第七章 其の二 万屋の流儀
『万屋』ライアン・ウィード
彼はどこのパーティーにも属していない単独攻略者である。
元傭兵の経歴を持ち、体術剣術魔術をはじめ、ありとあらゆる技術を修得しており、その万能性を活かしあらゆるパーティーの助っ人として活躍している。
予想外の通り名持ち攻略者の出現にジュンは困惑する。前日の件もあり、必ずしも攻略者が味方であるとは限らないと思い知らされた。間合いを図りながら、怪しい動きがあれば即行動に移せるような態勢にし、相手の出方を窺う。
「えっと、あなたも迷宮の財宝が目当てで来たのですか?」
ジュンの言葉と警戒態勢を見て、今度はライアンが困惑する。
「ん?ロンソルトの野郎…まさか説明してねえのか?」
「やあ!ライアン君、待っていたよ!」
テントから出てきたロンソルトは両手を広げ男を迎える。
「おうロンソルト。悪いな本当はもっと早く合流するはずだったんだが、急な用件で遅れちまった」
ライアンはロンソルトの腕をするりと躱し遅刻の非礼を詫びる。
「それより、お前な、俺のことこいつらに言ってねえな?情報共有はしっかりしてろって前から言ってるだろ」
「ちょっとした…サプラ~イズってとこかな?ということでみんな、ご存知かもしれないけれど、彼はライアン・ウィード。通り名は『万屋』。万が一に備えあらゆる状況に対応できる彼に助っ人として来てもらったんだよ」
「よろしくな。…それで、状況は?」
ライアンは盗み見るように周囲を確認する。
一見すると各々他人を気にせず迷宮への準備を進めているようだが、ふつふつと僅かに殺気立っており、ナイフで突かれているかのようなピリピリとした肌の感覚が警告を促す。
攻略者同士でも牽制しあうことは時折あるものの、これほど殺気が漂うことはない。まるで戦場のような雰囲気にライアンも攻略者から傭兵へと纏う空気を変えていく。攻略者と傭兵、その二つの戦い方の違いを知っているのはロンソルトもだがライアンと違い、彼はいつものような調子だった。
「今は幾つかの集団からそれぞれ先行隊が出て、軽い下見に行っているみたいだよ。それを帰ってくるのを待っているけれど…もし帰って来ないとしたら」
ロンソルトは表情と声色を沈める。迷宮攻略でも不慮の事故はつきものである。だがそれでも命が消えるという口の中に広がる独特の苦みには慣れることはない。
そんな表情を沈めるロンソルトをライアンは旧友として、また元傭兵仲間として励まし、叱咤する。
「まあ、そん時はしゃあねえわな。切り替えて行け。いちいち気に留めていたら俺達はとっくの前にお陀仏だ。そうだろ?」
「うん…そうだね」
「それより問題は俺達があの迷宮をどう攻略するかだ。…ちなみにそこの酔っぱらい達は置いていっていいか?」
薄ら笑いを浮かべライアンはイチ達を顎でさす。
そこまで言われてイチ達が大人しく引き下がるわけがなく。弱々しくも重い身体を持ち上げ、虚勢ながらも笑みを作る。
「安心しな…こんな時の対策はバッチリだぜ……アンジー」
「…おう」
イチの声に応じ、アンジーはポケットから四つの小瓶を取り出す。中には絵の具を溶かしたような青色をした怪しい液体が入っていた。それがアンジー特製の薬だとわかったのは以前に彼女の家で似たような物を目撃したリィぐらいだった。
アンジーはイチ達に瓶を投げ渡すと四人は一斉に液体を喉の奥へと流し込む。
すると先程の鈍い動きが嘘のようにすくっと立ち上がりジュン達に背を向けると、四人はそれぞれ別々の方向へ森の奥に行進していく。
しばらくして四人は身体中の毒素を排出してきたかのように晴れやかな顔をして戻ってきた。
「ふう、すっとしたぜ」
「一体森の奥で何を…」
「何となく分かる気もするけど、考えたくない」
酔っぱらいの事情を知らないリィだけが小首を傾げ、その他は想像しないように四人から世を背けるばかりだった。
