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悪女は正しい  作者: Dちゃん
第四章「重なるものに、形が見える」

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第47話 悪役令嬢、二週目の火曜日を歩む

火曜日の朝、帝国からの書簡は、なかった。


オットーが、朝の業務一覧を持ってきたとき、その紙の上に、書簡はなかった。


(――昨日の月曜日に出しましたのね)


(返信は、また、数日後かもしれませんのね)


(でも――「まだ来ていない」ですのね)


今日の王都の空は、火曜日だった。


(――また、曜日で呼んでいますのね)


(でも――二度目の火曜日は、先週の火曜日とどう違いますかしら)


(先週の火曜日は「気合いが馴染んだ光」でしたのね)


(今日は――「知っている青」の翌日ですのね)


(先週は月曜日の緊張が解けて馴染んだ火曜日でしたのに、今日は――はじめから落ち着いている月曜日の後の火曜日ですのね)


(同じ「火曜日」でも、月曜日が変わると、火曜日も変わりますのね)

――――――


火曜日は、定例の文官報告が二件と、午後に西区水路の月次巡回があった。


オットーが、朝の業務一覧を差し出した。


「――今日の予定は、以上でございます」


「わかりましたわ」


一件目は、周縁部第一区の緑地化工事の週次報告だった。


「担当者からの所見:「今週、先週から様子を見ていた計画外の草花に、小さな変化がありました。葉が一枚、増えました。抜かずにいて、よかったかもしれません。もう少し、見ていようと思います」」


レオノーラは、その言葉を、もう一度、読んだ。


(――「葉が一枚、増えました」)


(様子を見ていたら、動きましたのね)


(「抜かずにいてよかったかもしれない」という言葉が、ありますのね)


(以前のわたくしなら、計画外のものはすぐに排除していましたのね)


(でも――担当者が「迷った」ことが、この一枚の葉を生みましたのね)


(「迷う」ことも、判断の一つですのね)


「――オットー」


「はい」


「――「葉が一枚、増えた」という事実と、「抜かずにいてよかったかもしれない」という担当者の言葉を、先週の「様子を見ることにした」の次のページに記録してください。計画外のものが、一週間で変化しましたのね」


オットーは、少しだけ、目を細めた。


(――先週と今週、二枚のページが並びますね)


(「様子を見る」を選んで、一週間後に葉が増えた)


(これも――「重なって、形が見える」ことですよ)


二件目は、南区診療所の週次確認だった。


数字は、安定していた。


「担当医師からの所見:「先週お使いで来た子どもですが、今週は来ていません。しかし弟の薬の飲み方について、お母さんからの伝言をご近所の方が持ってきてくれました。「あの子に聞けばわかると言っていた」そうです。その子が、診療所の「窓口」になっていますね」」


レオノーラは、その言葉を、しばらく、見た。


(――今週は来ていない、のですのね)


(でも――「その子に聞けばわかる」と言われていますのね)


(本人が来なくても、その子の存在が機能していますのね)


(「元気に歩いて来た」「弟を連れて来た」「別の子に教えた」「お使いで来た」)


(そして今週――「来ていないのに、機能している」)


(五枚目のページに、なりましたのね)


「――オットー」


「はい」


「――「来ていないのに窓口になっている」という医師の言葉を、五枚目のページに記録してください。「歩いて来た」から始まって、今週は「来ていない」のに形が残っていますのね」


老執事は、少しだけ、間を置いた。


(――五枚のページが、並びますね)


(一人の子どもが、診療所に「いない」ときでも機能する存在になりました)


(「場所」が、その子を通じて「人」になりましたよ)

――――――


昼過ぎ、マリアが昼食を持ってきた。


「――今日は、どんな空ですか」


「火曜日の空ですのね」レオノーラは言った。「でも――先週の火曜日とは、少し違いますのよ」


マリアは、トレイを置きながら、少しだけ、目を細めた。


「――どう違うんですか」


「先週の火曜日は――月曜日の「気合い」が解けて「馴染んだ」感じでしたのね」レオノーラは言った。「今日は――月曜日がはじめから落ち着いていましたのね。だから今日の火曜日は、「馴染む」よりも、もう少し静かな感じがしますのよ」


マリアは、少しだけ、考えた。


「……なんか、二週目って、そういう感じがしますよね。最初の週は全部が「初めて」だから緊張するんですけど、二週目になると、「ああ,こういう感じか」って、ちょっと余裕が出てくる感じっていうか」


