第50話 悪役令嬢、二週目の金曜日を歩む
金曜日の朝、帝国からの書簡が、届いた。
オットーが、それを差し出すとき、一言添えた。
「――水曜日にお出しになった書簡への、お返事でございます」
レオノーラは、それを受け取った。
(――二日、でしたわ)
(「二度目の水曜日」という言葉を書いて――今日、届く)
封を開けた。
「レオノーラ。「見えている真ん中」、受け取りました。「気づいた」と「見えている」が違うというのは、こちらでも同じように感じることがあります。気づくのは一瞬ですが、見えているのは続く。先週の金曜日は「週末の入り口」と名付けていましたね。二度目の金曜日は、どんな感じがするでしょうか。「入り口」にいることを、今度は知っていて迎えますね。返信は、また、数日後になるかもしれません。同じ時刻で。――好意として」
レオノーラは、「「入り口」にいることを、今度は知っていて迎えますね」という一文を、もう一度、読んだ。
(――「知っていて迎える」)
(先週の金曜日は、木曜日の「週末の気配」の翌日として、自然に「週末の入り口」に立っていた感じでしたのね)
(今日は――「入り口にいる」ということを、朝から知っていますのね)
(知る前の「入り口」と、知った後の「入り口」は――同じ場所でも、感じが違いますかしら)
窓の外を見た。今日の王都の空は、金曜日だった。
(――また、曜日で呼んでいますのね)
(先週の金曜日は、一週間の流れの中でふと「もう入り口だ」と気づいた感じでしたのね)
(今日は――月曜日から「知っている青」で始まって、火曜日に「いてくれる青」があって、水曜日に「見えている真ん中」があって、木曜日に「知っている気配」があって、今日に来ましたのね)
(四日分の流れを知った上で、「入り口」に立っていますのね)
(「流れを知っている入り口」ですのね)
書簡を、静かに、折り畳んだ。
――――――
金曜日は、定例の文官報告が二件と、午後に周縁部第一区の植樹状況の確認があった。
オットーが、朝の業務一覧を差し出した。
「――今日の予定は、以上でございます」
「わかりましたわ」
一件目は、南区診療所の週次確認だった。
「担当医師からの所見:「今週、先週一人で来た弟が、また来ました。今度は熱もなく、「先生、ありがとうございます」と言って帰りました。受付の者が名前を聞くと、「お姉ちゃんに教えてもらいました」とだけ言っていたそうです。弟が「ありがとう」を持って来た、というのが、印象に残っています」」
レオノーラは、その言葉を、しばらく、見た。
(――「ありがとう」を持って来ましたのね)
(先週は「また来ていいですか」でしたのね)
(「また来ていいですか」という問いが、今週「ありがとう」という言葉になりましたのね)
(「来た」「弟を連れた」「別の子に教えた」「お使いで来た」「来なくても窓口として機能した」「心配して自分の判断で来た」「渡した言葉が弟を動かした」)
(そして今週――「弟が、自分の言葉で感謝を持って来た」)
(八枚目のページに、なりましたのね)
「――オットー」
「はい」
「――「弟が「ありがとう」という言葉を持って来た」という事実と、「お姉ちゃんに教えてもらいました」という弟の言葉を、八枚目のページに記録してください。先週「また来ていいですか」と問うていた子が、今週は「ありがとう」を届けに来ましたのね」
老執事は、少しだけ、目を細めた。
(――八枚目のページが、加わりますね)
(「来ていいですか」という問いから「ありがとう」という答えへ――弟自身の言葉が、一週間で育ちましたよ)
(場所が、その子にとっての「感謝を届ける場所」になっていますよ)
二件目は、周縁部第一区の緑地化工事の週次報告だった。
「担当者からの所見:「計画外の草花ですが、今週は葉の変化はありませんでした。ただ、全体的に、少し落ち着いてきた気がします。「並んでいる」感じがだんだん、「一緒にいる」という感じに近づいている気がします。うまく言えないのですが、なんとなく、そう感じました」」
レオノーラは、その言葉を、もう一度、読んだ。
(――今週は変化がありませんでしたのね)
(葉が増えたわけでも、何かが動いたわけでもありませんのね)
(でも――「一緒にいる」という感じが近づいているという言葉がありますのね)
(「向き合う」→「並ぶ」→「一緒にいる」)
(変化がない週でも、関係は、深まっていますのね)
(「うまく言えないのですが」という言葉も、ありますのね)
