↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪女は正しい  作者: Dちゃん
第四章「重なるものに、形が見える」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
62/69

第62話 悪役令嬢、四週目の木曜日を歩む

「悪女は正しい」をお読みいただき、ありがとうございます。第六十二話をお届けします。


木曜日、繋がりの気配が、いつの間にか、確かな足取りに変わっています。

――――――


 木曜日の朝、帝国からの書簡は、なかった。


 オットーが朝の業務一覧を持ってきたとき、その紙の上に、書簡はなかった。


 (――水曜日の夜に出しましたのね)


 (返信は、また、数日後かもしれませんのね)


 (でも――「まだ来ていない」ですのね)


 窓の外を見た。今日の王都の空は、木曜日だった。


 (――四週目の、木曜日ですのね)


 (先週は「繋がる気配」でしたのね)


 (先々週は「重ねている絆」でしたのね)


 (その前は――「気合いを見せる光」でしたのね)


 (三枚、重なって、一本の枝になりましたのね。月・火・水と、昨日までに、四枚目が重なりましたのよ)


 窓の外の青を、しばらく、見た。


 (――「繋がる気配」の先に、何がありますかしら)


 (気配だけだったものが、今は――もう、気配ではなくなっている気がしますのね)


――――――


 木曜日は、定例の文官報告が二件あった。


 オットーが、朝の業務一覧を差し出した。


 「――今日の予定は、以上でございます」


 「わかりましたわ」


 一件目は、南区診療所の週次確認だった。


 「担当医師からの所見:「北区の診療所が、独自の判断で、さらに東区の診療所へ、同じ仕組みを紹介したそうです。レオノーラ様にも、南区にも、北区にも、確認を取ることなく」」


 レオノーラは、その言葉を、しばらく、見た。


 (――「誰にも確認を取ることなく」ですのね)


 (南区から西区、西区から北区、そして今、北区から東区へ)


 (――わたくしの知らないところで、型が、型を、呼んでいますのね)


 「――オットー」


 「はい」


 「――「誰の確認も取らず、北区が独自に東区へ紹介した」という事実を、十九枚目のページに記録してください。渡したものが、渡した先で、また渡す。それはもう、わたくし一人の物語ではありませんのよ」


 老執事は、少しだけ、目を細めた。


 (――十九枚目のページが、加わりますね)


 (お嬢様が蒔かれた種は、もう、お嬢様の手を離れて、育っていますよ)


 二件目は、周縁部第一区の緑地化工事の週次報告だった。


 「担当者からの所見:「名もなき新芽の蕾ですが、外側の一枚が、はっきりと開きました。中から、幾重にも重なった、金色の花弁が覗いております」」


 レオノーラは、その言葉を、もう一度、読んだ。


 (――花弁、ですのね)


 (蕾のままだったものが、今、初めて、花の形を、見せ始めましたのね)


 「――オットー」


 「はい」


 「――「外側の一枚が開き、幾重にも重なった金色の花弁が覗いた」という一行を、記録してください。全部が開くまで、あと少しかもしれませんのよ」


 オットーは、深く、一礼した。


――――――


 昼過ぎ、マリアが昼食を持ってきた。


 「――今日は、どんな空ですか」


 「――ええ」レオノーラは言った。「「繋がる気配」の先に、何があるのか、今日、少し、わかった気がしますのよ」


 マリアは、トレイを置きながら、少しだけ、目を細めた。


 「――「繋がる気配」の先、ですか?」


 「ええ」レオノーラは言った。「南区の型が、西区へ。西区から、北区へ。そして今日、北区が、わたくしに何も聞かずに、東区へ渡しましたのよ。もう、気配ではなく――確かに、繋がって、歩いていますのね」


 マリアは、少しだけ、考えた。


 「......それって、糸電話みたいですね。子どもの頃、庭で従兄弟と缶をつなげて遊んだんですけど、最初は私が作った一本だけだったのに、気づいたら、みんな勝手に自分の缶をつなげて、庭中に糸が伸びてたんです。最初の一本を作った私が、もう何がどこに繋がってるか、わからないくらいに」


 「「わからないくらいに、繋がっていく」」レオノーラは言った。「――それですのね。今日のこの気持ちに、名前をつけるなら――「歩き出した絆」、それに、決めましたのね」


 マリアは、少しだけ、にこりとした。


 「――「歩き出した絆」、いい名前だと思います。糸電話の糸も、そう考えると、なんだか誇らしいですね」


――――――


 午後、周縁部の巡回に出た。


 名もなき新芽の蕾を、自分の目で見に行った。


 担当者が、案内した。


 「――こちらでございます。外側の一枚が、確かに、開いております」


 レオノーラは、しゃがんで、蕾を、しばらく、見た。


挿絵(By みてみん)


 (――花弁、ですのね)


 (幾重にも、重なっていますのね)


 (――全部が開いたら、どんな花になりますかしら)


 「――担当者」


 「はい」


 「――「外側の一枚が開き、花弁の重なりが見え始めた」と、記録してください。全部が開くその日まで、丁寧に、見守っていきましょう」


 担当者は、静かに、一礼した。


――――――


 温室に戻ったのは、夕方近くだった。


 二つの芽と、一輪の花が、そこにあった。


 植木鉢の前に、しゃがんだ。


 エーデルローゼの芽は――先週より、わずかに高くなっていた気がした。葉が、三枚のままだった。今日の光を受けて、自分の知らないところで、静かに歩いているような気がした。


