↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/26

治癒の旅の始まり

 街は山から徒歩で行くと、およそ128kmある。人間の歩行速度は時速約4kmなので、8時間の睡眠時間を挟むと丸二日はかかる計算だ。

 ・・・出発は流翻族(りゅうほんぞく)の門『悠風門(ゆうふうもん)』からだ。

 悠風門は村落の入り口のようなもので、他の山民族の者が訪ねてくるときに使う一番大きな門だ。普段の出入りには、反対側の山の内部に向かって開いている門を使っている。この大きな門は山の険しい断崖に建てられており、鍛えられていて道に慣れている者なら一人で降りるのは簡単で、美並一人だとへっちゃらだ。しかし、歩けない重病人の翠葉を背負って降りるとなると非常に危険である。そのため、険しい山道や崖に強い、美並が家族のように大切に育てている山羊に乗って降りるのがいいだろう。

 ・・・崖を降るのは危険だけど、山の内部から進むと、遠回りになってしまうから、やっぱり崖を降ろう。翠葉は少しでも早くお医者さんに診てもらいたいからね。

 門を出て、山の内部にある安定した道を山羊で走る手もあるが、それだと遠回りになって倍の時間がかかってしまう。翠葉は早く診てもらわなければならないため、それではダメなのだ。だからこそ、険しい崖を降り、その先にある大きな川を頑張って渡り、畑などが並ぶ田舎道をひたすら走るルートをとる。川を渡った場所から街までは、20kmほどだ。5時間ほど平地を走る計算だ。

 そうして辿り着く街の名は「東陽(とうよう)」。王都の周辺にあるその地はとても発展しており、腕利きの医者もいる。さらにその中心部には、王都「蒼京」(そうけい)が鎮座している。美並は地図を見つめながら、ここまでの情報を頭の中で整理した。

 ・・・うん、街にはまだ行ったことがないけど、崖をなんとかして無事に降りて、川を渡れたらこっちのもんだね。

「美並。その川は源國川(げんこくがわ)と言って、流れが急で、信じられないほど深い。一度溺れてしまえば、その激しい濁流に抗うことなど到底できず、あっという間に飲み込まれてしまう。過去に、わたしの幼い一番下の弟がその流れに呑み込まれ、命を落とした。他にも溺死事故の話を何度か耳にしており、本当に危険な川なのだ」

 美並の母は美並が生まれた時に命を落とし、以後母の妹の、美並からしたら叔母である珠(タマ)が育ててくれている。

「私の飛ぶ力を使っても難しいかな?お母さん」

 美並は並外れた身体能力を持っていた。山で育った流翻族の中でも群を抜いており、険しい断崖から向かいの山へ軽々と飛び移り、獲物を追って森を駆け回ることなど日常茶飯事だった。幼い頃から、山の端から向かいの山の端へ飛び移って獲物を獲りに行くこともあり、その脚力と身のこなしは人間離れしている。さらに剣の腕にも優れ、流翻族でも一、二を争うほどの才能を持つ剣士だった。

「そうだね。あんたのその飛ぶ力を使えばいけないこともないと思う、多分、だ」

「お母さん、多分って」

 美並は苦笑した。

「冗談冗談、あんたならできるよ。わたしは確信してる。美並の並外れた身体能力は他の者とは違うんだから。あとは、そうだね・・・必ずその首飾りは身につけていなさい。流翻族は昔から、この首飾りで互いを見分けてきた。困ったことがあっても、それを見れば流翻族だと分かる人もいる。美並、食料の白パン四つは持った? センチニゲルの薬草は持った? これは少しだけど高熱を下げたり、心を落ち着かせたり、眩暈を和らげることができる。必要なら、翠葉の体調が悪くなった時に飲ませなさい。旅の道中でも見つかるだろうから、足りなくなったら自分で摘んで調合しなさい。それと、貨幣は持った? 青銅貨幣が20枚ほど……名医に診てもらって薬をもらうなら、それくらいは必要でしょうからね。この山界では物々交換が主流だけど、街では青銅貨幣でやり取りするのだから、決して盗まれたり落としたりしないように気をつけるのだよ」


 翌日の早朝。美並が翠葉を連れて街まで行くというので、村落のみんなが集まってきた。年齢に関係なく、誰もが美並と仲が良く、気心の知れた顔見知りばかりだ。みんなは二人を送り出すために、温かい朝食を用意してあげたり、旅の無事を祈るおまじないを唱えてあげたり、不安そうな表情でそっと頭を撫でてあげたりしていた。

 いつもより早い朝食を食べてから、美並は旅の仲間・山羊の「ミーク」の頭を優しく撫でて微笑む。

「ミークおはよう。今日は快晴になるって、お母さんが言ってた。ミークには二日間も乗せてもらって、崖も降るし、大変な思いさせちゃうけど、いつも通りミークのご飯もお水も私お世話するし、だから大丈夫。一緒に頑張って、必ず翠葉を元気にしようね」

 ミークは美並に額を擦り寄せ、優しい声で鳴く。


 美並は背中に翠葉を寄りかからせ、落ちないように縄でしっかりと自分の腰とくくりつけて固定した。翠葉が怪我をしないよう上から布を被せ、息ができるよう頭巾みたいに被せている。しんどい体勢にならないよう、座るところにはクッションも取りつけた。腰にはいざとなったら戦えるよう剣士の剣を差した。麻袋には必要な食料や餌、薬草、調合の道具、流翻族一帯の山から王都までが範囲の地図、そしてお金がちゃんと入っているかを確認する。胸元には流翻族の首飾りも忘れずにつけた。そっと、後ろに寄りかかる翠葉を見る。翠葉は辛そうに呼吸をし、息が乱れていて、前よりも顔色が悪い。手足は棒のようになって、グダっと力が入っていなかった。

「大丈夫...?翠葉。出発だよ、もう少し、頑張ろう」

 翠葉は返事する力がない。

「悠風門は、やっぱり大きいね、翠葉」

 約100年前、流翻族と平地の民との間で激しい戦争があった。多くの犠牲が生じ、誰も戦いを終わらせることができなかったので、平地の民の王家の皇女であった15歳の『悠凪姫』を流翻族に嫁がせ、両者は『和平条約』を結んだ。悠凪姫は平和をもたらしてくれた英雄だ。悠風門は、悠凪姫が流翻族へ嫁ぎ、平和をもたらした功績を称えて建てられた門だった。高さは約五十メートル。硬く頑丈な石と銅で造られたその巨大な門は、何百年もの風雨にも耐え続け、今なお流翻族を見守っている。

美並は思わず立ち止まり、大きく見上げた。

「すごいなぁ……」

思わず声が漏れる。美並が普段出入りしているのは、山の内部へ向かうための小さな門だけだった。街へ出たこともなければ、この悠風門を間近で見たこともない。

 美並はゆっくりと近づくと、その硬い石壁にそっと手を触れた。ひんやりとした感触が掌に伝わり、その大きさと重みに、改めて目を輝かせた。

「みんな!行ってきます!」

 美並は流翻族の見送りに来てくれたみんなに挨拶する。珠はにっこりして叫んだ。

「ちゃんと翠葉を治してくるのよ!あんたにかかってるんだから!頑張れ美並!あんたならできる...!」

「ありがとうお母さん」


 美並は出発した。治癒の旅の始まりだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。