第46話 悪役令嬢、二週目を歩む
月曜日の朝、帝国からの書簡が、届いた。
オットーが、それを差し出すとき、一言添えた。
「――土曜日にお出しになった書簡への、お返事でございます」
レオノーラは、それを受け取った。
(――一日、でしたわ)
(「着いた光」という言葉を書いて、今日、届く)
封を開けた。
「レオノーラ。「着いた光」、受け取りました。一週間、月曜日から土曜日まで、あなたが光に名前をつけていくのを一緒に数えていました。六種類が揃ったこと、こちらでも確認しています。「着いた光」という言葉が届いたとき、こちらも今週の仕事が一段落したところでした。同じ場所に、同じ日に、着いていたようです。来週の月曜日は、どんな光になりますか。先週と同じ「気合いの入った青」でしょうか。それとも、二度目の月曜日は、また別の感じがするでしょうか。返信は、また、数日後になるかもしれません。同じ時刻で。――好意として」
レオノーラは、「二度目の月曜日は、また別の感じがするでしょうか」という一文を、もう一度、読んだ。
(――「二度目の月曜日」)
(先週の土曜日に「来週の月曜日は同じか違うか」と思っていましたのね)
(殿下も、同じことを問うておられましたのね)
窓の外を見た。今日の王都の空は、月曜日だった。
(――また、曜日で呼んでいますのね)
(でも――二度目の月曜日は、先週の月曜日とどう違いますかしら)
(先週の月曜日は「土曜日の記憶が残った月曜日」でしたのね)
(今日は――「一週間が一巡りした後の、月曜日」ですのね)
(「気合い」という感じは、まだありますのね。でも――少し違いますのね)
(先週の「気合い」は、「初めて週末を終えた月曜日」の、新しいものへの緊張のような気合いでしたのね)
(今日の「気合い」は――もう知っている。一週間がどういうものかを知って、もう一度、始める感じですのね)
書簡を、静かに、折り畳んだ。
――――――
月曜日は、定例の文官報告が三件と、午後に周縁部第一区の巡回があった。
オットーが、朝の業務一覧を差し出した。
「――今日の予定は、以上でございます」
「わかりましたわ」
一件目は、南区診療所の週次確認だった。
「担当医師からの所見:「先週、近所の子どもに「ここなら診てもらえる」と教えたあの子が、今週また来ました。今度は一人でした。お母さんに頼まれてきたそうで、弟の薬をもらいに来た、と言っていました。その子の顔を見て、気が付いたことがあります。怖がっていませんでした。来た時から、ずっと。以前の子どもたちは、診療所の扉の前で少し立ち止まることが多かったのですが、この子は、来るたびに、歩みが少し速くなっています」」
レオノーラは、その言葉を、しばらく、見た。
(――また、来ましたのね)
(今度は一人で。お母さんに頼まれて)
(「弟の薬をもらいに来た」ということは――お使いとして来ましたのね)
(診療所が、この子にとって「お使いで来られる場所」になりましたのね)
(「元気に歩いて来た」「弟を連れて来た」「別の子に教えた」)
(そして今日――「お母さんに頼まれてお使いに来た」)
(四枚目のページに、なりましたのね)
「――オットー」
「はい」
「――「怖がっていなかった」という医師の言葉と、「来るたびに歩みが速くなっている」という観察を、どちらも記録してください。先月の記録の続きのページに」
「かしこまりました」
老執事は、少しだけ、間を置いた。
(――四枚目のページが、加わりますね)
(一人で来た。お使いで来た。怖がっていなかった)
(「連れていける場所」が「教えられる場所」になって、今日は「頼める場所」になりましたよ)
(――四枚のページが重なって、一人の子どもの「形」が、見えてきましたよ)
二件目は、西区水路の月次確認だった。
数字は、安定していた。
(――「安定している」ですのね)
(これも、記録に値することですのね)
三件目は、周縁部第一区の緑地化工事の週次報告だった。
「担当者からの所見:「今週、遊歩道の一角で、植えていない草花が一本、自然に生えているのを見つけました。どこから来たのかわかりません。土が良くなってきた証かもしれません。抜くべきか迷いましたが、今週は様子を見ることにしました」」
レオノーラは、その言葉を、もう一度、読んだ。
(――「植えていない草花が自然に生えた」)
