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悪女は正しい  作者: Dちゃん
第二章「王都の病は数字に宿る」

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17/23

第17話 悪役令嬢、計画書を読む

土地収用計画書が届いたのは、第十六話の翌々日、午前の早い時刻だった。


精査委員会が都市整備課に発した「三営業日以内の提出」という期限が、ちょうど切れる日の朝だった。


書類は封印された状態で、ゲルハルト文官経由でレオノーラの元に届いた。表書きには「都市整備課 内部計画書類(写し) 精査委員会提出用」とあった。


オットーが封を解いた。レオノーラは表紙を確認してから、静かに書類を開いた。


「……来ましたわね」


「はい。三日目の朝です」


「ぎりぎりまで待ったのですわ。引き延ばしにはならなかった。ただ——」レオノーラはページをめくりながら言った。「出してきた、ということを確認しておく必要があります」


「出してきた、とは」


「不完全なものを出してきた可能性があります。計画書の写しが存在するなら、その原本と比較する必要がありますわ」


マリアが小声で言った。「……計画書って、どういう内容なんですか」


「それを、これから確認します」


```


──────


```

書類は三十一ページだった。


レオノーラは要旨から読み始めた。


表題は「王都外縁部公共施設跡地利活用計画 試案(第三稿)」。作成日付は二年前の十一月。作成者名義は「都市整備課」のみで、起案者個人の名前は記載されていなかった。


(第三稿、という記載があります。第一稿と第二稿がある。それが出てきていない)


要旨を読み進めた。


計画の概要は、王都外縁部の「老朽化または機能停止した公共施設」の跡地について、民間への売却または貸与を通じた「有効活用」を図るというものだった。対象施設のリストが、十七ページ以降に記されていた。


レオノーラはそのページを開いた。


対象施設は、九か所だった。


旧公共集会所(三か所)。廃止予定の小規模医療施設(二か所)。老朽化した倉庫施設(二か所)。整備未完了のまま放置されている空き地(二か所)。


(九か所。南区の診療所は——)


レオノーラは施設名の横に記された所在地を確認した。「南区第七地区 旧医療施設」。もう一つは「南区第九地区 公共医療施設(移転予定)」。


(南区の二か所が、この計画書の中にある)


手が、少しだけ止まった。


「南区の診療所が、この計画書に入っていますわ」


マリアが青ざめた顔で言った。「……エドガー先生の診療所ですか」


「おそらく。場所が一致します」レオノーラはページを戻した。「計画では、施設を『移転』または『廃止』とした上で、跡地を民間に売却する手順が示されています。買い取り価格の設定方法については——」


十九ページに、購入者の選定基準があった。


レオノーラはそのページをゆっくりと読んだ。


(「選定は都市整備課が推薦する事業者リストの中から行う」。事業者リストの作成基準は「都市整備課長の裁量による」と書かされています)


つまり、ゲオルク・ファール課長が購入者を実質的に選ぶことができる構造だった。


```


──────


```

「オットー」


「はい」


「ゲルハルト文官に、今すぐ連絡を入れてください。内容は三点です。一——本計画書は『第三稿』とあるが、精査委員会は第一稿・第二稿の提出も要求すること。二——計画書の二十ページに『事業者推薦リスト』の言及があるが、当該リストは今回の提出書類に含まれていない。別途提出を要求すること。三——計画書の対象施設リストに南区の医療施設が二か所含まれているが、そのうち一か所がブロッサー次官補の案件で補助金削減を受けた施設と一致するかどうか、精査委員会が確認すること。以上、今日中に」


「かしこまりました」


老執事は足早に部屋を出た。マリアが少し震えた声で言った。「……つまり、全部繋がってるんですね。最初から」


「計画がある、ということですわ」レオノーラは計画書に目を戻しながら言った。「補助金を削る。施設を老朽化させる。廃止・移転の名目を作る。跡地を自分たちの選んだ業者に売る。その手順が、この書類に書いてある」


「……それ、証拠じゃないですか」


「証拠の一部ですわ。ただ——この計画書自体には、直接の違法性はない。『試案』という形式で存在しているだけです。問題は、この試案に沿って実際に行動した者がいる、ということです。その行動の記録を照合することが、今日の仕事ですわ」


```


──────


```

午前中をかけて、レオノーラは計画書の対象施設九か所を、これまでの調査記録と照合した。


南区の医療施設二か所——ブロッサー次官補の補助金削減案件と一致することが確認された。


旧公共集会所三か所——そのうち一か所は、帝国の取引記録に「ヴァルテン不動産管理」が購入した施設と所在地が重なっていた。


老朽化した倉庫施設二か所——土木局の維持費削減案件として、西区の案件と同じ「七パーセント削減」が適用されていた。


(七か所が、既存の調査記録と一致する。残り二か所は——整備未完了の空き地)


その二か所の所在地を確認した。王都外縁の南東と北西、それぞれに位置していた。


(南東と北西。この配置は——)


レオノーラはメモに地図の略図を書いた。計画書の対象施設を点として打ち込んだ。


九つの点が、王都の外縁を弧を描くように並んでいた。


(これは、王都の外縁を区画単位で囲もうとしている。一か所ずつ取得して、繋げていく計画だ)


