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悪女は正しい  作者: Dちゃん
第三章「静かな日に、名前をつける」

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第40話 悪役令嬢、月曜日を知る

日曜日の返信は、なかった。


月曜日の朝、帝国からの書簡が、届いた。


オットーが、それを差し出すとき、一言添えた。


「――土曜日にお出しになった書簡への、お返事でございます」


レオノーラは、それを受け取った。


(――二日、でしたわ)


(土曜日に「あったこと」を書いて、月曜日に届く)


(日曜日の分が、間にあるのですわね)


封を開けた。


「レオノーラ。今日は月曜日です。土曜日の話、受け取りました。「あったこと」が積み重なる午後、というのが、よかった。こちらも、土曜は静かな一日で、名前を探し続けていました。まだ、見つかっていません。静けさには、静けさの層があるような気がしています。動いていない、ということではなく、静かに動いている、という状態の名前です。月曜日は、帝国でも一週間の最初です。今週は、あなたのところの苗が、どうなっているか、気になっています。返信は、また、数日後になるかもしれません。同じ時刻で。――好意として」


レオノーラは、「静かに動いている、という状態の名前」という一文を、もう一度、読んだ。


(――「動いていない」ではなく、「静かに動いている」)


(その二つは、違いますのね)


(殿下は、その違いを、言葉にしようとしておられるのですのね)


窓の外を見た。今日の王都の空は、月曜日だった。


(――「月曜日の空」というのは、おかしな言い方ですのね)


(でも――今日の空は、月曜日の空、という感じがしますのね)


(昨日の静かな日曜日の後に来る、月曜日の、少し緊張した明るさですのね)


書簡を、静かに、折り畳んだ。

――――――


月曜日は、定例の文官報告があった。


オットーが、朝の業務一覧を持ってきたとき、その紙は、いつもの量に戻っていた。


(――土曜日の短さと、比べてしまいましたのね)


(以前は、比べることが、なかったはずですわ)


(土曜日がどうだったか、ということが、月曜日に残っているのですのね)


「――わかりましたわ。順に参ります」


「はい。まず、周縁部第一区の週次報告から、でございます」


「ええ」


オットーが、報告書を差し出した。レオノーラは、それを受け取った。


「今週の苗の状況。葉の数、先週と変化なし。茎の太さ、変化確認できず。担当庭師からの所見:『月曜日の朝、苗を見ましたところ、土の表面が少し乾いておりました。週末の晴れが続いたためかと存じます。今週の天候次第では、水やりのタイミングを調整するかもしれません』」


レオノーラは、その言葉を、もう一度、読んだ。


(――「月曜日の朝、苗を見ました」)


(庭師も、月曜日の朝に、見ていましたのね)


(土の表面の乾き具合を確認している)


(――週末の晴れを、今日の土の状態から、読んでいるのですのね)


「――オットー」


「はい」


「――記録してください。庭師の「月曜日の朝、土の表面が乾いていた」という言葉も、そのまま。それと——今日が月曜日であるということ、つまり、週末を経て迎えた朝であるということを、一行、添えておいてください」


老執事は、少しだけ、目を細めた。


(――「今日が月曜日である」ということを、記録に入れる)


(先週の土曜日に、書簡の書き出しが「土曜日でした」に変わりました)


(今日は、記録そのものに、「月曜日である」という文脈が加わりましたね)


「――かしこまりました」

――――――


午前中の定例報告が、三件、続いた。


二件目は、西区水路の先週の水量記録だった。三件目は、南区診療所からの月次報告だった。


南区の報告書を、受け取った。


「今月の診療人数、先月比、増加しております。費用は、予算範囲内。担当医師からの一文:『先月、診療所に来た子どもが、今月は元気に歩いて来ました。それだけですが、記録しておきたいと思いました』」


レオノーラは、その言葉を、しばらく、見た。


(――「それだけですが、記録しておきたいと思いました」)


(これも——「気がする」と同じですのね)


(数値にも、確認にも、ならない言葉ですのね)


(でも——確かに、あったのですのよ)


