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無職と行く迷宮冒険譚  作者: 賽ノ目seven
無職、弟子をとる
15/17

第五章 其の三 特訓?の日々

 ジュンの実力を確かめるべく一行は栄光の塔地下にある訓練場へと足を運ぶ。

 訓練場はいくつかのブロックに分けられており、組み手などを行う模擬戦闘場、様々なトレーニング器具が設置された鍛錬場、魔法や銃などを試し打ちする射撃場、大まかに三つのブロックで成り立っていた。通り名持ち(ネームド)など実力を認められたものは戦闘用ゴーレムなどの人工魔法生物と戦闘を行う特殊訓練場の使用を認められるが、今回サクヤしか使用の許可を持っていない。

 そんなわけで模擬戦闘場へ顔を覗かせる五人であったが、先にいた攻略者達は自由の冒険団を見るなり顔を合わせぬようそそくさとその場を去る。元々酒場での乱闘や普段の行いから正気ではないと思われていた一行だが、前回の襲撃騒ぎと逮捕の件が悪い具合に混ざり、自由の冒険団は攻略者の中でも第一級の危険人物となっていた。

「なんか知らんがラッキー。広々と使えるぜ」

「まったく人を腫れ物扱いしやがって。何かしたか?…心当たりはありまくるが」

「いや、まあ。確かに色々ありますけれど…でも皆さんが避けられているのは質の悪い噂話がこじれた結果だと思いますよ。なかにはあの竜の爪と戦った、なんて噂もありますし」

 事情を何も知らないジュンはあまりに荒唐無稽話だと苦笑いを浮かべる。

「ああ、それは本当だ。つっても実際に戦ったのはイチだけで私らは何もしてねえけど」

 涼しい顔で答えるアンジー、それとは正反対にジュンの顔は青ざめる。

「た、戦ったってどうして……あの『王国の守護者』ドミニクや『鬼殺し』シュラがいるのに…何かあったら命がいくらあっても足りないですよ」

「どうしてって…」とイチ達は顔を見合わせる。

 サクヤの現状に対する怒り、大切な友人を救うという使命感、過去に交わした約束。あの時のイチ達には様々な理由があった。しかし根底には動かなければ一生後悔する確信めいた思いがあったのだが、その想いを四人は上手く言葉にできず、代わりに四人の脳はかなり簡単な言葉を出力する。

「ノリと勢い?」

 その言葉にジュンは絶句する。

「怖くなかったんですか…?」

「そりゃ怖かったさ。どいつもこいつも化け物ぞろい。ドミニクの前じゃ心底肝が冷えた」

「ゾイドすげえ汗だったもんな」

「あれの前に立てば誰だってああなる。ともかくあの時、恐怖はもちろんあったがそれ以上に真剣だったんだよ。要は覚悟の問題だ」

「覚悟…」

「それより、今日はお前の実力を確かめておきたい。さすがに本職には劣るが、徒手格闘なら俺もそこそこ仕込まれているからな。組み手くらいなら問題ないだろ」

「組手、ですか。ゾイドさんの相手がボクに務まるでしょうか…」

「格闘家が何言ってんだ。それに道着もしっかり着て準備万端じゃねえか。まさかそれを普段着にしてんのか?」

「いえ、そういうわけでは...。これを着て帯を締めるとなんだか気持ちも締まると言いますか、ちょっぴり勇気が湧くので、ここ最近はいつも着てますけど」

「なるほどな。ところでそれを最初から着てたってことは、私達の所に来るのは勇気が必要だったわけか?」

「えっと……」

「その反応で何となくわかったよ」

「アンジー拗ねるなよ。ともかくそんだけ勇気を出してくれたなら俺らも応えないとな。ほんじゃまあ始めるか」

 ゾイドは軽い口調とは正反対に順を威嚇するように重圧を放ち、戦闘態勢をとる。ジュンは一度おじけづく様子を見せたが羽織っていた上着を脱ぎ帯を締めなおすと力強く両の足でしっかりゾイドの前に立つ。

