第45話 悪役令嬢、土曜日を知る
土曜日の朝、帝国からの書簡が、届いた。
オットーが、それを差し出すとき、一言添えた。
「――水曜日にお出しになった書簡への、お返事でございます」
「――金曜日にお出しになった書簡への、お返事でございます」
レオノーラは、それを受け取った。
(――一日、でしたわ)
(「週末の入り口」という言葉を書いて――今日、届く)
封を開けた。
「レオノーラ。「週末の入り口」、受け取りました。扉を開けたら土曜日がある、という感覚。こちらには今日、似たものがありました。一週間分の仕事が終わって、今日の朝は、少し違う感じがしました。帝国にも曜日はありますが、土曜日がこういう感じだということは、あなたの言葉で初めてわかりました。あなたが月曜日から金曜日まで毎日光に名前をつけたことを、今週、一緒に数えていました。五種類、揃いましたね。土曜日の光には、どんな名前がつきますか。返信は、また、数日後になるかもしれません。同じ時刻で。――好意として」
レオノーラは、「土曜日の光には、どんな名前がつきますか」という一文を、もう一度、読んだ。
(――「土曜日の光」)
(先週の土曜日に「初めての休日」を過ごして、今日で二度目の土曜日ですのね)
(先週の土曜日の光には――名前をつけていませんでしたのね)
(今日は、つけられますかしら)
窓の外を見た。今日の王都の空は、土曜日だった。
(――また、曜日で呼んでいますのね)
(でも――土曜日の空は、金曜日とも、違いますのね)
(「週末の入り口」の扉が開いた先、という感じがしますのね)
(入り口ではなく――もう、中に入っている感じですのね)
書簡を、静かに、折り畳んだ。
――――――
土曜日は、定例の文官報告がなかった。
オットーが、朝の業務一覧を差し出した。
「――今日の予定は、庭の時間のみでございます」
「わかりましたわ」
レオノーラは、一覧を受け取った。
(――「庭の時間のみ」ですのね)
(先週も、そうでしたのね)
(二度目の土曜日も――「庭の時間」ですのね)
「――オットー」
「はい」
「――今日、温室に行く前に、窓の外の空を少し見ていきますのよ。殿下から「土曜日の光には名前がつきますか」と問われましたのね」
老執事は、少しだけ、目を細めた。
(――「空を見てから温室へ」)
(以前のお嬢様は、庭の時間の前に窓の外を見ることはありませんでした)
(今は――光の名前を探すために、立ち止まる時間があります)
「――かしこまりました」
――――――
朝の光は、窓から、柔らかく差し込んでいた。
レオノーラは、しばらく、その光を見た。
(――「柔らかい」)
(金曜日の「斜めに差し込む」光とは、違いますのね)
(今日の光は――まっすぐでも斜めでもなく、広がっている感じがしますのね)
(急いでいない。どこかへ向かっていない。ただ、そこにある感じですのね)
(「広がっている光」)
(でも――それだけでは、まだ足りない気がしますのね)
(先週の土曜日のことを、思いましたのね)
(あの日も、光がありましたのね。でも、今日とは少し違う気がしますのよ)
(先週は「初めての休日」でしたのね。今週は――「二度目の土曜日」ですのね)
(同じ土曜日でも、一度目と二度目は、違いますのね)
(一度目は、土曜日が何かを初めて知った日でしたのね)
(今日は――知っていて迎える土曜日ですのね)
(それが、今日の光の感じかもしれませんのね)
(「知っていて迎えた光」)
(――でも、それはまだ名前ではありませんのね)
(名前は、温室に行ってから、わかるかもしれませんのね)
――――――
午前、温室に向かった。
廊下の窓の外は、今日も、明るかった。光が、一週間の終わりにある、という感じがした。
(――「一週間の終わり」の光ですのね)
(でも――「終わり」というより、「落ち着いた」感じがしますのね)
(月曜日の「気合い」から始まって、火曜日に「馴染んで」、水曜日に「真ん中」で、木曜日に「気配」が見えて、金曜日に「入り口」まで来て――今日、すべてが落ち着いた感じですのね)