「「ああ、こういう感じか」」レオノーラは言った。「――それは、先週の「またこの空か」と似ていますのね」


「似てますね」マリアは言った。「月曜日の「またこの空か」の翌日って、何でしょうね」


レオノーラは、しばらく、窓の外を見た。


「……「知っている、その次」という感じがしますのよ。先週、月曜日が「初めての緊張」で、火曜日が「馴染んだ」でしたのね。今週の月曜日は「知っている」で始まって、今日の火曜日は――「知っている」がもう当たり前になった感じがしますのね」


マリアは、それを聞いて、少しだけ、止まった。


「――「当たり前になった」って、なんか、馴染むよりもっと深い感じですね。もう気にしていない、みたいな」


「ええ」レオノーラは言った。「「気にしていない青」とでも、言いますかしら」


(――「気にしていない青」)


(言ってから、止まりましたのね)


(「気にしていない」は、関係ないということではありませんのね)


(知っていて、慣れていて、そこにあることが当たり前になった感じですのね)


(でも――少し違う気もしますのね)


「――マリア」レオノーラは言った。「「気にしていない」というより、もう少し優しい言葉がある気がしますのよ。「当たり前」という感じではなく――「そこにいて当然の人に会う感じ」とでも言いますかしら」


マリアは、少しだけ、考えた。


「……「いてくれる」って感じですかね。「いつもそこにいてくれる青」みたいな」


レオノーラは、それを聞いて、少しだけ、考えた。


「――「いてくれる」」


(――「いてくれる」という言葉を、聞いたことはありましたのね)


(でも――空に対して使うとは、思っていませんでしたのね)


(原則――間違えていない気がしますのよ)


(先週の月曜日の「気合いの入った青」が、知人のようなものだとしたら――今日の火曜日の空は、もう古い友人のような感じですのね)


「――「いてくれる青」とでも、言いますかしら」レオノーラは言った。「整えた言葉ではありませんでしたのに」


マリアは、それを聞いて、にこりとした。


「――「いてくれる青」。なんか、ほっとする感じがしますね」


「ええ」レオノーラは言った。「言ってから、気づきましたのね。「ほっとする」という感じが、ありましたのよ」


(――「ほっとする」)


(先週の月曜日は「またこの空か」という再会の嬉しさでしたのね)


(今日の火曜日は――「ほっとする」安心でしたのね)


(「嬉しい」の次は「ほっとする」ですのね)


(重なるたびに、感じが、変わっていきますのね)

――――――


午後、温室に向かった。


廊下の窓の外は、今日も、明るかった。光が、静かで、落ち着いていた。


(――「落ち着いた光」ですのね)


(先週の「気合いが馴染んだ光」の次の週の火曜日ですのね)


(「馴染んだ」の次の週は――「もう馴染んでいる」ですのね)


(「いてくれる青」の感じの光ですのね)


温室に入ると、二つの芽が、そこにあった。


植木鉢の前に、しゃがんだ。


エーデルローゼの芽は――昨日より、わずかに高くなっていた気がした。葉が、三枚のままだった。でも、今日の光を受けて、葉全体が、静かに、安定している感じがした。


(――「静かに、安定している」)


(月曜日の「落ち着いた深さ」の翌日ですのね)


(「深さ」が、今日は「安定」になった感じがしますのね)


(「深まる」ことが、「落ち着く」ことに繋がりましたのね)


子爵の庭の薔薇の芽は――葉が四枚のままだった。でも、全体として、今日は少し、伸びやかな感じがした。


(――「伸びやか」)


(月曜日の「静かに確かに始めている」の翌日ですのね)


(「始めている」が、今日は「伸びやか」になりましたのね)


(「始まる」ことが、「広がる」ことに繋がりましたのね)


懐から紙を取り出した。十八枚目を開いた。


「――エーデルローゼ。高さ、約二十八ミリ。葉、三枚。静かに安定している気がする。今日の光、いてくれる青」


書いて、止まった。


「いてくれる青」


(――光の名前に、なりましたのね)


(先週の「気合いの入った青」、先週の「気合いが馴染んだ光」、今週の「知っている青」、そして今日の「いてくれる青」と――月曜日と火曜日の名前が、二週分、並びましたのね)


(重なって、火曜日という日の「流れ」が、初めて、見えてきましたのね)


「――子爵の庭の薔薇。高さ、約十二ミリ。葉、四枚(変化なし)。伸びやかな気がする。今日も、いてくれる青」


書き終えて、十八枚の紙を、ぱらぱらと、めくった。


(――十五種類に、なりましたのね)


(数えるつもりはありませんでしたのに、わかりましたのね)