四人も復活したところで、一同は迷宮攻略の準備に入る。
「さて、早速だが迷宮に入るにあたって、まずやらなきゃいけねえことがある。何かわかるか?」
ライアンの質問にイチ達は顔を見合わせ、それぞれ思うままに答える。
「魂を込めた祈祷」
「遺書の用意」
「死亡フラグの回避」
「そんなもんは各自で勝手にやれ。おい誰かマシな答えあるやついねえのか」
「メンバーを少数に分けることだろ。迷宮内の広さがわからねえと何とも言えねえが、あの大きさの洞窟じゃ九人も固まって動けば戦闘はおろか移動もままならない。数のメリットよりデメリットが多すぎる」
「さすが元兵士だな。多数での立ち回りをよく理解している。ゾイドが言った通りだ。とりあえず三人ずつに分かれるぞ」
「まずは先頭を行く三人を決めようか。何が起きるかわからない迷宮内、戦闘力も大切だけれど何より柔軟性に富んだ者が適しているね」
「一人は俺だな。探索や調査はこの中で俺が一番慣れてるし、第一このために俺が呼ばれたからな」
「俺も行く。先陣に立ち盾となるのは兵士の役割だ」
順調に二人決まったところで最後の一人を誰にするべきか互いに互いの戦力を考慮し、誰が最適か探り合う。そんな中、決意した顔でジュンが手を上げる。
「あの、僕に行かせてください」
ジュンの申し出に対しロンソルトは快諾しなかった。
「ジュン君、君は前とは比べ程にならないほど強くなっている。しかし、今回の迷宮はいつもと違い、帰還の魔石も無い。あらゆる危険が君を襲うだろう。それでも、行くというのかい?」
「力不足なのはわかっています。でも、それを理由にしたら永遠に変われないと思うんです」
「わかったよ。くれぐれも無理はしないようにね」
「はいっ」
議題は次の三名へと移る。
「真ん中の三人は前後のフォローが出来る者がいいね」
「だったら私だな。こう見えても支援は得意だ。イチ、お前も来い。お前ならスキルで対応出来るだろ」
「はいはい。行かせていただきますよ」
「イチとアンジーか…ちょっと攻撃力が安定しねえな」
「だったら、リィちゃん、頼める?」
「うん。任せて」
「それじゃあ最後方は僕、ウィズ君、そしてサクヤ君だね。何があっても君達の退路は必ず確保する」
「頼りにしてるぜ『無骨なる薔薇』」
「さぁて、メンバーも決まったことだし行くとするか。いざ、危険と未知とロマン溢れる迷宮へ」
それぞれの不安や緊張を取り払い、冒険への活力を鼓舞するようイチは力強く宣言する。
「冒険の始まりだぜ」
迷宮へと入っていく一同を周りの者達は干渉することなくただ眺めていた。その目にはおおよそ感情というものが見られず、ただ目の前の事象を捉えるだけの、実験用ラットを観察する科学者のようであった。彼らはイチ達を第二の捨て石とした。
彼らにとって未知や危険溢れる冒険は愚か者のやることであった。
だからこそ彼らは決して得ることが出来ない。愚かの先にある黄金すらくすむ煌めくロマンを。
迷宮内は特別な異空間に繋がっているわけでなく一見すると単なる洞窟のように思えた。薄暗く、肌寒い。つま先で蹴った小石の転がる音がやけに反響する。どこにでもある洞窟だ。
また大きさはゾイドの想定通り横幅がそこまで広くはなく、精々人が五人並べるかといったところだった。戦闘となると三人でも窮屈に感じる程で、ゾイド達はライアンを先頭にし、その左右後方をゾイドとジュンが付いていく三角形のような布陣を組み慎重ながらも確実に歩を進める。
「…罠どころか魔物にすら会わないですね。案外簡単な迷宮だったり」
「んー、そうだな」
ジュンは淡い期待を抱きゾイドに同意を求めるが、そのゾイドは上の空で返事をする。気になることでもあるのか先程から頻りに何かを追うように辺りを見回している。
「ゾイドさん?どうしたんですか?」
「いや、大したことじゃないんだ。少し妙なことが」
