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ダンジョン・ブレイク――スキルコピーするだけで最強の俺、ダンジョンで恋も奪う  作者: 源 玄武(みなもとのげんぶ)


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第51話 選択の朝、欲張りな答え

 薄い毛布の温もりの中で、俺はゆっくりと目を覚ました。

 頭上に広がるのは、休憩所特有の淡い照明。

 まるで朝靄のようにやわらかい光が天井から降りてきて、現実と夢の境界をぼかしている。

 昨日までの緊張感が、嘘みたいに遠い。

 剣を握り、命を張っていたはずの時間が、今はどこか遠い出来事のように感じられた。


「……ふぁぁ……」

 

 身体が軽い。

 筋肉の張りもないし、魔力の巡りも滑らかだ。

 庁スマホのステータスを確認すると、体力ゲージはほぼ満タンを指していた。


「……さすが休憩所……チートすぎるだろこれ……」

 ぼそっと呟く。


 ダンジョンの中にあるとは思えないこの環境。

 安全地帯というより、もはや“現実を忘れさせる罠”なんじゃないかとすら思える。


 妙な違和感があった。


「……ん?」

 寝ぼけた頭のまま、首元に手をやる。

 視線を落とし、思わず二度見した。


 慌ただしく真琴先輩から渡されたパジャマ。

 柔らかい布地。

 しっとりとした肌触り。

 体にぴったりと馴染む感覚。


「……いや、これ……」


 指先で袖をつまむ。

 妙に上質だ。

 というか、サイズが絶妙に合っているような、合っていないような……なんとも言えないフィット感。


(……なんか落ち着かないんだけど……)


 違和感の正体はそれだった。

 着心地はいい。むしろ最高クラスだ。

 だけど、“自分のものじゃない感”がすごい。

 それに――ほんのりと、香りがする。


「……あ」

 一瞬で理解してしまった。


(これ……先輩の匂いだろ……)


 脳内に警報が鳴る。

 やばい。 いろいろとやばい。

 バレたらやばいよな。

 落ち着かない。

 むしろ昨日のことを意識すればするほど、変にドキドキしてくる。


 そのとき。


「……何やってるの、朝から」


「うわぁっ!?」

 背後からの声に、俺は飛び上がった。


 振り向くと、そこには。

 すでに起きていた真琴先輩が、腕を組んでこちらを見ていた。

 寝起きのままの少しラフな髪。

 それでも整って見えるのがずるい。

 しかも、ほんのりとした寝起きの気配が残っていて、普段より少しだけ柔らかい雰囲気。


(やめてくれ……朝から破壊力高すぎる……!)


「べ、別に何もしてません!! ほんとに!!」


「何かしたなんて言ってないけど?」


「うっ……」

 墓穴。完全に自爆。

 

 真琴先輩はじっとこちらを見つめ、ふっと小さく息をついた。

 

「……遼」


「は、はいっ!」


「もしかして、昨日のことで照れてるの?」


「ぶっ!?」

 心臓直撃。


「ち、違います!! 断じて違います!! 俺は常に冷静沈着な冒険者であって」


「へえ?」

 じり、と一歩近づかれる。


 真琴先輩はくるりと背を向け、軽く伸びをした。

 その仕草すら絵になるのが悔しい。


「まあいいわ。朝からそんなに慌ててると、見てるこっちが疲れるし」


「それより」

 ぱっとこちらを振り返り、少しだけ明るい声で言った。


「早く朝食食べましょう。冷めちゃう」


「え、もう用意してるんですか?」


「ええ。簡単なものだけどね」

 そう言って歩き出す。

 ……が、途中でふと立ち止まり、こちらをちらりと見た。


「それに」

「?」


「遼に聞きたいことあるし」

「聞きたいこと?」



 食堂スペース。


 昨夜と同じ場所なのに、朝の空気はまるで違う。

 照明は落とされ、代わりに天井の採光パネルから淡い自然光が差し込んでいる。

 静かで、どこか神聖な雰囲気すらあった。


「うわ……」

 思わず声が漏れる。

 

