回復した翠葉
美並たちは王都『蒼京』に通された。
門を抜けた先に広がっていたのは、今まで見たこともないほど真っ直ぐで、気が遠くなるほど広い大通りだ。左右には整然と並ぶ槐の並木がどこまでも続き、その奥には金色や朱色に輝く立派な建物が果てしなく連なっている。
「これが王都『蒼京』か」
美並は圧巻の風景にポカンとした。地面にはどこまでも平らに敷き詰められた美しい石畳。空を見上げると、巨大な建築物が目に入る。あまりのスケールに、足がすくんでしまう。貴族たちは絹の服を風になびかせ、金銀で飾られた馬車に乗って走っている。青い目や珍しい肌の色の人々が、見たこともない生物を連れて歩いている。色鮮やかな衣装をまとった綺麗な女性たちが交わす言葉や笑い声が、響き渡っている。
美並と稑名たちは、武装した兵士たちに囲まれながら王宮へと歩を進める。道すがら、煌びやかな衣装を纏った女性たちが珍しそうな視線を向けたり、戦地から帰還した王弟の知千に向けて甲高い歓声をあげたり、ひそひそと囁き合ったりしていた。
そしてとうとう、美並たちは目の前にそびえ立つ王宮へと辿り着く。そこは途方もなく巨大で豪華絢爛であり、見上げるほど太い柱と、どこまでも高く続く大階段が圧巻の存在感を放っていた。
・・・早く翠葉を助けないと。九転還魂草で調合して、薬を飲ませないと。
美並の頭にはそれしかなかった。
美並たちは、薬の調合や手術などを行う王宮の広大な医務室へと足を踏み入れた。
そこで出会った王宮の名医の立ち会いのもと、九転還魂草を使った薬の調合を行うことになる。本来、九転還魂草の使用権限は王家の人間にしか認められていない。しかし今回の患者は、和平を結んでいる流翻族の者であり、瀕死の危機的な状態にあることから、特例として使用が許可された。『どうしても自分も調合したい。薬草書の持ち主は僕なのだから』と強く願う白馬の申し出も聞き入れられ、白馬、美並、そして名医の三人で作業を進めることとなった。周辺には監視として護衛兵が数人立っている。白馬が所持する古い薬草書の「九転還魂草」のページを開き、そこに記された調合方法を食い入るように見つめる。たった一つしか存在しない貴重な九転還魂草を決して無駄にしないよう、時間を正確に計りながら、一工程ずつ慎重に確認し合って、ついに目的の薬を完成させた。
「やった!できた...!」
完成した薬に美並はホッとする。
「難しい工程だったが、今まで知らなかった調合過程もあり、とても勉強になったよ」
白馬は満足げだ。
「あとは満月の夜に月光が照らす場所で翠葉に飲ませるだけだね...!文輝!満月の夜はいつなの?」
王宮の医者『文輝『ブンキ』』はゆっくりと答える。
「貴女たちは運がとてもいい。今晩は満月の夜だ。知千様の帰還と満月である今晩が重なって、本当によかった」
「本当!?!今晩、もう明日には、翠葉はよくなるんだね...本当にありがとうございます、文輝」
「美並、まだここで安心してはいけないよ、薬を飲ませ、その効果がわかるのは明日の朝だ。まだ安心してはいけない」
「満月は、午後10時〜真夜中頃に南の空に見える。この部屋は南側に位置していて、月光が王宮の中で最も強く差し込む場所だ。ここで飲ませろ」
知千はそう言った。
王宮の者たちや名医の文輝、王弟の剣豪、知千、そして知千の側近や兵士たちが、美並と寝台の上に横たわる翠葉を固唾をのんで囲んでいた。室内に緊張が走り、美並の額には冷や汗がにじむ。真剣な眼差しで、ガラスの薬器を使って瓶から慎重に薬液を汲み取った。
月光に照らされた翠葉の顔打ちは、まるで死んだように静まり返っている。美並はそんな翠葉にそっと話しかけた。
「翠葉」
美並は優しく微笑む。
「今まで苦しかったね。よく頑張ったね。明日には楽になるよ。もう、大丈夫だよ」
その横では、薬師として患者の扱いに慣れた白馬が手際よく美並を手伝っていた。薬液がしっかりと喉を通り、喉支えすることなく飲み込めるよう、翠葉の頭の角度を細かく調整して固定し、口をそっと開けさせる。
美並が「準備できた?」と視線を送ると、白馬は静かに「いいよ」と頷いた。