「それでは…行きます!」

 ジュンは肺を絞るように息を吐く独自の呼吸法をする。おどおどした弱気な青年から打って変わって、闘志あふれる攻略者の様相を見せる。

 雰囲気を一変させたジュンは鋭く右の突きを放つ。ゾイドは左腕で上手くいなすがジュンの攻撃は止まらず、四人の中で断トツの防御力を持つゾイドが思わず後ろへ下がる。しかしゾイドは攻撃を全て防ぎ反撃のタイミングをじっと待つ。

 連撃の最中ジュンは強く踏み込み、強打を放つ。ゾイドはその一撃を躱し、大振りとなったジュンは体勢を崩す。その隙をゾイドは見逃さず、腕を掴み捻り上げると、兵士仕込みの技で取り押さえる。

「ま、参りました…!」

 ジュンが床をタップし降参を告げるとゾイドは即解放する。

「さすがです…やっぱりボクはダメですね」

「いやそんなことはない。想像以上の実力だ…」

「そんな、慰めとか大丈夫ですよ」

 ゾイドは納得のいかない表情を浮かべるがひとまず組手を続けさせる。

「イチ、相手してやれ」

「よーっし。ここはカッコ良くビシィと決めてやるぜ」

「お願いします…!」

「気い抜くなよ」

「わかってるわかってる」

 イチは手をひらひらと振り適当に答える。ゾイドはこれ以上何を言っても無駄だと知り大人しく下がる。

「それで?どうだったあいつの実力は」

「生半可じゃないな。正直言って次やるなら盾が欲しい。さっきのはたまたま上手くいったが、素手だと手に余る。今も腕が痺れて使い物にならん」

 攻撃を受けたゾイドの腕は本人の意思とは無関係に震えている。それを見たサクヤは何かを確信するように頷く。

「やっぱりちゃんと実力はあったみたいだね。社長はそこら辺の目利きはズバ抜けてるからね。多少は実力があると思っていたけど…これじゃあイチには荷が重いかもね」

 サクヤが視線を戻すとジュンの正拳突きがイチの鳩尾にクリーンヒットしていた。

「あべしっ!」

 イチは吹っ飛ばされそのまま力尽きる。

「うーん声から何までやられ役の鑑だね」

「あれ程の実力で活躍できねえとなると」

「問題はやっぱり精神だが、思ったより深刻だな」

「精神ね。こればっかりはな」

「イチの話を聞く限り、パーティーメンバーが多少奴に甘い節もあるみたいだが」

「じゃあ私達は厳しくする?自由の冒険団スパルタブートキャンプ?」

「スパルタは最終手段じゃねえか?」

「お、俺に考えが、ある」

 意識を取り戻したイチが腹ばいで話へ加わる。

「ああイチ、生きてたんだ」

「ようは自信が持てるようになればいいんだろ。明日一日俺にまかせくれ。…あと誰か医務室に連れてって」

「どう思う?」

「すこぶる不安だが、一度任せてみるか」


 良く晴れた日の昼下がり、活気で賑わう大通りは老いも若きもエネルギーに溢れている。互いで互いを鼓舞するように活気は活気をよび大通りの華やかさはまだまだこれからが本番だ。そんな中、イチとジュンはこっそり物陰から人々を観察していた。

 あからさまに怪しい二人を巡回中の兵士は視界の端に入れ、警戒を怠らない。奇行が珍しくないイチと違い、そんな視線に晒されることに慣れていないジュンは居心地が悪そうに身体をより小さく丸める。

「あの…イチさん?こんなところで一体何を?」

 ジュンの問いにイチは凛々しい態度で答える。

「ジュンよ。お前に必要なものの一つは自信だ。それはわかるな?」

「はい…」

「自信というものは成功の積み重ねでつく。お前の場合、いきなり戦闘で成功体験を掴むのは難しい。なので、戦闘に関係なくともまずは成功を経験し、お前に自分がダメダメではないということを理解してもらいたい」