(先週の月曜日から今日の火曜日まで――二週分の光の名前が、少しずつ、重なって並んでいますのね)


紙を、丁寧に折って、懐にしまった。

――――――


夕方、西区水路の月次巡回から戻った。


水路は、今月も,安定していた。水の流れは穏やかで、先月と変わらなかった。


(――「安定している」ですのね)


(また、安定していますのね)


(安定が、二ヶ月続きましたのね)


(一度の安定ではなく、二度の安定が重なって――「安定が続いている」という形が、見えてきましたのね)


「――オットー」


「はい」


「――今月の水路の記録には、「先月に続き、安定している」という一行を添えてください。安定が一度だけでなく、続いていることを、記録に残してくださいませのよ」


オットーは、少しだけ、目を細めた。


(――「続いている」という記録ですね)


(以前のお嬢様は、変化のないことは記録に値しないとお考えでした)


(今は――同じ状態が重なることで、「形」が見えると知っておられます)

――――――


夕方、オットーが書斎に入ってきた。


「――お嬢様。本日の定例業務、以上でございます」


「ええ、ありがとう」


オットーは、少しだけ、間を置いた。


「――本日の記録についてでございますが」


「ええ」


「――診療所の記録に、五枚目のページが加わりました。「来ていないのに窓口になっている」という、これまでとは少し異なる種類の記録でございますね。これまでは「来た」という事実でしたのに、今日は「来なかった」のに存在している、という記録でございます」


レオノーラは、それを聞いて、少しだけ、考えた。


(――「来なかった」のに、存在している)


(「来た」という記録の次に、「来なかった」という記録が来ましたのね)


(でも――「来なかった」は「いない」ではありませんのね)


(むしろ――「来なくてもいられる場所」になったということですのね)


「――ええ」レオノーラは言った。「五枚重なって――その子の存在の「形」が、見えてきましたのね。最初は「来た」こと自体が記録でしたのに、今は「来なくても機能している」という記録に、なりましたのね」


オットーは、静かに、一礼した。


(――「来なくても機能している」)


(四枚の「来た」記録が重なって、五枚目に「来なくても」が来ました)


(重なるほどに、その子の存在が「場所」を超えて「関係」になっていますよ)


「――また、温室の十八枚目には「いてくれる青」という記録が入っております。先週の「気合いが馴染んだ光」に続く、二週目の火曜日の名前でございますね。月曜日と同じく、火曜日の名前も、二つ、並びました」


レオノーラは、それを聞いて、少しだけ、考えた。


(――「気合いが馴染んだ光」と「いてくれる青」が、一週間を挟んで並んでいますのね)


(月曜日の「気合いの入った青」と「知っている青」と同じように――火曜日も、二枚が重なりましたのね)


(重なるたびに、その曜日の「流れ」が、見えてきますのね)


「――ええ」レオノーラは言った。「月曜日と火曜日、両方に、二週分の名前が揃いましたのね。先週は一枚ずつでしたのに、今週から、重なりが生まれましたのね。重なって初めて、その曜日の「流れ」が見ええきますのよ」


老執事は、深く、一礼した。


(――「重なって、流れが見える」)


(月曜日から始まって、今日の火曜日で、二曜日分の重なりが揃いました)


(これから一週間をかけて、水・木・金・土と、重なりが続いていきます)


(第四章は、今週をかけて、その「形」を積み重ねていくのですよ)

――――――


夜、書簡を書いた。


「アドリアン。今日は二度目の火曜日でした。先週の「気合いが馴染んだ光」と重なって、今日の火曜日の光を「いてくれる青」と名付けましたのね。先週の月曜日が「またこの空か」という嬉しさでしたのに、今日の火曜日は「ほっとする」安心がありましたのよ。重なるたびに、感じが変わっていきますのね。光の名前が十五種類になりましたのよ。診療所の子どもが、今週は来ていないのに「窓口」になっているという報告がありました。五枚のページが重なって、「来なくても機能している」という形が見えてきましたのね。計画外の草花に、葉が一枚増えましたのよ。「様子を見る」を選んだ翌週に、動きがありましたのね。水路の安定が二ヶ月続きました。同じ安定が重なって、「続いている」という形になりましたのよ。月曜日と火曜日に、二週分の重なりが揃いましたのね。返信は、また、数日後かもしれません。同じ時刻で。――好意として」


書き終えて、レオノーラは、その書簡を、しばらく、見た。


(――「今日は二度目の火曜日でした」から、書き始めましたのね)