(「落ち着いた」というより――「収まった」という感じがしますのね)
温室に入ると、二つの芽が、そこにあった。
植木鉢の前に、しゃがんだ。
エーデルローゼの芽は――昨日より、わずかに高くなっていた気がした。葉が、三枚のままだった。でも、今日の光を受けて、葉全体が、ゆったりとしている気がした。
(――「ゆったりとしている」)
(平日の記録では、「はっきりした」「鮮明な」と変化を追っていましたのね)
(今日は――変化より、今の状態の感じがしますのね)
(「ゆったりとしている」は、変化の記録ではなく、今のたたずまいの記録ですのね)
子爵の庭の薔薇の芽は――葉が四枚のままだった。でも、全体として、今日は少し、落ち着いて立っている感じがした。
(――「落ち着いて立っている」)
(昨日の「立ちあがっている」の次の日に、「落ち着いて立っている」ですのね)
(「立ちあがる」という動きの後に、「落ち着く」という静けさがありますのね)
(これも――土曜日の感じかもしれませんのね)
懐から紙を取り出した。十六枚目を開いた。
「――エーデルローゼ。高さ、約二十六ミリ。葉、三枚。ゆったりとしている気がする。今日の光――」
書いて、止まった。
(――今日の光の名前が、まだ、ありませんのね)
(「知っていて迎えた光」も、「収まった光」も、まだ決まっていませんのね)
(でも――急がなくていい気がしますのね)
(土曜日は、名前が来るまで、待てる日ですのね)
紙を、一度、しまった。
――――――
昼過ぎ、マリアが昼食を持ってきた。温室の横の小さな椅子に、二人で座った。
「――今日は、どんな空ですか」
「土曜日の空ですのね」レオノーラは言った。「でも――まだ名前がついていませんのよ」
マリアは、少しだけ、目を細めた。
「――今週は毎日名前がついていたのに、今日はまだなんですね」
「ええ」レオノーラは言った。「殿下から「土曜日の光には名前がつきますか」と問われましたのよ。それで、朝からずっと考えていますのね。でも――まだ出てきませんのよ」
マリアは、少しだけ、窓の外を見た。
「……今日の空って、なんか、のんびりした感じがしますよね。平日みたいにどこかへ行かなくていい感じというか」
「「のんびり」」レオノーラは言った。「――そういう言い方も、できますのね」
「お嬢様は、どんな言葉にしますか」マリアは言った。
レオノーラは、しばらく、窓の外を見た。
「……「落ち着いた先にある」という感じがしますのよ。月曜日から金曜日まで、毎日、何かに向かっていましたのね。今日は――向かっていた先に、着いた感じがしますのよ」
マリアは、それを聞いて、少しだけ、止まった。
「――「着いた感じ」って、なんか、駅に着いたみたいな感じですね」
「ええ」レオノーラは言った。「「着いた光」とでも、言いますかしら」
マリアは、それを聞いて、少しだけ、目を細めた。
「――「着いた光」。それ、なんか、土曜日の感じがしますね」
レオノーラは、それを聞いて、少しだけ、考えた。
(――「着いた光」)
(言ってから、気づきましたのね)
(整えてから出た言葉では、ありませんでしたのに)
(でも――間違えていない気がしますのよ)
「――マリア」レオノーラは言った。「今週も、あなたの言葉が、名前を引き出してくれましたのね」
マリアは、少しだけ、にこりとした。
「――今週も、ですか。先週もでしたっけ」
「ええ」レオノーラは言った。「月曜日から金曜日まで、毎日。それから今日も。あなたが話してくれなかったら、名前は来なかったと思いますのよ」
マリアは、それを聞いて、少しだけ、黙った。
「――わたし、お嬢様と話す時間が、好きなんですよね。なんか、いつも何かが生まれる感じがするから」
レオノーラは、それを聞いて、少しだけ、考えた。
(――「何かが生まれる感じ」)
(マリアも、そう感じていたのですのね)
(受け取る側だけでなく、渡す側も、何かを感じていたのですのね)
(それが――「一緒に名前を探している」ということかもしれませんのね)
――――――
