第六章 其の三 凶暴なる天使は折れない
時間は少し遡って、今朝のこと。
街の西側、そこはあまり治安が良いと言えない区域で、街のあらゆる所から追いやられた怪しい個人経営店や安酒場、小さな賭場場が乱雑に立ち並ぶ。陽の光から隠れるような人間が多いせいかどこかじめじめとした空気が漂う区域でもある。
合法違法問わず、来るもの拒まずのその中でその薬屋は特に異彩を放っていた。
二階建ての小さな木造建築でここら一帯では珍しい東洋風の空気を漂わせている。また今にも潰れそうなほど古く、一目見ただけで重厚なカビの匂いが連想させられる。一部の窓には穴が開いており、それを直す気配はなくチラシを重ねただけで塞いでいる。しかもそのチラシには『治癒、やっており〼』との怪しげな文字が書かれている。
そんな店の扉の上には似つかわしくない立派な看板が掲げられているが、有識者曰くそれはどこからかぶんどってきた物らしい。その証拠に元の店名を塗り潰すように、現在の店名が無理矢理上書きされている。ペンキで乱雑に刻まれたその名。
『安仁堂』
どうやらそれが店の名前のようだ。
店の評価は人によって様々で、酔っぱらった男は怪しい薬で金をとられたと主張し、子連れの女性は深夜に子供を無償で診てくれたと感謝していた。また荒っぽい男は、あのアマいつかぶっ飛ばす…!と顔を真っ赤にしていた。
そんな評価の安定しない店主は現在二階の自室にて机に突っ伏していた。その周辺には大量の魔術本やそのコピー、そしてメモと思わしきものが書きなぐられた紙の束が机の上に収まらず床にまで散乱していた。傍から見れば積み上げられたその紙の山はまるで彼女を守る城のようでもあった。その紙の城の中央で眠る城主は朝日に照らされ目を覚ます。すぐそばにあった紙の山を崩しながらアンジーは起き上がる。地面に散らばる紙を気にする様子も無く、大きな欠伸を一つ。
「あーくそ、寝ちまってたのか。肩と腰と頭が痛え。やっぱり人は横になって寝ないとダメだな。不便な生物だぜ。もう少しマシな進化を出来なかったもんかね…って何をぶつぶつと独りで言ってるんだか。完璧な寝不足だな」
そう言いつつアンジーは独り言を続けながら目についた紙を簡単に整理し、診療所も兼ねてある一階へと下りる。店主であるアンジーの『遊び人』という薬屋に一切関係の無い職業のせいか、はたまたケンカばかりの日頃の行いのせいか、店は今日も閑古鳥が鳴いている。
来るのは酔っ払いか金がなくマシな診療所へ行けない者達だけ。つまり、基本暇なのである。
アンジーは近隣の酒場で働く女性達が差し入れでくれたクッキーで腹を膨らましながら今日の予定をまた一人で呟く。
「今日は確か…チンピラ隊の次の公演へ向けての打ち合わせだったか。何時からだっけ?まあ、早めに行けばいいか」
チンピラ隊とはアンジーが世話を焼いている劇団で時折、脚本や監督の真似事をしている。今回は彼らが街の広場で公演を行うことになり、今まで一番大きな舞台に戸惑う劇団員の力になるべく助監督として関わることとなった。
そんな訳で、クッキーを平らげると申し訳程度に身だしなみを整え打ち合わせに向かう。
空き瓶と酔っぱらいがセットで転がる道を歩きながらアンジーは大きな欠伸をする。
そんな中、ある樽の前で足を止める。
その樽からは人の下半身が生えていた。酔っぱらいがいないことの方が異常であるここら一帯では決して珍しいものでは無かったが、アンジーはまたつい思ったことを口にしてしまう。
「ケツ?」
「その声は!?アンジー!」
尻もといイチは歓喜の声を上げる。
「ああ、何かしらのプレイ中か。邪魔して悪かったな」
「待て待て待て!助けて!ヘルプ!お願い!」
イチの懇願にアンジーは渋々、足を止める。
「何をしてんだお前は」
「いや、あのですね。さっき歩いていたら樽の中にキラリと光る何かを見つけたわけなのですよ。もう大変恥ずかしながら金欠がピークを迎えてまして、その光るものが目に入った瞬間無意識のうちに飛びついちゃいまして。それで気づけばすっぽりハマってしまい、このありさまというわけなんです」
