第七章 其の一 無法地帯のカレーには気をつけろ
迷宮が新たに発生したのはイチ達の住む王国から南東にある元ニエンズ王国領、現ドート自治区であった。そこは自治区とは名ばかりで、実際はどこの国が治めるべきか平衡の話し合いが続いているせいで長らく放置された土地である。そのため各国の書類上は住人などいないこととなっているが、盗賊、暗殺者、悪魔信仰者や脱走兵など法の下では到底安寧に生きられぬ者達が巣くう無法地帯となっていた。
通常迷宮が発生すればその土地の管理者、即ち国の監視下に置かれる。アリーシャエンターテイメントは各国と交渉し特別に許可を得て、攻略者に迷宮攻略を行わせている。しかし、今回迷宮が発生した土地は、前述の通りどの国にも属していないので攻略者や兵士など特別な資格がなくとも自由に迷宮に入ることが可能となる。
そして重要なのは、そこで見つかった如何なる物も自分の物に出来るという点だ。
傭兵や盗賊、攻略者も腕に覚えがある者は蜜にたかる虫のようにそこへ集まる。
例にもれず、イチ達も財宝を求めドート自治区へ向かっていた。
国境付近まで馬車を乗り継ぎ、方位磁石を頼りに森を突っ切れば五日程度で目的地に辿り着くことが出来るのだが。
「…ここはどこだ」
イチ達は遭難していた。
最低限の食事のみでかれこれ二日森の中を彷徨い、体力は限界に近い。
「一体何がどうしてこうなった」
「私の記憶が正しければ、誰かさんが怪鳥に攫われたせいだ」
「付け加えれば、その際に食料と方位磁石を落としたせいだ」
「そんな間抜けがこの世に存在していたなんて…!驚きだぜ…」
「お前のことだよッ!」
空腹のイラつきも相まってイチは少々厳しめのお灸をすえられる。
「実際問題、どうすんだよこの状況」
「どうするって言ってもな…。現在地と方角がわからないと、この森からは出られねえぞ」
「早いとこどうにかしねえと、サクヤが空腹のあまり野生に戻りかけてるぞ」
「ハラヘッタ、オデ、ニク、クイテエ」
「おーよしよし。肉は無いがクッキーをやろう。文明が産んだ保存食だ。よく味わえ」
「クッキー、美味シイ、コレガ文明?私ハ、人間?」
「そうだ。お前は誇りある文明人だ。理性を取り戻せ」
「…一刻も早くこの状況を打破しないと」
「お困りのようだなゾイド。このイチ・アマノ、今しがた妙案が浮かんだぜ」
「期待はしないが言ってみろ」
「今いる場所と方角がわかるもの…そう!星だ!その昔、船乗りたちは星を頼りに広い海原を渡ったらしいじゃないか。星を見ればここの場所や方角だって」
「どこに空があるってんだ?」
ゾイドは眉をひそめながら頭上を見上げる。
四人の上には木々の葉が鬱蒼と生い茂り、陽の光は複雑に重なり合った枝葉のほんの隙間からしか拝めない。どれだけ目を凝らしても到底、星など見れるわけがない。それ以前に今は昼間だ。星が空に浮かぶのはまだまだ先。
「こういう時のために俺のスキルがあるんだよ」
『一度限りの模倣・星々からの信号』
イチは星々の動きや位置を、視覚だけでなく五感全てで感じ取る。今のイチには宇宙がとても身近なもののように感じることができた。どこまでも広がる真っ暗な無の世界。音も無く空気も無い、そんな世界に点々と存在する神秘の塊。一つ二つと数えていくうちに、気づけば星々は自分の周りに無限と思えるほどに存在していた。どこからか突然に湧いたわけではない。彼らはずっと前からそこにいた。無の世界。なんて愚かな思い違いをしていたのだろう。音や空気が無いことがどうしたと言うのだろう。所詮そんなものは一人の人間の、矮小な命の傲慢な主観でしかない。
ここには彼らが、そして自分がいる。こんな満ちた世界があるだろうか。
