29.嫌になる。
「あ、あそこのお店も寄っていいですか!」
数歩先を歩く純白少女、ジャスミンのはしゃいだ声を聞いて一気に疲れが溜まったかのように肩が重くなった。
ただでさえ朝から任務当日になり聞かされた任務内容に呆れ果てていたというのに、実際に任務となるとあまりのくだらなさに溜息さえ出なかった。
ジャスミンは由緒正しい家のお嬢様らしく、次期当主なのだという。
家の権力を奪うため、跡取りである彼女を狙う輩が多く自由に買い物をすることさえできないので久しぶりのショッピングに付き合ってほしい、という依頼だったらしい。
女性が好みそうな可愛らしい洋服や雑貨が道の両脇にある店のショーウィンドウからきらきら輝きながら自分を主張しているのを見ると、頭痛を覚えた。
ピンクという色のものを見るだけで胸がムカムカするのは、本当にアレルギーじゃないのかな。
いつも私は赤いセーターに黒いプリーツスカート、膝上の黒いブーツに同じく黒いコートという可愛さの欠片もない格好をしているし、ジャスミンのようなレース付きのお伽噺の中のお姫様が来ていそうな服を着たいとさえ思わない。
「透さん、見てくださいこれ!」
護衛対象であるジャスミンの命令は絶対だ。
嫌々ながらジャスミンが覗き込むショーウィンドウを覗いた。
赤い薔薇のコサージュが置かれていた。
「ここ、入っていきません?」
嫌とは言わせない、と輝く目で訴えられ、やむを得ずジャスミンの後に着いて装飾過剰のピンクと白時々赤の店内へ入った。
店の中にはネックレス、リング、ブレスレット、イヤリングにピアスと言った類のものが所狭しと並べられ、それがどれも自分が一番と言わんばかりに輝きを放つので目が痛くなる。
ジャスミンは店内を一通り物色し終え、レジで会計を済ませると入り口付近で突っ立つ私のもとへやってきて、買ったばかりの袋の中からさっき外から覗いたときに見えた赤い薔薇のコサージュを取り出した。
そして、背伸びをして私の頭へ付けた。
取ろうとして腕を動かしたら、掴まれた。
ジャスミンは甘い香りが漂ってきそうな笑みを浮かべた。
「透さん、すっごく綺麗な黒髪だから赤が似合いますよ。そのさらさらな髪、憧れます」
また突拍子もないことを言い出したジャスミンを横目に溜息を吐いたときだった。
身体の奥がざわめいた。
すかさず辺りを見回すと、それらしき人物が数名いるのが確認できた。
付けられていたのだろうか。
今の今まで気づかなかったことを不覚に思い、唇を噛んだ。
ジャスミンが不思議そうな顔で見上げてくる。
このまま細い路地へ入ったらやつらは必ず仕掛けてくる。
どうしようかと、考え始めたときだった。
「あ、あれ可愛い!」
あろうことかジャスミンが駆け出して行ったのだ。
すぐさま追おうとしたが、人ごみに揉まれて少女の小さな身体はすぐさま消えてしまった。
舌打ちをして走り出した。
人の流れが激しい道路を越えて反対側の店が並ぶほうへ辿りついた。
見まわしても同じような背格好の人が多すぎてなかなか見つけられなかった。
小さな悲鳴を聞くまでは。
それは、きゃ、というごくごく短いものだった。
まるで叫ぼうとして、途中で口を押さえられ断念せざるを得なかったような。
声のしたほうへ走りだした。
迷うことなく、刀を鞘から抜いて。
十字路を左へ折れてさらに加速した。
もう店は一軒もない。
表通りとは打って変わって暗く物淋しい通りだ。
道端のゴミの入ったポリバケツを足場に、建物の屋根に上がりさらに速度を上げた。
微かに、自分以外の誰かの走る足音が聞こえる。
力を、貸して。
簡単だった。
そう軽く念じるだけであの青白い光は胸から溢れ、今回は両足に絡みついた。
それによって今まで出したことのないような速度でも走れる。
景色が飛ぶように過ぎた。
そしてやっと、追いついた。
敵の姿と人数と、護衛対象の安否を確認するやいなや屋根から、刀を振り下ろしながら飛び降りた。
着地するまでに後方を走っていた男を一人、斬った。
やつらが状況を把握しきれないうちに後方のもう一人の鳩尾に青く光る足を叩き込み、ジャスミンを抱える男の背中を斜め上から綺麗な直線を刻んだ。
男の手の力が緩み、地面に落ちそうになる少女を抱え、そっと降ろす。
でもこれで安心できるというわけではない。
四方の屋根からやつらの仲間であろう男たちが飛び降りてきた。
各々がそれぞれ武器を手にして。
舌打ちをした。
人を護りながらでは思うように動けない。
力を。
青白い光が左腕を伝って、剣の形を取り、やがて私の手から離れた。
その青白い剣に、命じた。
スキンヘッドの男を斬れ!
