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悪女は正しい  作者: Dちゃん
第三章「静かな日に、名前をつける」

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45/52

第45話 悪役令嬢、土曜日を知る

 土曜日の朝、帝国からの書簡が、届いた。

 

 オットーが、それを差し出すとき、一言添えた。

 

 「――水曜日にお出しになった書簡への、お返事でございます」

 

 「――金曜日にお出しになった書簡への、お返事でございます」

 

 レオノーラは、それを受け取った。

 

 (――一日、でしたわ)

 

 (「週末の入り口」という言葉を書いて――今日、届く)

 

 封を開けた。

 

「レオノーラ。「週末の入り口」、受け取りました。扉を開けたら土曜日がある、という感覚。こちらには今日、似たものがありました。一週間分の仕事が終わって、今日の朝は、少し違う感じがしました。帝国にも曜日はありますが、土曜日がこういう感じだということは、あなたの言葉で初めてわかりました。あなたが月曜日から金曜日まで毎日光に名前をつけたことを、今週、一緒に数えていました。五種類、揃いましたね。土曜日の光には、どんな名前がつきますか。返信は、また、数日後になるかもしれません。同じ時刻で。――好意として」

 

 レオノーラは、「土曜日の光には、どんな名前がつきますか」という一文を、もう一度、読んだ。

 

 (――「土曜日の光」)

 

 (先週の土曜日に「初めての休日」を過ごして、今日で二度目の土曜日ですのね)

 

 (先週の土曜日の光には――名前をつけていませんでしたのね)

 

 (今日は、つけられますかしら)

 

 窓の外を見た。今日の王都の空は、土曜日だった。

 

 (――また、曜日で呼んでいますのね)

 

 (でも――土曜日の空は、金曜日とも、違いますのね)

 

 (「週末の入り口」の扉が開いた先、という感じがしますのね)

 

 (入り口ではなく――もう、中に入っている感じですのね)

 

 書簡を、静かに、折り畳んだ。

 

――――――

 

 土曜日は、定例の文官報告がなかった。

 

 オットーが、朝の業務一覧を差し出した。

 

 「――今日の予定は、庭の時間のみでございます」

 

 「わかりましたわ」

 

 レオノーラは、一覧を受け取った。

 

 (――「庭の時間のみ」ですのね)

 

 (先週も、そうでしたのね)

 

 (二度目の土曜日も――「庭の時間」ですのね)

 

 「――オットー」

 

 「はい」

 

 「――今日、温室に行く前に、窓の外の空を少し見ていきますのよ。殿下から「土曜日の光には名前がつきますか」と問われましたのね」

 

 老執事は、少しだけ、目を細めた。

 

 (――「空を見てから温室へ」)

 

 (以前のお嬢様は、庭の時間の前に窓の外を見ることはありませんでした)

 

 (今は――光の名前を探すために、立ち止まる時間があります)

 

 「――かしこまりました」

 

――――――

 

 朝の光は、窓から、柔らかく差し込んでいた。

 

 レオノーラは、しばらく、その光を見た。

 

 (――「柔らかい」)

 

 (金曜日の「斜めに差し込む」光とは、違いますのね)

 

 (今日の光は――まっすぐでも斜めでもなく、広がっている感じがしますのね)

 

 (急いでいない。どこかへ向かっていない。ただ、そこにある感じですのね)

 

 (「広がっている光」)

 

 (でも――それだけでは、まだ足りない気がしますのね)

 

 (先週の土曜日のことを、思いましたのね)

 

 (あの日も、光がありましたのね。でも、今日とは少し違う気がしますのよ)

 

 (先週は「初めての休日」でしたのね。今週は――「二度目の土曜日」ですのね)

 

 (同じ土曜日でも、一度目と二度目は、違いますのね)

 

 (一度目は、土曜日が何かを初めて知った日でしたのね)

 

 (今日は――知っていて迎える土曜日ですのね)

 

 (それが、今日の光の感じかもしれませんのね)

 

 (「知っていて迎えた光」)

 

 (――でも、それはまだ名前ではありませんのね)

 

 (名前は、温室に行ってから、わかるかもしれませんのね)

 

――――――

 

 午前、温室に向かった。

 

 廊下の窓の外は、今日も、明るかった。光が、一週間の終わりにある、という感じがした。

 

 (――「一週間の終わり」の光ですのね)

 

 (でも――「終わり」というより、「落ち着いた」感じがしますのね)

 

 (月曜日の「気合い」から始まって、火曜日に「馴染んで」、水曜日に「真ん中」で、木曜日に「気配」が見えて、金曜日に「入り口」まで来て――今日、すべてが落ち着いた感じですのね)

