薬師・白馬
「う、うぅん...」
閉じた瞼が赤く染まっている。身体中に太陽の熱を感じる。道端で眠りこけていた美並は飛び起きた。
「わっ、ぁ朝だっ!こんなとこで眠ってたのか」
昨夜、翠葉を町医者の病院に預けて、自分は病院を飛び出してきたことを思い出す。
「翠葉のもとに早く行かないと・・・翠葉、大丈夫かな......」
美並はヨロヨロと立ち上がると、大きく息を吸って吐く。
「うん。よし。行こう翠葉のもとに・・・」
美並はふらつく身体に喝を入れると、病院に戻った。
美並は翠葉をおぶって東陽の街を歩く。
・・・昨日は夜遅かったからな、こんな綺麗な街だったって気づかなかった...!
ジリジリと灼熱の太陽が美並の太陽を奪う。
「翠葉、東陽まで来たのに、私、翠葉を治せなかった」
翠葉は気を失ったかのように眠っている。
「ねぇ、私どうしたらいいの、翠葉。行くあてもないよ、どこか翠葉を治してくれるところがあればいいのに・・・私、どうしたら、どこに行けばいいの?翠葉は元気になるの?」
翠葉は返事をしない。
「・・・ごめんね、翠葉。私さっきから弱っちいことばっか言ってるね。そんな弱い妹は翠葉の妹なんかじゃないよ。まだ諦めちゃダメだよね、翠葉。うん、私は諦めないよ。東陽なんて広いんだ!環伯先生以外にも、腕利のお医者さんは沢山いるよ!大丈夫、元気出た、翠葉。私諦めないよ!」
翠葉の返事がなくても美並は一人で喋り続ける。
突然目の前で荷馬車の音がした。
「止まれ!」
顔を上げると、そこにいたのは二頭の毛並みの良い馬が引く大きな荷馬車だった。黒く磨かれた木製の車体には上品な飾り彫りが施され、屋根の端からは小さな鈴が涼やかな音を鳴らしている。荷台には整然と薬箪笥が並び、上質な藍染めの布には大きく「医」の文字が刺繍されていた。車が通り過ぎるたびに甘く香ばしい薬草の香りが漂い、一目で立派な薬師の車だと分かった。
・・・なんだ...?薬師の荷馬車?
「どうされましたか?若」
「この子供たちを助けよう。可哀想に、疲れ果てているようだ」
荷馬車に乗っているのは、15歳ほどの男で、銀髪に水色の目。すらっとしてて知的そうな顔立ちだ。身につけているのは、深みのある上品な青色の衣服。その生地の質感や洗練された仕立てからは、決して身分が低い者ではないことがうかがえる。
「若っ!薬を王宮に届ける途中ですぞっ!何を言ってなさるっ!遅れたらどうなさるつもりですかっ!それに、そやつらは身分もわからないただの子供だ!ただの貧民の子供だ!関わらない方がいいですぞ」
「銘封、違う、ただの貧民の子供ではない。着ている服は薄汚れ、白い靴は層をなした泥で覆われている。単に近所を走り回っただけではつかない、長旅特有の疲弊した身だしなみだ。そして何より、あの子が腰に下げているあの剣・・・刃の反りや柄の装飾は、この土地の様式とは明らかに異なる。この子供たちは、遠方からやってきたのだよ。それに、よく見てよ。あの子の背負ってる痩せた女の子は、酷い病に襲われているようだ。高熱を出しているように見える」
「・・・っ、白馬様、また研究ですか」
「そう言わないで、銘封。僕は研究が好きなんだから、それをとことん追求して何が悪い?調合した薬の効果が出た時、僕は最大の幸福を感じる。大丈夫、研究が成功したら、それは全て白家の利益になるよ」
「・・・っ、知りませんぞ、若。先月は貧民娘を助けて、今月は貧民の子供二人ですかっ!?来月にはどうなることか・・・」
「ねえ君。その子見せて」
にっこりと柔和な笑顔で美並に近づく。
「おかしい・・・この症状、普通の病気じゃないな」
白馬という男が翠葉に手を伸ばして、何やらぶつぶつと呟くので、美並は警戒する。