「なるほど。でもボク、鍛錬しかしてこなかったので何も出来ませんよ?しかもこんな往来で。大道芸なんてもちろん出来ませんし…」

「ジュンよ。お前は顔が良い」

「はあ…ありがとうございます…」

「その顔をふんだんに活かしてちょっくらあの女性にお声がけしろ」

「はい?」

 ジュンの冷ややかな視線にイチは気づく。

「おっと何か勘違いしているようだな。俺は何もやましい気持ちで言っている訳ではない。ほらよく見てみろ。あの人、困っているだろう?」

 イチに言われジュンは女性に気づかれぬよう視線を送る。女性は観光客なのか、イチの言う通り地図をしきりに確認し困り顔をしていた。

「今日お前にやってもらいたいのは人助けだ。と言っても大袈裟なことをする必要はない。道案内や落とし物を拾う、それだけでも感謝されればその分自信もついてくるさ」

「そういう意図が…それはわかりましたけど、人助けに顔の良さが関係あるんですか?」

「あるさ。俺なんて泣いてる子に声をかけたら誘拐犯に勘違いされて取り押さえられ、またある時は困ってそうなお婆さんの荷物を持ってあげようかとしたら泥棒と勘違いされ関節極められた。…あの婆さん只者じゃねえぜ」

 ジュンが顔を引くつかせるのをイチは見えないふりをする。そしてジュンの背中を押し女性の元へ誘導する。こうして二人の人助けが開始された。

 活気で賑わう大通り。人々の熱量は様々なものを生み出す。今日の糧、明日への希望、そしてもちろんトラブルも。

 迷子の保護、道案内、落とし物の捜索、木から下りられない猫の救助など二人は次々と問題を解決していく。途中イチがケンカに巻き込まれ吹っ飛ばされたり、勘違いで兵士に連行されかけたりすることもあったが作戦は順調と言えた。

 休憩を兼ねて二人はベンチに座りジュースで喉を潤す。

「どうだジュン、ちょっとは自信が付いたんじゃないか?」

「…ボクなんかでも人の役にたてるって少しは思えました。けど、これはイチさんがいるからで、やっぱりボク一人だとダメで」

「はい。それ禁止!」

 イチは突然、ジュンの眼前に指を突き付け叱咤する。ジュンは不意をつかれ身体を強張らせる。

「自分はダメだとかグズだとかネガティブな発言はこれ以降禁止だ。自分の生き方を最後に決めるのは自分自身だぜ?自分で自分を否定してちゃ何も出来やしないさ」

「イチさん…」

「そう。金が無く、職にありつけなく、女性に冷たい目を向けられようとも、これも一種のプレイだと言い聞かせ己を奮い立たせるのだ」

「イチさん…」

 イチが涙を堪えながら自分の生き様を力説する中、ジュンに近づく影が二つあった。

「ねえキミィ~ちょっとこの場所教えてくれない~?」

「ウチらこの街はじめてだから、慣れなくてさ」

 少し派手目な女性二人組がジュンに声をかけてきた。

「え、はい。この場所ならここを真っ直ぐ行って」

「ええ~ちょっとわかんない~」

「ちょい悪いけどさ、一緒に来てくれない?」

「つかキミィ~なんかカワイイ~」

「ついでにちょっとさ、寄ってかない?」

「いや、あの、ちょっと」

女性達は力強い動きでそれぞれジュンの腕に巻き付き、ジュンを無理矢理歩かせる。ジュンは二人の素早い行動に混乱し抵抗も覚束ない。女性達は舌なめずりをし、獲物の味を想像する。久々の上物に思わず頬も紅潮する。

