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無職と行く迷宮冒険譚  作者: 賽ノ目seven
無職、弟子をとる
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第五章 其の四 英雄と呼ばれた少年

 外へ出たゾイドの頬を肌寒い風が優しく撫でる。それは夜の始まりを告げるようだった。空は夕闇のグラデーションを描き、子供達は有り余る元気を大いに使い全速力で家路を駆ける。兵士時代に何度も見かけた穏やかな街の風景にほんの少し頬を緩ませゾイドは通りを歩く。

 街の西区域、そこら一帯のシンボル的存在である大ケヤキの下でゾイドは足を止める。上を見上げ、小さく見える人影に向かい声を掛ける。

「ジュン!何してんだ?」

「あ!ゾイドさん!」

 ジュンはケヤキの最上部から躊躇なく飛び降りると、重力に身をまかせつつも、時折木の幹や枝を掴んだり蹴ったりして落下速度を緩める。飛び降りてから数秒もかからずゾイドの元へ華麗に着地する。ジュンの身体能力の高さを改めて確認しながらゾイドはジュンの腕の中にいる小さな毛玉に気づく。

「猫?」

「はい。木の上から下りれなくなっていたので」

 猫は愛しの地面に安心したのか助けてもらった恩義も知らず、するりとジュンの腕から抜け出しどこかへ行ってしまった。それを見てゾイドは思わず軽口を叩く。

「恩知らずなやつだ」

「いえいえ、ボクが勝手にやったことですので」

 ふとゾイドはジュンを見てあることに気づく。

「おい、ジュン。右腕」

 ジュンの腕には擦過傷があった。見た目より傷が深いのか鮮血が一筋の線を引いている。

「さっきどこかで引っ掛けちゃったみたいですね」

「そこまでひどくはないだろうが、一応手当はしておこう。ここからだと俺の家が近いな」

「そんな、ゾイドさんの手を煩わせるほどじゃありませんよ」

「だったら師匠命令だ。ついてこい」

 少し強引ながらもジュンはゾイドの自宅で治療を受けることになった。

「今日…というかここ最近迷惑かけてばかりですまないな。あいつらには俺から言っておくよ」

 ジュンの腕を治療しながらゾイドは友人達の予測のつかない行動を詫びる。

「いえ、そんな迷惑だなんて…こんなボクの無理を聞いてくれる人なんてお師さん以来です……」

「師匠か。参考までに聞きたいんだが、お前の師匠はどんな修行をつけてくれていたんだ?」

 ゾイドの質問にジュンは「そうですねえ」と記憶を探る。

「特に物珍しいことはしていなかったと思います。最初は筋力や体力向上のトレーニングでしたし。格闘家としての技もいくつか教えてもらいましたが、基本は基礎訓練の反復でしたよ。お師さんから別れた後もそんな感じでしたね」

「そうか」

 実際の戦闘訓練はほとんど無しで、まずは技や戦闘に耐えれる身体をつくっていたわけか。つまりほとんど基礎訓練だけであの戦闘能力か。いや、しっかり基礎を固めたからこそのあの強さか?どちらにせよやっぱり土台はしっかり固めてある。きっかけがあれば十分に化けれる。化けれるんだが、問題はそのきっかけだよな。

 ゾイドがジュンの課題を整理するなか、ジュンは師匠の話題でノスタルジーになったのか師匠との思い出を呟く。

「あの人は、あの人だけはボクが強くなれるって信じてくれていたんです。励ましてくれた…」

 言葉の途中で唇を噛みしめるとジュンは目元に涙を浮かべる。

 尊敬できる師と出会い稽古をつけてもらい、意を決して故郷を飛び出し、晴れて攻略者になり、自由の冒険団と日々をともにしても未だに自分は意気地なしのまま。魔物に怯え、男達に囲まれた時もサクヤが助けてくれるのをただ待っていた。何も変われていない自分が情けなく、同時に師やゾイド達の優しさに報えないのが申し訳なく、ジュンの心は押しつぶされそうに弱っていく。

 心の支えであった師の言葉も信頼出来なくなっていく。

 ジュンの頭には諦めの二文字が浮かぶ。

「ゾイドさん、やっぱりボク…」

「ジュン」

 ゾイドはジュンの弱音を遮る。

「お前はどうなりたい?」

 その言葉にジュンはまた唇を噛みしめる。その言葉を吐く資格が果たして自分にあるのか。そんなジュンの悩みもゾイドは黙って見ていた。真っ直ぐな瞳に導かれるよう、ジュンは思いを口にする。あの時、師に言ったように。