(抜くべきか迷って、様子を見ることにしましたのね)
(以前のわたくしなら、「計画外のものは除去」と即座に判断していましたのね)
(でも――この担当者は「迷った」のですのね)
(そして「様子を見る」を選びましたのね)
(それは――確認しようとしながら、消えないものを待つ、ということかもしれませんのね)
「――オットー」
「はい」
「――「植えていない草花が自然に生えた」という事実と、担当者が「様子を見ることにした」という判断を、どちらも記録してください。「計画外のものが現れた」という事実と、「すぐに排除しなかった」という選択が、並んで残るように」
オットーは、少しだけ、目を細めた。
(――「計画外」を、すぐに排除しなかった)
(以前のお嬢様は、計画外のものは「ノイズ」として、即座に処理の対象としておられました)
(今は――計画外のものが現れたこと自体を、記録に値すると判断しておられます)
(それが、今のお嬢様の「正しい管理」ですよ)
――――――
昼過ぎ、マリアが昼食を持ってきた。
「――今日は、どんな空ですか」
「月曜日の空ですのね」レオノーラは言った。「でも――先週の月曜日とは、少し違いますのよ」
マリアは、トレイを置きながら、少しだけ、目を細めた。
「――どう違うんですか」
「先週の月曜日は――「初めて週末を終えた」という感じがありましたのね」レオノーラは言った。「今日は――「知って、もう一度始める」という感じがしますのよ。同じ月曜日でも、一度目と二度目は、やはり違いますのね」
マリアは、少しだけ、考えた。
「……「知って、もう一度始める」か。なんか、それって、先週より落ち着いてる感じがしますね。初めてのことって、緊張するじゃないですか。でも二度目になると、ちょっと余裕が出てくる感じっていうか」
「「余裕」」レオノーラは言った。「――そういう言い方も、できますのね」
「お嬢様は、どんな言葉にしますか」マリアは言った。
レオノーラは、しばらく、窓の外を見た。
「……「知っている青」とでも、言いますかしら。先週の「気合いの入った青」が、今日は――もう怖くない感じがしますのよ。同じ青でも、一度経験した後の青は、落ち着いていますのね」
マリアは、それを聞いて、少しだけ、止まった。
「――「知っている青」。なんか、友達みたいな感じですね。「またこの空か」って、ちょっと嬉しい感じの」
「「またこの空か」」レオノーラは言った。「――ええ。そういう感じが、しますのね」
(――「知っている青」)
(言ってから、気づきましたのね)
(整えてから出た言葉では、なかったのですのに)
(でも――間違えていない気がしますのよ)
(先週の「気合いの入った青」と、今日の「知っている青」が――同じ月曜日の名前として、並びますのね)
(重なって、初めて、月曜日の「形」が見えてくる感じがしますのね)
――――――
午後、温室に向かった。
廊下の窓の外は、今日も、明るかった。光が、まっすぐで、でも先週とは少し違う感じがした。
(――「まっすぐ」なのは、同じですのね)
(でも――先週の「まっすぐ」は、背筋を伸ばすような感じでしたのね)
(今日の「まっすぐ」は――もう背筋は伸びていて、ただ、歩いている感じですのね)
(同じ「まっすぐ」が、重なって、違いが見えてきましたのね)
温室に入ると、二つの芽が、そこにあった。
植木鉢の前に、しゃがんだ。
エーデルローゼの芽は――先週の土曜日より、わずかに高くなっていた気がした。葉が、三枚のままだった。でも、今日の光を受けて、葉の色が、落ち着いた深さを持っている気がした。
(――「落ち着いた深さ」)
(土曜日の「ゆったりとしている」の、次の月曜日ですのね)
(「ゆったり」が一日重なって、「深さ」になった感じがしますのね)
子爵の庭の薔薇の芽は――葉が四枚のままだった。でも、全体として、今週最初の一日を、静かに、確かに、始めている感じがした。
(――「静かに確かに始めている」)
(土曜日の「落ち着いて立っている」の、翌日ですのね)
(「立っている」が重なって、「始めている」になりましたのね)
懐から紙を取り出した。十七枚目を開いた。
「――エーデルローゼ。高さ、約二十七ミリ。葉、三枚。落ち着いた深さがある気がする。今日の光、知っている青」
書いて、止まった。
