少年・稑名
二日目。太陽が昇る前に起床し、美並は簡単な朝食を終え、翠葉の体調を確認する。今日も高熱は下がらない。変化はある。昨日よりも息が荒い。ぜぇぜぇと苦しそうに息をしていて、朝には吐血した。美並は、翠葉の体調がどんどん悪くなっていることに不安と焦りを感じた。調合した薬を飲ませる。翠葉を背負ってミークに跨ると、街へ向かって旅に出た。
・・・今日は源國川を渡って、平地を約20km走り、東陽に着く予定。
洞窟を出て、源國川への道を10分ほど走らせている時だった。何かの気配を感じる。それは普通の人では気づくことのできない、ごくわずかな気配だった。しかし、山民族生まれの美並は、狩猟などで数km先の獣の気配にも気づけるようになっていた。だんだん足音が近づいてくる。
「なんだ...?」
足音はこちらに向かってやってくる。
美並は剣を抜くと、茂みからそれが飛び出すのを待つ。
「匂いは・・・私たちと同じような、いや違う!ミーク、いざとなったら戦おう」
茂みから、ざっと姿を現す。その者は、目の前にいきなり現れた光景に驚いた。茂みを抜けたと思ったら、そこにはいきなり剣を構え、山羊に乗った、野犬の毛皮を羽織った謎の子供がいたのだ。呑気に笛を吹いていたその者は、思わず笛を吹くのをやめる。そして、悲鳴をあげると、その場にずっこけた。
「うわあああぁっあっ!!??」
「あ、人間?」
美並は剣を腰の鞘に納める。
「ごめん、てっきり得体の知れない獣かと思った。おまえが発してる匂いが、変だったから。私たちと似てるけど違ったんだ」
「びっくりしたっ!心臓止まるかと思ったぜっ!オレのじいちゃんが心臓止まった時は、まさかそんなことがありえるかって思ったけど、本当にあるんだなっ!びっくりしちゃったぜ!オレは稑名だよっ!今山に一人で住むじいちゃん家に行ってきたところで、今は帰り道。一昨日東陽からここまで一人で来て、帰ろうとしてるんだけど、なんか来た道から戻ろうとしてるのに、戻れないんだ。さっきから同じところを右往左往してる。道に迷ったみたいだ。それで君は?山羊に乗ってる!うわぁっ!すっげぇっ〜!!後ろにもいるぞっ!?!なんかよくわからないけどすごいな。って匂い?オレの匂い変か!?」
「うん、不思議なかんじだ。そういえばおまえ・・・稑名、東陽から来たんだね。だからだ、うん、私は流翻族の『美並』で、初めて会う平地の人間がおまえだ。平地の人間は私たちと同じ人間の匂いはするが、獣臭い感じがしない。だから不思議なんだ。ここにいるのが『翠葉』で、翠葉は今体調が悪いんだ...どんどん悪くなってる。山で同じような症例の出た例がなく、腕利の医者もいないため、東陽まで医者に連れていき診てもらう予定だよ」
「本当に、具合が悪そうだね・・・」
チラッと頭巾から見えた翠葉の青白い顔が見えたのだろう。稑名は心配そうな顔をする。
「稑名は東陽に帰る途中なんだよね?それで道に迷ってる?じゃーさ!こうしよーよ!私は最速で東陽まで行ける道順を知ってる。だから一緒に東陽まで帰ろう。その代わり、稑名は私に東陽一腕利の医者を教える」
稑名の茶色の目が輝く。
「それいいなっ!名案だっ!のったのった!オレ帰れなくて困ってたし、美並はどの医者にその子を、翠葉を連れて行けばいいのか困ってた。医者だけじゃなくて、東陽の街のこと、全部教えてやるぜっ!オレ、東陽のことなら全部知ってる!ってか、翠葉は美並の友達?」
「うん、友達でもあるし、私の姉でもある。血のつながりはないけど。じゃあ行こう」
美並たちは源國川目指して走った。
「・・・ごめんね稑名。おまえだけ走らせて。悪いけどこれ以上ミークには乗せられない」
美並は一生懸命後ろを走りながら追ってくる稑名に言う。
「いいよいいよ!そんなの!!オレが乗ってミークちゃんが潰れちゃったら大変だっ!それにこれはじいちゃん家で体力温存してきたオレにはいい運動になるし、わりかし楽しい!」