「…風か?」
二人の話を聞いていたライアンは声だけを後方へとやる。その言葉にジュンは首を傾げる。
「風?」
「さっきから風向きがころころ変わってる。前後左右上下関係なく、しかも不規則に」
「まあだからと言って不都合がある訳じゃ無いが、もしかするとこの迷宮まだ不完全なのかもな」
「不完全、ですか…」
「迷宮がまだ広がり続けてるってわけだ。今、この場所が消えることは無いが、急に地形が変わったり突然強力な魔物が出現するかもしれないから気は抜くなよ」
ライアンが警告を促したのを見計らっていたかのように岩肌の裂け目から魔物が姿を現す。
ライアンは傭兵として数々の危険を乗り越えてきた。昼夜問わず五日間続いた不規則な襲撃、魔法や火薬や毒などあらゆる罠が仕掛けられた要塞への侵入、その経験の中で聴覚と肌や足裏の感覚で視覚以上の空間把握が可能となった。
そんな彼の感覚では岩の裂け目に空間など当然無い。いや無かった。
空間はたった今出現したのだ。
次々と這い出てくる魔物を三人は狼狽えることなく見せず堂々と迎えうつ。ライアンは右手にナイフを逆手で持ち魔物の数を数える。
小鬼が十匹。さてどうするのが最善か…。
苔のような肌色をし、子供のような体躯に乗っかったアンバランスな大きな頭。細長い手足の先には猛禽類のような鋭い爪があった。道具を用いる姿も多く見られているが、そこらの刃物より奴らの爪は危険だ。そして何より厄介なのが奴らは戦術を用いる。徒党を組み、役割を決め、獲物を狩る。
今も小鬼達は前衛と後衛に五匹ずつ分かれ、後衛の連中は手頃な石を持ち投擲の姿勢を見せる。ライアンは一度距離を取るべきか、それともゾイドを前にして強引になぎ倒すか、思案する。だが彼が結論を出す前にゾイドが動いた。
ゾイドは盾を持っている腕を引き力を溜める。力が最大まで溜まるとそれを一気に解き放つ。盾で地面を殴りつけるとズドンと腹の底まで揺らす衝撃音が洞窟内に反響する。だがそれ以上に何も起きずしんと静まった空気が流れる。
不発。
そう思い油断した次の瞬間、石を手にした小鬼達の足元が火山が噴火するかのような勢いで弾ける。
『牙城への衝撃』
ゾイドのスキルによって陣形を崩され混乱する小鬼達。隙だらけのその様子はどうぞ殴ってくださいと言わんばかりであった。
ジュンは即座に距離を詰め、勢いそのまま前蹴りでまず一匹目。宙を舞う仲間の姿に狼狽える隙を逃さず裏拳で顎を打ち抜く。これで二匹目。さすがに状況を呑み込んだ一匹が跳びかかる。骨ごと抉るように爪を立て、最短距離で腕を振り下ろす。
しかし、ジュンは冷静だった。
振り下ろされる腕を両手で掴み、その腕の下に自分の身体を滑り込ませ、小鬼を背負うような形をとる。そして自身の両腕をまるで刀を振るように真下におろし、受け身を取らせぬよう頭から地面へと落とす。
『地獄投げ』
これで三匹目。
小鬼達は三人から距離を取り残った者達で固まる。もう作戦を立てるどころではない。残った五匹でもう一度前衛と後衛に分かれても今と同じ結果になるだけだ。
そんな魔物達が出した答えは、玉砕覚悟の特攻。それぞれ思うまま出鱈目に突撃してくる。
ジュンとゾイドは迎え撃つ構えを見せるが、ライアンは二人の前に歩み出て控えているようジェスチャーを行う。
「動きはいいが、ちょいと詰めが甘いな」
ジュンやゾイドの攻撃を受けた小鬼を見ながら呟く。
今すぐに動くのは不可能だがまだ息がある。最期の力を振り絞り跳びかかってくる可能性もゼロではない。甘さは己だけでなく仲間の命も危険に晒す。
嫌というほどそのことを知っているライアンは戦い方を実演してみせる。
策を弄さずただ突っ込んでくるだけの小鬼ならば自分一人でも問題ない。
手前から丁寧に一匹ずつ仕留めていく。
まず、爪を立てて向かって来る小鬼の腕の動きに合わせナイフを振る。腕と腕がすれ違うと小鬼の手首が落ちる。痛みに顔を歪める隙も与えず首を掻っ切り次へと移る。