「知っている青」
(――光の名前に、なりましたのね)
(先週の「気合いの入った青」と並んで、初めて、月曜日の光に「重なり」が生まれましたのね)
(一枚では「形」でしかなかったものが、二枚重なって、「流れ」になる感じがしますのね)
「――子爵の庭の薔薇。高さ、約十二ミリ。葉、四枚(変化なし)。静かに確かに始めている気がする。今日も、知っている青」
書き終えて、十七枚の紙を、ぱらぱらと、めくった。
(――十四種類に、なりましたのね)
(数えるつもりはありませんでしたのに、わかりましたのね)
(殿下が「来週の月曜日はどんな光になりますか」と問うてくださいましたのね)
(「知っている青」という答えが、今日、出てきましたのね)
紙を、丁寧に折って、懐にしまった。
――――――
夕方、オットーが書斎に入ってきた。
「――お嬢様。本日の定例業務、以上でございます」
「ええ、ありがとう」
オットーは、少しだけ、間を置いた。
「――本日の記録についてでございますが」
「ええ」
「――診療所の記録に、四枚目のページが加わりました。「元気に歩いて来た」「弟を連れて来た」「別の子に教えた」に続いて、本日「お使いで来た。怖がっていなかった。歩みが速くなっている」という言葉が並びました」
レオノーラは、それを聞いて、少しだけ、考えた。
(――四枚のページが、並んでいますのね)
(重なるほどに、一人の子どもの「形」が、はっきりしてきますのね)
「――ええ」レオノーラは言った。「「お使いで来られる場所」に、なりましたのね。四枚重なって――その子の、歩みの形が、見えてきましたのよ」
オットーは、静かに、一礼した。
(――「重なって、形が見える」)
(お嬢様が、初めて、その言葉を使われましたよ)
「――また、温室の十七枚目には「知っている青」という記録が入っております。先週の「気合いの入った青」に続く、二週目の月曜日の名前でございますね。同じ月曜日の名前が、二つ、並びました」
レオノーラは、それを聞いて、少しだけ、考えた。
(――「気合いの入った青」と「知っている青」が、一週間を挟んで並んでいますのね)
(一枚のときは、ただの月曜日の記録でしたのね)
(二枚重なって――月曜日という日の「流れ」が、初めて、見えてきましたのね)
「――ええ」レオノーラは言った。「同じ月曜日でも、一度目と二度目は、やはり違いましたのね。でも――重なって初めて、その違いが、見えましたのよ」
老執事は、深く、一礼した。
(――「重なって初めて、見える」)
(三十年間、月曜日は月曜日でございました。先週も今週も、変わらない業務の単位でした)
(今は――二枚の月曜日が重なって、その間にある「時間の流れ」が、形として見えています)
(第四章が、今日から、始まりましたよ)
――――――
夜、書簡を書いた。
「アドリアン。今日は二度目の月曜日でした。「二度目の月曜日はどんな感じか」という問い、受け取りました。「知っている青」と名付けましたのね。先週の「気合いの入った青」と重なって、初めて、月曜日という日の流れが見えた気がしましたのよ。一枚のときは見えなかったものが、二枚重なって、形になりましたのね。光の名前が十四種類になりましたのよ。診療所の、あの子どもが、今週はお母さんに頼まれて弟の薬をもらいにお使いで来たそうです。「怖がっていなかった」「来るたびに歩みが速くなっている」と医師が書いてくれました。四枚のページが重なって、その子の歩みの形が、見えてきましたのね。周縁部の工事で、植えていない草花が一本、自然に生えたそうです。担当者が「様子を見ることにした」と。計画外のものを、すぐには排除しなかったのですのよ。返信は、また、数日後かもしれません。同じ時刻で。――好意として」
書き終えて、レオノーラは、その書簡を、しばらく、見た。
(――「今日は二度目の月曜日でした」から、書き始めましたのね)
(「二度目の」という言葉を、自然に書いていましたのね)
(一週間が一巡りした後の月曜日は――ただの月曜日ではなく、「重なった月曜日」でしたのね)
封をして、オットーに渡した。
「――今夜中に」
「かしこまりました」
オットーは、それを受け取って、少しだけ、間を置いた。
