28.わたしが手に入れられないもの。
見慣れたルーナの部屋に、見慣れない少女と年のくった五十代ぐらいの男の人が立っていた。
少女はフリルが山盛り着いた華奢なデザインの純白のワンピースを身に纏い、男性の方はいかにも執事という出で立ちで出しゃばらない程度にしっかりしたスーツを着こなしていた。
男性がお手本になりそうなくらいの完璧な会釈をすると、その横で少女がワンピースの両端を持ち、膝を折って軽く頭を下げた。
その細い肩を柔らかそうな栗色の長い髪が滑り落ちていく。
今すぐ走って、未だ手首を握っているルーナの手を振り払って、この部屋から逃げ出したい思いに駆られた。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、ルーナの手に力が入って、少しだけ痛かった。
「はじめまして。ルーナさんと透さんでよろしかったでしょうか? 私はジョナサンと申します。お好きなようにお呼びください。それからこちらは」
執事風男性ことジョナサンに話を振られ、純白少女が再度小さく頭を下げた。
「ジャスミンと申します」
見た目とぴったり合った可愛らしい声だった。
胸の中に生まれた黒い物体が、徐々に大きくなっていくような気がする。
「初めまして、オレはルーナ。コイツは透って言います。よろしくお願いします、ジョナサンさん」
ルーナがやっと手を離して行儀よく頭を下げた。
私は一瞬の逡巡を経て、軽く会釈をした。
それからソファに座ることを勧め、私以外の三人が腰を下ろした。
「早速ですが、今回の依頼の件についてのお話をさせて頂いてよろしいでしょうか」
ジョナサンさんがそう切り出したことで、話し合いが始まった。
私はルーナの自室内の給湯室へ向かい、四人分の紅茶を淹れ、ローテーブルへ置いてやっと腰かけた。
一応、話を聞かなくてはと思いジョナさん――じゃなくて、ジョナサンさんの落ち着いた声で紡がれる、しかし決して穏やかとは言えぬ内容の話に耳を傾けながら、ときどき自分へ注がれる視線が気になってしょうがなかった。
ジョナサンさんはルーナを見ている。
ということは、私を見ているのはあのなんて言う名前か忘れた純白少女だ。
身体の奥底のどす黒い物体が渦を巻き始めた。
不快に思い、尖らせた視線で少女を射た。
それでも彼女は視線が絡み合うと何がそうさせるのかわからないが、嬉しそうに顔を綻ばせた。
むしゃくしゃした。
何かをばっさり斬ってしまいたくて、髪を掻き毟りたくて、大声で叫びだしたい。
でも今そんなことをしたらいけないから、右手をそっとDEATHBREAKERの柄に触れされておくだけに留めておいた。
強張っていた身体からふっと力が抜けた。
一時間弱で主にジョナサンさんとルーナとの話し合いは終わり、ルーナが渡した紙面にジョナサンさんが何かを書くと純白少女とともに部屋を出ていった。
バタン、というドアが閉まる音を聞いた瞬間、足の骨が砕けてしまったかのようにその場に座り込んだ。
ルーナの慌てた声が聞こえたけど、何も答えられなかった。
ただ、もうあの少女には会いたくないと、それだけは強く思った――のに。
立ち上がり、ソファへ座るとルーナが満面の笑みで口を切った。
「依頼、承諾したからなー」
「は?」
素で返事をし、食い入るようにルーナの目を見つめるとそんなに睨むなって、と言われた。
「だから、さっきのジョナサンさんの依頼承諾したからな。当日、オレは別の仕事があるから透だけで行ってこいな」
「無理」
ルーナが弱ったような顔をして自前の両側に豪快にはねる金髪を摘まんだ。
「さっきからなんで、そんなに嫌なわけ?」
「私、女性アレルギー」
ルーナが目を丸くして、ゆっくりと瞬きを繰り返し、それから思い出したように噴出した。
「オマエ、女性アレルギーって透も女だろー?」
「自分は平気。でも他は無理」
「だーいじょうぶだってー」
「嫌」
「透、ジャスミンさん見ただろー? あんな小っこくて可愛らしい女の子護ってあげたいとか思わねえの?」
「思わない。ああいう女はとくに嫌い」
「透なら大丈夫だって! オマエ、オレの次に強ぇしさ。なんかあったらレガーロ使えばいいじゃん」
ひやりとした。
レガーロ。
それは、たぶんあの青白い光のこと。
どうして自分があの能力を使えるのかはわからないけれど、あれは恐ろしい。
ルーナと初めて会った時の戦闘のことを思い出して自分の身体を掻き抱いた。
自分の身体が意志に反して動いて行く感覚は、忘れたくとも忘れることなどできなかった。
「じゃあこの任務引き受けてくれたら、勝負しようぜ。同じ剣士としてお互いどうなのか知るためにもいい機会だしな」
反論するのを面倒臭く感じたのと、勝負という言葉に惹かれて私はしぶしぶ了承した。
「よし、じゃあ明日だからがんばれよ!」
もうどうなろうと私の知ったことではないと思った。
She has something what I cannot get.
彼女はわたしが手に入れられないものを持っている。