午後、温室に戻った。
十六枚目の紙を、また、開いた。
「――エーデルローゼ。高さ、約二十六ミリ。葉、三枚。ゆったりとしている気がする。今日の光、着いた光」
書いて、止まった。
「着いた光」
(――光の名前に、なりましたのね)
(朝は出てこなかったのに、昼にマリアと話して、出てきましたのね)
(今週の光の名前は――月曜日から今日まで、毎日、誰かとの話から生まれましたのね)
(マリアがいなかったら、「着いた光」は、今日、生まれなかったかもしれませんのね)
「――子爵の庭の薔薇。高さ、約十一ミリ。葉、四枚(変化なし)。落ち着いて立っている気がする。今日も、着いた光」
書き終えて、十六枚の紙を、ぱらぱらと、めくった。
「今日は晴れ」「今日も曇り」「今日は薄曇り」「今日は雨」「また今日は晴れ」「今日の光、まっすぐ」「今日の光、穏やか」「月曜日の光」「気合いが馴染んだ光」「流れの中の真ん中」「週末の気配」「週末の入り口」と続いて――今日、「着いた光」が加わった。
(――十三種類に、なりましたのね)
(数えるつもりはありませんでしたのに、わかりましたのね)
(殿下が「五種類、揃いましたね」と書いてくださっていましたのね)
(今週だけで、六種類になりましたのね)
(土曜日の名前まで、揃いましたのね)
紙を、丁寧に折って、懐にしまった。
――――――
夕方、オットーが書斎に入ってきた。
「――お嬢様。本日の庭の時間、以上でございます」
「ええ、ありがとう」
オットーは、少しだけ、間を置いた。
「――本日の記録についてでございますが」
「ええ」
「――温室の十六枚目には「着いた光」という記録が入っております。これで今週の光の名前は六種類となり、土曜日から金曜日、そして今日の土曜日まで――七日間、すべての曜日に光の名前が揃いましたね」
レオノーラは、それを聞いて、少しだけ、考えた。
(――七日間、すべて、ですのね)
(先週の土曜日は名前をつけていませんでしたのね)
(今日、土曜日の名前がついて――一週間が、すべて、名前を持ちましたのね)
「――ええ」レオノーラは言った。「一週間が、全部、揃いましたのね」
オットーは、静かに、一礼した。
(――先週の土曜日から始まった流れが、今日の土曜日で一周しました)
(月曜日から金曜日まで毎日名前がついて、今日の土曜日で完結しました)
(七種類の曜日が、七種類の光の名前を持つ一週間に、なりましたよ)
(お嬢様は今、一週間という時間を、まるごと、生きておられます)
――――――
夜、書簡を書いた。
「アドリアン。今日は土曜日でした。「土曜日の光には名前がつきますか」という問い、受け取りました。朝は、まだ出てきませんでしたのよ。でも――昼に侍女と話して、「着いた光」という言葉が出てきましたのね。月曜日から金曜日まで向かっていた先に、今日、着いた感じがしましたのよ。光の名前が十三種類になりましたのね。今週だけで、土曜日から金曜日、そして今日の土曜日まで、六種類の名前がつきましたのよ。一週間のすべての曜日に、光の名前が揃いましたのね。エーデルローゼは「ゆったりとしている気がする」と記録しました。子爵の庭の薔薇は「落ち着いて立っている気がする」と。どちらも今日の土曜日らしい感じがしましたのよ。先週の土曜日と今日の土曜日は――同じ土曜日でも、違いましたのね。先週は「初めて」で、今日は「知っていて迎えた」日でしたのよ。返信は、また、数日後かもしれません。同じ時刻で。――好意として」
書き終えて、レオノーラは、その書簡を、しばらく、見た。
(――「今日は土曜日でした」から、また、書き始めましたのね)
(先週の土曜日から始まって――今日の土曜日で、一週間が一巡りしましたのね)
(七日間の書き出しが、揃いましたのね)
封をして、オットーに渡した。
「――今夜中に」
「かしこまりました」
オットーは、それを受け取って、少しだけ、間を置いた。
「――お嬢様。先週の土曜日から今日の土曜日まで、合計七通の書簡が、七種類の曜日から書き出しになっておられますね」