(それでも書いてくれましたのね)
「――オットー」
「はい」
「――「葉の変化はないが、一緒にいる感じに近づいている気がした」という担当者の言葉を、「うまく言えないのですが」という言葉と共に、そのまま記録してください。変化がない週に感じたことが、記録に値しますのよ」
オットーは、少しだけ、間を置いた。
(――「変化がない週に感じたこと」)
(以前のお嬢様は、変化のないことは記録に値しないとお考えでした)
(今は――変化がない日にも、「感じ」は動いていると知っておられます)
――――――
昼過ぎ、マリアが昼食を持ってきた。
「――今日は、どんな空ですか」
「金曜日の空ですのね」レオノーラは言った。「でも――先週の金曜日とは、少し違いますのよ」
マリアは、トレイを置きながら、少しだけ、目を細めた。
「――どう違うんですか」
「先週の金曜日は――流れの中で、自然に「入り口」に気づいた感じでしたのね」レオノーラは言った。「今日は――「入り口にいる」ということを、朝から知っていますのよ。でも――知っているからといって、急いでいるわけでも、もったいなく思っているわけでもないのですのね」
マリアは、少しだけ、考えた。
「……なんか、それって、好きな映画の最後の場面が近づいてくる感じに似てますよね。「もうすぐ終わるな」ってわかってるんだけど、焦るわけじゃなくて、ちゃんと観てる感じっていうか」
「「ちゃんと観ている」」レオノーラは言った。「――ええ。先週の「入り口」は「気づいたら入り口だった」でしたのね。今日は――「入り口にいることを知りながら、入り口にいる」感じがしますのよ。「ちゃんといる」とでも言いますかしら」
マリアは、少しだけ、窓の外を見た。
「……今日の空って、なんか、温かい感じがしませんか。明るいというか、柔らかく光っているというか。金曜日の空って、週末が近いからか、なんか穏やかな感じがしますよね」
「「穏やかな」」レオノーラは言った。「――ええ。「入り口」であることを知っていて、穏やかにそこにいる感じがしますのよ。先週の「入り口」は、「気配」の次に来た「扉の前」という感じでしたのね。今日は――「扉を知っていて、穏やかに立っている」感じがしますのよ」
マリアは、それを聞いて、少しだけ、止まった。
「――「穏やかに立っている」って、急いでいないし、怖くもない感じですね。扉の前にいるのに、落ち着いている、みたいな」
「ええ」レオノーラは言った。「「知っている入り口」とでも、言いますかしら。入り口であることは変わりませんのに、知っているから、穏やかにそこにいられる感じがしますのよ」
(――「知っている入り口」)
(言ってから、少し、止まりましたのね)
(「週末の入り口」と「知っている入り口」が――同じ金曜日の名前として、並びますのね)
(先週は「気づいた」でしたのね。今日は「知っていて、穏やかにいる」ですのね)
(「気づく」ことと「知っていて穏やかにいる」ことは――同じようで、違いますのね)
(気づくのは一度ですのに。知っていて穏やかにいるのは――続きますのね)
「――マリア」レオノーラは言った。「今週も、あなたの言葉から出てきましたのね」
マリアは、少しだけ、にこりとした。
「――毎週ですよね。お嬢様と話すと、何かが出てくる。今日は「穏やか」って言ったら、「知っている入り口」になりましたね」
「ええ」レオノーラは言った。「「穏やか」という言葉が、鍵でしたのよ。わたくし一人では、「穏やかに立っている」という感じには、たどり着きませんでしたのよ」
マリアは、それを聞いて、少しだけ、黙った。
「……なんか、言葉って、渡してから気づくことがありますよね。「穏やか」って言っておいて、それがそんな意味を持つとは思っていなかったし」
(――「渡してから気づく」)
(診療所の子どもも――弟に言葉を渡してから、その言葉が動いていましたのね)
(言葉は、渡した後に、その人の中で形を持ちますのね)
(渡す前には、その形は見えませんのね)
――――――
午後、周縁部第一区の植樹状況の確認に出た。
今日の巡回は、先週植えた苗の状態を確認するものだった。担当者が、各区画を案内した。
「――こちらが先週植えた苗でございます。今のところ、大きな変化はございません」
レオノーラは、整然と並んだ小さな苗を、しばらく、見た。
(――「大きな変化はない」ですのね)
(でも――植えた翌週の「変化のない」は、「何もない」ではありませんのね)
