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悪女は正しい  作者: Dちゃん
第三章「静かな日に、名前をつける」

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第41話 悪役令嬢、名前を見つける

火曜日の朝、帝国からの返信が、届いた。


オットーが、それを差し出すとき、一言添えた。


「――月曜日にお出しになった書簡への、お返事でございます」


レオノーラは、それを受け取った。


(――一日、でしたわ)


(月曜日の「気合いの入った青」を書いて、今日、届く)


封を開けた。


「レオノーラ。「気合いの入った青」、受け取りました。整える前に出てきた言葉が、正しかったとのこと。そうだと思います。整えた言葉は、確かに正しい。でも整える前の言葉には、整えた後では出てこないものが、入っている気がします。月曜日の光に、月曜日の名前をつけたこと、よかった。「静かに動いている」という名前を、まだ探しています。でも、今日、少し近づいた気がしています。薔薇の葉が四枚になったこと、それがいつかわからないこと、でも月曜日の朝にそこにあったこと——それが、「静かに動いている」の一番近くにある気がしています。返信は、また、数日後になるかもしれません。同じ時刻で。――好意として」


レオノーラは、「薔薇の葉が四枚になったこと、それがいつかわからないこと、でも月曜日の朝にそこにあったこと」という一文を、もう一度、読んだ。


(――そうですのね)


(それが、「静かに動いている」に一番近い)


(見えない時間に、何かが変わっていた)


(変わった瞬間はわからないのに——変わったということだけが、確かにある)


窓の外を見た。今日の王都の空は、火曜日だった。


(――また、おかしな言い方をしていますのね)


(「月曜日の空」と言ったとき、マリアに笑われましたのに)


(でも——火曜日の空は、月曜日とも、土曜日とも、違いますのね)


(少し、落ち着いた感じがしますのね。月曜日の「気合い」が、一日経って、馴染んできた感じですのね)


書簡を、静かに、折り畳んだ。


――――――


午前中、定例の文官報告が、二件、あった。


一件目は、西区水路の今週の水量記録だった。数字は、安定していた。先週の晴れが続いた影響か、水位が若干下がっていたが、許容範囲の内だった。


(――「許容範囲の内」)


(以前なら、この数字を見て、それだけでしたのね)


(今は——先週の晴れのことを、思いますのね)


(土曜日の「穏やかな光」も、月曜日の「気合いの入った青」も——水路の水位に、繋がっているかもしれませんのね)


「――オットー」


「はい」


「――記録してください。今週の水量が先週の晴れの影響を受けた可能性を、推測として、一行」


「かしこまりました」


オットーは、それを書き留めた。


(――「推測として」という言葉が、今週も、入りましたね)


(先々週から始まったこの言葉が、今では温室の記録だけでなく、水路の報告にも、診療所の記録にも、当たり前のように入るようになりました)


(推測を記録することが——お嬢様の管理の、一部になりましたよ)


二件目は、周縁部第一区の緑地化工事の進捗報告だった。今週は、遊歩道の整地が進んでいた。


「担当者からの所見:『整地の途中、昨年まで野原だった土が、意外によく締まっていました。長い間、踏まれていた土地であることが、わかります』」


レオノーラは、その言葉を、しばらく、見た。


(――「踏まれていた土地」)


(誰かが、そこを歩いていたのですのね)


```

(以前は何もない「周縁部」だと思っていましたのに)


```


(土の締まり方に、人の歴史が、残っていましたのね)


「――オットー」


「はい」


「――担当者の「踏まれていた土地」という言葉も、そのまま記録してください。それと——周縁部に人がいた時間を、土が覚えていた、ということを、一行、添えてください」


老執事は、少しだけ、目を細めた。


(――「土が覚えていた」)


(三十年間、土木報告には数字と工程しか記録されてきませんでした)


(今日から、その記録に——土地の記憶が、加わりますね)


――――――


昼過ぎ、マリアが昼食を持ってきた。


「――今日は、どんな空ですか」


「火曜日の空ですのね」レオノーラは言った。


マリアは、トレイを置きながら、少しだけ、目を細めた。


「――また曜日で呼んでいますね」


「ええ」レオノーラは言った。「おかしいとわかっていますのよ。でも——月曜日の空と、今日の空は、違いますのね。月曜日は、少し張り詰めた感じがしましたの。今日は——その張り詰めが、少し解けて、でもまだ週の初めの気持ちが残っている、という感じがしますのね」


マリアは、それを聞いて、少しだけ、窓の外を見た。


「……確かに、火曜日って、そういう感じあるかもしれないですね。月曜日ほど気合い入れなくていいけど、まだ週末じゃないから気は抜けない、みたいな」


「ええ」レオノーラは言った。「「気合いが馴染んだ」とでも言いますかしら」


マリアは、それを聞いて、にこりとした。


「――「気合いが馴染んだ」。それ、すごくわかります」


「殿下の言葉でもありませんのよ。マリアの言葉でも」レオノーラは言った。「今日の空を見ていたら、自然と出てきましたのね」


マリアは、少しだけ、目を細めた。


「――お嬢様、最近、言葉が先に出てくることが多くなりましたね」


「ええ」レオノーラは、少しだけ、考えた。「「整える前に出てくる」と、月曜日に書きましたのよ。殿下が、それを——整えた言葉には入らないものが入っている、とお返しになりましたの」