仲間の末路を見た結果か、続いて向かって来る小鬼は殺傷力より速さを優先し、腕を振るわず身を固め突進してくる。だがそれも無駄に終わる。ライアンはひらりと軽い動きで背後に回ると腕を蛇のように小鬼の身体に巻き付かせる。片腕で身体の自由を封じ込めると、一息つく合間にナイフで次々と急所を刺していく。
『荊』
肝臓、肺、心臓、喉が赤く染め上がる。ライアンは腕の中で息絶えるそれをすぐ近くの小鬼へと向かって投げつけた。ボールのように向かって来る自分と同等の質量を受け止められるはずがなく、小鬼は派手に後方へ倒れ込む。覆い被さる仲間の遺体を横へ押しのけ視線をライアンから逸らした後に視界に映ったのは下から噴き出る赤い血。
死角から忍び寄り、攻撃した瞬間も見せない。
何が起こったか、どこから攻撃を受けたか理解できぬまま小鬼は動かなくなった。
これで残りは二匹。
二匹は一匹では勝てぬと判断しライアンを挟むように立ち、同時に飛び掛かる。例え片方がやられても残ったどちらかが敵を仕留める。
しかし即興の連携では限界があり、どうしてもコンマ数秒踏み込みに差が生じる。
その僅かな差を的確に見極め、ライアンは踏み遅れた方へ向かい足元の砂利を蹴り上げ視界を奪い足を止めさせる。作戦が失敗しても、飛び出した身体を空中で止めることは叶わず小鬼はライアンとの一対一の戦闘を強いられる。
ライアンは自由な左手で向かって来る小鬼の側頭部を持ち、親指を眼球に突っ込む。生暖かい感触と冷酷な行為を責める良心の痛みが親指から腕へと広がる。痺れたかのように腕の動きが鈍る。
迷いを振り払うようにライアンは眼窩にかけた指で小鬼の頭を横へと引っ張り地面に倒れさせる。そして喉元へナイフを突き立てる。すぐさま最後の一匹を仕留めにかかろうとするが、そこで不測の事態が起こる。
喉元にナイフを突き立てられた小鬼は最期の力を振り絞り、ナイフの柄を掴むと刃をさらに深く刺しこみ抜けぬようにする。小鬼の喉からナイフを引き抜けぬと判断したライアンは即座に手を放し、素手で最後の一匹と向かい合う。まだ目に砂が入っているのかライアンの姿を捉えられていないようだった。
ライアンは両手で無駄に大きい頭を鷲掴みにし、膝で顎を蹴り上げる。鈍いうめき声とともに鋭いガラス片のような歯が飛び散る。よろめく小鬼の頭を再度掴むと、軽く呼吸を整え一気に首をねじ折る。
あっという間に消え去った五つの命。魔物との戦闘はゾイドもジュンも攻略者になって何度だって経験している。それでも二人は圧倒されていた。
彼の動きは自分達のものとは何かが根本的に違った。
敵を制圧するためでも屈服させるためでもない。有無を言わさず殺傷するための技。
そこに快楽や欲求、燃え上がる闘争心などはなく、どこか義務的な感情があることを罪だと言わんばかりの冷酷さ。今まで見た中で最も冷たく、最も悲しい動きだった。
どういった過程を経てあの戦闘技術を身に着けるまでに至ったのか。二人には到底わかりえないが、ただ一つ、彼がその技術を喜んで会得した訳ではないということだけはわかった。
そんな二人にライアンは戦場の中で得た一つの教訓を語る。
「敵は確実に仕留めろ。情けはお前を守ってくれないぞ」
二人が沈黙を返しているとどこからか奇妙な唸り声が響いてくる。それは唸り声にしてはやけに抑揚がありリズムがあった。それが呪文を唱えている声だと気づいたのはジュンだった。
「あの、あれ」
ジュンが指さした先にいたのはまたも小鬼。しかし、今戦った十匹とは違い頭部がさらに肥大化しておりその手には杖が握られていた。
あれは小鬼の中でも知能に長けた変位種、通称魔術小鬼。
このまま呪文を唱えさせていると何が起こるかわからない。ライアンは小鬼の喉に突き刺さっているナイフを抜き、魔術小鬼に向かって投げる。白銀の線を描くナイフは魔術小鬼の喉に突き刺さり詠唱の代わりに今度こそ本物のうめき声を零れさせる。