この世界を彼らと自分が作り、自分の世界に彼らがいる。我々は干渉しあっている。だがそれよりもっと強い結びつきを感じた。彼らがいなくてはこの世界は成り立たない。自分がいなければこの世界は存在しない。
どこまでも広がる神秘と奇跡の連鎖。そんな途方もない連鎖の一部に我々は組み込まれている。
ここにいる喜びを称える言葉はこれしかない。
「ビックバン万歳ッ!」
「錯乱してないで戻ってこい!」
気を取り直して、イチはもう一度星の位置を確認する。
「それで?どっちに行けばいい?」
「えっとな……星がどこにあるかはわかるんだけど…そもそも俺、星の見方なんて知らないんだった」
「この間抜けッ!」
さっきから何一つとして現状が好転していない。それどころか無駄に体力を消費している現実にゾイドは危機感を覚え、取り乱す。
「どうすんだ!このままじゃここに永住することになるぞ!」
「落ち着けゾイド。まだ俺に名案がある」
「…くだらない考えだったら承知しないぞ」
「大丈夫だって。それじゃまずは…全員でみっともなく喚き散らすぞ」
「アンジー、メイス貸してくれ」
「待て待て。説明くらいはさせてくれ」
「仕方ない。遺言くらいは聞いてやろう」
「この辺りには盗賊とか色々な奴がいるんだろ?そいつらならここらの地理にも詳しいはず。だけど盗賊が親切に道を教えてくれる訳がない。そこで、遭難したカモのフリをして盗賊でも何でもおびき寄せて後は」
「襲ってきた奴をボコって吐かせればいいってわけか」
「仮に猛獣が来ても美味しく頂いちゃうって寸法だ」
「そゆこと」
やる気を見せる三人を前にもう止められないことを察したゾイドは無事に帰れるよう一人静かに祈った。
雄大に佇む木々の間に情けない叫び声が響き渡る。
「もうダメだ…!私達はここで死んじゃうんだ!」
「畜生…!誰でもいい、誰かいるなら返事してくれ!」
「だれかーたすけてくれー」
「ヘイ!ゾイド!何を照れてやがる!」
「ちっぽけな尊厳なんて大自然の前には無力なんだから!」
「誰もがお前らのようにノータイムで恥を捨てられる訳じゃないんだよ」
「ったくしゃあねえなぁ。イチ!手本を見せてやれ!」
「よっしゃ。しっかり見とけよ」
喉の調子を整えるとイチは糸が切れた操り人形のように両膝をつく。そして雷に打たれたように天を仰ぐ。
「誰かぁっ!助けてください!まだまだやり残したことがあるのに!神様…いないのですか⁉嫌だ…俺はこんなところで終わるような男じゃない!死にたくない……死にたくない…ッ!」
涙、鼻水、涎、顔から垂れ流せるものは全て垂れ流しながらイチは泣き喚く。まさしく絶望の底にいるかのようないたたまれなさを醸し出す。そこに救いがあるのならどんなにか細い糸でも掴みそうな勢いだった。
そんなイチを見てサクヤとアンジーは感心する。
「流石はイチ。演技派だぜ」
「悲壮感が違うよね」
三人がコントを繰り広げていると、すぐ側の茂みから物音が聞こえてきた。
イチ、サクヤ、アンジーは互いにアイコンタクトを取りあう。茂みの音からこちらに向かっている人物が出てくる地点を瞬時に導き出し、そのポイントを包囲する。ゾイドは三人がポカをやらかした時に備え、少し離れた所で行く末を見守る。
茂みから頭が見えた瞬間、三人は一斉にのしかかる。突然のしかかられた人物は「ぐえ」とカエルが潰れたようなうめき声を上げ、三人の下敷きになる。その声にイチ達は首を傾げる。
「ん?この声、聞き覚えがあるような…」
恐る恐る自分達の身体の下にいる人物を確認してみる。その人物は幼さの残る均整のとれた美しい顔つきをしており、その顔をイチ達は知っている。またその身を包んでいる道着にも見覚えがあった。というより、彼はイチ達の元弟子であった。