(土の中では、根が、始まっているかもしれませんのね)
(見えないところで、「始まり」は、もう始まっていますのね)
少し離れたところに、計画外の草花が、あった。
葉が三枚、隣の苗と共に、静かにそこにあった。
(――「一緒にいる感じ」という言葉が、報告にありましたのね)
(今日、実際に見ても――確かに、そういう感じがしますのね)
(「並んでいる」とは少し違う、もう少し近い距離の感じがしますのね)
「――担当者」
「はい」
「――今日の苗の状態を「変化なし。ただし植えた翌週の「変化なし」である」という一行を添えて記録してください。「変化なし」が何週目かによって、その意味が違いますのよ。一週目の「変化なし」と、一ヶ月後の「変化なし」は、同じ言葉でも形が違いますのね」
担当者は、少しだけ、目を細めた。
「――「何週目かを記録する」、ですか」
「ええ」レオノーラは言った。「「変化なし」という記録は、それだけでは形になりませんのよ。重なって初めて、「ずっと変化なし」なのか「まだ変化なし」なのかが、見えてきますのよ」
担当者は、静かに、一礼した。
(――「何週目かを記録する」)
(以前は、変化のない記録は省いておられました)
(今は――「何週目の変化なし」かが、記録の文脈を作ると知っておられます)
――――――
温室に戻ったのは、夕方近くだった。
二つの芽が、そこにあった。
植木鉢の前に、しゃがんだ。
エーデルローゼの芽は――昨日より、わずかに高くなっていた気がした。葉が、三枚のままだった。でも、今日の光を受けて、全体に、穏やかな充実がある気がした。
(――「穏やかな充実」)
(月曜日の「落ち着いた深さ」、火曜日の「静かに安定している」、水曜日の「中心を持っている」、木曜日の「落ち着いた重さ」の次の金曜日ですのね)
(「深さ」が「安定」になって、「安定」が「中心」になって、「中心」が「重さ」になって、「重さ」が「充実」になりましたのね)
(一週間で、積み重なっていきましたのね)
子爵の庭の薔薇の芽は――葉が四枚のままだった。でも、全体として、今日は少し、その場に馴染んでいる感じがした。
(――「その場に馴染んでいる」)
(月曜日の「静かに確かに始めている」、火曜日の「伸びやか」、水曜日の「両方向に広がっている」、木曜日の「落ち着いて広がっている」の次の金曜日ですのね)
(「始まり」が「伸びやか」になって、「伸びやか」が「広がり」になって、「広がり」が「馴染み」になりましたのね)
(広がることが、根づくことに繋がりましたのね)
懐から紙を取り出した。二十一枚目を開いた。
「――エーデルローゼ。高さ、約三十一ミリ。葉、三枚。穏やかな充実がある気がする。今日の光、知っている入り口」
書いて、止まった。
「知っている入り口」
(――光の名前に、なりましたのね)
(先週の「週末の入り口」と並んで、初めて、金曜日の光に「重なり」が生まれましたのね)
(月曜日・火曜日・水曜日・木曜日に続き、今日の金曜日も――二週分の名前が、揃いましたのね)
「――子爵の庭の薔薇。高さ、約十三ミリ。葉、四枚(変化なし)。その場に馴染んでいる気がする。今日も、知っている入り口」
書き終えて、二十一枚の紙を、ぱらぱらと、めくった。
(――十八種類に、なりましたのね)
(数えるつもりはありませんでしたのに、わかりましたのね)
(月曜日から今日の金曜日まで――二週分の重なりが、五曜日分、揃いましたのね)
紙を、丁寧に折って、懐にしまった。
――――――
夕方、オットーが書斎に入ってきた。
「――お嬢様。本日の定例業務、以上でございます」
「ええ、ありがとう」
オットーは、少しだけ、間を置いた。
「――本日の記録についてでございますが」
「ええ」
「――診療所の記録に、八枚目のページが加わりました。「来た」「連れてきた」「教えた」「お使いで来た」「来なくても機能した」「心配して自分の判断で来た」「渡した言葉が弟を動かした」に続いて、本日「弟が「ありがとう」を持って来た」という記録でございますね。今回は初めて、「感謝」という言葉が場所へ届いた記録でございます」
レオノーラは、それを聞いて、少しだけ、考えた。
(――「感謝」が届きましたのね)
(最初は「来た」という事実でしたのね)
(今日は「ありがとう」という言葉が、場所に届きましたのね)
(「来る」という行為が、「届ける」という行為になりましたのね)