「……規模が想定より、さらに大きかった」


マリアが傍らで言った。「お嬢様?」


「南区と西区と周縁部が別々の話ではないと思っていた。ただ——想定していたより広い。九か所が点として存在していて、それが線になることを想定して配置されている」


マリアは地図の略図を見た。「……何のために、こんなにたくさん取るんですか」


「開発のためですわ」レオノーラは静かに言った。「王都の外縁を一つの連続した土地として取得できれば、大規模な再開発ができる。個別の施設の利権ではなく——王都全体の周縁部を、商業地区として造り変えることが、最終的な目的だったと思われます」


部屋に、しばらく沈黙が落ちた。


```


──────


```

昼過ぎ、ゲルハルト文官から返信が届いた。


「カール王太子殿下より。御提案の三点、精査委員会に即時指示しました。なお、殿下より追加の情報です。ゲオルク・ファール課長が本日午前、体調不良を理由に欠勤しています。代わりに課長代行が対応していますが、当該代行者はファール課長が先日個別面談を行った三名のうちの一人です。念のため御報告まで。以上」


(ファール課長が欠勤した。計画書を提出した翌朝に)


レオノーラは少しだけ、書類から目を上げた。


(逃げるつもりなのか、あるいは——圧力に耐えられなくなってきたか)


「オットー、ゲルハルト文官に返信してください。内容は一点。ファール課長の欠勤が三営業日を超える場合、精査委員会が直接出頭要請を検討するよう提案してください。また、課長代行として対応している人物を、参考人聴取の優先対象に追加することを委員会に進言していただくよう、殿下に御依頼ください」


「かしこまりました。……お嬢様、お昼は——」


「後でいただきます」


「……先ほど『後で』とおっしゃってから、一時間が経っております」


「では今いただきます」


老執事は一礼した。その礼には、かすかな安堵が含まれていた。


```


──────


```

午後、アドリアンへの書簡を書いた。


今日わかったことを整理する必要があった。計画書の内容。九か所の対象施設。王都外縁を弧状に囲む配置。帝国の取引記録との一致。そして——最終的な目的の推定。


書きながら、ふと気がついた。


(アドリアン殿下は、この規模を知っていたのかもしれません)


帝国での類似事例を持ち出したとき、アドリアンは「複数の国で同じ手口を使っている」と言った。それは、個別の施設の取得ではなく、大規模な開発計画が背景にあることを知っていたからこそ言えた言葉だったかもしれない。


(なぜ、最初にその全貌を教えてくれなかったのか)


すぐに答えが来た。


(……段階的に確認させたのかもしれませんわ。こちらが独自に辿り着いた結論の方が、証拠として強い)


それは合理的な判断だった。


レオノーラはペンを取り、書き始めた。


今日の書簡は、九行になった。




「計画書を受領し、対象施設九か所を確認しました。うち七か所が既存の調査記録と一致します。施設の配置を地図上で確認したところ、王都外縁部を弧状に囲む構造が見えてきました。個別施設の取得ではなく、外縁部を連続した地区として再開発することが最終目的であった可能性があります。帝国でも同様の配置があったかどうか、確認をお願いします。また、ゲオルク・ファール課長が本日欠勤しています。計画書提出の翌日です。精査委員会が対応を進めています。なお——今日初めて、この案件の全体像が見えた気がします。それが正しいかどうか、直接確認したいことが一点あります。引き続き、記録として」




書き終えて、後ろから二行を読み返した。


「なお——今日初めて、この案件の全体像が見えた気がします。それが正しいかどうか、直接確認したいことが一点あります」


(「直接確認したいこと」と書いた。これは——実務上の依頼ですわ。帝国での配置の確認は、直接会合の方が効率が良い。それは事実です)


(ただ)


消す理由を探した。やはり見つからなかった。


封をして、オットーに渡した。


「帝国の使節団に、今日中に届けてください」


「……今日中に、でございますか」


「配置の確認は急ぎますわ。ファール課長の動きが読めない今、時間を惜しむべきです」


「さようでございますか」老執事は一礼した。「御意でございます」


彼は扉を閉めて、廊下に出た。今日の「今日中に」が、実務上の理由を正確に持っていることを、三十年の経験が知っていた。


(ただ——九行、でございました。これまでで、最も長い)


そしてその最後の一文が何を意味するか、老執事はやはり考えないことにした。


```


──────


```

夕暮れ時、窓の外の王都が橙に染まり始める頃、帝国の使節団から短い返信が届いた。


三行だった。




「計画書の内容、確認しました。帝国での配置については、確認できます。直接お会いして確認したいことがある——私も、同じ一点があります。日程を調整します。引き続き、記録として」




レオノーラは、その三行を読んだ。


「私も、同じ一点があります」


(……同じ一点)


実務の確認と、実務以外の何かが、今日も一行の中に並んでいた。


それがどちらを指しているのかは、やはり今日も定かではなかった。


(わからないことは、調べればわかる)


ただ、「調べる方法」が今日も定まっていなかった。


窓の外の王都に、いつものように南の灯りが見えた。南区の診療所は、補助金の凍結解除により、今も機能し続けているはずだった。西区の水路は、雨季を乗り越えたはずだった。周縁部は——まだ、その先が続いている。


九か所の施設が、弧を描いて外縁に並んでいる。その弧が閉じられる前に、止めなければならない。


(まだ、仕事は終わっていませんわ)


レオノーラは机の端の帝国からの書状に、一度だけ目を落とした。それから次の書類を引き寄せた。精査委員会への追加提出用、計画書の照合メモの清書だった。


今日も、仕事は終わっていなかった。


```


──────


(第十七話 了)

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