「チャンス…!」

 イチは誰にも聞こえないように呟き、颯爽と三人の前に立つ。

「はぁい、お嬢様方。安らぎの時間、この自由の冒険団リーダーでお馴染みイチ・アマノもご一緒してもよろしいでしょうか?」

 思わぬ邪魔者に獣の本性が露になる。

「は?良いわけねえだろ。つか誰だよオマエ」

「調子乗ってんじゃねえよ勘違い野郎。○○ぶち抜くぞ」

 言葉の刃がクリティカルヒットし、イチは膝から崩れ落ちる。イチの出現に興がそがれたのか女性()達は次の得物を探しその場を去る。解放されたジュンはしばらく茫然とし、後からじわじわと恐怖を覚える。

「イチさん」

 震える声でイチに声をかける。しかしイチの返答はない。

「イチさん…?」

 その時、ジュンは気づく。

「し、死んでる…!」

 あまりの強い言葉にイチの心と身体は死を選んだ。

 イチ・アマノ 享年二十一歳。

 恥の多い生涯を歩んできたが、彼の心に後悔は微塵も無かった。ただ、隣に美女がいないことだけが心残りだった─。

「死んでんじゃねえッ!」

 その夜酒場で事のあらましを聞いたアンジーは思わず飛び蹴りをくらわす。イチは派手に転がり壁に激突する。

「こ、心を打ち砕かれた人間に対して、この仕打ちとは……マジで容赦ねえな、アンジー…」

「うるさい!お前を信じた私達が愚かだったよ!」

「もうイチ、一体全体何がしたいの?」

「真実の愛が…知りたいです……」

「やかましいッ!」

「ちょっアンジー、優しくしてやさしくあああああっ!」

 イチの絶叫が店内にこだまする中サクヤとゾイドは今日の結果を冷静に振り返る。

「結末はひとまず置いておいて、成功体験で自信をつけさせる方向は良かったんじゃない?」

「その結末が目も当てられないんだが…まあそれじゃあ一先ず、しばらくは人助けでもして自信つけさせるか?」

「おっとちょい待ち。だったら私に良いアイデアがあるぜ」

 イチを足蹴にしながらアンジーは自信ありげな表情を浮かべる。

「人助けなんて不確定要素が多すぎる。ここは一芝居打とうじゃねえか」

「一芝居?」

「ストーリーはこうだ。まずジュンと私が行動を共にする。するとそこへチンピラが因縁をつけてくる。当然の如く反発する私、だが、意外にも相手は強い。私は倒されピンチ!ここでジュンが勇気を振り絞りチンピラを倒す。逃げるチンピラ、自信を持つジュン。その後ジュンは迷宮攻略でも大活躍!弱き日の自分は気が付けばいずこに…。とまあこういった寸法よ。古典的な方法だが、上手くいきゃ効果は絶大だぜ」

「おお、さすがアンちゃん。策士だねえ」

「それで、そのチンピラは誰がやるんだ?まさか俺達に覆面でも被れって言うんじゃないだろうな?」

「そこは任せとけ。すでに人員は確保してやる。ヘイ!チンピラ隊カモン!」

 アンジーが指を鳴らすとどこからともなく複数の男達が姿を現す。その見た目は揃いも揃ってチンピラ隊の名に恥じぬ、見事な悪人面だった。囲まれるとその迫力は乗算的に跳ね上がり、小動物程度ならばそのまま仮死状態へと導けるだろう。そんな集団にゾイドは眉をひそめる。

「念のためなんだが、裏の人間じゃないんだな?」

「おいおい。人を見た目で判断しちゃいけねえってのはちびっ子でも知ってることだぜ?お前ら、普段何してるか教えてやりな」

「押忍!」と野太い声を揃えると一人ずつ自身の仕事を言っていく。

「自分は花屋をやっています!」

「自分はパティシエを!一押しは季節のフルーツを使ったタルトです!」

「お恥ずかしながら…未熟ながらもトリマーをしております」

 その後も家政婦、絵画教室、郵便配達員と荒事とは程遠い職種が並ぶ。

「ほらな?真っ当な奴らだろ?」

「真っ当なのはわかったけど、だったらチンピラ隊なんて名前辞めたら?誤解されるよ?」

「いえ。この名前には訳があるんです」

 花屋をやっている男がサクヤの発言に異を唱える。

「自分達はこの通りとても堅気に見える風体ではありません。それぞれ悩んでたところアンジーさんに逆にこの顔を活かした劇団でも立ち上げてみろと助言を受け、悪党劇団チンピラ隊を旗揚げした次第であります。劇団としてはまだ舞台にすら立っていないひよっこですがこれからどうぞよろしくお願いします!」

