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過去還り 悠凪姫の選択

 そして三日目。三人は、時間の流れそのものが飛ぶような感覚を覚えた。

目の前に現れたのは、流翻族の悠凪姫の部屋。

悠凪姫は一人で、あの首飾りを手にしていた。

「これは、私が選んだことです。これ以外に方法はないの」

 悠凪姫は静かに言った。

「私は、世界を滅ぼしたくない。流翻族も、登起族も、共に生きていてほしい...だから私は、滅びの力を封じる。私の命と首飾りを使って。この力が再び使われることがないように」

それが、悠凪姫の最後の選択だった。

翌朝。側近が部屋を訪れた。

嫁いで僅か半年後、悠凪姫は15歳という若さで命を落とした。夜のうちに一人息絶えた。そして床に残されていたのは、首飾りだけだった。

その後、彼女は「両族の争いを終わらせ、平和をもたらした英雄」として語り継がれた。

けれど、三人が見た悠凪姫は、英雄ではなかった。

ただの少女だった。

世界を滅ぼすことを望まなかった。誰かを犠牲にすることも望まなかった。それでも、自分に背負わされたものから逃げず、最後には自分の命を使って封じることを選んだ少女だった。

悠凪姫の血は、流翻族の王家へ繋がった。

しかし、後世の流翻族は、登起族の滅びの力が再び使われることを恐れた。だから王家の血筋を隠した。美並の先祖は、王家の末裔であることを隠して生きた。

そして、首飾りも人目から隠され、代々受け継がれた。

それでも・・・超幻族の未来予知能力によって、翠葉は見つけられた。

五歳の翠葉に未来が見せられた。

そして、呪いが始まった。

十五歳の冬。

滅びの儀式が完成するように。

そのために翠葉は病に蝕まれ、記憶を失い、少しずつ「自分の大切なもの」を手放していった。


 高台に造られた石造りの露台。屋根のない開放的なその場所からは、夜空が一面に広がっている。静かな夜風が衣を揺らした。三人はそれぞれ、その場に座り込んでいた。

今日だけで、あまりにも多くの知らない事実を知ってしまったのだ。

登起族には、世界を滅ぼすほどの力があること。

悠凪姫はただ和平を結ぶためだけに嫁いだのではなく、その裏で『滅びの儀式』を行いたくない一心だったこと。なんとか世界を滅ぼさずに済む方法を模索していたのだ。

しかし、皇女である彼女の周りには常にたくさんの監視の目があった。そのため、流翻族に嫁いで、首飾りと己の命を使い、首飾りが秘める滅びの力を封印することを選択した。

そして、超幻族の持つ未来予知能力と、夢を通じた『夢縛の刻印』。それによってわずか5歳の翠葉は、約100年後に再び争いが起きるという一つの未来と運命を見させられ、呪いをかけられてしまった。

世界は一度滅んで、睡蓮の花が咲く。そして、より良い世界になる……。

その言葉と運命に、翠葉の心身は静かに蝕まれていったのだった。


「ふざけるなっ!歴史書に記述されていることと全然違うじゃないかっ!何が世界を滅ぼすだっ!!より良い世界ってなんだよっ!争いのない世界かっ!?!そんなもの、未来も運命と一つではないんだっ!!争いなんて、いつの時代も起こるんだっ!!何を世界が滅んだらより良い世界に進めるだっ!!ふざけんな!十五歳の少女に、世界の命運を背負わせて、一人で死なせた。それを世界を救った英雄だと?和平を結んだ?いい加減にしろ!よりよい世界のためとか言いやがって、正当化して、生きたいと願う者たちの犠牲や苦しみを無視した!そして、生きたいと願う悠凪姫の心身を滅ぼした!?ふざけんな」

 知千が怒鳴って、石壁を殴りつける。ドン、と鈍い音が起こる。その振動が背中に伝わった。

「知千?どうしたの?」

 ずっと今日のことを考えていた美並は突然知千が叫び出したので、びっくりした。知千が感情的にこんなに喋っているところを見たことがない。

「大丈夫...?」

「・・・すまない。ここに来てから、なぜか感情の制御が効かなくなってきている。とんでもなく、怒りが湧いてくる」

「代償...」

 烏蕗が呟いた。美並も今になって思い出した。過去還りをする代償。過去還りしている間は、各自が自分の恐怖と向き合わなければならないと言っていた。

 美並はごくりと唾を飲み込む。私の恐怖。

 それは——

 翠葉を信じられなくなること——だ。


突然、目の前に翠葉が現れる。

「翠葉!」

これは本物の翠葉ではない。過去還りが見せている幻だ。

美並が駆け寄る。翠葉はこちらを見る。

「わたしはあなたの命を奪う。あなたはわたしにとって何者でもない。あなた、本当に昔からわたしが本心であなたと仲良くしてたと信じてるの?わたしが妹って言ったの、本当に信じていたの?・・・まさか。わたしはあなたを滅びの儀式で使うために、近づいた。わたしは世界が大切なの。世界を滅ぼし、よりよくすることと、不快でもあなたを利用するために一緒にいること。どちらを選ぶか、そんなの決まってる。わたしは意図的にあなたを利用した。意図的に近づき、仲良くした。そうしないと、世界を救えないもん。あなたはわたしの妹じゃない。あなた、誰なの?」