 

 (「落ち着いた」というより――「収まった」という感じがしますのね)

 

 温室に入ると、二つの芽が、そこにあった。

 

 植木鉢の前に、しゃがんだ。

 

 エーデルローゼの芽は――昨日より、わずかに高くなっていた気がした。葉が、三枚のままだった。でも、今日の光を受けて、葉全体が、ゆったりとしている気がした。

 

 (――「ゆったりとしている」)

 

 (平日の記録では、「はっきりした」「鮮明な」と変化を追っていましたのね)

 

 (今日は――変化より、今の状態の感じがしますのね)

 

 (「ゆったりとしている」は、変化の記録ではなく、今のたたずまいの記録ですのね)

 

 子爵の庭の薔薇の芽は――葉が四枚のままだった。でも、全体として、今日は少し、落ち着いて立っている感じがした。

 

 (――「落ち着いて立っている」)

 

 (昨日の「立ちあがっている」の次の日に、「落ち着いて立っている」ですのね)

 

 (「立ちあがる」という動きの後に、「落ち着く」という静けさがありますのね)

 

 (これも――土曜日の感じかもしれませんのね)

 

 懐から紙を取り出した。十六枚目を開いた。

 

 「――エーデルローゼ。高さ、約二十六ミリ。葉、三枚。ゆったりとしている気がする。今日の光――」

 

 書いて、止まった。

 

 (――今日の光の名前が、まだ、ありませんのね)

 

 (「知っていて迎えた光」も、「収まった光」も、まだ決まっていませんのね)

 

 (でも――急がなくていい気がしますのね)

 

 (土曜日は、名前が来るまで、待てる日ですのね)

 

 紙を、一度、しまった。

 

――――――

 

 昼過ぎ、マリアが昼食を持ってきた。温室の横の小さな椅子に、二人で座った。

 

 「――今日は、どんな空ですか」

 

 「土曜日の空ですのね」レオノーラは言った。「でも――まだ名前がついていませんのよ」

 

 マリアは、少しだけ、目を細めた。

 

 「――今週は毎日名前がついていたのに、今日はまだなんですね」

 

 「ええ」レオノーラは言った。「殿下から「土曜日の光には名前がつきますか」と問われましたのよ。それで、朝からずっと考えていますのね。でも――まだ出てきませんのよ」

 

 マリアは、少しだけ、窓の外を見た。

 

 「……今日の空って、なんか、のんびりした感じがしますよね。平日みたいにどこかへ行かなくていい感じというか」

 

 「「のんびり」」レオノーラは言った。「――そういう言い方も、できますのね」

 

 「お嬢様は、どんな言葉にしますか」マリアは言った。

 

 レオノーラは、しばらく、窓の外を見た。

 

 「……「落ち着いた先にある」という感じがしますのよ。月曜日から金曜日まで、毎日、何かに向かっていましたのね。今日は――向かっていた先に、着いた感じがしますのよ」

 

 マリアは、それを聞いて、少しだけ、止まった。

 

 「――「着いた感じ」って、なんか、駅に着いたみたいな感じですね」

 

 「ええ」レオノーラは言った。「「着いた光」とでも、言いますかしら」

 

 マリアは、それを聞いて、少しだけ、目を細めた。

 

 「――「着いた光」。それ、なんか、土曜日の感じがしますね」

 

 レオノーラは、それを聞いて、少しだけ、考えた。

 

 (――「着いた光」)

 

 (言ってから、気づきましたのね)

 

 (整えてから出た言葉では、ありませんでしたのに)

 

 (でも――間違えていない気がしますのよ)

 

 「――マリア」レオノーラは言った。「今週も、あなたの言葉が、名前を引き出してくれましたのね」

 

 マリアは、少しだけ、にこりとした。

 

 「――今週も、ですか。先週もでしたっけ」

 

 「ええ」レオノーラは言った。「月曜日から金曜日まで、毎日。それから今日も。あなたが話してくれなかったら、名前は来なかったと思いますのよ」

 

 マリアは、それを聞いて、少しだけ、黙った。

 

 「――わたし、お嬢様と話す時間が、好きなんですよね。なんか、いつも何かが生まれる感じがするから」

 

 レオノーラは、それを聞いて、少しだけ、考えた。

 

 (――「何かが生まれる感じ」)

 

 (マリアも、そう感じていたのですのね)

 

 (受け取る側だけでなく、渡す側も、何かを感じていたのですのね)

 

