翠葉
美並は慣れた手つきで、翠葉のやわらかな髪にするりと櫛を通した。まずは両サイドの髪を取り、丁寧に編み込みを作っていく。前髪をあげた翠葉の額には、綺麗なアーチを描く眉と、すっと伸びた長いまつ毛が際立っていた。その奥で印象的に輝くのは、吸い込まれそうなほど大きくて綺麗な水色の切れ長な瞳だ。仕上げに、編み込んだ束と残りの髪をひとつにまとめ、大きな三つ編みに結い上げていく。
「翠葉は本当にこの髪型が好きだよね」
翠葉の髪はいつも美並が結っている。記憶を失う前から、翠葉の髪は美並が結ってきた。深緑色のサラサラで柔らかい髪。触り心地が本当にいいのだ。
「触り心地もいいし。いいなー私もこんな触り心地の髪が欲しい」
「わたしは、美並が結ってくれるからこの髪型が好きなんだよ。美並、わたしと違って、髪を結うのが上手いし。わたしがやったら、綺麗に髪がまとまらない。紐から髪が出ちゃう」
翠葉は、髪に巻き付いた、リボンのようになっている長い水色と白色の紐をさらりと触って笑った。
「美並は自分の髪自分で結んでるんでしょ?すごいよ」
「まーね。これは私の特技だから」
美並は笑った。
「美並、それとって」
「はいはい、お姉様」
翠葉に美並は、水色と白色の綺麗な紋様が描かれた首巻きを翠葉に手渡した。受け取って、首に巻きつける翠葉の姿を見つめながら、美並は胸の奥でそっと呟く。
こういうところは、昔と同じなのにな。
すでに美並の首元には、首飾りの上に重ねる形で、お揃いの青と白の紋様が入った首巻きが巻かれていた。
「ふふ、お揃いだね、わたしたち」
翠葉は鏡に映った美並と自分を見て笑う。美並の瞳は、透き通るような深い青色をしている。驚くほど大きく、常に何かをしっかり見据えるように開かれた猫目は、一度見たら忘れられない印象を残した。さらさらとした癖のない明るい茶色の髪は、前髪を作らず左右に分けていて、すっきりとした美並の顔立ちを引き立てている。顔立ちそのものは決して似ていない。だけど翠葉は、お揃いが、なんだか嬉しく感じた。
「美並って、昔からわたしのことが好きだったの?」
翠葉は何気なく聞いた。鏡の中の美並は頷く。
「うん!大好きだよ!・・・ずっと、大好き」
「そっか」
「翠葉、今日暇?」
昨日は本読んでたよね、と美並が言う。
「うん。暇」
「私と遊ぼっ」
「何して?」
「えっーっと、うんっと、なんか!」
美並はにこっとした。翠葉はげっと目を細める。
「なんかって」
「狩り!うん狩りに行こう」
二人は狩りに行き、美並も翠葉も、猪を二匹と、鹿を一匹捕まえた。驚いたことに、記憶を失っていても翠葉の狩猟の腕はまったく衰えていなかった。昔と何も変わっていなかったのだ。翠葉が弓を構え、引き絞った矢を放つと、鋭い風切り音とともに空を飛んでいた鳥が射抜かれた。
「すごーっ!」
二人は部屋で夕食を食べている。調理は二人でした。もぐもぐとしながら、おいひいよと、美並は上目遣いで言う。
「猪肉ときのこの煮物、食べる?」
口の中に食べ物が詰まっているせいか、ちょっと滑舌がおかしい。翠葉は笑う。
「っじゃ食べまーす。美並のおすすめなら」
翠葉は大好物の猪肉ときのこの煮物を覚えてないんだな。美並は翠葉の器によそった。
「おいしい?」
美並は笑顔で聞く。翠葉の反応が楽しみだ。
「うん!えっ!!めっちゃおいしいっ!!まってこれわたしの大好物かもっ!!おいひいよ」
翠葉は悶絶した。
「よかった!」
こうやって、翠葉の中の翠葉を連れ出していけばいいんだ、美並は思った。
夜。翠葉の部屋の前まで来る。中から翠葉の寝息が聞こえる。美並は扉を開けようとして、やめる。
そして、扉越しに言う。
「......おやすみ、翠葉」
静まり返った王宮の、どこまでも続く真っ暗な回廊。
美並は部屋の扉の前に腰を下ろし、そっと背中を木肌に預けた。扉の向こうからは、かすかに翠葉の穏やかな寝息が聞こえてくる。記憶を失っても変わらない弓の腕前や、口いっぱいに頬張って笑っていた表情。今日見せた翠葉のさまざまな姿を思い返しながら、美並は暗闇の中でただじっと、静かな時間を過ごしていた。
・・・私のこと、忘れちゃったんだね。
「・・・・・・・・・でも、私は忘れないから」
・・・眠いな。
静寂に包まれた回廊の中、翠葉の寝息に耳を傾けていた美並のまぶたも、次第に重くなっていく。眠気に抗うことはできず、美並の頭がかくっと前に落ちて、眠りについた。