「いやっ!!いやぁっ〜っ!??!」

上手く息ができない。呼吸が乱れる。

「妹って言って!いやだっ!!?!いやだぁっ!!私は利用されてたの!?!私のこと嫌いだったの!?!あんなに大切にしてくれたのにっ!?!?!妹じゃなかったのっ!!?そんなのいやだっぁぁあ!??!」

 もう翠葉のことが信じられない——

 大好きな翠葉。翠葉は私の家族。大切な姉で親友。生まれた時から翠葉は私の側にいてくれた。翠葉が笑うと私も笑う、悲しい時は一緒に悲しむ。翠葉と私で、一心同体。翠葉が欠けたら私も欠ける。翠葉が生きるなら、私も生きる。

「私は、私は今まで翠葉のなんだったのぉっぉっ!?!!!翠葉は私のことが嫌いっぅ!?!!」

 美並は叫んだ。喉を掻きむしるようにして喚き散らした。青い目からは大粒の涙がドバドバと溢れ出し、固く握りしめた手にぽろぽろと落ちていく。あれほど大切に思っていた翠葉のことが、もう信じられない。ずっと翠葉は私のことが嫌いだった——。

 一度溢れ出した涙は止まることを知らず、胸を突き刺すようなショックと絶望感に、息を吸うことすらできなくなっていく。

「美並っ!!美並!」

知千や烏蕗には、その幻は見えていない。知千の声が遠くから聞こえる。烏蕗が怯えた顔で自分を見ている——。

美並は幻の翠葉に手を伸ばす。

「待ってよ……まだ行かないでっ!!どうしてくれるのぉっ!!?私はっ私はっ!大好きなのにっ!!?翠葉はずっと私のことが嫌いだったぁっ!??思い出も優しい言葉も大好きな笑顔も、全部っ全部っ嘘だったの?!?!?」

翠葉は離れていく。

「私に近づかないで」

「……やだ」

「知らない人に触られるの、嫌」

「やだ……」

知千が美並の肩を掴む。

「美並!落ち着けっ!!それは翠葉じゃない!おまえが恐れているものを、時間が見せているだけだ!落ち着け!!翠葉は美並の姉だっ!!惑わされるな!」

「いやだっぁ!いかないでっ!!」

「おまえはっ!!翠葉が私を忘れても私は翠葉を忘れないって!!翠葉を絶対に治すって、連れ戻すって言ったじゃないかっ!!翠葉は姉って言ったじゃないか!姉なんだろっ!翠葉が姉なら美並は妹!!その事実がそう変わるわけない!!過去にあったことを過去にあったことだ!!思い出に嘘なんてないっ!!自分を信じろ!!!」

ようやく美並は気づく。

「これは幻覚、私の恐れているものを代償として見せられているんだね...知千」

「そうだ」

美並は涙を拭いた。

「……じゃあ、怖くてもいいや。翠葉が私を嫌いになるのが怖い。離れてしまうのも怖い。そして何より、私が翠葉を信じられなくなってしまうことが、怖かったんだ・・・」

美並は泣き笑いを浮かべる。

「怖くても、これは現実じゃない。だから、私は必ず翠葉のところに行く。翠葉を信じ続ける。翠葉は私の大切な『お姉ちゃん』だもん。大好きな人だもん……翠葉が私のことを忘れても、私が翠葉を覚えてるから。信じる。ありがとう、知千」


 三人は眠りについた。明日は現実に戻る。


 夜中。

「やめろ」

 少し離れたところから、烏蕗の小さな声が聞こえる。前も烏蕗は魘されていた。過去還りしてからほぼ毎日烏蕗の呻き声が聞こえる。

「いやだ、やめろ」

「烏蕗?」

 烏蕗の額にはうっすらと汗が滲み、その寝顔は苦しげだった。

「何もしてないのに……」

「…………誰も、俺を……」

「烏蕗……?大丈夫?」

烏蕗は目を覚ます。しばらく美並を見る。

「なんでいる...」

「また魘されてたよ」

「……」

「ここにいるね。私寝れないから。烏蕗と一緒にいたい。嫌だったら言ってね。烏蕗、眠くなったら寝よう。そのうち寝れるよ。もしまた魘されたら、私が烏蕗を引き戻すから。安心して」

「どうして...」

「ん?」

「…………」

 烏蕗の表情には、感情が浮かんでいない。まるで死人のように、すべてを諦めきったその瞳には、光が宿っていない。美並はそっと呟く。

「……鳥蕗は鳥蕗のままでいいよ。無理に喋らなくてもいいし。笑わなくていい。何も頑張らなくてもいい。烏蕗がいてくれることが、私は嬉しい。大切な友達だよ。ここにいて・・・いてほしい。でも、寂しかったら私のところに来ていいからね」

 死人のように光を失っていた烏蕗の黒い瞳に、本当に一瞬だけ、驚いたような、感情が動いた。

 ——この人は自分を置いていかない。

「烏蕗、ぎゅーってしてもいい?」

「…………」

「これはいいっていうことなのかな」

「……いい」

 烏蕗はとてもとても小さな声で答えた。

 互いの温もりを感じ合い、二人は、身体を寄せ合って寄り添いながら、静かに眠りについた。

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