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少女・実歌

「ただいま実歌(ミノカ)。留守番ありがとう。僕がいない間、特に変わったことはなかったかい?」

 白馬(ハクマ)と側近は薬屋の裏手へ回り込むと、住居へとつながる裏玄関の扉がある。鍵を差し込んでひねり、ガラガラと重い木戸を滑らせて、静かに中へと入っていった。

 出迎えてくれるのは、先月貧民街の灯里から救い出した9歳の痩せた小柄な少女の実歌(ミノカ)だ。実歌は紫水晶ような美しい瞳に、金色の肩ぐらいの長さの髪だ。

「お帰りなさい、白馬様。留守の間は問題なかった」

「そうか、安心したよ。実歌に留守番を一人で任せるのは初めてだったからね、心配してた。この子は『美並』だよ。遠い山からやってきて疲れ果てている。しっかり睡眠と休息をとらせ、体力を回復させてほしい。食事の方もお願い。やり方はわかるね?もしわからないことがあったら、林杏も一緒にやってくれるから、教えてくれるよ。美並の様子はちょくちょく見にくる」

 そう言って白馬は曲がりくねり、いくつもの交差点が入り組む広い屋敷の廊下を、迷うことなくまっすぐに進んでいく。やがて、本館からつながる別棟のような場所に辿り着いた。重厚な扉をそっと開け、美並を柔らかな寝台の上へと静かに横たえる。それから実歌に軽く言葉をかけ、その部屋の管理を任せると伝えた。

そこは、屋敷の中にいくつか用意されている部屋の一つだった。普段は症状が落ち着き、少し回復してきた患者などを休ませるために使われている場所だ。庭に大きく面した窓からは心地よい風が吹き抜け、清潔で明るい空気に満ちている。室内には心地よさそうな寝台のほかに、洗練された豪華な装飾品や華やかな花瓶、さらには滅多にお目にかかれない珍しい街から取りよせられた本などが並べられており、どこか心を落ち着かせる品格が漂っていた。

「じゃーまたね実歌。困ったことがあったら言うんだよ、林杏にも、僕にも、みんな助けてくれるからね」

「わかった、白馬様」

 入り組み曲がりくねった回廊を、白馬は来た道をたどるように引き返していった。薬屋の裏手に通じる扉から庭へと足を踏み出すと、そのまま表の薬屋のさらに奥、患者たちが過ごす専用の建物へとその姿を消した。これから翠葉の様子を丁寧に観察し、病状の経過を見守りながら病名を突き止めるのだ。

 

 一方、薬屋の奥の静かな一室では、実歌が寝台に横たわり静かに眠る美並のそばに寄り添っていた。その穏やかな寝顔を、優しい微笑みをたたえながらじっと見つめている。

「美並、わたし、実歌。美並は、どこから来たのかな。白馬様は遠い山からって言ってたけど、もしかして山の民の子かな?わたし初めて会うの、山の民の人に。嬉しい。美並、大丈夫だよ、わたしがいるからね、白馬様に初めて患者さんのお世話を任されたの。白馬様は優しくて、わたしのことを初めて一人の人間として接してくれた。白馬様に任されたこの仕事、わたし、責任持ってやるよ。美並は疲れてるんだね、遠いところを、山を走って、川を渡って・・・すごい旅だったんだね。ふふ、美並、穏やかに眠ってる。幸せそうな顔。少しにっこりしてる。かわいい。美並はどんな顔をしてるのかな、かわいくて、まっすぐで、一生懸命で、正義感も強い。わたし、わかる。美並は本当に、素敵な子なんだね」


 美並は目覚めた。

「ふわぁっ、あっ、翠葉?おはよう・・・ん?あなたは誰?」

 どれほどの時間が過ぎたのだろう。ふと目を覚まし、朦朧とした意識の中で自分の記憶を辿ってみる。最後に覚えているのは、揺られるままに揺られていたあの荷馬車の上。目覚めたそこは、優雅で穏やかな空間だった。決して派手さはないものの、すみずみまで手入れが行き届いた清潔感あふれる室内に、柔らかな光と心地よい風が通り抜けていく。白く柔らかな寝台を包み込むのは、どこか心を安らぐような、かすかに漂う良い香り。

 それと、謎の可愛い女の子。美並はきょとんとした表情で女の子を見る。自分より歳下だろうか。小柄で、美しい紫色の瞳に金髪という、変わった容貌だ。女の子はふふ、と微笑んだ。