「そうか。引き続き頑張れ」
「ちょっと待ってアンジー。確かに放置プレイというものに興味は尽きないけれど、今は頭に血が昇ってかなりキツイ状況なんですけど……アンジー?まだいるよね?おーいアンジー」
イチは虚空に向かって呼びかけ続けた。
「ったくなんで朝からあいつのケツを拝まなきゃならんのだ。昔はもう少しマシ……いや昔からあんな奴だったな。どうも思い出は美化される傾向にあるな」
イチに対する怒りを声に出すことで何とか鎮めつつ、大通りへと続く細い路地を歩く。するとボロ衣を被せた巨大なゴミが異臭を放ち、道を塞いでいた。誰がこんなところに不法投棄を。不思議に思ってよく見るとそれはボロ衣を身にまとった大柄な男だった。
「ヘイ、オッサン。道の真ん中で立ち止まるもんじゃねえぜ。通行の邪魔になるだろ」
舌打ち交じりにアンジーは不満を露わにする。だが男から反応は返ってこず、アンジーに背を向けたままじっと動かない。
男は何かがおかしいが具体的にどこがおかしいと言語化出来ず、小首を傾げながら男の顔を覗き込もうと回り込む。
そこで男の影で隠れていたリィに気付く。
「あ?テメエは…」
リィは「アンジー…」と震えた声を出す。
「アンジー?」
男は乾いた眼球をアンジーに向ける。
「そうかお前が…そうかそうか」
うわ言のように呟やかれるその声はアンジーやリィに届くことは無く、男の吐息と共に大気へと霧散する。その最中、男はある結論を出す。
「こいつがお前から勇者を奪った一人。だったらコイツを倒せば勇者はお前の元に」
亡霊のような雰囲気から一転、男は暴牛のような荒々しい闘気を纏う。
男は拳を握る。
それはアンジーからは男の身体が壁となり見えずにいたが、リィからは男が、自分の父が何をしようとしていたのかすぐにわかった。
父はやはり何一つ変わっていなかった。自分を、多くの人を苦しめたあの時のままだ。
リィは必死に叫ぶ。もう二度とあの頃には戻りたくなかった。
「逃げて!」
リィの叫びは虚しく響くだけで、アンジーは左半身に激しい衝撃を受ける。男から繰り出された右の拳はまるで大砲のように重く、咄嗟にした左腕のガードも意味をなさずアンジーの身体はすぐ横の壁をぶち抜き店の中へと派手に転がり込む。
壁が破壊され、人が飛んでくる。
突然の異常事態に店内はパニックになる。人々は我先にと逃げ出し、転んだ子供の鳴き声や誰かの怒声が混じり合う。しかし、元凶である男はそんなものは目に入っていないかのように満足気な顔を浮かべリィに笑いかける。
「これであと二人だな。待ってろ。すぐに父さんがやってやる」
得意げな男と正反対にリィはひどく怯えた顔を見せる。
このままではまた自分のせいで人が傷つく。それだけは嫌だ。心は叫ぶが身体は震えるばかり。昔の自分とは違う。今ならこの人にだって負けない。私は龍少女リィなんだ。絶対できる。負けっこなんかない。
必死に自分を鼓舞するが身体は言うことを聞かない。男が一歩近づくと足は自然に一歩下がる。
「どうした?なぜ、そんな顔をするんだ」
男がもう一歩リィに近づいた。その瞬間。男の顎を何者かの足が打ち抜き、男は大きくよろめき倒れ込む。
男が立っていた場所にアンジーは降り立つ。どうやらアンジーは男へ跳び蹴りをくらわせたらしい。だが倒すには至らなかったようで男はゆっくりと立ち上がる。視界が安定しないのか頭を頻りに振っている。ダメージは確実に入っている。しかしアンジーも大きなダメージを負っていて形勢逆転とは程遠い。
その左腕は痛々しく腫れあがり、その青紫色にくすんだ色から大量の内出血が予想に難くなかった。ほんの少し動かしただけでも、激痛に脂汗が浮かび顔を引きつらせる。
「リィッ!」
アンジーは荒い呼吸のまま声を出す。リィは身体をビクつかせるが、その後に続いた言葉は彼女に対する非難や怒りではなかった。向けられた表情は険しくはあったがどこか優しさが滲んでいた。
