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悪女は正しい  作者: Dちゃん
第三章「静かな日に、名前をつける」

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第43話 悪役令嬢、名前を渡す

木曜日の朝、帝国からの書簡が、届いた。


オットーが、それを差し出すとき、一言添えた。


「――水曜日にお出しになった書簡への、お返事でございます」


レオノーラは、それを受け取った。


(――一日、でしたわ)


(「信じている」という言葉を書いて、今日、届く)


封を開けた。


「レオノーラ。「信じている」、受け取りました。確認できないまま続く「気がする」が、「信じている」だという言葉。今日、少し長く考えていました。「信じている」は、確認を手放すことではないと思います。確認できないことを、確認しようとし続けながら、それでも消えないものを、そのまま持ち続けること。それが「信じている」ではないかと。水曜日の「流れの中の真ん中」、という光の名前が、今日の帝国の空にも、あてはまる気がしました。こちらの空も、今日は、どちらにも急いでいない感じがしています。光の名前が十種類になったこと、一緒に数えました。返信は、また、数日後になるかもしれません。同じ時刻で。――好意として」


レオノーラは、「確認しようとし続けながら、それでも消えないものを、そのまま持ち続けること」という一文を、もう一度、読んだ。


(――「確認を手放す」のでは、なかったのですのね)


(確認しようとしながら、消えない)


(それが、「信じている」ということですのね)


(わたくしは、「確認できないから信じる」と思っていましたのね)


(でも——殿下の言い方では、「確認しようとするから、こそ、信じていると言える」のですのね)


窓の外を見た。今日の王都の空は、木曜日だった。


(――また、曜日で呼んでいますのね)


(でも——木曜日の空は、水曜日ともまた違いますのね)


(週末が、見え始めた感じがしますのね。もう少しで土曜日、という手前の感じ)


書簡を、静かに、折り畳んだ。


――――――


木曜日は、定例の文官報告が二件と、午後に周縁部第一区の巡回があった。


オットーが、朝の業務一覧を差し出した。


「――今日の予定は、以上でございます」


「わかりましたわ」


一件目は、南区診療所の月次報告だった。


「今月の診療人数、先月比、微増。費用は予算範囲内。担当医師からの所見:「今月、先週に続いて、また、あの子どもが来ました。今度は弟を連れてきました。弟も診ましたが、特に問題ありませんでした。それだけですが、今月も記録しておきたいと思いました」」


レオノーラは、その言葉を、しばらく、見た。


(――また、来ましたのね)


(先月は「元気に歩いて来た」でしたのね)


(今月は——弟を連れて来ましたのね)


(弟を連れてくる、ということは——あの子どもにとって、診療所が「連れていける場所」になったということですのね)


「――オットー」


「はい」


「――担当医師の「弟を連れてきた」という言葉も、そのまま記録してください。先月の「元気に歩いて来た」の、次のページに」


「かしこまりました」


老執事は、少しだけ、間を置いた。


(――先月の「歩いて来た」と、今月の「弟を連れて来た」が、並びますね)


(一人から二人へ——静かに、広がっていますよ)


二件目は、周縁部第一区の緑地化工事の進捗報告だった。


「担当者からの所見:「今週、遊歩道の一部に植えた低木が、根をしっかり張ってきた様子です。引っ張っても抜けません。以前の土地の記憶が残っているのか、思ったより早く根付いています」」


レオノーラは、その言葉を、もう一度、読んだ。


(――「引っ張っても抜けない」)


(確認の仕方が、直接的ですのね)


(でも——それが「根付いた」ということの確かな確認ですのね)


(「以前の土地の記憶が残っている」というのは——先週、記録した「踏まれていた土地」の話ですのね)


「――オットー」


「はい」


「――「引っ張っても抜けない」という確認の言葉と、「土地の記憶が残っているかもしれない」という推測を、どちらも記録してください。確認したことと、推測したことが、並んで残るように」


オットーは、少しだけ、目を細めた。


(――確認と推測を、同じ記録の中に並べる)


(以前のお嬢様は、確認できたものだけを残しておられました)


(今は——確認と推測が、対等に、隣り合っています)


――――――


昼過ぎ、マリアが昼食を持ってきた。


「――今日は、どんな空ですか」


「木曜日の空ですのね」レオノーラは言った。


マリアは、トレイを置きながら、少しだけ、目を細めた。


「――今週、毎日曜日で呼んでいますね。もうそれが当たり前になってきました」


「ええ」レオノーラは言った。「木曜日は——週末が見えてきた感じがしますのね。もうすぐ土曜日、という手前の、少し明るい感じですのよ」


マリアは、それを聞いて、少しだけ、窓の外を見た。


「……確かに、木曜日って、そういう感じありますよね。あと少しで週末っていう、ちょっとわくわくした感じの」


「「わくわく」」レオノーラは言った。「——そういう言い方も、できますのね」


「お嬢様は、どんな言葉にしますか」マリアは言った。


レオノーラは、しばらく、窓の外を見た。


「……「週末の気配」、とでも言いますかしら」


マリアは、それを聞いて、少しだけ、止まった。


「――「週末の気配」。なんか、詩みたいですね」


「詩ですのよ」レオノーラは言った。「おかしな言葉ですのね。スキル。でも——今日の空は、そういう感じがしましたのよ」


(――「週末の気配」)