「ジュン…⁉」
「皆さん、お久しぶりです。お元気そうで何より、です」
青年の名はジュン・サンハニー。魔物を前にすると極度の恐怖に襲われ、思うように活躍できずにいた攻略者だった。イチ達に弟子入りし、ある出来事がきっかけで恐怖を乗り越え今ではパーティーの前衛として着実に力をつけていると専らの噂だ。
「何してんだよこんなところで」
「何って、助けを求める声が聞こえてきたので様子を見に」
「ここにいるってことは、お前も迷宮に行くのか?」
「はい。少しでも経験を積むために、リーダーと一緒に」
「リーダー?ということは…」
イチ達が同じ顔を思い浮かべると茂みから勢いよくもう一人飛び出してくる。
「やあ皆!待たせたね!友の叫びが聞こえて来たなら例え火の中水の中!迷宮の最奥だろうと駆け付ける!義の剣士、『無骨なる薔薇』ロンソルト只今参上!」
ジュンが所属する『麗しき箱庭』のリーダーであり、『無骨なる薔薇』の通り名を持つロンソルトはいつもの如く決めポーズを取る。
「……人間としての矜持より今日の飯!プライドなんぞは海の底、地の果て、道端に置いてきた!権力の犬、『土下座の』アマノここにあり!」
「張り合うんじゃねえ」
「張り合えてるの、これ?」
イチとロンソルトがポーズを取り合う中、またまた茂みから、今度は女性が顔を覗かせる。
「リーダー、何度も言いますが突っ走らないでください」
『麗しき箱庭』の後衛であるウィズが息を切らし、怒りを露わにしながらロンソルトへ詰め寄る。その後ろに続き姿を現した人物を見てサクヤは目を丸める。
「リィちゃん!」
その少女、『龍少女』リィは最強のパーティー『竜の爪』所属で勇者だったサクヤと共に幾度も迷宮を踏破している。サクヤがパーティーを抜ける際、いざこざがあり一時疎遠となっていたが今では仲直りしパーティーメンバーではなく、対等な友人関係を築いている。
「お?なんだお前も『麗しき箱庭』に移ったのか?」
「違う。私も修行に来たの。本当はシュラと来る予定だったけど」
言葉を途中で切ると、リィは何かを思い出し頬を膨らます。シュラの性格を知るサクヤは二人の間で起こった出来事を察し「ああ」と苦笑いをする。
「ケンカしちゃったんだ」
「…だから黙って一人で行こうとしてたら、そこのロンソルト、さん…に誘われたの」
「天才拳士と言えど、さすがに場所が場所だからね。僭越ながらお供させて頂いてるというわけさ」
「なるほど。お前達とこんな辺鄙な場所で出会った訳はわかった。だが、今はもっと大事なことがある」
全員の注目を集めると、イチはサクヤ達に目配せする。一瞬、何のことかわからず首を傾げるサクヤとアンジーだったがすぐさま理解し頷く。やや遅れてゾイドが三人の意図を察し、渋々ながら同調する。四人はロンソルト達の前に横一列で並び、正座をする。
掛け声もかけていないのに、四人は同時に両手をつき、遅れて頭も地面につける。
「どうか我々に飲み物と食べ物をお恵みください」
有言実行。大切なのはプライドより今日の飯である。
ロンソルト達から恵んでもらった缶詰や干し肉を食べながら森を抜けると、半円を描くように開けた平地へと出た。そこは露店が立ち並び、小さな市場のような賑わいを見せていた。露天商達は左右にそれぞれ並び、中央には自然と一本の大きな通りが出来ていた。その先には小さな洞穴があった。あれが迷宮への入り口だろう。
イチ達は想定外の賑わいを見せる迷宮前の様子に面食らう。
「こんな場所にまで来て商売とは。皆さん、根っからの商売人なんですね」