「あいつらを避難させてやってくれ」
アンジーの送った視線の先には逃げ遅れた人々がいた。リィが小さく頷くとアンジーは笑みを浮かべ男へ向き直る。
「それと、目ぇ閉じてな。ここから先はガキが見るもんじゃあねえぜ」
『天使の施し』
左腕の腫れは瞬く間に引き、完治する。これで五体満足で戦える。
しかしながら、それでも埋まることのない圧倒的な力の差。だがアンジーは怯む様子を見せはしない。相手が誰であれ彼女の逆鱗に触れた者はただではすまない。だから彼女は荒くれ者の間でこう呼ばれていた。
『凶暴天使』
それは彼女の美貌と激情的な内面をよく表していた。
街の大通りの一角にある花屋。そこの店主であり、劇団・チンピラ隊の団長でもあるゴバノフは鼻唄交じりに花へ水をやっていた。
「おはなー!」
そこへ通りかかった子供が親の手を放し一目散に花へ駆け寄る。
「お嬢ちゃんお花が好きなのかい?」
ゴバノフは目線を合わせ柔らかい笑顔を向けた…つもりだったがその顔は人攫いが悪企みをしているような顔となっていた。そんな顔を至近距離で見た子供はすぐに大きな瞳に涙を浮かべ親の元へ最高速度で逃げ帰る。
子供を抱きかかえた親は申し訳なさげにゴバノフへ頭を下げ、泣きじゃくる我が子をあやしながら歩く。
「店長、また子供泣かせたんですか?」
「いや、まあ…またやっちゃったみたいだね」
「あーほらほら、そんな暗い顔してちゃ折角キレイに咲いてる花達も報われませんよ。ここは任せて少し奥で休んで来たらどうです」
「それじゃあ、そうさせてもらおうかな」
ゴバノフはトボトボと店の奥へ引っ込み、気分を入れ替えるため顔を洗う。その際鏡に映る自分の顔をまじまじと見てみる。やはりどこから見ても、とても客商売するような顔には見えない。
「うーむ。やっぱりこの顔もう少しどうにかならんもんかな。いっそのこと頭に花でも付けるか?いやぁ、それは不気味だよな。だったら髭を」
鏡を見ながら唸るゴバノフだったが、ふとどこからか騒がしい音が聞こえてくることに気づく。それは人々が叫び逃げ惑う声だった。急いで店先に出るが通りを見渡しても火事や喧嘩一つ起こってはいなかった。ただ通りにいる人々は皆ゴバノフを、正確には彼の店を見ていた。
「まさか……」
人々の視線、そして近づいてくる破壊音。ゴバノフの予想はすぐに的中する。
店の壁が破壊され、ある人物が姿を見せる。それはアンジーだった。アンジーは誰かから攻撃を受けたようで大通りを転がる。
「アンジーさん!?」
ゴバノフは驚きながらも彼女の側へ駆け寄る。アンジーは全身至る所に打撲・擦過傷・裂傷とあらゆる傷を負っていた。アンジーは遠のく意識を何とか留め、状況を確認する。そこでようやくゴバノフの存在と彼の店の有様に気付く。
「ああ、お前か。悪いな。店、壊しちまった」
「それより…一体何が!?」
「詳しいことは後で説明する。今はちょっと離れてろ。奴が来る」
「奴って…」
ゴバノフがアンジーの視線の先に目をやる。そこにはボロ衣がまとわりついた古木が動き出したような、細いのになぜか力強さを感じる、そんな奇妙な男が店の奥から出てきた。
力自慢の荒くれや獣のような重圧とは違う、自分とは何かがズレた異質さが醸し出す圧迫感。しかもそのズレは恐らく自分に対して危害を与える類のものだ。
ゴバノフは男を見た瞬間、そんな言いようのない恐怖を覚えた。
彼が大きく生唾を飲み込むのと同時にアンジーは駆け出す。男との距離を詰めると鳩尾に渾身の一撃をお見舞いする。しかし、男は微動だにせず悠然とアンジーを見下ろす。アンジーはそれをある程度予測していたのか、続けざまに男の金的を蹴り上げる。
男はそれにも怯むことはなくノータイムで反撃してくる。アンジーは寸前のところで躱しまた地面を転がる。落ち着いた動きで立ち上がるが、その脳内では目の前の謎を解こうとあらゆる情報が忙しなく行き交う。
どうなってやがる?