レオノーラは、それを聞いて、少しだけ、考えた。
「――そうなりましたのね」レオノーラは言った。「気づいていませんでしたのよ。でも――七日間、それぞれに感じがありましたのね。先週の土曜日の「初めての休日」から始まって、月曜日の「気合い」、火曜日の「馴染んだ」、水曜日の「真ん中」、木曜日の「気配」、金曜日の「入り口」、そして今日の「着いた」。ひとつながりの流れが、一巡りしましたのね」
老執事は、深く、一礼した。
(――「一巡り」)
(三十年間、一週間は七つの業務日の集まりでございました)
(今は――土曜日から土曜日まで、ひとつながりの流れとして生きておられます)
(お嬢様は今、七種類の手触りを持つ時間の中を、一巡り、生きられました)
――――――
夜、寝室の文机の上に、冊子があった。
レオノーラは、それを、手に取った。
最初のページから、ゆっくり、読んだ。
「今日は晴れ」があった。「今日も曇り」があった。「今日は薄曇り」があった。「今日は雨」があった。また「今日は晴れ」があった。「今日の光、まっすぐ」があった。「今日の光、穏やか」があった。「月曜日の光」があった。「気合いが馴染んだ光」があった。「流れの中の真ん中」があった。「週末の気配」があった。「週末の入り口」があった。
そして、今日――「着いた光」が、加わった。
(――十三種類に、なりましたのね)
(一週間、七日間の光が、名前を持って並んでいますのね)
(殿下が「五種類、揃いましたね」と書いてくださったとき、まだ土曜日の名前はありませんでしたのね)
(今日、土曜日の名前が加わって――週が一巡りしましたのね)
患者の書簡が、挟まれていた。医師の「元気に歩いて来た」言葉があった。「弟を連れて来た」という言葉があった。「ここに来ると診てもらえると教えた」という言葉があった。
(――三枚のページが、並んでいますのね)
(一人の子どもの話が、三つの言葉を持ちましたのね)
(次に来るとしたら――四枚目は、何でしょうかしら)
「エーデルローゼ。高さ、約二十六ミリ。葉、三枚。ゆったりとしている気がする。今日の光、着いた光」
「子爵の庭の薔薇。高さ、約十一ミリ。葉、四枚。落ち着いて立っている気がする。今日も、着いた光」
(――「ゆったりとしている気がする」と「落ち着いて立っている気がする」)
(どちらも「気がする」ですのね)
(確認はできませんのね。でも――消えませんのよ)
(これが――「信じている」ことですのね)
冊子を、静かに、閉じた。
窓の外に、夜の王都があった。今夜は、穏やかだった。
南の診療所は今夜も機能しているはずだった。西区の水路は今夜も通っているはずだった。周縁部の低木は――今夜も、それぞれの速さで育っているはずだった。
温室には――十六枚の記録を持つ、二つの芽があった。一方はゆったりとしている気がする。一方は落ち着いて立っている気がする。
帝国では――今夜、殿下が、「土曜日の光」という問いへの答えを、待っておられるだろうか。
(――「着いた光」という答えを、今夜の書簡に書きましたのね)
(殿下が読んでくださるのは、数日後ですのね)
(でも――「着いた光」という言葉は、今夜から、もう、そこにありますのね)
(届く前から、あるものは、あるのですのよ)
冊子を、文机の上に、戻した。
今日の土曜日を、思った。「土曜日の光には名前がつきますか」という問いが届いた朝。光を探しながら窓の外を見た午前。「着いた光」という言葉がマリアとの話から生まれた昼。「ゆったりとしている」と芽に記録した午後。一週間の一巡りを書簡に綴った夜。
(――これが、今日の「あったこと」ですのね)
(土曜日の、積み重ねですのね)
(先週の土曜日と――同じ土曜日でも、違う積み重ねでしたのね)
(来週の月曜日は――どんな感じの日でしょうかしら)
(「気合い」という感じが、また、来るでしょうかしら)
(それとも――今週の月曜日とは、また違う月曜日でしょうかしら)
(――それを、楽しみにしていますのね)
(以前は、なかった感覚ですのよ)
――――――
(第四十五話 了)