「おまえ、薬師か?・・・翠葉を触るな」
「ふふ、よくわかったね。あとそんな言い方しないで。僕は薬師。東陽の中の瑞草って街で、父の片腕をやってる。将来は家業を継いで、その勢力範囲を広げたい。これまで医者が匙を投げた奇病を、私は何度も解き明かしてきた。病の正体を見抜き、その人のためだけに新しい薬を調合して、何人もの命を救ってきたんだ。私の手と知識を甘く見ないでほしいな」
美並はジィッと白馬を見る。
・・・この人、ニコニコしてるな。悪い人ではなさそう。それに、薬師としての腕前は本当のように見える。
「翠葉は、一週間前から突然の高熱と吐血、嘔吐、眩暈、咳を繰り返している。熱は下がらない。おまえがさっき言ったように、私たちは流翻族という山の民の者で、東陽から約128km離れたところから、腕利の町医者に診てもらい、治してもらうためにやって来た。昨夜環伯先生のところに連れて行って診てもらったが、病名も原因も不明と言われたんだ...。もしおまえに治せるんだったら、治してほしい!青銅貨幣は20枚持ってる!だからお願いっ!治して・・・!」
白馬は優しく美並の頭を撫でる。美並はなぜか泣きそうになる。
「・・・原因がわからないからって、諦める必要はないよ」
美並は泣いてしまう。
「治せるの・・・!」
「わからない」
美並の頭をヨシヨシしながら白馬は言った。
「ねえ意味ないじゃん!はぁっ!?!」
美並は憤慨する。
「治せるか治せないかなんて現段階ではっきりとは言えない。治せない確率の方が治せる確率よりも高いなんて、僕はまだこの子の病状のことを何も知らないから。これから研究して知ることが、その結果を決めるんだよ。可能性は五分五分だ。それに、君はこの子を本気で心の底から助けたいように見える。この子は君の家族か?親友かな?薬師の僕が偶然君の前を通りかかってこの子の命を繋ごうとしてる奇跡を君は逃してもいいの?このまま何もしなければ、この子の体調はもっと悪くなるよ」
「わかった。お願い!翠葉を助けて!翠葉は私の姉で、家族で、親友で、大切な人なの!こんなところで諦めたくない!翠葉は私の大切な人で、絶対に失いたくないっ!助けられるかもしれない翠葉の命を諦めたくないっ!」
「うん。それが君の気持ちだよ」
白馬は美並の言葉に優しく微笑んだ。
(白馬)・・・美並がここまで必死になる相手は、何者なんだろう。さっき美並は自分のためじゃなくて、この病体の女の子のことを想って泣いていた。
荷馬車に備え付けられた、いざという時に病人を運ぶための寝台。そこに敷かれた白い布の上に翠葉は寝転がり、ゴトゴトと揺られていた。
ふと身体の横側に重みを感じて視線を向けると、美並が疲れ果てて眠り込み、自分に寄りかかって爆睡している。
(白馬)・・・本当に長旅をしてきたんだな…...。
そう思いながら、馬車が揺れても美並が頭をぶつけないよう、そっと頭の下に手を添えて、安心して眠れるようにしてあげた。
「若っ!着きました!その少女は奥にある病人用の建物へ運び込みますか?」
「ありがとう、銘封。お願い、そうして。僕もすぐに行く。早速状態を診て、薬の調合を始める。美並は僕が運ぶよ。とても疲れているようだ。ゆっくり休ませて体力をつけさせないといけない」
荷馬車が止まる。眠ったままの美並は白馬に抱えられて、大きな門を潜る。
立派な大門を抜けると、丹精込めて手入れされた広大な庭園が広がっている。色鮮やかな庭木と珍しい薬草がやわらかな香りを漂わせ、その奥には、職人の意匠が凝らされた豪邸がどっしりと佇んでいた。薬草の香る広い庭園の奥に、圧倒的な存在感を放つ豪華な大邸宅がそびえ立っていた。幾棟もの建物が回廊でつながれた、息をのむほど広い屋敷がたたずんでいる。