「――オットー」


「はい」


「――担当医師の「元気に歩いて来た」という一文も、そのまま、記録してください。患者の書簡と同じ場所に、並べて」


「――かしこまりました」老執事は、少しだけ、間を置いた。「――以前お預かりした患者の書簡と、今日の医師の言葉、同じ場所に保管いたします」


「ええ」レオノーラは言った。「同じ場所でなければ、なりませんのね」


(――患者が来た、と書いた医師と、費用が助かったと書いた患者が、同じ診療所の話ですのね)


(同じ出来事の、二つの側ですのね)

――――――


昼過ぎ、マリアが昼食を持ってきた。


「――今日は、お天気いいですね」


「ええ」レオノーラは言った。「月曜日の空でしたのよ」


マリアは、トレイを置きながら、少しだけ、首をかしげた。


「――月曜日の空、ですか」


「ええ」レオノーラは言った。「うまく言えませんのね。スキル。でも——今日の空は、月曜日の感じがしましたの。昨日の静かな日曜日の後に来る、少し——そうですのね、気合いの入った青、とでも言いますかしら」


マリアは、それを聞いて、少しだけ、目を細めた。


「――「気合いの入った青」」


「笑いますのよ」レオノーラは言った。「空の名前にしては、おかしな言葉ですのね」


「でも——確かに、そういう日ありますよね」マリアは言った。「月曜日って、なんか、空気が違う気がします。週末のゆるい感じが終わって、しゃきっとした感じの」


「「しゃきっと」」レオノーラは言った。「——そちらの方が、言葉になっていますのね」


「でも「気合いの入った青」の方が、今日の色に合ってる気がします」マリアは言った。「お嬢様の方が、具体的ですよ」


レオノーラは、それを聞いて、少しだけ、考えた。


(――「気合いの入った青」が、具体的)


(以前なら、そういう言葉は、言わなかったのですのね)


(今は——言ってしまいましたのね)


(言ってから、気づいた)


「……マリア」


「はい」


「――「言ってから、気づく」ということが、最近、増えましたのよ」


マリアは、それを聞いて、少しだけ、止まった。


「——どういう意味ですか?」


「以前は——何か言う前に、整えていましたのね。言葉を選んで、確認してから、口にしていましたの。でも——今は、言ってしまってから、あ、そういうことを思っていたのか、と気づくことが、ありますのよ」


マリアは、それを聞いて、少しだけ、目を細めた。


「――それって、つまり、お嬢様の言葉が、自分より先に出てきてる、ってことじゃないですか」


(――「自分より先に出てきている」)


(そういう言い方も、できますのね)


(整える前の言葉が、出てくる)


「……そうかもしれませんのね」レオノーラは言った。「——少し,怖い気もしますのよ。整えていない言葉が、そのまま出てしまうのは」


「でも——「気合いの入った青」は、正しかったと思いますよ」マリアは、にこりとした。「間違えてなかったです」


レオノーラは、それを聞いて、少しだけ、考えた。


(――「間違えてなかった」)


(整えなくても、間違えないこともある、ということですのね)


(それは——信頼、ということかもしれませんのね)


(自分の言葉を、信頼すること)

――――――


午後、温室に向かった。


廊下の窓の外は、今日も、明るかった。マリアの言う「しゃきっとした」光が、まっすぐに差し込んでいた。


(――先週金曜日の「まっすぐな光」と、似ていますのね)


(開いた。でも——今日は、「しゃきっとした」という感じが、加わっていますのね)


(同じ「まっすぐ」でも、文脈が違うのですのね)


温室に入ると、二つの芽が、そこにあった。


植木鉢の前に、しゃがんだ。


エーデルローゼの芽は——先週土曜日から、また、わずかに高くなっていた。葉が、三枚のままだった。でも、全体として、昨日より少し、明るい感じがした。


(――「明るい感じ」)


(月曜日の光のせいかもしれませんのね)


(でも——芽の方も、少し、変わったように見えますのね)


(どちらかわかりませんわ)


子爵の庭の薔薇の芽は——高さに変化はなかったが、葉が、一枚、増えていた。


(――葉が、四枚に、なりましたのね)


(先週は、ずっと三枚でしたのね)