(言ってから、気づきましたのね)


(整えてから出た言葉では、なかったのですのね)


(でも——間違えていない気がしますのよ)


「――お嬢様」マリアは言った。「今週、光の名前をたくさんつけましたよね。月曜日から水曜日まで、毎日新しい名前が出てきて」


「ええ」レオノーラは言った。「十種類に、なりましたのね」


「今日も、何か名前がつきそうですね」マリアは言った。「「週末の気配」、今日の光の名前にしてみてはどうですか」


レオノーラは、それを聞いて、少しだけ、考えた。


(――「週末の気配」を、今日の光の名前に)


(光の名前というより——空の感じの名前ですのね)


(でも——月曜日の「気合いの入った青」も、光というより色の名前でしたのね)


(「週末の気配」も——今日の名前に、なれますのね)


――――――


午後、温室に向かった。


廊下の窓の外は、今日も、明るかった。光が、柔らかく、でも少し、先を見ているような感じがした。


(――「先を見ている」光ですのね)


(週末の方を向いている感じがしますのね)


(「週末の気配」という言葉が、光にも、合いますのね)


温室に入ると、二つの芽が、そこにあった。


植木鉢の前に、しゃがんだ。


エーデルローゼの芽は——昨日より、わずかに高くなっていた。葉が、三枚のままだった。でも、今日の光を受けて、葉の色が、昨日より少し、鮮明な気がした。


(――「鮮明な気がする」)


(「気がする」が、また出てきましたのね)


(今週は、「明るい感じ」「葉が大きくなった気がする」「艶がある気がする」「色が深くなった気がする」と続きましたのね)


(今日は——「色が鮮明な気がする」ですのね)


子爵の庭の薔薇の芽は——葉が四枚のままだった。でも、全体として、昨日より少し、しっかりしてきた気がした。


(――「しっかりしてきた気がする」)


(先週の工事の担当者が「引っ張っても抜けない」と言っていましたのね)


(薔薇の芽も——今日、「しっかりしてきた」という感じがしますのね)


(確認はできませんのね。部署。でも——消えませんのよ)


懐から紙を取り出した。十四枚目を開いた。


「――エーデルローゼ。高さ、約二十四ミリ。葉、三枚。色が鮮明な気がする。今日の光、週末の気配」


書いて、止まった。


「週末の気配」


(――光の名前に、なりましたのね)


(マリアが「つけてみては」と言ってくれたからですのね)


(今週の光の名前は——毎日、誰かとの話から生まれましたのね)


(月曜日の「気合いの入った青」は、マリアとの話から)


(火曜日の「気合いが馴染んだ光」も、マリアとの話から)


(水曜日の「流れの中の真ん中」も、マリアとの話から)


(今日の「週末の気配」も——マリアとの話から、ですのね)


「――子爵の庭の薔薇。高さ、約十ミリ。葉、四枚(変化なし)。しっかりしてきた気がする。今日も、週末の気配の光」


書き終えて、十四枚の紙を、ぱらぱらと、めくった。


(――十一種類に、なりましたのね)


(数えるつもりはありませんでしたのに、わかりましたのね)


(殿下に、また、知らせたくなりますのね)


紙を、丁寧に折って、懐にしまった。


――――――


夕方、オットーが書斎に入ってきた。


「――お嬢様。本日の定例業務、以上でございます」


「ええ、ありがとう」


オットーは、少しだけ、間を置いた。


「――本日の記録についてでございますが」


「ええ」


「――診療所の「弟を連れてきた」という医師の言葉は、先月の「元気に歩いて来た」の次のページに保管いたしました。また、工事の記録には「確認したこと」と「推測したこと」を並べて記載いたしました。温室の十四枚目には「週末の気配」という記録が入っております」


「ええ」


「――「週末の気配」は、今週の「気合いの入った青」「気合いが馴染んだ光」「流れの中の真ん中」に続く、四つ目の光の名前でございますね。冊子の中で、今週だけで四日分の光が、並んで記録されることになります」


レオノーラは、それを聞いて、少しだけ、考えた。


(――四日分の光が、並んでいますのね)


(月曜日から木曜日まで——毎日、名前がつきましたのね)


(明日の金曜日も——何か名前が出てくるでしょうかしら)


「――ええ」レオノーラは言った。「今週は——毎日、光に名前がつきましたのね」


オットーは、静かに、一礼した。


(――今週だけで四つ、今週だけで四つの光の名前が冊子に並びました)


(一週間が、ただの七日ではなくなりましたね)


(月曜日から土曜日まで——それぞれの日が、それぞれの名前を持って積み重なっています)


