過去還り 二日目
翌日。三人は登起族の古い記録を保管している建物へ向かった。そこで聞いた会話によって、さらに大きな事実を知る。
「世界は、約100年前に一度滅びた」
老人が若者にそう言った。
(てことは、現代からおよそ300年前に世界は滅びたの?)
美並の目には恐怖が浮かんでいた。美並の手首を掴んだ知千の手に力が入る。
「この世界は一度、大きな終わりを迎えている」
「……でも、今の歴史は?」
若者は首を傾げた。
「滅びた後に再び生まれた世界だ」
美並は目を見開く。
「じゃあ……世界は一度、本当に終わってるの?」
老人は頷いた。
「登起族には、古くからこう伝えられている」
老人が古い文書を開く。
「世界が眠りにつく時、青き睡蓮は閉じる。
そして再び目覚める時、新たなる花が開く」
(睡蓮の花と終焉の始まり。そういうことだったのか...)
知千は思う。
「睡蓮には、いくつもの意味がある」
老人は言った。
「白は純粋、潔白。青や紫には信頼という意味もある」
そこで一度、言葉を止める。
「だが、もう一つの意味を知っているか」
「……もう一つの意味?」
「滅亡だ」
美並の表情が固まる。
「そして『睡』という字には、眠り、夢、呪いという意味がある」
老人は静かに続けた。
「登起族にとって、睡蓮は世界そのものなのだ」
さらに別の場所で、三人は登起族の人々の会話を聞いた。
「世界は一度滅びるべきだ」
「滅びた後には、今よりも良い世界が生まれる」
「そうだ。古い世界が眠り、新しい世界が目覚める」
しかし、全員が同じ考えではなかった。
「私は反対だ」
一人の女性が言った。
「今生きている人たちを犠牲にして、新しい世界を作るなんて……そんなものを『より良い世界』とは呼べない」
別の男も頷いた。
「我ら登起族に世界を終わらせる特別な力があるからといって、それを使う必要はない」
美並は黙って聞いていた。知千も何も言わない。
その日の夕方。三人は、超幻族について書かれた記録を見つける。
(超幻族……未来予知能力を持つ一族か)
知千が読む。
(未来を一つではなく、複数の可能性として見ることができる、とある)
そこに、ある記録があった。
五歳の少女に、一つの未来を見せた。
その少女の名前は・・・・・・
翠葉。
美並の手が震えた。
記録には、こうあった。
翠葉は五歳の冬、超幻族によって夢を見せられた。
そこに映っていたのは、約百年後の未来と運命。
再び流翻族と登起族が争っている世界だった。
そして、超幻族は翠葉にこう伝えた。
「悠凪姫の選択は間違いだった」
「争いは繰り返される」
「ならば、今度こそ世界を終わらせなければならない」
「新しい、より良い世界へ進むために」
「そのために、あなたの命と使命がある」
美並は震えていた。
(……そんな、翠葉……知千、超幻族には、過去還りの他に、もう一つ、夢を通じた『夢縛の刻印』っていう特殊な力があったって、言ってたよね...)
(あぁ)
知千は記録を読み進める。しかし、その記録の最後には重要な一文があった。
(これは数ある未来と運命のうちの一つである)
美並は、その一文をじっと見つめた。
(……一つ?)
(あぁ)
(未来と運命は、一つじゃない...……)
五歳の頃から、呪いは少しずつ身体へ入り込んでいた。
そして十五歳の冬に向かうにつれて、その影響は強くなっていく。重病の原因は、通常の病ではない。滅びの儀式へ向かうための呪いだった。呪いが本格的に身体を蝕んでいたのだ。それが視覚的に現れた。
儀式には三人の王家の血が必要だった。
——翠葉自身の血。
そして、残る二人の王家の血。
——美並と知千。
さらに、儀式を完成させるには、翠葉自身が強い感情を持ったままではいけない。だから呪いは、翠葉の記憶と感情を少しずつ奪っていった。
大切だったもの。
大切だった人。
大好きな、美並との思い出。
それらが少しずつ薄れていった。
夜中。
「やめろ」
少し離れたところから、烏蕗の小さな声が聞こえる。
美並はどうしたんだろうと起きる。
「いやだ、やめろ」
「烏蕗?」
いつもの無表情な烏蕗が、苦しそうに呻いている。
「俺じゃない……」
「烏蕗……?」
「……」
「大丈夫?」
烏蕗は目を覚まして、しばらく美並を見る。
「……なんでもない」
「そっか」
「……」