「そうなんですか」


「ええ」レオノーラは言った。「以前は、整えていない言葉は、間違えていると思っていましたの。でも——「気合いの入った青」は、間違えていなかった。「気合いが馴染んだ」も——間違えていない気がしますのね」


「間違えてないですよ」マリアは言った。「むしろ正確だと思います」


レオノーラは、それを聞いて、少しだけ、間を置いた。


(――「正確」)


(整えた言葉だけが正確だと、思っていましたのね)


(でも——整える前の言葉にも、正確なものが、ありますのね)


(それは——別の種類の正確さですのね)


――――――


午後、温室に向かった。


廊下の窓の外は、今日も、明るかった。でも、昨日の月曜日の「しゃきっとした」光とは、少し違った。光が、室内に馴染んでいる感じがした。


(――「気合いが馴染んだ」光ですのね)


(昨日の「月曜日の光」と、同じ系統ですのね)


(でも——今日は、もう少し、柔らかいですのね)


温室に入ると、二つの芽が、そこにあった。


植木鉢の前に、しゃがんだ。


エーデルローゼの芽は——昨日より、わずかに高くなっていた。葉が、三枚のままだった。


(――三枚のまま、ですのね)


(昨日は月曜日で、子爵の庭の薔薇の葉が四枚になっていましたの)


(エーデルローゼは——まだ、三枚ですのね)


(「同じ環境でも育つ速さが違う」ということが、今日も、そうですのね)


子爵の庭の薔薇の芽は——昨日、四枚になった葉が、今日も、四枚だった。でも、葉の一枚一枚が、昨日より少し、大きくなっていた気がした。


(――「大きくなった気がする」)


(「気がする」が、また出てきましたのね)


(測れませんのよ。油断すると見落としますのよ。でも——今日の葉は、昨日の葉より、少し大きい気がしますのね)


懐から紙を取り出した。十二枚目を開いた。


「――エーデルローゼ。高さ、約二十三ミリ。葉、三枚。変化なし。今日の光、気合いが馴染んだ」


書いて、止まった。


「気合いが馴染んだ」


(――今日の光の名前に、なりましたのね)


(マリアとの話から、出てきた言葉ですのね)


(以前なら、侍女との昼の会話は、記録に入らなかったのですのね)


(でも——今日の光の名前が、あの会話で生まれましたのよ)


「――子爵の庭の薔薇。高さ、約十ミリ。葉、四枚(昨日から変化なし)。葉が大きくなった気がする。今日も、気合いが馴染んだ光」


書き終えて、「葉が大きくなった気がする」という一文を、しばらく見た。


(――「気がする」が、また記録に入りましたのね)


(先週の「茎が太くなった気がする」から始まって——今週は「明るい感じ」があって、今日は「葉が大きくなった気がする」ですのね)


(「気がする」という言葉が、記録の中で、育っていますのね)


紙を、丁寧に折って、懐にしまった。


――――――


夕方、オットーが書斎に入ってきた。


「――お嬢様。本日の定例業務、以上でございます」


「ええ、ありがとう」


オットーは、少しだけ、間を置いた。


「――本日の記録についてでございますが」


「ええ」


「――水路の記録に「推測」の一行を、工事の記録に「土地の記憶」の一行を、それぞれ加えました。また、温室の十二枚目には「気合いが馴染んだ光」という記録が入っております」


「ええ」


「――「気合いが馴染んだ光」は、月曜日の「気合いの入った青」の翌日、という文脈がございますね。冊子の中で、月曜日と火曜日の光が、並んで記録されることになります」


レオノーラは、それを聞いて、少しだけ、考えた。


(――並んで、いますのね)


(「月曜日の光」と「気合いが馴染んだ光」が、冊子の中で、隣り合っていますのね)


(一週間の中で、光が変わっていく)


(それが、記録に、見えるようになりましたのね)


「――ええ」レオノーラは言った。「それでいいのですのよ。一日ごとに、並んでいくのですのね」


オットーは、静かに、一礼した。


(――「一日ごとに並んでいく」)


(以前のお嬢様は、記録を「完成させるもの」として扱っておられました)


(今は——記録は、毎日「続いていくもの」になりましたよ)


(それが——積み重なる、ということの、本当の形でございます)