 (それが――「一緒に名前を探している」ということかもしれませんのね)

 

――――――

 

 午後、温室に戻った。

 

 十六枚目の紙を、また、開いた。

 

 「――エーデルローゼ。高さ、約二十六ミリ。葉、三枚。ゆったりとしている気がする。今日の光、着いた光」

 

 書いて、止まった。

 

 「着いた光」

 

 (――光の名前に、なりましたのね)

 

 (朝は出てこなかったのに、昼にマリアと話して、出てきましたのね)

 

 (今週の光の名前は――月曜日から今日まで、毎日、誰かとの話から生まれましたのね)

 

 (マリアがいなかったら、「着いた光」は、今日、生まれなかったかもしれませんのね)

 

 「――子爵の庭の薔薇。高さ、約十一ミリ。葉、四枚(変化なし)。落ち着いて立っている気がする。今日も、着いた光」

 

 書き終えて、十六枚の紙を、ぱらぱらと、めくった。

 

 「今日は晴れ」「今日も曇り」「今日は薄曇り」「今日は雨」「また今日は晴れ」「今日の光、まっすぐ」「今日の光、穏やか」「月曜日の光」「気合いが馴染んだ光」「流れの中の真ん中」「週末の気配」「週末の入り口」と続いて――今日、「着いた光」が加わった。

 

 (――十三種類に、なりましたのね)

 

 (数えるつもりはありませんでしたのに、わかりましたのね)

 

 (殿下が「五種類、揃いましたね」と書いてくださっていましたのね)

 

 (今週だけで、六種類になりましたのね)

 

 (土曜日の名前まで、揃いましたのね)

 

 紙を、丁寧に折って、懐にしまった。

 

――――――

 

 夕方、オットーが書斎に入ってきた。

 

 「――お嬢様。本日の庭の時間、以上でございます」

 

 「ええ、ありがとう」

 

 オットーは、少しだけ、間を置いた。

 

 「――本日の記録についてでございますが」

 

 「ええ」

 

 「――温室の十六枚目には「着いた光」という記録が入っております。これで今週の光の名前は六種類となり、土曜日から金曜日、そして今日の土曜日まで――七日間、すべての曜日に光の名前が揃いましたね」

 

 レオノーラは、それを聞いて、少しだけ、考えた。

 

 (――七日間、すべて、ですのね)

 

 (先週の土曜日は名前をつけていませんでしたのね)

 

 (今日、土曜日の名前がついて――一週間が、すべて、名前を持ちましたのね)

 

 「――ええ」レオノーラは言った。「一週間が、全部、揃いましたのね」

 

 オットーは、静かに、一礼した。

 

 (――先週の土曜日から始まった流れが、今日の土曜日で一周しました)

 

 (月曜日から金曜日まで毎日名前がついて、今日の土曜日で完結しました)

 

 (七種類の曜日が、七種類の光の名前を持つ一週間に、なりましたよ)

 

 (お嬢様は今、一週間という時間を、まるごと、生きておられます)

 

――――――

 

 夜、書簡を書いた。

 

「アドリアン。今日は土曜日でした。「土曜日の光には名前がつきますか」という問い、受け取りました。朝は、まだ出てきませんでしたのよ。でも――昼に侍女と話して、「着いた光」という言葉が出てきましたのね。月曜日から金曜日まで向かっていた先に、今日、着いた感じがしましたのよ。光の名前が十三種類になりましたのね。今週だけで、土曜日から金曜日、そして今日の土曜日まで、六種類の名前がつきましたのよ。一週間のすべての曜日に、光の名前が揃いましたのね。エーデルローゼは「ゆったりとしている気がする」と記録しました。子爵の庭の薔薇は「落ち着いて立っている気がする」と。どちらも今日の土曜日らしい感じがしましたのよ。先週の土曜日と今日の土曜日は――同じ土曜日でも、違いましたのね。先週は「初めて」で、今日は「知っていて迎えた」日でしたのよ。返信は、また、数日後かもしれません。同じ時刻で。――好意として」

 

 書き終えて、レオノーラは、その書簡を、しばらく、見た。

 

 (――「今日は土曜日でした」から、また、書き始めましたのね)

 

 (先週の土曜日から始まって――今日の土曜日で、一週間が一巡りしましたのね)

 

 (七日間の書き出しが、揃いましたのね)

 

 封をして、オットーに渡した。

 

 「――今夜中に」

 

 「かしこまりました」

 

 オットーは、それを受け取って、少しだけ、間を置いた。

 

 「――お嬢様。先週の土曜日から今日の土曜日まで、合計七通の書簡が、七種類の曜日から書き出しになっておられますね」

 