「――お嬢様。今週の書き出しは「今日は二度目の月曜日でした」でございますね。先週は「今日は〇曜日でした」という書き出しでございましたが、今日は――「二度目の」という言葉が、加わりましたね」
レオノーラは、それを聞いて、少しだけ、考えた。
「――そうなりましたのね」レオノーラは言った。「気づいていませんでしたのよ。でも――今日の月曜日は、ただの月曜日ではありませんでしたのね。先週の月曜日と重なって、初めて見えたものがありましたのよ。だから「二度目の」という言葉が、出てきましたのね」
老執事は、深く、一礼した。
(――「重なって、初めて見えた」)
(それが、第四章の最初の言葉になりましたよ)
――――――
夜、寝室の文机の上に、冊子があった。
レオノーラは、それを、手に取った。
最初のページから、ゆっくり、読んだ。
「今日は晴れ」があった。「今日も曇り」があった。「今日は薄曇り」があった。「今日は雨」があった。また「今日は晴れ」があった。「今日の光、まっすぐ」があった。「今日の光、穏やか」があった。「月曜日の光」があった。「気合いが馴染んだ光」があった。「流れの中の真ん中」があった。「週末の気配」があった。「週末の入り口」があった。「着いた光」があった。
そして、今日――「知っている青」が、加わった。
(――十四種類に、なりましたのね)
(「気合いの入った青」は、先週の月曜日に生まれましたのね)
(今日の「知っている青」も――同じ月曜日に、同じ侍女との話から生まれましたのね)
(でも――二つは、全く違う感じですのね)
(重なって、その違いが、形になりましたのね)
患者の書簡が、挟まれていた。医師の「元気に歩いて来た」言葉があった。「弟を連れて来た」という言葉があった。「ここに来ると診てもらえると教えた」という言葉があった。そして今日、「お使いで来た。怖がっていなかった。歩みが速くなっている」という言葉が、その次のページに加わっていた。
(――四枚のページが、並んでいますのね)
(重なるほどに、その子の歩みが、形として見えてきますのね)
(次のページには――何が来るでしょうかしら)
「エーデルローゼ。高さ、約二十七ミリ。葉、三枚。落ち着いた深さがある気がする。今日の光、知っている青」
「子爵の庭の薔薇。高さ、約十二ミリ。葉、四枚(変化なし)。静かに確かに始めている気がする。今日も、知っている青」
(――「落ち着いた深さがある気がする」と「静かに確かに始めている気がする」)
(どちらも「気がする」ですのね)
(確認できないまま、消えませんのね)
(これが――「信じている」ことですのね)
(そして今日――それが「重なって」、形が見え始めましたのね)
冊子を、静かに、閉じた。
窓の外に、夜の王都があった。今夜は、穏やかだった。
南の診療所は今夜も機能しているはずだった。あの子どもが今日お使いで来て、怖がらずに歩いたはずだった。西区の水路は今夜も通っているはずだった。周縁部の遊歩道には――計画外の小さな草花が一本、今夜も、様子を見られながら、そこに立っているはずだった。
温室には――十七枚の記録を持つ、二つの芽があった。一方は落ち着いた深さがある気がする。一方は静かに確かに始めている気がする。
帝国では――今夜、殿下が、「二度目の月曜日」という言葉を、読んでおられるだろうか。
(――先週と今週の月曜日が、冊子の中で、並んでいますのね)
(「気合いの入った青」と「知っている青」が、一週間を挟んで、隣り合っていますのね)
(一枚ずつのときは見えなかった「流れ」が、重なって、形として見えてきましたのね)
(これが――「重なるものに、形が見える」ということかもしれませんのね)
冊子を、文机の上に、戻した。
今日の月曜日を、思った。「二度目の月曜日」という言葉で書簡を書き出した朝。「お使いで来た」という四枚目のページが加わった午前。「知っている青」という光の名前が生まれた昼。「計画外の草花を様子見にした」という記録をした夕方。
(――これが、今日の「あったこと」ですのね)
(二度目の月曜日の、積み重ねですのね)
(明日は火曜日ですのね)
(先週の「気合いが馴染んだ光」の火曜日と――二度目の火曜日は、どう重なりますかしら)
(重なって初めて見えるものが、また、ありますかしら)
(――それを、楽しみにしていますのね)
(以前は、なかった感覚ですのよ)
――――――
(第四十六話 了)




