王家の者1
翠葉が目覚めてから二日が経った。
せり出した大きな縁側には、眩しい朝日がそのまま差し込んでいた。壁のない吹き抜けの空間は外からも見通しがよく、朝の光の中で過ごす姿がはっきりと浮かび上がっていた。美並が翠葉にお粥を食べさせている。回廊を歩いて、剣の稽古に向かっていた知千は少し離れた場所から見ている。
側近の浩然が言った。
「知千様、何をご覧になっているのですか」
「いや」
「行こう」
側近を引き連れて、稽古の庭に向かった。
知千は、客を迎えたり、くつろいだりするための高級木材で作られた長椅子に座って、何食わぬ顔で部屋に入った自分を見てくる美並を見下ろす。知千は表情を変えない。
「なぜいる。何をしている」
あまりにも美並の表情が平然としているので、逆にこっちが入る部屋を間違えたような気がしそうになる。
・・・俺は、間違えてないよな。
「知千、私はおまえにお礼が言いたい。翠葉が無事に元気になって・・・・・・思い出したんだけど、知千にまだちゃんとお礼を言ってないなって思って。そのことを浩然に言ったら、気前よく通してくれたよ。知千様はもう少しでお稽古からお帰りになりますから、こちらで待っててください、って」
美並は立ち上がると、知千の手をとって言った。
「知千、九転還魂草を使わせてくれてありがとう。本当は王族しか権限がないのに、それなのに使わせてくれて、翠葉の命を助けてくれて、ありがとう。本当に感謝しかない」
美並はキラキラとした目で知千を見る。
「・・・・・・」
「知千、本当に感謝している」
「・・・・・・」
「なぜ何も言わない。本当に感謝してる」
笑顔でにこにこと、ありがとうと繰り返す美並。
「・・・あんな薬草使う時ないだろ」
「だけど、とにかく知千のおかげだよっ!!だからっ!ありがとうっ!大好きな翠葉を救ってくれて、ありがとうっ!お礼にねっ、さっき山で兎を捕ってきたんだっ!料理したから、一緒に食べようっ!」
「・・・・・・」
外の様子をよく見ると、池の上に建てられた水閣に机が出されている。あそこはたまに気分転換で風や朝日を感じながら食事をとる場所だ。準備したのは浩然だろうか。ニコニコしながら、この娘と自分が食事をする場所を整えている様子が目に見える。
知千はようやく口を開く。
「・・・美並、といったな。あそこに、机が出されている。俺はあそこで今晩食事を摂るから、おまえも来い」
知千はぶっきらぼうに言う。
「いいのっ!やった!」
美並はウキウキとした様子で例の兎料理が入った大鍋を運ぶ。
・・・変わった娘だ。
「・・・おい、まだ食べるな」
「え?お腹空いてるんだけど。早く食べようよ、知千」
「黙れ」
後寝る美並を制して、知千は側の従者に視線を送る。
「毒味だ。この男に一口食べさせて安全を確認する」
毒味役の男は一口食べる。
「問題ありません、若君」
「毒味?へぇーそんなことするんだ、毒なんか入ってることあるんだね!」
美並は驚く。
「こちらもですか?」
「あぁ」
「ちょっ!そっちには毒入ってないよっ?!私が作ったんだよっ!?」
毒味役は美並が作った兎の料理も試食した。美並は怒る。毒味役は厳しい顔をした。
「若君をお守りするための規則ですから。こちらも問題ないです」
従者は去った。二人きりになって、食事を始める。
「うん!すっごい美味しいっ!!うわぁ初めて食べる味だなぁっ!!美味しい!なんていう料理なのっ?知千」
もぐもぐしながら、美並は聞く。知千の仕草は一つ一つ丁寧で無駄がなく、食事する手つきには品格が漂う。幼い頃からしっかりと教え込まれたのだろう。美並はにこにことしながら、興味深そうに王宮の料理を食べる。
知千は答える。