(先週は「今日は火曜日でした」でしたのに、今日は「二度目の」という言葉が、また、自然に出てきましたのね)


(昨日の月曜日と同じですのね)


(「二度目の」は、重なりを持っている証ですのね)


封をして、オットーに渡した。


「――今夜中に」


「かしこまりました」


オットーは、それを受け取って、少しだけ、間を置いた。


「――お嬢様。今週、月曜日と今日の火曜日、二日続けて「二度目の」という書き出しになっておられますね」


レオノーラは、それを聞いて、少しだけ、考えた。


「――そうなりましたのね」レオノーラは言った。「気づいていませんでしたのよ。でも――今週の一日一日は、ただの月曜日でも火曜日でもありませんのね。先週と重なって、初めてその曜日の「流れ」が見える日ですのね。だから「二度目の」という言葉が、出てきましたのね」


老執事は、深く、一礼した。


(――「二度目の」という言葉が、今週の書き出しになりました)


(先週は「今日は〇曜日でした」という書き出しで、曜日に「形」が宿りました)


(今週は「二度目の〇曜日でした」という書き出しで、曜日に「流れ」が宿りつつあります)


(重なるたびに、時間が深くなっていきますよ)

――――――


夜、寝室の文机の上に、冊子があった。


レオノーラは、それを、手に取った。


最初のページから、ゆっくり、読んだ。


「今日は晴れ」から始まって、「気合いの入った青」があった。「気合いが馴染んだ光」があった。「流れの中の真ん中」があった。「週末の気配」があった。「週末の入り口」があった。「着いた光」があった。「知っている青」があった。


そして、今日――「いてくれる青」が、加わった。


(――十五種類に、なりましたのね)


(先週の月曜日から今日の火曜日まで――二週分の平日の光が、少しずつ、重なっていますのね)


患者の書簡が、挟まれていた。「元気に歩いて来た」があった。「弟を連れて来た」があった。「別の子に教えた」があった。「お使いで来た。怖がっていなかった」があった。そして今日、「来ていないのに窓口になっている」という言葉が、その次のページに加わっていた。


(――五枚のページが、並んでいますのね)


(「来た」という記録が四枚続いて、五枚目に「来なかった」が来ましたのね)


(「来なかった」は欠落ではなく――「来なくてもいられる」という到達ですのね)


(重なるほどに、一人の子どもの存在が、深まっていきますのね)


「エーデルローゼ。高さ、約二十八ミリ。葉、三枚。静かに安定している気がする。今日の光、いてくれる青」


「子爵の庭の薔薇。高さ、約十二ミリ。葉、四枚(変化なし)。伸びやかな気がする。今日も、いてくれる青」


(――「静かに安定している気がする」と「伸びやかな気がする」)


(どちらも「気がする」ですのね)


(確認はできませんのね。でも――消えませんのよ)


(これが――「信じている」ことですのね)


冊子を、静かに、閉じた。


窓の外に、夜の王都があった。今夜は、穏やかだった。


南の診療所は今夜も機能しているはずだった。あの子どもが今週来なくても、その子の存在は今夜も「窓口」として、そこにあるはずだった。西区の水路は今夜も通っているはずだった。周縁部の計画外の草花は――今夜も、葉を一枚増やした後の静けさの中に、立っているはずだった。


温室には――十八枚の記録を持つ、二つの芽があった。一方は静かに安定している気がする。一方は伸びやかな気がする。


帝国では――今夜、殿下が、「二度目の火曜日」という言葉を、読んでおられるだろうか。


(――先週と今週の火曜日が、冊子の中で、並んでいますのね)


(「気合いが馴染んだ光」と「いてくれる青」が、一週間を挟んで、隣り合っていますのね)


(重なって、その違いが、形になりましたのね)


(これが――「重なるものに、形が見える」ということかもしれませんのね)


冊子を、文机の上に、戻した。


今日の火曜日を、思った。「二度目の火曜日」という言葉で書簡を書き出した夜。「来ていないのに機能している」という五枚目が加わった朝。「葉が増えた計画外の草花」の報告が届いた午前。「いてくれる青」という光の名前が生まれた昼。水路の「続いている安定」を記録した午後。


(――これが、今日の「あったこと」ですのね)


(二度目の火曜日の、積み重ねですのね)


(明日は水曜日ですのね)


(先週の「流れの中の真ん中」の水曜日と――二度目の水曜日は、どう重なりますかしら)


(重なって初めて見えるものが、また、ありますかしら)


(――それを、楽しみにしていますのね)


(以前は、なかった感覚ですのよ)

――――――


(第四十七話 了)

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