剣は車よりも早いスピードでスキンヘッドの男の前へ辿りつき、剣先を右斜め上から振り下ろした。
血しぶきがあがる。
これは、使える。
呆然とする男たちを片っ端から斬り倒していく青白い剣。
私はこちらへ飛びかかってくるやつを斬るだけで済んだ。
「ジャスミン、目を塞いで」
相手の数が半減以下になったとき、そろそろ本格的に動き出すことを決めた。
たぶん、今からこの場は可憐な少女にはとても見せられない凄惨な現場になるだろう。
手始めにパフォーマンスの一つとして、飛んできた銃弾をかわすのではなく、一刀両断して見せた。
青白い光、たぶんレガーロを使うときは普段できないようなことも容易になるのだ。
敵である男たちを斬った。
抉った。
刺した。
頭を切り落としたのもいる。
腕をそぎ落としたのもいる。
心の中で命令するだけで動く従順な剣が身体をえぐり、臓器が零れているのもある。
生臭い血の匂いが鼻をついた。
笑ってしまいそうになるのを堪えた。
でもどうして笑ってはいけないのだろう。
こんなにも愉しいのに。
「きゃあああっ」
それなのにそんな気分を害すような甲高い声、出さないでよ。
「助けて! ――透さん!」
名前を呼ばれてようやくはっとした。
慌ててジャスミンのほうを振りかえると男が剣を振り上げて向かっていっている。
ここからでは間に合わない。
男が剣を振り下ろした。
真っ赤な花弁が散った。
残りの二歩を足早に進んで、ジャスミンを斬った男に肉薄し、その背に刀を突き立てた。
返り血が飛んできて、髪を濡らした。
再び静寂を取り戻した暗い路地に響くのは、ジャスミンの短い嗚咽と荒い呼吸音だった。
どうやら斬られるときに咄嗟に腕を出して庇ったらしく、左腕の手首から肘にかけて大きな切創があるだけで、命に別条はなさそうだ。
肩が大きく震えていた。
愛用の黒いコートを脱いで掛けてやった。
涙目で見上げられて、いたたまれない気持ちになりすぐさま視線を反らしてスカートのポケットから携帯を取り出して、ルーナに電話をした。
「ルーナ。襲われた。護衛対象が負傷。すぐに迎えに来て」
それから現在地を手短に言い、背後で輝く青白い剣を見た。
消えて。
そう念じると、砕け散って消えた。
どうやら、だいぶ使い方がわかってきたのかもしれない。
数分すると、ルーナが車を飛ばしてやってきてジャスミンと私を乗せて金髪の髑髏傘下の病院へと急いだ。
車へ乗り込むとき、血の海に沈む真っ赤な薔薇のコサージュを見つけたけれど、気付かないふりをした。
I got tired of everything.
嫌になる。