「名前の由来はそういうわけだ。さあお前ら!舞台じゃねえがチンピラ隊の初仕事、成功させるぜ!早速作戦会議だついてこい!」

 アンジーが駆けだすと男達もそれに続き駆けだす。一つの目標に向かい真っ直ぐな目で駆ける姿。そこには少し遅れた青春があった。

「アンジーの野郎、いつの間にあんな大所帯を率いるように」

「あいつ変なところでカリスマあるからな」

「私より勇者に向いてるんじゃない?」


 翌日。

 アンジーは作戦通り、ジュンを連れ出し人通りの少ない裏通りを歩いていた。

 指定のポイントへ来たところへアンジーはジュンにバレぬようサインを送る。それを受けたチンピラ隊の選ばれし五名が二人の前に立ちはだかる。

「おっとぉ。ちょいと待ちなお二人さん」

「ここは俺達の縄張りだ。通りたければ通行料払いな」

「ちなみに引き返す場合も頂くぜ?へっへっへ」

 男達の予定通りの横暴にアンジーもまた予定通りに怒りを見せる。

「んだテメエら?やるってのか?」

「おうおう。こいつは威勢のいい姉ちゃんだぜ」

「怖くてブルブル震えちまうぜ」

 チンピラ隊はその演技力をいかんなく発揮する。あまりのうまさに笑みが零れるのを何とか抑えながらアンジーは怒りの演技を続け、一番近くにいた男に殴りかかる。

「このクソ共がッ!」

 男はアンジーの拳を難なく掴み、力任せに壁に叩きつける。

「アンジーさん!」

 ジュンの悲痛な叫びも当然届かない。ここまでは全てアンジーの描いた脚本通り。この後男達がアンジーを人質にジュンを脅す。ジュンに、動いてアンジーを助けるか、アンジーを見捨てるかの二択を迫る。ジュンが勇気を持つこと、そしてその勇気が決して無駄ではないことをジュンに知ってもらう。そうすればきっと変われると全員が信じている。

ジュンの今後を左右する重大な場面。

 作戦通りチンピラ隊の一人がアンジーの胸ぐらを掴む。そしてすかさず脅し文句を決める。

「コノアトドウナルカワカルダロウ?」

「あん?」

 男は緊張のあまりこの場面で棒読みの見事な大根役者ぶりを披露してしまう。

「おい落ち着け」

「ここが大一番だ。しっかり」

「オーケー。俺は大丈夫」

「そうだ。お前は大丈夫」

 小声で励まし合うチンピラ隊。内容は聞こえなくても何か様子がおかしいことはジュンに十分なほど伝わっていた。ジュンに完全に気づかれる前に男は台詞を言いなおし何とか立て直しを図る。

