嵐の前とおっさん
負けた。
私は負けた。
敵であるジュウベイさんの料理。
悔しいけど、本当においしかった。
幸福で、それ故になんとも歯がゆい時間だった。
そしてあの余裕。
平然と姿を晒し、いつでも来いと言った感じだった。
私が接触したことで、この国にパーティメンバーがいることも知られるだろう。
タケルヒコ様は『想定の範囲』と言ってくれたが、先手を打たれる可能性が高まったのではないか?
タケルヒコ様から頂いたローブもあの距離では通じなかった様だし、うかつだったな。
はぁ……この大事な時に私はまったく何をしているのやら。
「もし、どうなさいましたか?」
路地の階段で落ち込んでいる私。そんな私に綺麗な声が届いた。
顔を上げるとどうだろう、そこにはなんとも美しい女性が2人。
耳が長いから、長耳族?
いや、髪が緑色だ。確か長耳族の髪は金色だ。
ルミさんは半耳族であの髪色は父親譲りだから例外だ。
とするとこの人達は?
「あ、長耳深族を見るのは初めてですか?」
……いかん。じろじろと見すぎたらしい。察して教えてくれた。
「すみません、見慣れなかったもので、『ハイエルフ』、ですか」
「気にされなくて結構ですよ、慣れてますから」
「そうなんですか」
「私達はあまり数がいないもので、珍しい種族なんですよ」
ほうほう。
確かになんというか、そこらの人とは存在感が違う。魔力も高そうだ。
「貴方は旅人さんですよね」
「ええ、なぜわかったんです?」
「私達、この町では結構有名人なので」
希少な種族でこの美人さん。そりゃ有名になるか。
そんな人達を知らなければおのぼりさん確定ってわけだ。
「申し遅れました。私はララノア・インスィール・エルエルフと申します。こちらは親類のイシュミールです」
「これはどうもご丁寧に、私はスズキ・ヨシオと申します。あ、名前がヨシオです」
「ではヨシオ様とお呼びしてよろしいですか?」
「え、ええ。えっと、ララノアさん」
ニッコリと笑うララノアさん。
所作からかなりいいところの人だとわかる。
隣の美人さんも親類と言うが、護衛に近い人だろう。かなり強い人だ。
様づけは落ち着かないが、そういう世界の人なのだと訂正は求めない。
サクヤさんにも呼ばれてるしね。
「それで、ヨシオ様はここで何をされていたのですか?」
何を。
自分のしょーもなさを再確認していたところ。
なんて言ってもしょうがない。
「えっと、これから街を見て回ろうかと思っていたのですが、ご飯を食べたので休憩を」
「そうでしたか。なんだか落ち込んでいる様に見えたので、そうではなかったのですね」
う、バッチリ見られていたか。
恥ずかしいなあもう。
「そうです! よろしければ街をご案内しましょうか!」
名案だとばかりに手を叩いて見せる。
少し大袈裟な気もするが、可愛いいからよし。
しかしそれとこれとは別だ。
街を回ると言っても観光に来た訳ではない。
それにこんな美人さんと一緒にいたら目立つ。有名人みたいだし。
ここは丁重にお断りうぉお!?
「ちょうど私達もお散歩してたところなんです。ではまずあちらから参りましょう!」
ララノアさんのやわっこいのが腕に当たる。
なかなかボリューミィ。これは着痩せするタイプだ。
ってそんな場合じゃない。私の心臓が爆発寸前だ。
「ちょ、ちょっと、はにゃ! はにゃれてください!」
噛んだのにも構わずグイグイと引っぱって行くララノアさん。すごい力だ。
後に続くイシュミールさんに目で助けを求める。が、まったく届かない。
これは詰んだかもわからん。
いや、諦めるな。
私だってこれまで何度も心臓を爆発させながらここまできたんだ。
以前より耐性が付いている。
なんとか耐えて、適当な所でお別れする。
しばらくすればララノアさんの気も済むだろう。
「共和国は大きく4つの地区に分かれていて、地区ごとに住んでいる種族が大体決まっているんです。長耳族は大体北西ですね」
「へーそうなんですか」
「ここが教会です。色んな種族がいるので、共和国の教会は1日中やっているんですよ。いつでもエリン様にお祈りできます」
「地域に密着してますね(アレにお祈りするのもどうかと思うが)」
「ここが共和国自慢の噴水広場です。高名な土金族が設計していて、噴水の数は大小合わせて300個もあるんです! 祭事ではライトアップもされて、それは綺麗なんです」
「それは見てみたいですね(ルミさんとサクヤさんが喜ぶだろうか)」
「ここが知る人ぞ知る名店「じゅうじゅう亭」です。大衆向けのお店なんですが、とても新鮮な食材を使っていて、高級店にも引けを取らない鉄板焼き店です! 店員さんも気さくな人ばかりで、居心地いいんですよ。私も大好きです」
「……よくわかりましたです」
「――と、これで大体回りましたでしょうか。いかがでしたかヨシオ様?」
彼女達と出会った場所に戻ってきた。
まだ日は暮れてない。
効率よく回ってくれたのだろう。街の細部は見ていないが、大まかには頭に入った。
なにより話しも聞けてなかなか有意義な時間だった。
まあ、途中で離れてくれなければ死んでいたかもしれないけど。
「ありがとうございます。とても楽しかったです」
「よかった! ご迷惑だったんじゃないかと、今になってちょっと不安だったのです」
「いえいえ、案内して頂いて本当に良かったですよ。よければお礼がしたいです」
「お礼だなんて、私が勝手に連れ回してしまったのですから」
「そう言わずに」
「……でしたら、1つお願いがあります」
音も無く踏み込んできたララノアさん。
そっと私に寄り添うと、私の胸に長い耳を点けた。
心臓が跳ねる。
「ラ、ララノアさん?」
「すごい……元気で、たくましい……」
うっとりと艶のある声を出すララノアさん。
何だ? 何の話をしているんだ。
おっさんの何の話をしているんだ。
確かに元気になっている所はあるけれども! 年甲斐も無く元気だけれども!
「ヨシオ様……とても恥ずかしいのですが」
密着率が上がる。触れ合っていない箇所がない様に。
当然私の小さなおっさんも。
破壊力抜群の上目遣い。
そしてララノアさんは、私の胸に指を這わせ、潤んだ瞳でこう言った。
「お恵み、頂けませんか?」
だ。
だから何をおおおおおおおおおおおおおおおおお!?!?
「心臓を」
距離を離す。
私のシャツがじわりと赤く染まる。
が、無事鼓動を感じる。
ララノアさんは、血の付いた指先を眺め、続けた。
「逃げないで下さい、ねえ、ヨシオ様、お恵みを、心臓を下さいよ」
悲しそうな。嬉しそうな。混濁した表情。
「欲しい、心臓、ほら、見て下さい、だって私」
清楚な服の前を、掻き毟る様に破る。綺麗な乳房が露出する。
そして、さらに胸元が見開く。
「心臓がないんですよ」
空洞。心臓どころか、あるべき臓器が見当らない。
骨も。開かれた胸の肉からは、代わりに牙の様な物が生えている。
ああ。
そりゃこんなおっさんに、甲斐甲斐しく親切にしてくれる美女がいる筈ないし。
でもさ。
なんとなくわかるよ。敵かどうかって。
この子は違う。
でも戦わなくちゃいけないってことも。
ああ。
なんだか。
お腹が立ってきた。
元ハイエルフVSおっさん