純粋なジュンとは正反対にイチ達は表情を曇らせる。
「売ってるのは食べ物、武器、薬…骨董品まであるぞ」
「あの薬草、依存性が強すぎるって禁止されたやつだ。あの毛皮も。絶滅危惧種のものじゃねえか。どれもこれも所持するだけで犯罪だぞ」
「私達の国ではね」
「まさしく無法地帯だな。盗品もここでならさばけるわけか」
どこの国にも属していない。それはどこの国の法にも縛られないということ。イチ達はその意味を実感する。
無法地帯と言えど、普段はここまで大っぴらに商売はしない。だが迷宮によって人が集まり、物が集まり、金が集まる。金は簡単に人を魅了し、狂わせる。倫理観など風に飛ばされる塵のように消え去る。この辺りを取り巻くのは正義の心などという胡乱なものではなく金というただ一つの真実だけ。
ロンソルトはイチ達と違い落ち着いた様子で露天商を端から順番に見ていく。
元締めは、あの人物かな。
無法の地で金を以てしても制御出来ないものがある。それは暴力だ。
持つ者は奪われ、持たざる者すらも奪われる。そんな獣のような衝動を制御するのもやはり暴力であった。この場で違法か合法かは問わずに、商売が成り立っているのは暴力を制御する圧倒的な暴力が存在するからである。
今回その暴力を持っているのはロンソルトが睨んだ通り、薬を売っている露店の後ろで煙を吐いている野獣のような雰囲気を放つ男である。男はここら一帯では最大勢力を誇る盗賊団の頭領だ。今は大人しく商売を成り立たせるために場を治めているが、本質は奪う者。真の狙いは迷宮から帰って来た者から財宝や秘宝を奪い取ることだろう。その男以外にも自らは迷宮に潜る様子は無く、あわよくば財宝をせしめようという魂胆が透けて見える者達がちらほらいた。
周辺にいる者達を吟味する中、ロンソルトはある一団に目を止める。
彼らは人の目を避けるよう木の陰に隠れ身を休めていた。
一見すると単なる財宝目当ての傭兵のようだが、ロンソルトの見解は違う。
武具をよく見ると手入れが行き届いており、まるで穢れを知らぬ乙女かのような気品があった。また不必要な豪華な装飾が施されており、鞘にはどこかの家紋と思わしき紋章が付いている。通常の武具とは比較にならないほど高価なものであることが見て取れる。あれほどの武具を揃えられるほどの財力があるのなら、危険を冒してこんな辺鄙な所まで稼ぎに来る必要はないはず。ジュンやリィのように修行に来たという雰囲気ではない。
どこかの没落貴族が傭兵稼業でも始めた可能性もあるが、それは恐らく違うだろう。
その理由は、時折周囲にやる、犬畜生を見るような冷え切った目だ。あの傲慢な気位の高い目をする存在をよく知っている。やたらと高価な武具と合わせて考えると、彼らの正体は恐らく何処かの国の騎士だ。傭兵を装い、素性を隠しているのは他国からの非難を避けるためであろう。各国間で不可侵条約が結ばれているこの地域は正式に申請をしなければ、騎士の派遣が出来ないのだ。
ここでの問題は、素性を隠していることではない。他国に黙ってまで一体何をしようとしている。
国際的犯罪者の確保か。そうでないとしたら、やはり迷宮内の財宝か。
迷宮内に何があるというのだろう。
やはり、彼を呼んでおいて正解だったか。
ロンソルトが迷宮に魅入られた者達を警戒する中、イチ達は露天商達から離れ野営の準備に取り掛かる。全員の頭を悩ますのはやはり食料問題だった。イチ達は食料を失い、ジュン達が持ってきた食料も全員で分け合うと今日と明日くらいは持つだろうが、帰りのことも考えると到底足りない。
「どうすっかな…どうやっても足りねえよな」
「森で獣でも狩る?」