「強く、なりたいです…!」

 そしてジュンは、強くなりたい理由を、夢を語る。

「泣いてばかりのボクに勇気をくれた、英雄譚に出てくるヒーローのように、強くなりたいんです」

 ゾイドは笑わない。ただ真っ直ぐにその想いを受け止める。

「任せろ。俺達がお前を強くしてやる」

 ジュンは諦めることを止め、もう一度夢を追うと決意する。

「ありがとうございます……」

 涙を拭い気持ちを落ち着かせたところでジュンの中でまたある不安が浮かぶ。

「…あのイチさん達はまだボクに付き合ってくれるんでしょうか?」

「なんだ不安か?」

「いや、だって愛想をつかされても仕方ないと言いますか」

 ゾイドは部屋の時計を確認する。酒飲みからすればまだ序盤と言える時間だ。

「だったら実際に確認しに行くか」

「え?どこに」

 ジュンの疑問に「来ればわかる」と不敵な笑みを浮かべ、ゾイドは部屋を出る。ジュンは慌てて後を追う。

「一つ聞いていいですか?」

 ゾイドの後ろを歩きながらジュンはおずおずと声を掛ける。

「どうした?」

「どうしてボクのような意気地なしにここまでしてくれるんですか?」

 その問いかけにゾイドはしばらく黙り込み、ちらりとジュンの顔を見ると答え始める。

「お前が俺と似てるからだ」

「ボクが、ゾイドさんと?」

「ああ。俺もお前のような夢を持っていたんだ」

 それからゾイドは自身の過去を語る。

「俺のガキの頃の夢は英雄譚の騎士みたくなることだったよ。強くてカッコ良くて誰からも認められるような、ようするに俺もヒーローになりたかったんだな」

 遠い目で語るゾイドの話をジュンは黙って聞いていた。

「ただ俺は図体だけはデカかったがそれ以上に愚図でな。学園の訓練でも評価は最低レベル。そんな奴が分不相応な夢を持つもんだから周りからは馬鹿にされ、ついたあだ名は『英雄』のゾイド。情けなくて恥ずかしくて、けどそんな評判を覆すやり方なんてわからず、ただ諦めるしかなかった。そんなある日、あいつらに出会ったんだ」

「イチさん達、ですか?」

「ああ。まだアンジーと出会う前の話だがな。別の科に通っていたイチとサクヤは仲間を探していたらしい。それで何を勘違いしたのか英雄と呼ばれている俺を誘いに来やがった」

「そこから一緒に?」

「まさか。最初は断ったよ。興味ないってな。それでもあいつらはしつこく、毎日毎日来やがる」

 イチ達の勧誘が余程しつこかったのかゾイドは思わずため息をつく。

「あまりにしつこいもんだから全部話してやったよ。俺の夢も。『英雄』と呼ばれているわけも。そしたら」

「そしたら?」

「それでこそ自分達の仲間に相応しいって言われたよ。それからより一層しつこく誘われたな。……初めてだった。俺の夢を笑わないでいてくれたのは」

 ゾイドの嬉し気な声にジュンは思わず言葉を失う。その感情は誰より知っていた。初めて師と出会った日のことを思い出す。自分の夢を笑わず、そこに至るための道を示してくれた人。視界が広がっていくような、新たな命を吹き込まれたような、気づけば心臓が強く鼓動していたあの日。

「結局舞い上がって一緒に行動するようになった。誤算だったのはあいつらが想像以上にトラブルを巻き起こすことだ。おかげでそれ相応にひどい目にあったりもしたよ」

「確か、人として大切なものを失ったとか」

「それは封印した記憶だ。思い出させるな」

「あ、ごめんなさい」

「…それでも、俺はあいつらといることを選んだ」

 ゾイドは話し終えるとピタリと足を止める。酒場『サイクロプスの樽』の店内を窓から覗き込み、ジュンにも見るように促す。ジュンが恐る恐る覗いてみると店の一角でテーブルを囲むイチ達の姿があった。

 三人は酒も肴もそっちのけで何かを話し合っている。

 距離があるせいでしっかりとは聞き取れないが内容はジュンの修行についてだった。あーでもないこーでもないと話は熱を帯びていく。その様子からジュンに愛想をつかしていないのは明らかだった。