――――――


夜、書簡を書いた。


「アドリアン。今日は木曜日でした。「確認しようとし続けながら、消えないものを持ち続けること」という言葉、受け取りました。「信じている」は、確認を手放すのではないのですのね。今日、温室でエーデルローゼの葉の色が「鮮明な気がする」と記録しました。子爵の庭の薔薇が「しっかりしてきた気がする」とも。どちらも確認できませんのね。でも——消えませんのよ。これが「信じている」ということかもしれませんのね。今日の光を「週末の気配」と名付けました。侍女が名前にするよう勧めてくれましたのよ。光の名前が十一種類になりましたのね。今週、月曜日から木曜日まで、毎日名前がつきましたのよ。診療所の、元気に歩いて来たあの子どもが、今月は弟を連れて来たそうです。「連れていける場所」になりましたのね。返信は、また、数数日後かもしれません。同じ時刻で。――好意として」


書き終えて、レオノーラは、その書簡を、しばらく、見た。


(――「今日は木曜日でした」から、また、書き始めましたのね)


(土曜日、月曜日、火曜日、水曜日——そして今日、木曜日と続きましたのね)


(一週間が、少しずつ、名前で埋まっていきますのね)


封をして、オットーに渡した。


「――今夜中に」


「かしこまりました」


オットーは、それを受け取って、少しだけ、間を置いた。


「――お嬢様。今週の書簡は、今日で四通目でございますが」


「ええ」


「――土曜日、月曜日、火曜日、水曜日、木曜日と——毎日、曜日から書き出しになっておられます」


レオノーラは、それを聞いて、少しだけ、考えた。


「――そうなりましたのね」レオノーラは言った。「気づいていませんでしたのよ。でも——毎日、その日の感じが、ありましたのね。土曜日の「初めての休日」、月曜日の「土曜日の記憶が残った月曜日」、火曜日の「気合いが馴染んだ火曜日」、水曜日の「流れの中の真ん中の水曜日」。そして今日の——「週末の気配が見えてきた木曜日」。それを、書き出しにしたくなりましたのね」


老執事は、深く、一礼した。


(――「毎日、その日の感じがある」)


(三十年間、曜日は仕事の種類を決めるための記号でした)


(今は——それぞれの曜日が、それぞれの手触りを持った一日になりましたよ)


(お嬢様は今、七種類の日の中を、生きておられます)


――――――


夜、寝室の文机の上に、冊子があった。


レオノーラは、それを、手に取った。


最初のページから、ゆっくり、読んだ。


「今日は晴れ」があった。「今日も曇り」があった。「今日は薄曇り」があった。「今日は雨」があった。また「今日は晴れ」があった。「今日の光、まっすぐ」があった。「今日の光、穏やか」があった。「月曜日の光」があった。「気合いが馴染んだ光」があった。「流れの中の真ん中」があった。


底、今日——「週末の気配」が、加わった。


(――十一種類に、なりましたのね)


(数えるつもりはなかったのに、わかりましたのね)


(殿下は、七種類のときに数えてくださっていましたのね)


(十一種類になったことを、今夜の書簡に書きましたのね)


患者の書簡が、挟まれていた。医師の「元気に歩いて来た」言葉があった。「踏まれていた土地の記憶」の記録があった。今日、「弟を連れて来た」という言葉が、その次のページに加わっていた。


(――「一人から二人へ」ですのね)


(ページが増えましたのね)


「エーデルローゼ。高さ、約二十四ミリ。葉、三枚。色が鮮明な気がする。今日の光、週末の気配」


「子爵の庭の薔薇。高さ、約十ミリ。葉、四枚。しっかりしてきた気がする。今日も、週末の気配の光」


(――「色が鮮明な気がする」と「しっかりしてきた気がする」)


(どちらも「気がする」ですのね)


(確認できないまま、消えませんのね)


(これが——「信じている」ことですのね)


冊子を、静かに、閉じた。


窓の外に、夜の王都があった。今夜は、穏やかだった。


南の診療所は今夜も機能しているはずだった。あの子どもが今日また来て、弟も連れてきたはずだった。西区の水路は今夜も通っているはずだった。周縁部の低木は——今夜も、土地の記憶の中で、根を張っているはずだった。


温室には——十四枚の記録を持つ、二つの芽があった。一方は葉の色が鮮明な気がする。一方はしっかりしてきた気がする。


帝国では——今夜、殿下が、「確認しようとしながら消えないもの」について、まだ考えておられるだろうか。


(――「信じている」という言葉を、二人で、今週、見つけましたのね)


(水曜日にマリアが言って、殿下が定義してくださって)


(今日、わたくしが温室で確かめましたのね)


(名前は——三人で、見つけましたのね)


冊子を、文机の上に、戻した。


今日の木曜日を、思った。「確認しようとしながら、消えない」という言葉が届いた朝。診療所に弟が来たという記録をした午前。「週末の気配」という光の名前が生まれた昼。「しっかりしてきた気がする」と薔薇に記録した午後。


(――これが、今日の「あったこと」ですのね)


(木曜日の、積み重ねですのね)


(明日は金曜日ですのね)


(金曜日は——どんな感じの日でしょうかしら)


(もうすぐ土曜日、という、「週末の気配」の翌日ですのね)


(——それを、楽しみにしていますのね)


(以前は、なかった感覚ですのよ)


――――――


(第四十三話 了)

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