魔術小鬼が倒れたその瞬間、今度は頭上から小鬼が現れる。
現れたのはまた変位種。
通常個体よりも二回り大きな筋肉質な体躯と獰猛で残虐な性格が特徴の隊長小鬼。
筋肉に加えて分厚い革の鎧で身を守っており、素手はおろか仮にナイフを持っていたとしてもライアンとて楽に倒せる相手ではないだろう。
さっきの奴は俺に武器を投げさせるための囮か。もしかすると他の小鬼もか?酷い奴だ。
ライアンは焦ることなく状況把握に徹する。この場での最適解。労力を要さず敵を仕留め尚且つなるべく傷を負わない方法。
左右に避けてもあの腕なら届くか。だったら後ろに下がる…のは無理だな。ジュンとゾイドが俺を守ろうと駆けだしている。下がれば互いに邪魔をし下手すりゃ総崩れだ。もし二人を盾にすれば、俺だけは一先ず助かるだろうな。まあ、そんな選択は絶対無しだが。
それなら、これしかねえな。
ライアンは懐に手を忍ばせある物を取り出す。それを隊長小鬼へ向けると洞窟内に耳をつんざく爆発音が響く。
気づけば隊長小鬼は空中で身体を反り後ろへと倒れ込む。その眉間には小さな穴が開いていた。
「さすがに鉛玉には敵わねえか」
大砲を器用に縮小化したような鉄の塊を手にライアンはぼやく。
「…それって拳銃、ですか」
ジュンの言葉にライアンは表情を和らげ拳銃を掲げて見せる。
「実物を見るのは初めてか?まあ規制だらけのこんなものを持っているのは一部の権力者か犯罪者くらいなもんか。攻略者で持ってるのは俺以外だと『絶命の魔弾』と『煌めく花形』あたりか。ああでも、あいつらのは魔法銃つって俺のとは造りがかなり違うが。あとは…『百華狂乱』のところにもいるが、あれはまた別だな」
銃火器を用い敵を駆逐する。
それは『万屋』が他の攻略者とは一線を画す特徴の一つだった。
岩を破壊する拳や大地を穿つ魔法を持ちえないライアンが攻略者のトップ層として活躍するのは技術部から提供される兵器の恩恵が大きかった。もっともいくら優秀な兵器を提供されているからと言っても、殲滅力は一流の魔法使いの魔法に劣り、破壊力は剣士や格闘家のスキルを上回ることはない。兵器の威力を十二分に引き出し手足のように扱うライアンが使用してこそ、その真価を発揮することが出来るのだ。
「にしてもやっぱ拳銃は支援者がいねえと碌に使えねえな。かかる費用を考えると頭が痛くなってくるぜ。いつもなら弾や装備は会社が用意してくるんだがな。今日は個人的に来てるから、あんまり弾もねえし。つーわけであまり自由にバンバン打てる訳じゃねえから、そこんとこよろしくな。無駄撃ちはなるべく避ける方針で頼むわ」
「了解した」
「はい!僕も微力ながら頑張ります!」
「良い返事だ。それじゃあ先に進もうぜ」
危なげなくしばらく迷宮を進んでいると広い空間へと出た。
火山口の内部へと飛び込んだような円形の足元と岩肌に囲まれたその場所で三人は思わず足を止める。それは道が無かったからではなく、その逆、奥へと続く大小様々な穴が無数にあった。正面左右はもちろん前後左右の斜め、首を上げればずっと上まで穴がぽつぽつと見られた。
「先に入った奴らはこのどれかを進んだのか?」
「すごいたくさん……どれが正解…正解、あるんですかね?」
「おーい、ゾイド。どうかしたか?」
後方を歩いていたイチ、アンジー、リィが合流する。イチ達は無数の穴を見て口をぽかんと開く。
「…一本道の次はこれかよ」
「お前らな、なんのために人数を分けたと思ってるんだ。後ろで待ってろよ」
「いいじゃねえか。どうせ待ってても何もねえし。それに、この中から次を選ぶなら全員で選んだ方がいいだろ。おーいサクヤ!お前も来いよ!」
イチの呼びかけにサクヤは応じ、駆け寄ってくる。
そしてサクヤもまたイチ達と同じ反応を見せる。