繰り出される攻撃と違い、男の反応自体は何秒かズレているかのように鈍くアンジーはこれまで幾度となく攻撃を加えてきた。単なる打撃以外にも、先ほどのように金的、鼓膜、喉など普段の喧嘩では狙わないような部位を傷つける攻撃も与えた。しかし、男は痛がる様子どころか怯むことすらせず、反撃に打って出る。
痛みを感じない体質?いや、それでも多少は何かしら反応があるだろ。だったらなんだ?
そして謎はもう一つあった。
男が負った傷。本来ならまだ鮮血が流れているはずだが、傷からは肉が見えるだけでもう血が止まっている。
自分のように回復魔法や回復薬を使っている様子は無い。だったらスキルか?もし、それ以外に考えるとするなら。
アンジーが別の仮説を導き出そうとしたその時。
彼女の世界が大きく歪んだ。
倒れる体を何とか支え、視界を安定させようと努める。しかし、視界は酷く歪み猛スピードで近づいてくる男との距離感さえ掴めない。男は攻撃を仕掛けようと予備動作に入る。だがアンジーは動けない。そしてそのまま男の貫手がアンジーの腹に突き刺さる。
それでもアンジーは歯を食いしばり男の腕を掴む。まだ彼女の闘志は消えていない。しかしそれ以上は身体が動かず、男は羽虫を払うように腕を振り、アンジーを自身の腕から引き剥がす。アンジーは近くの壁に叩きつけられ重力に引き寄せられるまま地面に突っ伏す。
しかしその最中でも彼女は冷静に自身が置かれた状況を分析していた。
大きく歪む視界、頭が割れるような頭痛に吐き気、そして負傷部位から広がる焼けるような熱さ。
間違いねえ…これは……毒…。
現時点では致死性のものである可能性は限りなく低いが、使われた毒の種類によっては対応を誤れば命の危険に関わる。少しでもくらわされた毒のヒントがないかアンジーは何とか男を見る。すると男の右手は紫色に変色していた。アンジーの予測通り男は毒を使用したがそれは自然にあるものではなかった。毒は男のスキルによって生み出されたものだった。
『毒手』
男はアンジーにとどめを刺すべく大股で迷いなく近づく。
アンジーは魔法で解毒を試みるが、意識を保つことすら危うい状態では魔力を上手く操れず魔法は発動しない。それでも時間は容赦なく進み男との距離は短くなる。
男がまた毒手を構える。しかしそこで男の足が止まる。
「もう…やめてよ。私、こんなこと、望んでない」
リィは男の袖を弱々しく引っ張り懇願するように声を震わす。
「あと、もう少しだ。あいつをやった後は残り、二人」
しかし男にはリィの声が聞こえていないのか、またアンジーを見る。
「やめて…やめてよ…!」
少女の声は虚しく響くばかり。そんな少女の悲しみを吹き飛ばすような雄々しい声が辺り一帯に響き渡る。
「待て待て待ていッ!」
周りの人だかりから複数の人影が勢いよく飛び出してくる。そして彼らは男の前に立つ。
「この顔見たら忘れるなかれ!」
「悪党、英雄どちらにも成れぬ半端者!」
「しかしひとたび歩むと決めた人の道!」
「人呼んで我らチンピラ隊!ここに見参!」
「……なんだ、お前ら?」
男は立ちふさがる人相の悪い男達に面食らう。
「おうおう!この人に手を出そうってんならまずは俺らが相手だ!」
「逃げるなら今のうちだぞコラ!」
威勢よく啖呵を切る彼らだがチンピラ隊に戦闘能力はない。ここにいるものは全員ただ悪党面をしているだけの一般人である。それでも彼らはその顔を最大限に利用しアンジーへ歩み寄る男を威嚇し、その足を止めようとする。