「そうか、それならよかった。ここから北西方向にある源國川まで突っ走る。あと7kmほどで着くだろう。それまでもつか?」
稑名は大袈裟にショッキングな顔をして見せる。
「まじかよっ!まぁへっちゃらだけど!・・・ってかなんで川がどこにあるかなんてわかるんだ?方角も」
「太陽の朝の光は東から差している。てことは私たちは今北側にいる。周囲の山の形を見ると、谷は北西へ向かって深くなっている。そして、風にわずかに水の匂いが混じっている。水鳥も一定方向に、北西に向かって飛んでいて、目指す地には水辺がある可能性が高い。だから源國川がある。まあこんなものかな?私たち、山民族・流翻族は、幼い時から狩猟に出て、山での生き方を教わる。方角を見極めることは慣れたら簡単なことだよ」
「すっげぇっ!まじかっ!流翻族って天才じゃんっ!すげぇっ!って、着いたっ!早っ!!って、はぁ!?!対岸遠すぎるだろぉっ!?!ここ渡るつもりなのかっ!?しかも濁流っ!」
岸から岸へは約50メートルほどある。稑名は『これが最速の道順かっ!?!そりゃ飛び越えられたら最速だろ」けどさっ!!』と喚く。
「稑名、これが最速の道順だから私たちはここに来たんだよ。飛び越えられるからこの道順を選んだんだ」
「まじで言ってる?」
稑名は少し希望の光を見る。
「うん、そうだな、でも確かに、思ってた以上には、濁流で遠かったね」
美並はニコッと笑う。
「大丈夫だよ。飛び越えられるし、安全に向こうまで行けるから。ちなみに、教えといてあげる。もしも稑名がおじいさんの家まで行った道順で帰ろうとすると、この対岸を渡って東陽までたどり着くのに必要な時間の倍かかる。私も稑名の考えてたように、そっちの方法も考えたけど、翠葉の体調は悪くなってるし、それはとれないかなって思った」
「そうだな、一刻も早く東陽の医者に連れて行かなきゃならない。うん」
稑名は真剣に頷く。
「まず私が対岸まで飛ぶ。そして稑名と私の荷物を対岸に降ろす。戻ってきたら、翠葉を対岸まで運ぶ。で、戻ったら今度はおまえ、最後にミークだ」
「・・・・・・」
沈黙が流れる。
「飛ぶ、んだね?わかった、わかったよ、オレは美並を、信じる。落ちても知らないからな!」
稑名が渡した荷物と自分の荷物を美並は持つ。
「稑名、翠葉のこと見てて。お願い」
「あぁ!了解だ!」
美並はヨッと軽い勢いで本当に飛んだ。岸から岸を、50メートル先の対岸に軽く着地した。驚きすぎて稑名は自分の目が落ちたと思った。戻ってきた美並は手際良く翠葉と自分を縄で括り付ける。
「翠葉、大丈夫?気持ち悪くない?苦しくない?目、瞑っててね」
布にくるまった翠葉は眠っていた。顔色が悪い。美並は絶対に落とさないように念には念を入れて、さらにぐるぐるに縄で縛る。
「いけそうか?」
「うん」
美並は『大丈夫だよ、翠葉』と言って、飛んだ。
綺麗に弧を描くようにして、岸へ向かって飛んだ。
「ヨッと」
軽く、まるで重量が存在していないかのように、軽い足取りで岸へ降り立つ。その動きには一切の無駄がなく、まるで空を歩いているかのようだった。
「す、すげぇ...!空飛んでる!」
戻ってきた美並によって、無事対岸まで渡ることができた稑名はキラキラとした眼差しで美並を見る。
東陽まで約20km。ここからはひたすら走るだけだ。近くの農家で牛を借りた稑名は、初めて乗る牛に興奮しながら叫ぶ。
「おまえっ!本当にすげぇなっ!!あんなのいつどこで覚えたんだ?」
「山で狩猟をするようになった時から、気づいた時にはできるようになってた」
「まじかよ」
・・・翠葉、どうか、あとちょっとだから、あとちょっと、我慢してね。
美並は翠葉のことを思いながら、必死で駆けた。
夕刻前、とうとう美並たちは東陽にたどり着いた。