「ロンソルトはどうした?」
「ウィズさんと後ろを警戒してる。ところで…ライアンさんは地面にへばりついて何してるの?」
「足跡を見て先に来た奴らがどの道を選んだか探ってる、らしい」
「それにしても、どの道を進んだらいいんでしょうか?」
「運任せ、もダメだよね」
「運任せか…アンジー、お前のスキルはどうだ?」
「ああ、劇的運命か?あれは失敗した時が怖いぞ。想定しうる最悪の事が起こる」
「三チームそれぞれ道を選ぶのは?」
「別れるのはなるべく避けたいな」
イチ達がどうやって道を選ぶか話し合うその傍らでライアンは足跡を追う。その最中妙な事に気付く。
かなり迷ったようだが。それにしてはやたらと足跡が乱れてるな。何かと争った?しかし人の足跡しかねえな。鳥系の魔物が出たか?だとしたらどうして今襲ってこない?いや待て、この足跡の交わり方…まさか、人同士で争ったのか。
その時風向きが変わった。風が上から下りてくる。同時に運んできたその臭いにライアンの直感は危険信号を発する。香ばしさの中にツンと鼻を刺す臭い。それはライアンもよく使用する火薬の臭いだった。
臭いの方向へ顔を向けると、上から二種類のものが複数落ちてきていた。
ダイナマイト…!
二つのうち一つをすぐさま判別したライアンだったが、もう一つ、それは見慣れたものであったがあまりのことに脳はそれを認識することを拒んだ。
ダイナマイトと共に落ちてきたのは縄で縛られ自由を奪われた人間だった。
先に迷宮へと入った者達の一部だろう。
誰が一体何のために人とダイナマイトを落とすのか。決まっている。
人の善意につけこみあわよくば一網打尽に木端へとするためだ。
ふざけやがって……ふざってやがって…!
ライアンは怒りで頭を沸騰させる。今すぐこの場から避難すべきと頭ではわかっている。そして自身の傭兵としての教訓、情けは自分を守ってくれない、そのことも嫌というほど身に染みている。
しかし、今の自分はもう傭兵ではない攻略者なのだ。傭兵と攻略者の間で揺れるその心がライアンの足を止めてしまった。そんな彼と違い、傭兵や攻略者と異なる立場を持たないイチ達は即座に行動する。落とされた人は合計三名。ライアンを除く六人はそれぞれ落とされた人を近くの穴に放り投げる。
だが導火線はもう短くイチ達が逃げる時間は残されていなかった。
イチ達は防御の姿勢を見せ爆風に備える。ライアンは六人の中で明らかに不慣れな構えをみせているリィとジュンの側へと駆け寄り、耐火製のコートを広げる。
そしてついにその時が来る。
巨大な爆音と肌や肺まで焼く熱風が一同を襲う。
『慈愛の羽衣』
『剛腕の盾』
アンジーの魔法とゾイドのスキルで爆発を何とか凌ぐ。だがそれだけでは足りなかった。
大きく世界が揺れたかと思えば、地面が粉々に崩れていく。
地面の下は奈落となっておりイチ達は重力によって暗闇の底へと誘われる。
ライアンは近くにいたリィを抱え込むと腰のベルトに内蔵したワイヤーを投げ近くの岩に引っ掛ける。そしてもう一つのワイヤーを今度はジュンに向かって投げ、足に巻き付かせる。
またゾイドはなんとか岩肌を掴み、もう片方の腕をアンジーに向かって伸ばす。
「アンジー!」
「イチ!」
「サクヤ!」
「は?」
アンジー、イチ、サクヤは脅威の反射神経で、それぞれアンジーはゾイドの腕を、イチはアンジーの足を、そしてサクヤはイチの足を掴み落下を回避する。しかし、明らかに重量オーバーである。
「ちょっ、重…!」
ゾイドは自慢の筋肉で片腕のみで四人分の体重に耐える。だが屈強なゾイドが耐えれても岩は耐えれなかった。
岩はあっけなく崩れ、四人は奈落の底へと吸い込まれる。
「イチさん!みんな!」
ジュンは必死に手を伸ばすが、それは月に手を伸ばすような無謀な行為で彼の手は虚しく開かれ何も掴めず、落ちていく四人をただ眺めることしか出来なかった。
