王家の者3
「おはよう、翠葉。昨日は寝れた?」
私が目覚めると、少女がニッコニコの笑顔でそう言ってくれる。曇りのないキラキラとした笑顔。しかし、わたしの頭は真っ白だった。何もわからない。この少女が誰なのかがわからない。確かに昨日までは、覚えていた気がする。なのに今は、わからない。『この少女は重要なカギの一つだ』これだけは忘れない。私の脳からこの言葉が響く。誰であろうと、わたしたちの運命は変わらない。運命は、ずっと前から、決まっている。7年前見た夢から、ずっと。
「誰?」
わたしは聞いた。
「翠葉忘れちゃったの?美並だよ、美並!翠葉の妹みたいな存在だよ」
「わからない、美並?妹みたいな存在?みたいなってことは、妹じゃないってことだよね?」
「血の繋がりはないよ。でも、私にとって翠葉は、本当のお姉ちゃんみたいな存在なんだよ」
目の前にいる美並という少女は、一体誰なんだろうか。
「翠葉、大丈夫だよ。私は翠葉のことが大好き。記憶を失っても、私は翠葉を必ず連れ戻すから。私は忘れないから。安心して」
少女はわたしの手を握った。
・・・そうか。美並はわたしのことが大好きなんだ。そして、わたしはなぜか記憶喪失してるらしい。
翠葉の部屋を出て、背後で王宮の豪華な扉が重々しく閉まる音を聞いた。その場に立ち尽くした私を、ショックが蝕んでいく。
・・・翠葉が私の名前も、存在すらも忘れてしまう時が訪れることを、どこかで予感してたよ。でもやっぱり・・・悲しい。
私は翠葉を助けるために旅に出た。翠葉は記憶を失い、昔のことも、大切な思い出も、あの山のことも、みんなのことも、家族のことも思い出せない。
「翠葉は翠葉だから。翠葉が私を忘れても、私は翠葉を忘れない。私は、翠葉と生きたいから、必ず助ける」
翠葉を必ず助けたい。でもここからどうやって翠葉の記憶を取り戻せばいいのかな。
いや、そもそもの話をすれば、翠葉の身に起きていることは、単なる記憶喪失だけではない気がする。確か、あの「九転還魂草」を用いて調合した薬を飲ませ、翠葉が奇跡的に回復して目を覚ましたとき。私の胸には騒がしさが渦巻いていた。
「知千が待ってる。大切な情報があるって言ってた」
私は知千の部屋へと向かった。
「超幻族は未来予知能力で、運命を予知できる特殊能力を持つ部族だ。古くから、未来や運命を読み、導く一族として、登起族に仕えていた。彼らには主に二つの力がある。
一つ目は、 夢を経由する、『過去還り(かこかえり)』だ。方法は、術者が対象を『生死の境目のような深い眠り(夢状態)』に落とす。夢の中で『過去の時間の層』まで潜っていき、自分たちがいなかった時代でも、自分の先祖の目を通してその時代を体験する。先祖の体や精神に乗り移ったような『夢状態』で過去を巡ることができる。
二つ目は、夢を通じた『夢縛の刻印』だ。方法は一族の者が標的の髪の毛や所持品などを触媒にし、共通の夢(夢幻領域)に引きずり込む。夢の中で『回避不可能な未来と運命』を見せつけた上で、心臓や魂に呪印を刻む。目覚めた後も『こう行動しなければ死ぬ』という強い恐怖と強迫観念が体に残り、実質的に一族の思い通りに動かされることになる。
文字として残された歴史書は、常に権力者の都合によって歪められる。だが、現場にいた人間の『生の記憶』と『血脈の記録』だけは偽装することができない。ゆえに、過去還りを行って真相を直視することこそが、隠蔽された事実へ辿り着く唯一かつ最短の道だと考える。
これらの情報は全て烏蕗がくれた」
「そうか、烏蕗にありがとうって言っておいて。過去還りして、過去のことを知るのか。知千、なぜ過去還りすることが翠葉の記憶喪失についてわかる手がかりになるかもしれないと思う?」
「翠葉の首飾りをよく近くで確かめてみると、その内側には登起族の古く独特な紋様『何もない大地と花』が、まるで静かに浮かび上がっているかのように刻まれていた。一見すると一般的な流翻族の首飾りのようにも見えるが、本質はまったく異なる。どうしても気になり、翠葉に頼んで見せてもらったことでその事実が判明した。美並の首飾りが、歴史書に記された約100年前の流翻族の王『高来』が身につけていたものと完全に一致した。そして美並が今では廃れてしまった流翻族の王家の末裔だとわかった。
しかし、翠葉が流翻族でありながら登起族の古い紋様が浮き出る首飾りを所有しているのはなぜか。——それは約100年前の戦争の際、両族に和平をもたらすために登起族から流翻族へと嫁いだ『悠凪姫』の末裔だからに他ならない。ここで重要なのは、悠凪姫が登起族の王族における『本家』ではなく『分家』の姫だったという点だ。本家の子孫である俺と、分家の子孫である翠葉との間に直接の血縁関係はないものの、翠葉もまた『登起族の王族の分家であった悠凪姫』の血を直接引く王家の末裔の一人だと言える。
だからこそ、約100年前の時代へと過去還りを果たし、悠凪姫本人や彼女を取り巻いていた環境、そして歴史の真実を直接確かめることが、翠葉という存在の真実に辿り着くための手がかりとなるはずだ」
「なるほど。翠葉も悠凪姫の血を継ぐ王家の末裔・・・今まで全然気づかなかった。首飾りを見る機会はいくらでもあったはずなのに...知千、過去還りしたい。一緒にしよう」
「俺は改竄された歴史を知るために、王族の責務としてする。超幻族の居場所は教えてもらった。美並、夜明け前に出発する」
「わかった。ありがとう。そういえば、過去還りしてる間に、突然王族の知千が何も言わずにいなくなったら、みんなびっくりするよね?大丈夫なの?」
「烏蕗によると、過去還りを実行している間、その体験自体は『現実の出来事』としては扱われない。過去の世界に滞在していることそのものが現実世界からは存在しない扱いとなるため、過去で何をしようとも、現在進行形の現実に直接的な支障や影響が及ぶことはない。さらに、過去での出来事を終えて現在へと帰還した際、時間は旅立った『その日の朝』へと巻き戻る。どれほど過去の世界で長い時間を過ごしたとしても、現実においては出発点であるその日の朝に戻ってくる仕様となっているそうだ」
「それなら大丈夫だね!浩然も安心だ」
「そうだな」
美並が混乱している様子を思い浮かべて、ふっと笑うと、知千もふっと笑った。