(月曜日の朝に、四枚に、なっていたのですのね)


懐から紙を取り出した。十一枚目を開いた。


「――エーデルローゼ。高さ、約二十三ミリ。葉、三枚。今日は明るい感じ。月曜日の光」


書いて、止まった。


「月曜日の光」


(――「まっすぐな光」でも、「穏やかな光」でも、ない)


(「月曜日の光」ですのね)


(曜日を、光の名前にしてしまいましたのね)


(でも——今日の光は、そうでしたの)


「――子爵の庭の薔薇。高さ、約十ミリ。変化なし。葉、四枚に増えた。今日も月曜日の光」


書き終えて、「葉、四枚に増えた」という一文を、しばらく見た。


(――葉が増えたのは、今日、気づいたのですのね)


(でも——いつ増えたかは、わからないのですのね)


(土曜日の夜かもしれないし、日曜日の朝かもしれないし、今朝かもしれないのですのね)


(わからないけれど——今日、ここに、四枚ありましたのね)


紙を、丁寧に折って、懐にしまった。

――――――


夕方、オットーが書斎に入ってきた。


「――お嬢様。本日の定例業務、以上でございます」


「ええ、ありがとう」


オットーは、少しだけ、間を置いた。


「――本日の記録についてでございますが」


「ええ」


「――「今日が月曜日である」という一行を、庭師の報告と並べて保管いたしました。また、医師の言葉は、患者の書簡と同じ場所に。そちらの冊子にも、「今日は月曜日」の一行を加えてよろしいでしょうか」


レオノーラは、それを聞いて、少しだけ、考えた。


「……ええ、加えてください」レオノーラは言った。「冊子には——今日が何曜日であったか、ということも、記録しておいてください。これからも」


老執事は、深く、一礼した。


(――「これからも、曜日を記録する」)


(先週の書簡の書き出しが土曜日に変わり)


(今日の記録に月曜日が加わり)


(そして——「これからも」という言葉が出ました)


(日々に曜日という形が宿り始め、それが積み重なる仕組みに、なっていくのですね)


「――かしこまりました」


「それと」レオノーラは、少しだけ、間を置いた。「――今日、温室で、子爵の庭の薔薇の葉が、四枚に増えていましたの。いつ増えたかは、わかりませんのね。でも——いつ増えたかわからないことも、記録してください。「月曜日に確認した」と」


「――「いつ増えたかわからないことも、記録する」でございますか」


「ええ」レオノーラは言った。「わからないことは、以前はなかったことにしていましたのね。でも——葉は確かに四枚あるのですもの。増えた瞬間はわからなくても、今日、四枚であることは、確かなのですのね」


オットーは、静かに、一礼した。


(――「増えた瞬間はわからなくても、今日あることは確か」)


(三十年の記録の中で、「確認できなかったこと」は「記録しないこと」でした)


(今は——「確認できなかった部分」も含めて、記録するようになりました)


(記録そのものが、変わりましたよ、お嬢様)

――――――


夜、書簡を書いた。


「アドリアン。今日は月曜日でした。「静かに動いている」という状態の名前を探しておられること、受け取りました。こちらも今日、探しましたの。月曜日の空を、「気合いの入った青」と呼んでみましたのね。整えた言葉ではありませんでしたの。でも——侍女に「間違えてなかった」と言ってもらいましたのよ。温室の記録は十一枚目になりました。エーデルローゼは高さ約二十三ミリ。今日の光を「月曜日の光」と書きました。子爵の庭の薔薇の葉が、四枚に増えていましたの。いつ増えたかは、わかりませんでした。静。でも——月曜日の朝に、四枚ありましたの。「いつ増えたかわからないけれど、今日四枚である」ということを、記録しましたのよ。南区の診療所から、先月、元気になかった子どもが今月は元気に歩いて来た、という医師の言葉も、今日の記録に加わりました。今日は月曜日でしたが——土曜日の「あったこと」が、月曜日にも残っていましたのよ。返信は、また、数日後かもしれません。同じ時刻で。――好意として」


書き終えて、レオノーラは、その書簡を、しばらく、見た。


(――「今日は月曜日でした」から、また、書き始めましたのね)