「――ええ」レオノーラは言った。「八枚重なって――場所が、「感謝を届ける場所」になりましたのよ。最初は「来ていいか」わからなかった子どもの弟が、今日は「ありがとう」という言葉を持って来ましたのね。「来る」ことが「届ける」ことになりましたのね」
オットーは、静かに、一礼した。
(――「届ける場所」)
(お嬢様が、初めて、その言葉を使われましたよ)
(八枚のページが重なって、場所が「行くところ」から「感謝を届けるところ」へと育ちましたよ)
「――また、温室の二十一枚目には「知っている入り口」という記録が入っております。先週の「週末の入り口」に続く、二週目の金曜日の名前でございますね。月曜日・火曜日・水曜日・木曜日と同じく、金曜日の名前も、二つ、並びました」
レオノーラは、それを聞いて、少しだけ、考えた。
(――「週末の入り口」と「知っている入り口」が、一週間を挟んで並んでいますのね)
(「入り口に気づいた」と「入り口を知っていて穏やかにいる」は――同じ入り口でも、立ち方が違いますのね)
(一枚目は「発見」で、二枚目は「馴染み」ですのね)
「――ええ」レオノーラは言った。「月曜日から金曜日まで、五曜日分の重なりが揃いましたのね。「線が面になる」の次は――「面に厚みが生まれる」感じがしてきますのよ。平らな面ではなく、重なりが積み重なって、「厚み」が生まれてきますのよ」
老執事は、深く、一礼した。
(――「面に厚みが生まれる」)
(昨日の「線が面になる」の次の言葉が、今日、出てきましたよ)
(月曜から金曜まで、五本の線が並んで面になり、さらに二週分の重なりが厚みを生んでいますよ)
(第四章は、今週をかけて、確かなものになっていきますよ)
――――――
夜、書簡を書いた。
「アドリアン。今日は二度目の金曜日でした。「入り口にいることを知っていて迎える」という言葉、受け取りました。先週の「週末の入り口」と重なって、今日の金曜日の光を「知っている入り口」と名付けましたのね。「入り口に気づいた」と「入り口を知っていて穏やかにいる」は、同じ入り口でも、立ち方が違いましたのよ。知っていると、穏やかにそこにいられますのね。光の名前が十八種類になりましたのよ。診療所の弟が、今週は「ありがとう」という言葉を持って来たそうです。八枚のページが重なって、場所が「感謝を届ける場所」になりましたのね。「来る」ことが「届ける」ことになりましたのよ。計画外の草花が「並ぶ」から「一緒にいる感じ」に近づいているそうです。変化がない週でも、関係は深まっていますのね。植えた苗は「変化なし」でしたのに、「一週目の変化なし」という記録を残しましたのよ。何週目かを記録することで、「変化なし」の意味が変わりますのね。月曜日から金曜日まで、五曜日分の重なりが揃いましたのね。「線が面になる」の次は「面に厚みが生まれる」感じが、今日しましたのよ。返信は、また、数日後かもしれません。同じ時刻で。――好意として」
書き終えて、レオノーラは、その書簡を、しばらく、見た。
(――「今日は二度目の金曜日でした」から、また、書き始めましたのね)
(今週は月曜日から毎日、「二度目の」という言葉で書き始めていますのね)
(月曜日から金曜日まで、五日続けて「二度目の」ですのね)
封をして、オットーに渡した。
「――今夜中に」
「かしこまりました」
オットーは、それを受け取って、少しだけ、間を置いた。
「――お嬢様。今週、月曜日から今日の金曜日まで、五日続けて「二度目の」という書き出しになっておられますね。一週間の平日、全曜日が「二度目の」という書き出しで揃いましたね」
レオノーラは、それを聞いて、少しだけ、考えた。
「――そうなりましたのね」レオノーラは言った。「先週の一日一日が、今週の「前の一枚」になっていて――今週の一日一日は、来週の「前の一枚」になっていきますのね。五曜日分の「前の一枚」が揃って、初めて、一週間という「流れの全体」が見えてきますのよ」
老執事は、深く、一礼した。
(――「一週間の流れの全体」)
(先週の月曜から土曜まで、それぞれの曜日に名前が宿りました)
(今週の月曜から今日の金曜まで、それぞれの曜日に「二枚目」が重なりました)
(明日、土曜日にも「二枚目」が重なれば、一週間の全曜日に重なりが揃いますよ)
――――――
夜、寝室の文机の上に、冊子があった。
レオノーラは、それを、手に取った。
最初のページから、ゆっくり、読んだ。