「くそ…!」
落ちていく四人に何もしてやれない怒りと情けなさから唇の端を噛み諦めと不運な顛末の四人へ同情を見せるライアンに対しリィは一人落ち着いた声で呟く。
「大丈夫。あの人達はこんなことでは死なない。これくらいのこときっと簡単に乗り越える」
その声には信頼と祈りが入り混じっていた。
そんなリィの信頼とは裏腹にイチはみっともなく慌てふためいていた。
「あああああッ!死ぬ!死ぬ!絶対死ぬ!」
「イチ!ちょっとは落ち着きなよ!ほら!アンちゃんを見習って!」
「主よ、その慈悲深き御許に我らを迎え入れ給え」
「落ち着いてるつーか諦めてるじゃねえか!」
「お前らバカやってないでどうにか助かる方法を考えろ!」
「考えろって……そうだ!アンジー!俺は武器を落下傘に変える!お前は何でもいいから風を起こせ!」
「はあ?風って四人も持ち上げる風なんて…いや、出来るか?サクヤ!魔力貸してくれ!」
「オッケー!」
「それじゃあ頼んだぜ!さあ、掴まれ!」
イチは宣言通りに武器を落下傘に変化させ、三人はそれぞれイチにしがみつく。落下傘は風を孕み大きくたなびくが四人の重さにはさすがに対抗できず、落下速度は依然として変わらない。そんな中アンジーはメイスを下へ向け、サクヤと自分自身、二人分の強大な魔力が暴発せぬよう絶妙にコントロールする。
そして魔力が最高潮に達したのを見計らい魔法とスキルを発動させる。
『爆ぜる大玉』×『劇的運命』
放たれた魔力の総量は二人が込めた魔力を遥かに上回っていた。その分威力も想像を絶するもので四人より一足先に地面へと触れると、魔力の塊は弾けそこから強大な台風が発生したかのように暴風が巻き上がる。
風は四人を押し上げ落下スピードを緩める。
木の葉が地面へ落ちるように優しく、四人は地面へと腰をつく。
「生きてる……?」
「私達、生きてるよ…」
「嗚呼!命って素晴らしい!」
歓喜に震え熱い抱擁を交わし合うイチとサクヤを尻目にゾイドはなぜ自分達が助かったのか魔法を起こした張本人に聞く。
「アンジー…何をしたんだ」
「ん?何って……そうだな。ざっくり言えば、劇的運命で魔法の威力を上げた」
「そんなことが可能なのか?」
「細かい条件や理論は置いとくが、魔法っていうのは基本的に術者の魔力のみで成り立つが時たまに空気中の魔力を吸収し威力が上がることがある。特に迷宮内は通常より空気中の魔力が濃いせいで威力の上がり具合が半端じゃねえ。そこで私は魔法の発動と劇的運命の発動を同時に行った。劇的運命の効果は前にも言ったな?」
「使用者の行動を成功か失敗かのどちらかにする。…ああ。劇的運命で魔力の吸収が起こるか起こらないか賭けにでた訳か。失敗していた場合は俺達どうなっていた?」
「結果オーライだ。気にすんな」
「…そうだな。それより今は、助かったはいいがこれからどうするかを考えないと」
アンジーは周囲を見渡し岩壁に近づき、触れる。
「この岩肌、濡れてるな。近くに地底湖でもあんのか?なんにせよ、脆すぎる。登るのは無理そうだな」
「ジュンやロンソルトからの救出を待つのも得策じゃないな。この高さのロープなんて簡単には用意出来ないだろうし」
「おい、こっちから先に進めるみたいだぞ」
いつの間にか周囲を探索していたイチが人一人何とか通れるほどの道を見つける。他に道は見つからず先に進むしかないと判断した四人はイチの見つけた道へと足を運ぶ。
「結局いつもの面子か」
「まあ、気楽じゃいいじゃねえか」
「リィちゃん達、大丈夫かな……」
「向こうは通り名持ちが三人もいるんだ。心配されるのはむしろ俺達の方だろ」
どこか緊張感に欠けた四人独特の空気で進む。
イチ達に恐怖や不安は無いと言えば嘘になるが、未知への探求心がそれらを塗りつぶす。故に彼らは臆さず怯まずいつでも前を見て進むのだ。




