じゅうじゅう焼きとおっさん
「……どうしてあなたがここに」
店内の賑わいもあって、他の人には聞こえないレベルで訪ねることができた。
ところが神妙な私と違い、ジュウベイさんは平然と、むしろ楽しそうに仕事に勤しんでいる。
そしてこちらを見ることもなく答えた。
「そりゃあ、お客さんに料理する為ですよー」
「私を料理するの間違いでは?」
「まさか、俺はただ注文された料理を作る。それだけですよ。第一、この店に入ってきたのはお客さんだろ?」
……それもそうだ。
この店に入ったのは私の意志だし、誰かに勧められたとか、そんなこともない。
罠、というわけではないということか。
いやいや。だからと言って。
「なぜこの店で働いているのでしょうか」
殺し屋なのに、と続く。
いくらなんでも、ねえ。
まさかこの世界では殺し屋の副業は当たり前なのか。
世を忍ぶ仮の姿的な。
いやでも私に顔割れちゃってるしね。
それで普通に働いてるって忍気ゼロだよね。
「お客さん、誰だって色んな顔を持ってるし、1つじゃないだろ。 殺し屋だって毎日人殺しする訳じゃないし、たまには人助けすることもあるかもしれないし、こうして鉄板焼くことだってある」
いやないよ!
ターゲットと鉄板挟んで会話するなんてありえないよ!
「へへっ。そんな難しい顔しなさんな。まずはこれでも食いねえ」
脳内突っ込みをする私の前に差し出される料理。
今しがた目の前でじゅうじゅうと焼いていた品だ。
にんじん、ししとう、ナス。よく焼けている。どれもおいしそうだ。
なお全ての野菜には○○っぽいと付く。
しかしこれはどうなんだ。食べていいのか。
なんて考えつつも、私のフォークは自然とそれを口に運んでいた。
「!」
ししとうっぽい物を食べてみたが。
これは、なんだ。
甘みがすごい、しかしほんのり苦味もある絶妙なバランスだ。
素材がいいのか? これはもう別の野菜と言っていい。実際別の野菜かもしれんが。
こっちはどうだ?
にんじんっぽい野菜を放る。
……おいしい。
みずみずしく、柔らかい。それにバターの様な油の風味。
さっきのししとうには使われてなかったはずだ。
驚きで手元を見ていなかったが、別で焼いていたのか。
ではナスも。
……くそう。
なんだか悔しいと感じるのはなに心なのか。
しかし、とめられん。
私は出された野菜達を次々と口に運んだ。
量が少ないのもあり、すぐに野菜たちは姿を消した。
私は満足感と共に喪失感も味わうこととなる。
「どうやらお気に召した様で。それじゃあメインに移ろうかね。お客さんお酒は?」
「私はお酒が飲めないので」
「そりゃもったいない。ならこれでどうだい」
グラスに注がれる黄色……いや、金色に近い液体。
注がれたそばからシュワシュワと小気味よい音を立てる。
一見ビールの様に見えるが。とりあえず一口。
うん。これはあれだ。
完全にコーラだね。
子供の時に飲んだことがある。
なんだか薬みたいな味がして、それっきり飲まなかったんだ。
しかしこれはどうだ。すっきりしていて飲みやすい。
こんなにおいしかったっけ。
それとも特別この世界のコーラがおいしいのか。
などと、何十年かぶりのコーラを堪能していると。
目の前に「ドンッ」とつやつやの肉塊が現れる。
サシの乗りかた、色味、明らかに上等な物であるとわかる。
「いまから、こいつを、焼く」
肉を指して言う。
「厚さは2センチ。それがこの肉には一番合う」
刺身を切るかの様に、一度で肉を切り離す。まるで抵抗を感じさせない。
「この鉄板の上で、お客さんは人生を知るだろう」
白い粒。恐らく塩をまぶし、鉄板に肉がもたれる。
瞬間。
爆発する。
暴力的なまでの肉の讃美歌。
全身を覆う命の匂い。
飲み込まれる。
軽やかに肉が舞い、裏返る。
今度は火力が抑えてあり、先程よりインパクトはない。
ないが、牛歩の様にゆっくりと、だが着実に、旨味を押し上げている。
いくらかの香辛料が降りかかる。
それが終わるのを、今か今かと待っている自分がいた。
最後に謎の透明な液体をかけると、手際良く一口大にカットされた。
「できたぜ。これが当店名物。『じゅうじゅう焼き』だ」
安直だ。だがわかりやすい。余計なことを考えなくて済む。
もう私は、この肉のこと以外考えたくないのだ。
いただきます。
なにが起きたのかわからなかった。
ただ目の前の肉が、半分なくなっていた。
こ、これはどこぞの妖精族の仕業に違いない。
くそ! なんてひどいことをするんだ彼女は!
「どうだい。うまいだろう?」
「い、いえ、まだわかりません。これから吟味するところです」
いつのまにか半分となった肉を見やる。
すごい色艶だ。
見ているだけで口の中がとろけそうだ。
だがどこかおかしい。
カットされた肉。その断面には、あるべきものがない。
それは肉汁だ。
これだけのサシの入った肉。
当然肉汁もたんまり内包している。
なのに、カットされた肉からはまったく流れ出ていない。
なのに。
肉片を1つ口に運び、奥歯で噛みしめる。
するとどうだろう。
熱々の肉汁が所狭しと飛出し、口内を満たしていく。
いったいどういうわけだ。
――あれしかない。
「最後にかけたあの液体。あれはなんですか」
「お目が高い。これはラップウォーターって言って、素材のうまみを包み込む膜を張る。魔術で作られた水だよ」
と、液体の入った瓶を取り、横に振って見せた。
「つまりその水が、肉の旨味を逃がさないと」
「ご名答」
なるほどなるほど。
うんうん、そういうことね。
わかったわかった。
無言で鉄板の肉を処理していく。
ものの数分で、跡形もなくなった。
私はナプキンで口元を拭い、一息ついて。一言。
「負けました」
店を出た私は、リンケージを取り出し、タケルヒコ様にメッセージを入れる。
『ヨシオ:ジュウベイさんを見つけました』
『タケルヒコ:早いのう。もう接触したのか?』
『ヨシオ:はい』
『タケルヒコ:そうか。今こうしていると言うことは、大事にはなっていないようだの』
『ヨシオ:いえ』
『タケルヒコ:?』
『ヨシオ:負けました』
『タケルヒコ:』
肉の魔力に溺れた。