「今日は晴れ」から始まって、「気合いの入った青」があった。「気合いが馴染んだ光」があった。「流れの中の真ん中」があった。「週末の気配」があった。「週末の入り口」があった。「着いた光」があった。「知っている青」があった。「いてくれる青」があった。「見えている真ん中」があった。「知っている気配」があった。
そして、今日――「知っている入り口」が、加わった。
(――十八種類に、なりましたのね)
(先週の月曜日から今日の金曜日まで――二週分の平日の光が、五曜日分、重なっていますのね)
(「気合いの入った青」と「知っている青」が、月曜日として並んでいますのね)
(「気合いが馴染んだ光」と「いてくれる青」が、火曜日として並んでいますのね)
(「流れの中の真ん中」と「見えている真ん中」が、水曜日として並んでいますのね)
(「週末の気配」と「知っている気配」が、木曜日として並んでいますのね)
(「週末の入り口」と「知っている入り口」が、金曜日として並んでいますのね)
(五曜日分の「流れ」が、冊子の中で、形になってきていますのね)
患者の書簡が、挟まれていた。「元気に歩いて来た」があった。「弟を連れて来た」があった。「ここに来ると診てもらえると教えた」があった。「お使いで来た。怖がっていなかった」があった。「来ていないのに窓口になっている」があった。「教えてもらったとおりにしている。心配して、自分の判断で来た」があった。「教えてもらった言葉で、弟が一人で来た。また来ていいですかと言っていた」があった。そして今日、「弟が「ありがとう」を持って来た。お姉ちゃんに教えてもらいましたと言っていた」という言葉が、その次のページに加わっていた。
(――八枚のページが、並んでいますのね)
(「来た」という記録から始まって、今日は「感謝を届けた」という記録になりましたのね)
(八枚重なって、場所が「行くところ」から「感謝を届けるところ」へと育ちましたのね)
(次のページには――何が来るでしょうかしら)
「エーデルローゼ。高さ、約三十一ミリ。葉、三枚。穏やかな充実がある気がする。今日の光、知っている入り口」
「子爵の庭の薔薇。高さ、約十三ミリ。葉、四枚(変化なし)。その場に馴染んでいる気がする。今日も、知っている入り口」
(――「穏やかな充実がある気がする」と「その場に馴染んでいる気がする」)
(どちらも「気がする」ですのね)
(確認できませんのね。でも――消えませんのよ)
(これが――「信じている」ことですのね)
(そして今日――五曜日分の重なりが揃って、「面に厚みが生まれる」感じがしましたのね)
冊子を、静かに、閉じた。
窓の外に、夜の王都があった。今夜は、穏やかだった。
南の診療所は今夜も機能しているはずだった。弟が「ありがとう」を届けた後も、その場所は今夜も誰かの「届ける場所」として、そこにあるはずだった。西区の水路は今夜も通っているはずだった。周縁部の計画外の草花は――今夜も、隣の苗と「一緒にいる」感じの中に、静かに立っているはずだった。植えた苗は――今夜も、見えない土の中で、一週目の「変化なし」の時間を過ごしているはずだった。
温室には――二十一枚の記録を持つ、二つの芽があった。一方は穏やかな充実がある気がする。一方はその場に馴染んでいる気がする。
帝国では――今夜、殿下が、「二度目の金曜日」という言葉を、読んでおられるだろうか。
(――先週と今週の金曜日が、冊子の中で、並んでいますのね)
(「週末の入り口」と「知っている入り口」が、一週間を挟んで、隣り合っていますのね)
(重なって、金曜日の「感じの流れ」が、形になりましたのね)
(これが――「重なるものに、形が見える」ということかもしれませんのね)
冊子を、文机の上に、戻した。
今日の金曜日を、思った。「二度目の金曜日」という言葉で書簡を書き出した朝。「弟が「ありがとう」を持って来た」という八枚目が加わった午前。「知っている入り口」という光の名前が生まれた昼。「変化なし」に文脈を添えるという発見のあった午後の巡回。「面に厚みが生まれる」という感覚を持った夕方。
(――これが、今日の「あったこと」ですのね)
(二度目の金曜日の、積み重ねですのね)
(明日は土曜日ですのね)
(先週の「着いた光」の土曜日と――二度目の土曜日は、どう重なりますかしら)
(「着いた」感じを、今度は知っていて迎えますのね)
(重なって初めて見えるものが、また、ありますかしら)
(――それを、楽しみにしていますのね)
(以前は、なかった感覚ですのよ)
――――――
(第五十話 了)