だが男はチンピラ隊以上の凶悪な笑顔を見せる。
「まだこんなにいたのか。もっともっとたくさん、やっつけないとなぁ」
男が戦闘態勢に入る。チンピラ隊は誰もが恐怖するが逃げ出す者は一人としていない。彼らはたとえ自分がどうなろうとも肉の壁となり背後に横たわる人物を守ると決めたのだった。
リィの脳裏に最悪の未来が浮かぶ。
「やめて!もうやめて!」
リィは必死で叫ぶ。その悲痛な叫びがようやく男の耳に届いたのか、男は足を止める。
「どうしてそんなことを言うんだ。俺はお前のために。そうか。お前はリィじゃない。偽物だ」
男の目の色が変わった。
男はリィの腕を振り払う。リィは思わず尻もちをつくが男は意に介さず、それどころか彼女に攻撃を加えるため右腕を振り上げる。リィは腰が抜けて動けず両腕で必死に身を守ろうとする。
「させるかぁッ!」
チンピラ隊が男を止めようと一斉に飛びつく。しかし素人の単調な攻撃。男は腕を真横に一振りするだけでチンピラ隊を難なく撃退してしまった。そしてもう一度リィへ向き直り腕を振り下ろす。
リィは何も出来ずただ現実から逃げるよう強く目を瞑る。
しかし、いくら待てども痛みは来ない。
恐る恐る目を開けると、アンジーが彼女を守るように覆い被さっていた。その背中に男の毒手を受けながら。
リィが目の前の出来事に放心するなか、アンジーはとうとう気を失い少女の上へ倒れ込む。そこに騒ぎを聞きつけた兵士達が続々とやってくる。男は目的を果たしたと言わんばかりに少女に見向きもせずその場を去る。
兵士達は野次馬を離れさせチンピラ隊やアンジー、リィの容体を確認する。
「こっちの男達は軽い脳震盪を起こしているが何とか無事だ」
「女性、意識なし!怪我多数!脈も乱れてる…医療兵はまだか!?」
「他の現場の対応で数が足りん!」
「少し遠いが教会まで運ぶしかないか…。おい!タンカ持ってこない!」
「嬢ちゃん大丈夫か?痛いところはないかい?」
「容疑者は逃亡!?なんで逃がした!」
慌ただしく混乱を極める現場でリィは横たわるアンジーを眺めていた。
自分は彼女を憎んでいた。きっとそれは彼女も同じだと思っていた。大切な人を自分の元から引き離そうとした。互いに相手のことが気に食わないと感じていたはずだ。実際彼女は今日自分を見た時、顔をしかめていた。そんな彼女に助けられた。もう弱くない私を。彼女よりずっと強い私を。まるでサクヤと同じように。
どうして。
リィはぐちゃぐちゃの思考のままアンジーに歩み寄る。
「ちょっと君」
「彼女は我々に任せて」
周りの兵士達の声や姿をリィは認識していなかった。少女はぽつり言葉を漏らす。それは誰かに向けたものではなく、自身の決意を確認するものだった。
「私が助ける」
アンジーを背負うと兵士達の制止も振り切り、リィは駆け出した。最年少で攻略者になり、そして最強のパーティー竜の爪で活躍する天才の力を惜しげもなく発揮し、彼女は馬よりも速く駆けた。街中の人々は高速で走る何かに驚き大人しく道を開ける。
「ねえ、今の子泣いてなかった?」
「というか早すぎてよく見えなかったんだけど…」
リィはがむしゃらに走った。
サクヤとか勇者とかイラつきや恐怖もどうでもよかった。
今はこの人を救いたい。ただそれだけだった。
リィは走り続けた。