「あいつら、人から見放されることはあっても見放したことは無いからな。お前がやるって言うならとことん付き合うさ。だから安心しな」

 ジュンは言葉にできない感情に胸をいっぱいにし、溢れる想いを抑えつつ頷く。

「ところで一つ聞いていいか?」

「はい。なんですか?」

「最初に会った時も聞いたんだが、どうして俺達に弟子入りしたんだ?鍛えてもらうなら同じ格闘家の方がノウハウもわかっているだろうに」

 ゾイドの質問にジュンは歯切れの悪い返事を見せる。

「あえっと…その、ボクも勇者に憧れていたので、出来たらお近づきになれたらなぁと思いまして。それと」

 ジュンは恥ずかしそうに言葉を続ける。

「自由の冒険団が一番、ボクを変えてくれそうだったので」

 その言葉にゾイドは軽く背中を叩く。

「任せときな」

 そのままゾイドはジュンの肩を持ち、三人の元へと合流する。



 ジュンが自分の夢を今一度確認したところでゾイドはまた迷宮に入ることを提案した。

 恐怖に揺れながらもジュンはそれ了承した。

 五人が栄光の塔で迷宮に入る手続きをしていた時だった。けたたましいアラーム音が塔内部に響き、スタッフや攻略者に異常を伝える。

緊急(エマージェンシー)緊急(エマージェンシー)!攻略者からの救出依頼あり!』

 緊急の放送が二度繰り返されたのち、塔内部のモニター全てに細かな情報が映し出される。モニターに姿はないものの、キャスターの一人であるアマクサがその情報を読み上げる。

 どうやら迷宮内に入った五人パーティーがトラブルに遭い、三名は帰還出来たものの残り二名が自力で帰還できない状態にあるようだ。受付嬢達は取り掛かっている仕事を離れ救助のための人員確保に奔走する。ある一角では通り名持ち(ネームド)攻略者の名が飛び交っている。だが挙げられた攻略者は全て別の迷宮に入っているらしい。

「あれは、私達がこの前入った迷宮だね。イチ」

「よし。行くか」

 イチの言葉に異を唱える声は聞こえず、三人は顔を見合わせ力強く頷く。

 ただ四人の速度についていけないものが一人。四人の目がその一人に集中する。

「ジュン。お前はどうする?」

 ジュンはその問いにたじろぐ。目の前で起こったトラブルに何の迷いも見せず飛び込む四人とまるで他人事のように捉えていた自分。たかだか数秒でその違いをありありと見せつけられてしまった。ついていけば足を引っ張ってしまう。

 それで救えたはずの人を救えなかったら?

 自分のバカげた夢と無謀が人を傷つける。

 ジュンの心はじわじわと恐怖に侵食される。

「ジュン。お前はどうしたい」

 ゾイドは再び問う。

 人を助けられる人になりたい。

 ジュンは心の中で呟く。

 この人達のようになりたい。

「ボクも、行きます!行かせてください!」

 ジュンの覚悟に四人もボルテージを上げる。

「自由の冒険団、気合入れていくぜ!」

 五人は勢いよく迷宮に飛び込む。


 薄暗い迷宮内を五人は迷うことなく駆け抜ける。いつもの行き当たりばったりの冒険とは違い、救難信号の発信源へ一直線に向かう。行く手を阻む敵は先頭を走るゾイドによって蹂躙される。立ちはだかる敵の数が多かろうとも、『番兵の行進』でお構いなしに突き進む。討ち漏らした敵はイチとサクヤが処理し、道中の魔法式(トラップ)はアンジーが神経をとがらせ、僅かにでも異変を感じれば後方から声を張り上げる。ジュンは四人に囲まれるような形で何とか追走していた。

 そうして一本の槍の如く真っ直ぐに突き進む五人であったが、ある異変が五人の前に現れる。

「前方!巨大な魔力感知!恐らくは魔物だ!気をつけろ!」

 アンジーの忠告通り、しばらくするとスケルトンが姿を見せる。だがそれは通常とは桁外れの魔力を有しており、その影響なのか骨は黒々としており、その輝きは金属のそれを連想させる。しかし一行は足を止める様子を見せずそのまま突っ込む。

「押し通る!」

 ゾイドは盾による打撃を繰り出すが、スケルトンはそれをするりと躱しゾイドの脇横を通り抜ける。そしてその背後にいたジュンに攻撃するでもなく抱きつくような形でまとわりつく。その瞬間、その場にいた全員が急激な魔力を感じた。

 それが何を意味するのか、ある予測に辿り着いたアンジーは冷や汗を浮かべる。

 まさかこいつ自身に罠が仕込まれているのか?

 思考の分アンジーの行動が一瞬遅れる。ジュンを巻き込んでしまうと攻撃を躊躇うことによりイチとサクヤの行動はそれよりさらに遅れる。瞬時に動けたのはゾイドだけだった。

 ゾイドがやろうとしたことは敵を捕まえ、押さえつける。

 反撃の隙を与えぬため思考を介さずほぼ反射の域まで高めた、兵士時代の身体に染み付いた動き。

 ゾイドはスケルトンの頭部を掴む。あとは投げるだけ。だが、それすらも遅かった。スケルトンに仕込まれた罠が発動し、眩い光に包まれたかと思えば二人の姿はどこにも見えなかった。


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