美並の手から注がれた液体が、ゆっくりと翠葉の喉へと落ちていく。
・・・本当にちゃんと飲み込めるのかな、これで本当に元気になるのかな。大丈夫かな。
美並の心臓は不安と緊張でドキドキした。
数秒の静寂の後、翠葉が喉を鳴らして薬を飲み込んだことを確認した白馬の表情がふっと和らいだ。
「いけた、翠葉は飲み込んだよ」
安堵したような白馬の優しい笑顔に、その場の緊張がゆっくりと解けていった。固唾をのんで事の顛末を見守っていた王宮の者たちや兵士たちも、その瞬間ばかりは、一斉に小さく息を吐いて胸を撫で下ろしたようだった。
美並は泣きながら翠葉の頬を優しく撫でる。よかった、翠葉。涙が安堵感で頬を伝う。そっと白馬が美並の頭を抱き寄せ、撫でた。
「美並、明日の朝には翠葉はきっとよくなってるよ。頑張ったね、美並。もう、肩の力を抜いて、一緒に明日を待とう」
美並はその夜、翠葉と共に眠った。翠葉のために与えられた月光の当たる王宮の南にある一室。
・・・明日の朝、目覚めたら、突然知らないところにいたら、びっくりしちゃうもんね。
目覚めた翠葉が見たこともない豪華な部屋にいることに気づき、驚いてしまわないように。目覚めて最初に見るのが、大切で大好きな妹の顔であるように、ずっと妹の私は側にいるんだよって、安心できるように、美並は、そっと翠葉の左手を握る。
美並は日の出前に目覚めた。翠葉のことが頭から離れず、眠れなかった。
・・・まだ、夜明け前か。
翠葉の様子がどうなってるか、緊張しながら、横を覗く。
「っ!!」
美並はびっくりした。わずか一晩で、翠葉の顔色が見違えるほど元に戻っていたのだ。まるで死人のように真っ青だった頬には、本来の健康的な血色がうっすらと差し、全体的に明るさを取り戻している。青ざめていた唇も、かつての瑞々しい薔薇色になっていた。長くまともに食事を摂れていなかったため、少し痩せてしまっていることだけは変わらない。けれどそれ以外は、美並がこれまで何度も目にしてきた、いつもの大好きな翠葉の寝顔そのものだった。
「すいはぁっ!!!!」
美並は思わず、翠葉が寝てることも忘れて、抱きつく。込み上げてくる喜びを抑えられない。
「やったね!!すいはぁっ!!薬の効果は本当だったんだっ!!やったぁっ!!」
美並は翠葉を抱きしめ続ける。
「ちょ、え?どうしたの?・・・みなみ」
翠葉の練松石のような透き通る瞳が、驚いた顔で美並を映し出した。翠葉の瞳と、美並の瞳が合う。
「どうしたの?美並、どうしてそんな、喜んでるの?あれ?ここはどこ?」
「え?翠葉は、ずっと、三週間近く、原因不明の重病で、寝たきりで、もしかして記憶がないの?」
「重病?寝たきり?・・・そうなの?本当に...覚えていない」
美並はびっくりしてしまった。それと、心のどこかで、胸騒ぎがした...。
翠葉は不思議そうに美並を見ていた。
「私は病気だったのか・・・?」
「うん。高熱を出して、意識も朦朧としていた。毎日辛そうで、呼吸するのも、苦しそうだった...。東陽の町医者に診てもらおうと思って、山から旅に出たんだけど、その医者でもわからないって言われた。そして、私たちが流翻族の者だから、和平を結んでいる平地の王弟様が特別に翠葉を王宮で診てくれるって許可してくれた。そして九転還魂草っていう薬草を使って、薬を調合し、翠葉は目覚めることができた。ありがとう、翠葉。よく頑張って・・・もう一度、目を覚ましてくれたね・・・」
美並の瞳にはウルウルと涙が溜まる。翠葉は小さく笑う。美並の頬を撫でた。
「みんながいてくれたから、翠葉の命を助けることができた。本当に、感謝しかない。あとでみんなにお礼を言わなきゃな。そうだ翠葉っ今何食べたい?」
翠葉は考える。
「あっまって、私当てたいっ!翠葉が食べたいものは、大好きな猪の丸焼きでしょっ!!」
翠葉は驚いた顔で美並を見る。
「ふふん、私、翠葉のことはなんでもわかるんだから!」
「うん、猪の丸焼きが食べたい」
「了解っ!っじゃっ行ってくるね!!」
美並はバタバタと出て行った。