「この広さの森で獣を見つけて狩るのは現実的じゃねえな」
「僕の非常食でよければいくらでも譲るのだけど、これ、あまり好評じゃないんだよね」
そう言うとロンソルトは懐から袋を取り出し、小さな泥団子のようなものを手に乗せる。
「何だこれ?」
「兵糧丸というものさ。複数の薬草と穀物を練り合わせていて、これ一粒で一食分だね」
「ほお、優秀だな」
「しかし、不味いと」
イチ達四人は試しに一粒を分け合い食べてみる。
「…どうですか?」
「不味くは無いっつーか、味がしねえ」
「噛み応えはあるし、お腹も膨れるけど」
「その分虚しさが半端ねえ」
「非常時以外は進んで食わねえな」
結論としてロンソルトの兵糧丸を食べるのは最終手段ということになった。
議論はまた振り出しに戻り食料の入ったバッグを囲み四人はうんうん唸る。
四人が石像のように頭を傾けて固まっていると、黒い影が四人の間を通る。
気づけば中央にあった食料がバッグごと無くなっていた。急いで影の行く先を目で追うと、嫌でも目につく派手な色をした鳥が飛び去って行く。それはイチを連れ去った怪鳥に似ていたが、大きさが違う。今イチ達が目にしている鳥は全長が人の腕程しかなく到底、人を連れ去ることなんて出来ない。もしかすると、今食料を奪い去った鳥とイチを攫った鳥は親子なのかもしれない。
だがそんなことはイチ達にとって至極どうでもよく、彼らの心を占めるのは食料を奪われた怒りだけだ。
「あのボケ鳥が!調子に乗りやがって!」
「人間様の恐ろしさ味合わせてやるわ!」
「今日の晩餐は野鳥のフルコースじゃッ!」
鬼の形相でイチ、アンジー、サクヤの三人は怪鳥を追う。
「ちょっと三人共!迷子になる前に戻ってきてくださいよ!」
ジュンの忠告が聞こえているのかいないのか三人は森の奥へと駆けていく。
「…大丈夫でしょうか」
「なに、あいつらなら野生でも立派にやっていけるさ」
「拾ってきた犬じゃないんだから…」
ゾイド達がテントを立て終え、陽が水平線の淵で赤く燃える頃、イチ達が森の奥から帰還する。
「…ただいま」
「結局、食料取り戻せなかった」
「これ、途中で拾った野草とキノコ」
「お疲れさん。今日の晩飯は野草とキノコのフルコースか…豪勢だな」
「慰めはいらないです」
イチ達がしくしくと泣き始める中、周囲に食欲を刺激するスパイスの香りが漂い始める。
香りのする方を見てみると数人の男達が大鍋でカレーを作っていた。その男達に見覚えがあるらしく、ロンソルトは目を凝らす。
「彼らも攻略者だね。確か『禍ツ蜘蛛』が率いる『裏路地の悪童』のメンバーだったかな」
『裏路地の悪童』はリーダーの『禍ツ蜘蛛』を含め合計三名の通り名持ちがおり、パーティーの特徴は何といっても金品に目が無く、そのためならば他の攻略者の妨害も辞さない。今回は通り名持ちの三人は来ていないようだが、それでも何をしてくるかわかったものではない。彼らの悪評はその場にいる全員が承知しており、緊張が走る。
しかし、カレーを作っている彼らはイチ達と目が合うと愛想のいい笑顔を浮かべ近寄ってくる。
「あのぅ突然失礼何ですが、もしかしなくても皆さんあの自由の冒険団じゃないですか?」
「そうだけど?」
「うわぁ!こんなところで会えるなんて嬉しいなぁ!今僕らの間で人気沸騰なんですよ!型に縛られない自由な生き様!しかも揃いも揃って美男美女!まさに勝ち組!」
「ええ?またまた~」
「お近づきの印に良ければカレー食べますか?これでも結構味に自信あるんですよ?」
「そんな、いいのか?」
「ええ、もちろん」
「かたじけねえ…!」
「こんなところで人の優しさに触れられるなんて」
「あったけぇ…なんてあったけぇんだ」