「このあとぉ、どうなるかわひゃるだろうぅ?」

 しかし、声は裏返り一部台詞を噛んでしまった。男はパニックになり情けない表情を見せる。アンジーはその様子につい我慢ならなくなった。

「もういい変われ!私がやる!」

 アンジーは素早く背後につき、男の首に腕を回す。

「アンジーさんあなたがそれをやったら…」

「ああん?何か言ったか?」

「いえ、なにも……」

 アンジーの迫力に男は何も出来ず引き下がる。

 その様子を物陰から見ていたイチ達は表情を曇らせる。

「なにかおかしな方向に行ってねえか?」

「そういや、アンちゃん昨日徹夜で演技指導してたって言ってたっけ」

「寝不足で正常な思考が出来てねえじゃねえか」

 そんなイチ達の失望もお構いなしにアンジーは脅し文句を決める。

「おう坊主!こいつを助けたければどうすべきかわかるよな?こんな奴、私の機嫌しだいでどうとでも出来るんだからなぁ!」

「お、お助け……」

 さすがに目の前の出来事に違和感を覚え、アンジーに危機が無いと悟ったジュンは困惑しながらも目の前の一行に声をかける。

「あの?皆さん、というかアンジーさん?」

「はい!ここで決め台詞!」

 突然のことにジュンは戸惑いながらも従う。

「え?えと、そんな危ないことはやめなさい、危ない、ですよ…!」

「バカかお前は!そんな貧相なボキャブラリで誰が止まるか!お前の正義感を燃やせッ!」

「このボクがぁ!許さないぞぉ!」

「語尾を伸ばすんじゃねえ!もっと颯爽と気高く!」

「悪の風が吹けば僕の正義の炎が燃える!身を焦がす痛みがボクを動かす!その悪に染まった魂を燃やし尽くしてやる!」

「誰がポエムを披露しろつった!あと長い!もっと短く!王道に!」

 そしてアンジーの指導はその後も続き──

「そのような卑劣な行為はこのボクが許さないッ!」

 正義に燃えるジュンの瞳が男達を睨みつける。

 ジュンの目が気に入らないリーダー格の男が大勢の手下に号令をかける。十は超える男達がジュンに襲い掛かる。ジュンは果敢に応戦し華麗な立ち回りで、傷一つ負わず成敗していく。

 ものの数秒後にあたりは倒れた男達で埋め尽くされ、その中央に寂しい風に吹かれながらも一人立つジュンの姿があった。ジュンは自身の両手を見つめる。か弱きものを助けるために鍛えた拳。しかし、その拳でどれだけ悪漢を痛めつけようが、圧倒的な暴力は恐怖の対象となりか弱きものを守るどころか怯えさせるだけ。果たして歩んできた道はこれで正しかったのかと後悔を滲ませながら両の拳を強く握りしめる。

「助けてくれてありがとうございます。あの…お名前を」

 男達から解放された看板娘レイはジュンの側へ歩み寄る。

 ジュンはそれを拒むかのように背を向ける。

「ボクは暴力でしか道を開けぬような者です。名乗る名も、礼を言われる筋合いもありませんよ」

『少年が愚直に歩んだ正義の道。しかし気づけばそこは修羅道。引き返すことはもう叶わない。己が間違っていることを知りながらも、弱者の叫びは放ってはおけぬ。世に蔓延る悪を慈悲深き神に代わり、怨念から生まれし鬼が成敗する。今日もまた彼を呼ぶ声がどこからか』

 サクヤのナレーションに合わせ、イチはハーモニカやギターなど複数の楽器を器用に使いエンディングテーマを演奏する。

 悪党劇団チンピラ隊初公演『流浪の格闘家~その背中には悲しみと愛があった~』は近所の子供達の盛大な拍手とともに幕を下ろした。

「何で劇なんか披露してんだ?」

「こっちのセリフだ」

 劇団の初公演を祝した打ち上げもひと段落したところで疑問を口にするアンジーにゾイドはあきれ返る。

「まったくレイまで巻き込みやがって」

「巻き込まれた割にはノリノリだったぞ」

「まあまあ結果はどうあれ、ジュン君も人前であれだけ堂々と演技出来るようになったんだから戦闘も問題無く」

「いけると思うか?」

「ですよね…」

「そんじゃあ次はどうする?ひたすら褒めまくってやるか?」

「ファンクラブでも作ろうってのか?」

「いや、ここは趣向を変えて、少し荒っぽくいこう」

 サクヤの言葉にゾイドは片眉を上げる。

「荒っぽくって具体的にはどうするんだ?迷宮でも連れまわすのか?」

「さすがにそれは可哀想だからやらないよ。危ないしね。私の作戦は恐怖の感覚をちょっと麻痺させてみようかと思う。というわけで、ジュン君に向かって大技を放ちまくります」