「起きたんだね、美並。おはよう。わたし、実歌だよ。白馬様が美並をここに連れてきたの。美並、遠い山から来たんだって、すごいね。美並はここでゆっくりして、体力をつけるの、勝手にうろちょろしちゃだめだよ?わたし、知ってるんだから、美並が実はやんちゃなこと」

 美並はぎくっとする。思い当たる節がいくつかある。

「えっと、実歌、実歌はなんなの?白馬の妹?でもあんまり似てない気がするな。白馬は銀色の髪で、水色の目だし、実歌とは似てないよね」

「わたしは美並のお世話係!白馬はわたしを救ってくれた恩人!妹なんかじゃないよ。わたし、灯里っていう東陽の中の貧民街で生まれて、家族はみんな病気とか、公に言えない情け無いことで死んじゃって、ずっと一人で生きてたの。あそこは……本当はあまり口にしてはいけないけど、ちっとも素敵な場所なんかじゃなかった。真夜中に一歩外へ出れば、暗闇の中に盗賊や刺客がうじゃうじゃと潜んでいるようなところ。しょっちゅう醜い喧嘩や事件が起きて、当たり前のように人が命を落としていく。わたしと仲良くしてくれたあのおばあちゃんでさえ、盗賊たちのくだらない争いに巻き込まれて死んじゃった。身寄りもなく、ずっと一人で怯えながら生きてきた。こんな生活が一生続くのかなって。でも先月、そんなわたしを白馬様が救い出してくださったの」

「白馬ってそんなに優しい人なんだね。それにしても、そんな酷い街で生まれてずっとひとりぼっちで生きてきたなんて...大変だったね。実歌みたいなまだ幼い歳で危険な街を一人で生き抜くなんて・・・想像を絶する大変さだろう。今は大丈夫か?食事もとれてる?白馬はいいやつそうだから、ちょっとは安心か。でもなんで白馬は実歌を助けたの?実歌も病気とかだったの?」

 美並はヨシヨシと実歌の頭を撫でる。実歌は頑張り屋なんだね、可愛い可愛いと言って。優しくヨシヨシされて、実歌は頬を赤らめた。

「ううん、わたし、知り合いの男の子が盗賊団に襲われてたから、その子を必死で守ったら、大怪我を負ったの。肋骨を4本も折っちゃった」

「えっ!4本もっ!?!だだだだ大丈夫っ?!?今は、治ってるの!?!平気?もう大丈夫!?」

 美並は絶句する。実歌は表情がコロコロ変わる美並にくすくすと笑った。

「なんで笑うの。笑って大丈夫なの?」

 美並は実歌が笑うと肋骨がまた折れないか不安に駆られる。

「わたしはもう平気だよ。白馬様のお薬のおかげで、一ヶ月もしたら完治した。美並って面白いっ。表情がコロコロ変わって、かわいい。楽しいな!美並みたいな子!」

 美並はふふっと笑う。そして美並は実歌に自分の旅の話をした。翠葉が原因不明の病にかかり、腕利の医者に見てもらうために、東陽までやってきた。その道中の話や、陸名に助けてもらったこと、翠葉は町医者に連れて行ったが、病名も原因も不明と言われ、白馬が荷馬車で通りかかって、翠葉の命を繋いでくれたことを。また、自分の故郷、流翻族の話もした。狩猟をしたり、山を駆け回ったり、薬草を探したり、崖を降ったり、川遊びしたり・・・。それらを思い出す時、必ずその思い出には翠葉がいる。

「翠葉は今白馬様が治そうとしているよ。必ず病気を突き止めるって」

「よかった、本当によかった・・・実歌、翠葉は本当に最高なんだよ!元気になったら翠葉を実歌に会わせたいなっ!翠葉は優しくて頼りになって、面白くて、悪戯する時はいつも乗り気で、私たち、いつも一緒だった。物心ついた頃から、翠葉はずっと、私の側にいた。血は繋がってないけど、翠葉は姉でもあり、家族でもあり、親友でもあり、世界で一番大切で大好きな人だ。そんな翠葉がいきなり病気になって、歩けなくなって、どんどん元気もなくなって、どうしたらいいのか、正直落ち込んだけど、白馬に診てもらえることになって、本当によかった」

「わたしも翠葉と話してみたいな、美並のお姉ちゃんで家族で親友、とっても素敵な人なんだね」

「うん」

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