 レオノーラは、それを聞いて、少しだけ、考えた。

 

 「――そうなりましたのね」レオノーラは言った。「気づいていませんでしたのよ。でも――七日間、それぞれに感じがありましたのね。先週の土曜日の「初めての休日」から始まって、月曜日の「気合い」、火曜日の「馴染んだ」、水曜日の「真ん中」、木曜日の「気配」、金曜日の「入り口」、そして今日の「着いた」。ひとつながりの流れが、一巡りしましたのね」

 

 老執事は、深く、一礼した。

 

 (――「一巡り」)

 

 (三十年間、一週間は七つの業務日の集まりでございました)

 

 (今は――土曜日から土曜日まで、ひとつながりの流れとして生きておられます)

 

 (お嬢様は今、七種類の手触りを持つ時間の中を、一巡り、生きられました)

 

――――――

 

 夜、寝室の文机の上に、冊子があった。

 

 レオノーラは、それを、手に取った。

 

 最初のページから、ゆっくり、読んだ。

 

 「今日は晴れ」があった。「今日も曇り」があった。「今日は薄曇り」があった。「今日は雨」があった。また「今日は晴れ」があった。「今日の光、まっすぐ」があった。「今日の光、穏やか」があった。「月曜日の光」があった。「気合いが馴染んだ光」があった。「流れの中の真ん中」があった。「週末の気配」があった。「週末の入り口」があった。

 

 そして、今日――「着いた光」が、加わった。

 

 (――十三種類に、なりましたのね)

 

 (一週間、七日間の光が、名前を持って並んでいますのね)

 

 (殿下が「五種類、揃いましたね」と書いてくださったとき、まだ土曜日の名前はありませんでしたのね)

 

 (今日、土曜日の名前が加わって――週が一巡りしましたのね)

 

 患者の書簡が、挟まれていた。医師の「元気に歩いて来た」言葉があった。「弟を連れて来た」という言葉があった。「ここに来ると診てもらえると教えた」という言葉があった。

 

 (――三枚のページが、並んでいますのね)

 

 (一人の子どもの話が、三つの言葉を持ちましたのね)

 

 (次に来るとしたら――四枚目は、何でしょうかしら)

 

 「エーデルローゼ。高さ、約二十六ミリ。葉、三枚。ゆったりとしている気がする。今日の光、着いた光」

 

 「子爵の庭の薔薇。高さ、約十一ミリ。葉、四枚。落ち着いて立っている気がする。今日も、着いた光」

 

 (――「ゆったりとしている気がする」と「落ち着いて立っている気がする」)

 

 (どちらも「気がする」ですのね)

 

 (確認はできませんのね。でも――消えませんのよ)

 

 (これが――「信じている」ことですのね)

 

 冊子を、静かに、閉じた。

 

 窓の外に、夜の王都があった。今夜は、穏やかだった。

 

 南の診療所は今夜も機能しているはずだった。西区の水路は今夜も通っているはずだった。周縁部の低木は――今夜も、それぞれの速さで育っているはずだった。

 

 温室には――十六枚の記録を持つ、二つの芽があった。一方はゆったりとしている気がする。一方は落ち着いて立っている気がする。

 

 帝国では――今夜、殿下が、「土曜日の光」という問いへの答えを、待っておられるだろうか。

 

 (――「着いた光」という答えを、今夜の書簡に書きましたのね)

 

 (殿下が読んでくださるのは、数日後ですのね)

 

 (でも――「着いた光」という言葉は、今夜から、もう、そこにありますのね)

 

 (届く前から、あるものは、あるのですのよ)

 

 冊子を、文机の上に、戻した。

 

 今日の土曜日を、思った。「土曜日の光には名前がつきますか」という問いが届いた朝。光を探しながら窓の外を見た午前。「着いた光」という言葉がマリアとの話から生まれた昼。「ゆったりとしている」と芽に記録した午後。一週間の一巡りを書簡に綴った夜。

 

 (――これが、今日の「あったこと」ですのね)

 

 (土曜日の、積み重ねですのね)

 

 (先週の土曜日と――同じ土曜日でも、違う積み重ねでしたのね)

 

 (来週の月曜日は――どんな感じの日でしょうかしら)

 

 (「気合い」という感じが、また、来るでしょうかしら)

 

 (それとも――今週の月曜日とは、また違う月曜日でしょうかしら)

 

 (――それを、楽しみにしていますのね)

 

 (以前は、なかった感覚ですのよ)

 

――――――

 

(第四十五話 了)

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