とある日
美並と烏蕗は王宮の厨房を借りて、一緒に料理をしている。さっき獲ってきた熊肉と、五匹の鹿肉を美並は烏蕗に手順を丁寧に教えながら、一緒に解体した。烏蕗は飲み込みが早いので、一度教えただけで、すぐにできてしまう。美並は感心した。
「烏蕗は飲み込みが早いね。すごく賢いね・・・じゃあ料理しよっか。今日作るのは、熊肉と老陳酢の極上紅焼肉、それから鹿肉三匹分を使った、水煮鹿肉大盤振る舞いだよ。熊肉と老陳酢の極上紅焼肉は、熊のバラ肉を主役に、熟成黒酢『老陳酢」と八角・桂皮・花椒などの香辛料とともに数時間じっくり煮込んだ贅沢な角煮だ。熊肉特有の濃厚な脂の甘みを、黒酢の深みある酸味と香辛料が鮮やかに引き締め、口の中でとろけるような極上の味わいに仕上げる。使用するのは、バラ肉とロース肉。脂身と赤身のバランスが良く、煮込むことでコラーゲンが溶け出しトロトロの食感になる」
美並が話すと、烏蕗が解体した熊のバラ肉とロース肉を手際よく用意する。
「すごいね烏蕗、さっき教えたばかりなのに、もうバラ肉とロース肉を見極めることができるようになったの!?うん、そこに置いといて、ありがとう。鹿肉三匹分を使った、水煮鹿肉大盤振る舞いは、花椒と唐辛子が効いた激辛麻辣スープでどっさりと煮込み、熱々の油とニンニクの香ばしさを纏わせた豪快な料理だ。様々な部位を使用する。ロース・ヒレはさっと煮てしっとりとした口当たりに。バラ・バラ骨まわりは、適度な脂と旨味が強く、煮込むほどにコクが出る部位だ。モモ・スネは、じっくり煮込むことでコラーゲンが溶け出し、とろけるような柔らかさと深い旨味を生む。ありがとう、烏蕗。よしよし」
鹿肉も取り分けて持ってきてくれる烏蕗をよしよししながら話す。
「烏蕗〜、残り二匹の鹿肉はどうなったのって、全部で僕五匹獲ったよね?って気になってるでしょぉ?大丈夫、安心して。鹿は『捨てるところがない』と言われるほど利用価値の高い動物だ。残り二匹分は、まず塩やハーブに漬け込んで乾燥させ、長期保存できる干し肉にする。旅の糧食になるよ。それから、煙で燻して旨味を凝縮し、燻製にする。そして、強い塩分で漬けておき、交易品や備蓄食になる塩漬け樽詰めに利用する。また、毛皮は防寒具になる。毛がついたまま鞣して、冬用の敷物、防寒用のマント、ブーツの裏地にできる。鹿の毛は内部が空洞になっていて保温性が抜群なんだ。また烏蕗にはマント作ってあげるよ」
烏蕗がじっと鹿の角を見ている。
「鹿角は、ナイフの柄や、薬の鹿茸の原料になる。骨は料理で煮込んで出し汁になるし、油はランプの燃料に、アキレス腱と筋は、乾燥させて固く強い弓の弦になるんだ!!どう!弓の弦ほしい?」
こくこくと烏蕗は頷く。
「わかった...!料理ができたら一緒に作ろうね。熊の使わない、胆嚢・ユウタンなどの内臓は、熊の最高級部位だ。古来より胃腸薬や気つけ薬として金と同等以上の価値で取引される貴重品である。モモやスネは、ひき肉にして『熊肉団子』、塩漬けにして干し肉に加工できるよ!あと毛皮は極寒地用の防寒具になり、マントになる。あとは冬用の寝床にもなるから、私の住んでいた山では、毛布にして使っていた。烏蕗、獲った獲物は全て余すことなく利用する、これが大切だからね!」
烏蕗は美並の長い話の内容を全て頭に入れた。最後の全て余すことなく利用することが大切ということもしっかり頭に入れる。
昼食は二人で作った料理を王宮の者たちに振る舞い、賑やかなものになった。約束通り、二人は鹿のアキレス腱と筋を乾燥させて弓の弦を一緒に作った。完成して、烏蕗の頭を美並はよしよしする。
「今日は頑張ったね、烏蕗。料理も、弓の弦作りもできるようになっちゃった」
なぜ美並が自分にそこまでしてくれるのか、烏蕗にはまるで理解できなかった。善意なのか、気まぐれなのか、それすら判別がつかない。
翠葉の部屋を出て回廊を歩いていた知千は、出窓のところで思わず足を止めた。美並が持っている団子を、鳥蕗が尋常じゃない眼力で見つめている。普段の愛くるしいクリクリの黒目はどこへ行ったのか、まるで獲物を追う猛獣のような目つきだ。美並が戯れに団子を左右へ揺らすと、鳥蕗の首もそれに合わせてちびちびと動き、視線を一切外さない。
「このお団子が食べたいの?」
美並は面白そうに言う。
「別に」
「じゃー何で見てるの。めっちゃ目で追ってるよ」
「見てない」
烏蕗は頭を横に振って否定する。
「ううん、めっちゃ見てるよ」
「・・・・・・・・・・・・」
・・・烏蕗、反論しろよ。
美並は笑いを堪えられない顔になっている。
・・・美並のやつ、完全に遊んでるな。
美並のそばで少しずつ解けていく鳥蕗の様子を見つめながら、知千は心の底から安堵し、嬉しかった。烏蕗の心を覆う固い殻を破るのは、決して簡単なことではないだろう。しかし美並なら、美並の持つあの不思議な温もりと優しさなら、いつか絶対に烏蕗の心を解きほぐしてくれるはずだと。美並がニコッとして、団子を一個渡す。
烏蕗がものすごく小さい声で言った。
「......ありがとう」
「うん!どういたしまして」
美並はにっこりした。
「そんなとこで突っ立ってないで、おまえも団子いるか?」
美並は知千に嬉しそうに「今日は鳥蕗が肉の解体をできるようになったんだよ。料理もできるようになったの!本当にすごいよ、烏蕗」と、今日の出来事を細部まで語って聞かせてきた。
鳥蕗は、二人の会話などまるで他人事のように見向きもせず、感情のない目で淡々と団子を食べている。一見すると全く興味がないように見えるが、きっとこの間も、美並の声にじっと耳を傾けているのだろう。知千は烏蕗のどこか抜けたような佇まいを眺めながら、思った。
美並がくれた団子を食べながら、知千は翠葉とは何を話したのかを美並に聞かれて、きちんと飲み込んでから答えた。
「翠葉には、あの歴史書を貸してほしいと言われた。歴史に興味があるようだ。その場で貸した」
「翠葉いつも通りだった?他になんか言ってた?」
「それだけだ。特になかった」
知千の横顔はいつもの無表情だった。