 子爵の庭の薔薇は――一輪の花が、まだ、そこにあった。萎れる気配は、まだ、なかった。


 懐から紙を取り出した。三十三枚目を開いた。


 「――エーデルローゼ。高さ、約四十二ミリ。葉、三枚。自分の知らないところで、静かに歩いているような気がする。今日の光、歩き出した絆」


 「――子爵の庭の薔薇。高さ、変わらず。花、一輪のまま、萎れる気配なし。今日も、歩き出した絆」


 書き終えて、三十三枚の紙を、ぱらぱらと、めくった。


 (――二十九種類に、なりましたのね)


 紙を、丁寧に折って、懐にしまった。


――――――


 夕方、オットーが書斎に入ってきた。


 「――お嬢様。本日の記録についてでございますが」


 「ええ」


 「――診療所の記録に、十九枚目のページが加わりました。北区が、誰の確認も取らず、独自に東区へ型を紹介したという記録でございますね。加えて、周縁部の報告に、名もなき新芽の蕾の外側が開き、花弁の重なりが覗いたという事実も、記録されております」


 レオノーラは、それを聞いて、少しだけ、考えた。


 (――「わたくしの知らないところで、型が広がったこと」と、「蕾が、自分の形を見せ始めたこと」)


 (どちらも――わたくしが手を離した先で、静かに、育っていますのね)


 「――ええ」レオノーラは言った。「十九枚重なって――型は、もう、わたくし一人のものではなく、歩き出した絆になりましたのよ。そして、名もなき命も、今日、初めて、自分の形を見せ始めましたのね」


 オットーは、静かに、一礼した。


 「――また、温室の三十三枚目には「歩き出した絆」という記録が入っております。「気合いを見せる光」「重ねている絆」「繋がる気配」に続く、四枚目の木曜日の名前でございますね。光の名前は二十九種類になりました」


 レオノーラは、それを聞いて、少しだけ、考えた。


 (――月・火・水・木、すべての枝に、四枚目が重なりましたのね)


 「――ええ」レオノーラは言った。「「繋がる」の先には、「歩き出す」がありましたのね。繋がったものは、いつか、繋いだ人の手を離れて、自分の足で歩いていくものなのかもしれませんのよ」


 老執事は、深く、一礼した。


 (――「繋いだ人の手を離れて、自分の足で歩く」)


 (お嬢様が、また一つ、ご自身の仕事の意味を、深いところで捉え直されましたね)


――――――


 夜、書簡を書いた。


「アドリアン。今日は、四度目の木曜日でした。「気合いを見せる光」「重ねている絆」「繋がる気配」に続いて、今日の木曜日の光を「歩き出した絆」と名付けましたのね。南区から始まった型が、西区、北区、そして今日、東区へ。もう、わたくしの知らないところで、自分の足で歩いていますのよ。光の名前が二十九種類になりましたのよ。診療所の記録が十九枚目になりました。周縁部では、名もなき新芽の蕾の外側が、初めて開きました。幾重にも重なった金色の花弁が、覗き始めましたのね。全部が開くその日を、楽しみに待っています。返信は、また、数日後かもしれません。同じ時刻で。――好意として」


 書き終えて、レオノーラは、その書簡を、しばらく、見た。


 封をして、オットーに渡した。


 「――今夜中に」


 「かしこまりました」


――――――


 夜、寝室の文机の上に、冊子があった。


 レオノーラは、それを、手に取った。


 冊子の後ろの方――「年輪、一つ目」のページを、もう一度、見た。


 (――色は、まだ、決めていませんのね)


 (今日、木曜日にも、四枚目が重なりましたのね)


 (「歩き出す」という言葉が、今日、初めて出てきましたのね)


 (この年輪も、いつか、わたくしの手を離れて、歩いていくのかもしれませんのね)


 冊子を、静かに、閉じた。


 窓の外に、夜の王都があった。今夜は、穏やかだった。


 南・西・北・東、四つの診療所が、今夜も、静かに繋がっているはずだった。周縁部の名もなき命は――今夜も、開きかけた花弁を抱いたまま、静かに続きを待っているはずだった。


 温室には――三十三枚の記録を持つ、二つの芽と、一輪の花があった。


 今日の木曜日を、思った。東区への広がりを知った朝。「歩き出した絆」という光の名前が生まれた昼。花弁の重なりを見た午後。四枚目の枝が重なった夕方。


 (――これが、今日の「あったこと」ですのね)


 (四週目の、四歩目ですのね)


 (明日は金曜日ですのね)


 (「灯る入り口」の先に、五枚目の金曜日は、どう重なりますかしら)


 (――蕾が、全部開くのは、いつになりますかしら)


 (――それを、楽しみにしていますのね)


――――――


(第六十二話 了)


次話予告:四週目の金曜日、月から金までの五本の枝が、また一つ、重なります。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


診療所の型は、レオノーラの知らないところで、北区から東区へとまた一つ広がりました。渡したものが、渡した先で、また次を渡す——もう彼女一人の物語ではなくなっている、という実感が積み重なる回でした。診療所の記録は十九枚目に。周縁部の名もなき命の蕾も、外側の一枚が開き、幾重にも重なった金色の花弁がついに覗き始めています。


光の名前は「歩き出した絆」で二十九種類に。マリアの「糸電話」の思い出から、繋いだ人の手を離れて自分の足で歩いていくものがある、という気づきが生まれました。


次回もどうぞお楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。