(先週の土曜日も、そうでしたのね)


(曜日が、書き出しになる、ということが、続いていますのね)


(続いている、ということは——習慣になりつつあるのですのね)


封をして、オットーに渡した。


「――今夜中に」


「かしこまりました」


オットーは、それを受け取って、少しだけ、間を置いた。


「――お嬢様。「気合いの入った青」という言葉が、書簡の中に、ございましたが」


「ええ」


「――三十年間、お嬢様の言葉の中に、「気合い」という表現が入ったことは、ございませんでした」


レオノーラは、それを聞いて、少しだけ、考えた。


「――そうですか」


「はい。いつも、論理的な評価か、客観的な観察でございました」


「……今日は——言ってしまってから、気づきましたのね」レオノーラは言った。「整える前に、出てきてしまいましたのよ。でも——間違えていなかったと思いますのね。今日の空は、そういう空でしたもの」


老執事は、深く、一礼した。


(――「整える前に、出てきた」)


(三十年間、すべての言葉は出る前に整えられていました)


(今は——整えられていない言葉が、正しく届くようになりましたよ、お嬢様)


(それが——変化というものの、一つの完成形でございます)

――――――


夜、寝室の文机の上に、冊子があった。


レオノーラは、それを、手に取った。


最初のページから、ゆっくり、読んだ。


「今日は晴れ」があった。「今日も曇り」があった。「今日は薄曇り」があった。「今日は雨」があった。また「今日は晴れ」があった。「今日の光、まっすぐ」があった。「今日の光、穏やか」があった。


そして、今日——「月曜日の光」が、加わった。


(――八種類に、なりましたのね)


(数えるつもりはありませんでしたのに、わかりましたのね)


(殿下は、七種類の時に、数えてくださっていましたのね)


(今日、八種類になったことを、知らせたくなりますのね)


患者の書簡が、挟まれていた。その次のページに、医師の言葉が、加わっていた。その次に、今日の記録があった。


「エーデルローゼ。高さ、約二十三ミリ。葉、三枚。今日は明るい感じ。月曜日の光」


「子爵の庭の薔薇。高さ、約十ミリ。葉、四枚に増えた(いつ増えたかは不明。月曜日の朝に確認)。月曜日の光」


(――「いつ増えたかは不明」という言葉が、記録の中に、ありますのね)


(以前なら、書かなかった言葉ですのね)


(でも——不明であることも、今日の記録の一部ですのね)


冊子を、静かに、閉じた。


窓の外に、夜の王都があった。今夜は、少し、風があった。


南の診療所は今夜も機能しているはずだった。西区の水路は今夜も通っているはずだった。周縁部の苗は——月曜日の光を受けて、夜を過ごしているはずだった。


温室には——十一枚の記録を持つ、二つの芽があった。一方は葉が三枚のまま。一方は今日、四枚になっていた。


帝国では——今夜、殿下が、まだ、「静かに動いている」ことの名前を探しておられるだろうか。


(――「動いていない」と「静かに動いている」は、違うのですのね)


(今日の診療所の子どもも、そうかもしれませんのね)


(先月と今月の間に——見えない時間があって、その中で何かが変わっていたのですのね)


(薔薇の葉も、同じですのね)


(いつ増えたかわからない、でも増えた)


(それが——「静かに動いている」ということかもしれませんのね)


(――殿下に、伝えたい、と思いましたのね)


(でも——書簡は、今夜、もう出しましたのね)


(次の返信の中に、入れますのね)


冊子を、文机の上に、戻した。


今日の月曜日を、思った。土曜日の「あったこと」が残っていた月曜日。「気合いの入った青」という、整える前に出てきた言葉。四枚になっていた葉。医師の言葉と患者の言葉が、並んだ冊子。


(――これが、今日の「あったこと」ですのね)


(月曜日の、積み重ねですのね)


(次の土曜日が、来週もありますのね)


(そして、その次の月曜日も)


(――曜日が、積み重なっていく、ということが、あるのですのね)


(以前は、なかった感覚ですのよ)

――――――


(第四十話 了)

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