「皮を焼き上げた鴨の丸焼きだ」
「へぇー!鴨かぁっ!いいなぁっ!私も捕ってみようかな。どこにいるんだろう、鴨って。今度探してみよう」
「ねえ知千、おいしい?」
知千は黙々と手を動かしていた。ひたすら目の前の料理に意識を向けていた。うん、今日も美味いな、心の中でそう呟き、機械的に手を動かし続ける。
だが次の瞬間、正面からの視線に気づいて顔を上げると、息が止まった。美並が不思議そうに青い目を丸くさせ、すぐ近くまで顔を近づけていたのだ。一瞬で思考が止まり、手にしていた箸がぴたりと止まる。
「何だ」
・・・何か話しかけられた気がするな。無理矢理、食事に意識を向けていて、聞いていなかった。
「知千、何も言わないから、美味しくないのかなって・・・いや、ごめん、もしかして、王族の人は言わないものなのかな、余計なお世話だったね。ううん、知千が美味しいならそれでいいんだ!ごめんね」
美並は寂しそうな顔だったくせに、なんでもないよ、と笑う。知千はじっと美並を見下ろす。凛々しい黄金色の瞳が美並を射るように見る。
「・・・・・・」
「なに?私が何か変なこと言った?」
じっと至近距離でそのまま見つめられて、美並は自分が変なことを言ったか不安になる。しばしの沈黙の後、何故か知千は『ふっ』と短く息を吐くように笑った。
「・・・え?・・・今笑った...!?!知千笑ったよねっ!!」
美並は嬉しくなって騒ぐ。
「やった!知千が笑った!この調子でどんどん回数増やしてやる!」
「・・・おまえは変わったやつだ。率直で、感情がすぐ言動に出る・・・・・・そういうやつは、あまりここらでは見たことがない・・・」
「それは褒めてくれてるのか?」
「あぁ」
知千が真顔で頷く。
「俺は感情を表に出すことが不得手だ。美並・・・料理はどれも美味い・・・おまえの作ったこの兎の料理も、美味い」
「そうかっ!美味いかっ!!」
美並は笑顔になる。
「・・・兎、おまえが捕ったって言ってたな。浩然が・・・おまえが、山に獲りに行くと言うから、止めるのが大変だったと言っていた。狩猟はよくするのか」
「あぁ、私は流翻族っていう山民族だから、毎日のように狩猟はしている。私の手にかかれば、熊だって獲れるんだからなっ!!今度獲ってきてやる!熊の肉は美味しいぞ」
美並と知千はせり出した大きな縁側にいた。美並が夜空を見たいと言ったのだ。
「ここからは王都圏の全容を見ることができる」
「こんなに広いんだね。建物も立派だ。上から見ると、道が綺麗な直角に交差してて、建物が整然と並んでる・・・そのひとつひとつから漏れ出す夜の灯りが、まるで地上に広がる星空みたいだ。王都の夜はこんなに幻想的なんだな」
知千はそっと視線を横へ滑らせると、美並は瞳を輝かせ、ただ素直に『すごい』と感心した様子で見入っている。夜風に軽く揺れる明るい茶色の髪や、光を映す横顔。その表情には偽りのない素直な感動が浮かんでいた。
美並が見つめる景色の美しさと、それを見つめる美並の横顔。
知千はしばらくその横顔を見つめ続けていた。
「ねー知千」
「何だ」
横を向いたら知千が自分を見ていたので、美並はビクッとした。
「ち、知千はさ、ずっとここで生まれ育ったの?」
「当たり前だ。それ以外に何がある。俺は王家で生まれ、現大王の王弟だ。現大王であり、兄者の鳳は人懐っこく柔和な性格で、政治や外交が得意だ。鳳が王で、俺は奴の剣。大王の御身と尊厳を守り抜き、この身を盾とし、戦場を駆けることが、俺の使命だ」
「ふふっ知千も熱いとこあるじゃん。そっかぁ〜、知千にも大切なお兄さんがいるんだね。私と同じだ・・・よかった、翠葉が元気になってくれて......」
美並は少し目を細めて、嬉しそうに笑った。