「より可哀想で危ないアイデアだな」

「大丈夫。ちゃんと当てないようギリギリで外すから。じゃあイチ手伝ってね」

「絶対嫌だ。お前の発案に乗ると大抵の確率で俺が碌な目に合わない」

「何言ってんだイチ。サクヤが関わらなくてもお前は大抵碌な目にあっていない」

「例えそうだとしても今回は何が何でもパスさせてもらう。この前一回死んでる俺に免じて何卒」

「それはお前が勝手に死んだだけだ」

「ああもう、そこまで嫌だって言うなら手伝わなくていいよ」

「マジで?」

「その代わりこの前貸したお金返して」

「このイチ・アマノ可愛い愛弟子のため一肌脱がせて頂きます」

「それじゃあ作戦会議行くよ」

「ゾイド、もしものことがあったら部屋の片づけはお前に任せる。俺の秘蔵のコレクション、もし気に入ったやつがあったら回収していい。ああ、あと屋根裏のことは大家には黙っていてくれ。あれは前の住人のせいで俺のせいではない」

「いつまでやってんのっ!」

「頼んだぞぉ…!」

 引きずられてゆくイチを見送ったアンジーとゾイドは乱れた机と椅子を整えまた飲みなおす。

「どう思う?」

「イチのケツが焦げるに一票」

「俺も同意見だ」

「賭けにならねえな」


 そしてサクヤの作戦が実行された結果。

「借金が増えたぁ…」

「どうしてそうなる!?」

 酒場で泣き崩れるサクヤに向かいゾイドはつい声を荒げる。

 悲しみに暮れながらサクヤは事のあらましを説明する。

 ジュンを訓練場へ呼び出したサクヤは柱に括りつけたイチで己のアイデアと安全性を示そうとした。一撃目、二撃目と順調にイチの身体に当たらぬよう、寸前のところで攻撃を外し続けていた。ある程度デモンストレーションを終え、ジュン相手に技を放とうとしたところでハプニングが起こった。攻略者の中でも質の悪い、荒くれ上がりの攻略者数名がジュンに言いがかりをつけていた。男達は、ジュンが女性人気だけでは飽き足らずサクヤに取り入り新たな人気を得ようとしていると、見当違いな嫉妬でジュンを懲らしめようとしていた。

 それを見たサクヤは追い払おうと、威嚇のためありったけの魔力を込めた一撃を放った。

 その一撃は見事男達をビビらせ退散させるに至ったが、訓練場の壁までも破壊してしまった。その修繕費として借金がまたふえてしまった。通常、訓練場で大規模な攻撃を放つ際は魔法障壁の申請をしなければならないが、サクヤはすっかり忘れていた。

「だって、今までは世話係の人達が全部やってくれてたから」

「甘やかされた結果か。やっぱ人は適度な試練が無いと成長しねえな」

「壁の修理費として借金が増えた理由はわかったが、その流れでどうしてイチが焦げるんだ?」

 ゾイドは横で全身黒焦げになっているイチに目を向ける。

「瓦礫の回収と壁の修復にきたゴーレムが飛び出た配線に当たってショートした結果、誤作動を起こしてなぜかイチに向かって攻撃してきた」

「それでこれか。奇跡的な悪運だな。ある意味神に愛されているんじゃねえの?」

「そんな歪は愛はいらん。ただただ甘やかしてくれる優しさが欲しい」

「優しさだけが愛じゃないよ」

「まだまだ青いなイチ」

「……とりあえず今日は解散するか」

「今日は飲まないの?」

「夜はまだまだこれからだぜ?」

「毎日バカ騒ぎしてちゃ身体が持たん。お前も今日焦げてるだろうが、大人しく休めよ」

「それはそれ」

「これはこれ」

「…ほどほどにしとけよ」

 乾杯で長い夜の幕開けを祝福する三人を尻目にゾイドは店を出る。


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