――――――


夜、書簡を書いた。


「アドリアン。今日は火曜日でした。「静かに動いている」という状態が、薔薇の葉の話に一番近いとのこと、受け取りました。見えない時間に何かが変わっていて、変わった瞬間はわからないのに変わったということだけが確かにある——それが、「静かに動いている」ということですのね。今日、温室で子爵の庭の薔薇の葉が「大きくなった気がする」という記録を書きました。昨日、葉が四枚になったことを確認して、今日、その葉が大きくなっていた気がしたのですの。これも、「静かに動いている」かもしれませんのね。今日の光を「気合いが馴染んだ光」と名付けました。月曜日の「気合いの入った青」の翌日のことです。整える前に出てきた言葉でしたの。殿下が「整えた言葉には入らないものが入っている」とお書きになったこと——今日、また、そうでしたのね。周縁部の工事の記録に、「踏まれていた土地の記憶」を加えました。土の締まり方に、人がそこを歩いた時間が残っていたそうです。これも——「静かに動いていた」時間の話かもしれませんのね。返信は、また、数日後かもしれません。同じ時刻で。――好意として」


書き終えて、レオノーラは、その書簡を、しばらく、見た。


(――「静かに動いていた時間の話かもしれない」と、書しましたのね)


(殿下がまだ見つけていない名前に——今日の記録が、近づいている気がしますのね)


(「気がする」が、また出てきましたのね)


(でも——間違えていない気がしますのよ)


封をして、オットーに渡した。


「――今夜中に」


「かしこまりました」


オットーは、それを受け取って、少しだけ、間を置いた。


「――お嬢様。本日の書簡、「今日は火曜日でした」という書き出しでございましたが」


「ええ」


「――先週の土曜日、月曜日に続いて——火曜日も、曜日から書き始めになりましたね」


レオノーラは、それを聞いて、少しだけ、考えた。


「――そうなりましたのね」レオノーラは言った。「土曜日は「初めての休日」だったから。月曜日は「土曜日の記憶が残っていた月曜日」だったから。今日は——火曜日が、火曜日の感じを持っていたから、ですのね」


「――「火曜日の感じ」、でございますか」


「ええ」レオノーラは言った。「月曜日の「気合い」が馴染んだ、火曜日の感じですのね。それが、今日の内容でしたのよ」


老執事は、深く、一礼した。


(――土曜日、月曜日、火曜日と、曜日が積み重なっています)


(お嬢様の一日に、曜日ごとの「感じ」というものが、宿り始めましたよ)


(それは——一週間が、七種類の日として、生きられるようになった、ということでございます)


――――――


夜、寝室の文机の上に、冊子があった。


レオノーラは、それを、手に取った。


最初のページから、ゆっくり、読んだ。


「今日は晴れ」があった。「今日も曇り」があった。「今日は薄曇り」があった。「今日は雨」があった。また「今日は晴れ」があった。「今日の光、まっすぐ」があった。「今日の光、穏やか」があった。「月曜日の光」があった。


そして、今日——「気合いが馴染んだ光」が、加わった。


(――九種類に、なりましたのね)


(数えるつもりは、なかったのですけれど)


(でも——わかりましたのね)


(殿下は先週、七種類のときに数えてくださっていましたのね)


(今日、九種類になったことを、知らせたくなりますのね)


患者の書簡が、挟まれていた。医師の言葉があった。そして今日、新しいページに、「踏まれていた土地の記憶」の記録が、加わっていた。


「エーデルローゼ。高さ、約二十三ミリ。葉、三枚。変化なし。今日の光、気合いが馴染んだ」


「子爵の庭の薔薇。高さ、約十ミリ。葉、四枚。葉が大きくなった気がする。今日も、気合いが馴染んだ光」


(――「葉が大きくなった気がする」)


(「気がする」という言葉が、記録の中に、増えていますのね)


(先週の「茎が太くなった気がする」から始まって)


(今週は「明るい感じ」があって、今日は「葉が大きくなった気がする」ですのね)


(「気がする」が、育っていますのね)


冊子を、静かに、閉じた。


窓の外に、夜の王都があった。今夜は、穏やかだった。


南の診療所は今夜も機能しているはずだった。西区の水路は今夜も通っているはずだった。周縁部の遊歩道は——今日も整地が進んで、踏まれた土地の記憶を持ちながら、形を変えているはずだった。


温室には——十二枚の記録を持つ、二つの芽があった。一方は三枚のまま。一方は四枚になって、その葉が、今日、大きくなった気がした。


帝国では——今夜、殿下が、「静かに動いている」ことの名前を、探しておられるだろうか。


(――薔薇の葉のことを、書きましたのね)


(殿下が「一番近い」とおっしゃった、その話の続きを、書きましたのよ)


(同じものを、二人で、追いかけていますのね)


(名前は——まだ、決まっていませんのね)


(でも——確実に、近づいていますのね)


(それが、わかりますのよ)


冊子を、文机の上に、戻した。


今日の火曜日を、思った。「気合いが馴染んだ光」を見つけた朝。踏まれた土地の記憶を記録に加えた午前。「整えない言葉にも正確なものがある」とマリアに言われた昼。「葉が大きくなった気がする」と書いた午後。


(――これが、今日の「あったこと」ですのね)


(火曜日の、積み重ねですのね)


(明日は水曜日ですのね)


(水曜日は——どんな感じの日でしょうかしら)


(――それを、楽しみにしていますのね)


(以前は、なかった感覚ですのよ)


――――――


(第四十一話 了)

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