、お主に興味などなし。来たくて来たわけではないのだが」
黒騎士と同等の体躯である竜人が、不満そうに目を瞑る。
「まあなんでもいいでゴザル。探す手間が省けたというものでゴザル」
「姫様にした行い。後悔して死ね」
「弱者必滅。お主はここで消えるがよい」
「オホ~ホ。これはこれは、ワタ~シの相手はメイドさんで~すか。し~かしなぜバラけたのです~? 3人一緒の方がよかった~のでは~?」
宙を舞うピエロは、眼下に佇む女に声を掛ける。
「お喋りな道化ですね。こちらにはこちらの都合というものがあります」
手を腰の前で揃えたメイドは、冷ややかな声で返した。
「そうですかそうですか。まあな~んでもい~ですよ~。楽しませていただけ~れば」
「さ~て。貴女はど~んな声で鳴くんでしょ~か」
「鳴かせるのは、私の方が得意だと思いますよ?」
「ふぉっふぉっふぉ。どこまで逃げるのかねお嬢ちゃん。もうええじゃろ。そろそろ我慢の限界じゃて」
邪仙の魔術が、走る少女の行く手を阻んだ。
「我慢……ですか?」
少女は振り返り、亀の老人に問う。
「儂は肉を潰すのが大好きでのう。特にお嬢ちゃんの様な若くて可愛らしい女子が潰れる様は最高じゃ」
下卑た笑いを浮かべる老人は、年甲斐もなく興奮を募らせていた。
「……そうやって、これまで何人もの人を苦しめてきたんですね」
「心から楽しめる趣味を持つことが、長生きの秘訣じゃて」
「じゃからして、お嬢ちゃんも儂の糧になってもらおうかのう」
「……おじい様の子孫として……ヨシオ様の仲間として……貴方を倒します」
「あんたさ、シアを虐めた奴でしょ。なんで裏切ったの」
「……」
桃色の髪の少女が、銀色の髪の少女に対する。
「シアが言ってたよ。あんたは無口だけど、強くて優しくて、頼りになる友達だって」
「……」
銀髪の少女は答えない。
「だんまりか。はぁ……シアには悪いけど、そっち側に立つんなら手加減しない」
腰を落とし手のひらから現出させた柄を覗かせ、居合いの態勢に入った。
「来な」
「始まったか……。さあ出てこい。ここで終わらせてやるぞ」
目標。確認できず。