「いえいえ攻略者同士、困った時はお互い様ですよ。あっ他の方々もどうです?」
男の誘いにロンソルトは首を横に振る。
「いや、僕らは遠慮しておくよ。悪いね」
また他の三人もロンソルトと同様に彼らのカレーは遠慮するらしい。
「そうですか…残念です」
そうしてイチ達四人の前は男達と共にカレーを食することになった。男達の用意周到さは予想以上で折り畳み式のテーブルやイスまで持ってきており、イチ達と男達、限界まで身を縮め肩を寄せ合いながら八人でテーブルを囲む。
「いやあ悪いね。ご馳走になっちゃって」
「気にしないでくださいよ。あの憧れのアマノさんに手料理を振舞えるなんて。皆に自慢じちゃおうかな。なんて」
「もう、口が上手いんだから。この素直さ、ホント、お前らとは違うぜ。食料は無くすわ迷子になるわ。お前らといると碌なことがねえぜ」
「元凶はお前だよッ!」
アンジーとゾイドに打ち上げられイチは華麗に宙を舞う。その見事な背中の反り具合は全員の目を奪うほどだった。
よろけながらイチはまた席につき何事もなかったかのように全員に食べるよう促す。
イチ達がカレーを口に運ぶのを見ながら男は内心、ほくそ笑んでいた。
全くバカな連中だぜ。
誰がテメエらのファンなもんかよ。お前らのカレーには強力下剤が入ってんだよ。厄介なテメエらには迷宮へ入る前に退場してもらうぜ。金銀財宝は俺らのもんだ。バーカバーカ。
カレー食って下痢ピーになってな。おっと俺としたことが、これから食事だってのに下品だったぜ。うーんこの香り、我ながら絶妙なスパイスの配合。たまらんね。
男達もカレーを食い、二口目を口にしようとしたその時。異変が起こった。
はうっ!こ、この腹の痛みは…まさか!
見れば男の仲間全員に同じ症状が起きていた。
「おやおや?どうしたのかな。調子が悪いみたいだが」
そこにあったのは四つの悪魔の顔。悪魔達を襲うはずの腹痛は男達に起こっていた。
「お、お前ら…!皿を、入れ替えたな…!」
「ああ、さっきあなた達のカレーに虫が止まっていたから、こっそりとね」
「私らのファンに虫が止まったカレーを食わせるわけにはいかないもんな」
クソ、いつのまに。
男は自分の行動を振り返り、カレーに目を離した瞬間を探す。男達の全員がカレーから目を離したのはイチが宙を舞ったあの一瞬だけだ。
あの短い時間で四人分の皿を入れ替えやがったのか…!
「皿を入れ替えたところで問題はないだろ?」
「毒を盛ってるわけじゃあるまいし」
ケケケケケケと悪魔達は仲良く笑い声を共鳴させる。
「畜生…!憶えてやがれ!」
男達は一目散の森の奥へと駆けていく。それを見届けると四人は早速動く。
「よしっ。お前達、食料を確保せよ!」
「干し肉確保!」
「乾パン確保!」
「こ、これは!酒!隊長殿!酒を発見致しました!」
「何ィ⁉でかしたイチ!」
男達の荷物から食料を拝借する四人を見てジュンは顔を引きつらせる。
「いいんですかね?あれ」
「仕掛けてきたのは相手方だし…郷に入っては郷に従え、とも言うけどね」
「あの人達に目をつけたのが間違いなのよ」
思わぬ戦利品を手に入れた四人は酒盛りをおっぱじめ、そのどんちゃん騒ぎは夜更けを過ぎても続けられた。
夜が明け、ジュンがテントから出ると青黒い顔で地面に突っ伏す四人の姿があった。
「どうしたんですか!?まさか食料に毒が…!?」
「いや、これ二日酔い。すいません、水を持って来てください」
がっくり肩を落とすジュンの背後から「くははっ」と喉に物がつっかえたような笑い声がした。
「こんなところで二日酔いとは噂通り豪胆な奴らだな」
そこにいたのは『万屋』と呼ばれる男だった。