 テーブルの上には、すでに朝食が並んでいた。

 こんがり焼けたトーストに、とろりとした半熟の目玉焼き。

 香ばしいベーコンと彩り豊かなサラダが並び、湯気の立つコンソメスープが優しい香りを添えていた。


 席に着く真琴先輩。

 俺も向かいの席に腰を下ろす。

 同じパジャマで、同じテーブルで。


「「いただきます」」

 軽く手を合わせる。


 トーストにかぶりついた瞬間。


「うまっ……!」

 思わず声が漏れた。

 外はサクッ、中はふんわり。バターの塩気と小麦の甘みが絶妙に絡み合う。


真琴「……」


 カチャ、とフォークの音が響く。     

 目玉焼きの黄身を割ると、とろりと流れ出し、ベーコンと絡む。

 それを一緒に口に運ぶと、濃厚な旨味が広がって、思わず目を閉じた。


「……幸せだ……」


「大げさね」


「いや、でもほんとに。ダンジョンでこんな朝迎えるとは思ってなかったです」


 スープを一口飲む。  

 じんわりと身体の奥に染みていく温かさ。

 昨日の疲れが、ゆっくり溶けていくみたいだった。


「……それで」

 ふと、真琴先輩がフォークを置いた。


「話の続き、聞かせてもらうわよ」


「っ……」


 きた。

 俺は思わず背筋を伸ばす。


「夜に言ってたでしょ。幼馴染の子」


「――あ」

 一瞬、思考が止まる。


 白鳥亜里沙。

 あの名前を出したときの、優奈の微妙な表情も脳裏をよぎる。


「……詳しく知りたいなって」

 真琴先輩は何気ない口調で言った。

 けれど、その瞳は真剣だった。


「どんな子なのか、とか。遼とどんな関係なのか、詳しくね」


「え、えっと……」

 急に言われると、なんか照れる。

 頭の中で言葉を探すが、うまくまとまらない。


「べ、別に普通の幼馴染ですよ!? ほんとに!」


 とりあえず無難な答えを出す。


「“普通”の基準が信用できないのよね、遼の場合」


「なんでですか!?」


「だって昨日のあなた見てると、“普通”の定義が崩壊してるもの」


 「ぐっ……!」

 痛い。正論すぎて痛い。


 真琴先輩は少しだけ考えるように視線を落とし、それからふっと小さく笑った。


「それに」

「?」


「……私との関係も、“普通”なの?」


「――っ!?」

 フォークを落としかけた。


「な、な、な、なんですかそれ!?」


「別に。ただの確認よ」

 さらりと言うけど、その一言の破壊力がやばい。

 俺は顔が熱くなるのを感じながら、必死に言葉を探す。


「い、いや、その……先輩とは、その……」


「何?」


 じっと見つめてくる。

 逃げ場、なし。


「……特別、です」

 絞り出すように言ったその瞬間、空気がほんのわずかに揺れた気がした。


 真琴先輩は一瞬だけ目を細め。


「……特別、ねぇ」

 くすり、と小さく笑う。


「とても上手だったけど……昨日が初めて、ってわけじゃないのよね?」


「――っ!?!?」

 今度こそフォークを落とした。  

 カラン、と乾いた音がテーブルに響く。


「な、何の話ですかそれぇぇぇ!?」

 顔が熱い。

 いやもう熱いどころじゃない。

 完全に沸騰してる。

 頭の中で警報が鳴りっぱなしだ。


 真琴先輩はそんな俺を見て、わざとらしくため息をつく。


「はぁ……ほんと分かりやすいわね」


 じっと見つめられる。

 その視線から逃げたくて、俺は慌ててコップの水を飲んだ。

 

――が。


「で?」


「ぶっ!?」

 不意打ちで話を戻されて、危うく吹き出すところだった。


「ご、ごほん……で、って……」


「幼馴染の話。まだ何も聞いてないわ」


「あ、はい……」

 逃げ道、完全封鎖。

 俺は観念して、聞かれたこと全て話す。


 真琴先輩はフォークをくるりと回しながら、ぽつりと呟いた。


「……長いのね、その関係」


「……まあ、はい」


「大切な人なの?」

 その問いに、一瞬だけ言葉が詰まる。


 けれど――


「……大切な人です」

 素直に答えた。


 真琴先輩は少しだけ目を伏せて、それから静かにスープを口に運ぶ。


「……そう」

 短い一言。  

 でも、その中に何かが混じっている気がした。

 沈黙が落ちる。

 さっきまでの軽口が嘘みたいに、少しだけ重たい空気。


「ま、いいわ」

 ふっと、先輩が肩の力を抜いた。


「少なくとも、“特別”って言葉が軽くないのは分かったし」


「……え?」


「さっき、私に言ったでしょ」


 ちらり、とこちらを見る。


「“特別”だって」


「……っ」

 また心臓が跳ねた。

 真琴先輩は小さく笑って、何事もなかったかのようにパンを口にする。


 そのまま、ひと呼吸。

 空気が少しだけ落ち着いた、そのときだった。


「……そういえば」

「?」


 スープを軽くかき混ぜながら、何気ない調子で先輩が続ける。


「あなたの幼馴染。白鳥さん、

 ダンジョンに潜ってるらしいわよ」


「……え?」

 思わず顔を上げた。


「最近、探索者掲示板で名前を見たの。他の人とパーティ組んでるみたいね」


「他の人と……」

 胸の奥が、わずかにざわつく。

 あいつが、別の誰かと。  

 当たり前のことのはずなのに、妙に引っかかる。

 

(……あいつ、ちゃんとやれてるのか?)


 脳裏に浮かぶのは、いつものあの顔だ。

 呆れたように眉をひそめて、「バカじゃないの?」って言いながら、結局は最後まで付き合ってくる。


(昔からそうだったよな……)


 小学校の頃。

 無茶して木に登って、降りられなくなったときも。

 川に落ちてずぶ濡れになったときも。

 結局、最後に手を差し伸べてきたのはあいつだった。


(……あいつ、たぶん今も同じことしてる)


 自分の危険なんて後回しで、パーティの誰かを庇ってる。

 文句言いながら、全部背負い込んでる。


(バカだろ……ほんと)

 でも、その“バカさ”を誰より知ってるのは俺だ。


 真琴先輩はそんな俺の反応を観察するように、静かに言葉を続けた。


「……大丈夫なのかしらね」


「え?」


「あなたが言ってたでしょ。面倒見がいいって」


 スプーンをくるりと回す。


「……っ」

 言葉が詰まる。


「……心配?」

 不意に投げられた一言。


「そ、それは……まあ、少しは」

 正直に答えた。

 

 真琴先輩は一瞬だけ目を細める。


「……そう」

 短く返す。

 その一言に、何か含まれている気がした。

 けれど、俺はそれ以上踏み込めなかった。

 視線を落とし、スープを見つめる。

 揺れる表面に、自分の顔がぼんやり映る。


(……俺、どうしたいんだろうな)


 守りたいものが、増えていく。

 幼馴染。

 目の前の先輩。

 仲間。

 全部、大事だと思ってしまう。


 だからこそ――選べない。


 そんな俺の思考を断ち切るように、真琴先輩が口を開いた。


「昨日のことだけど」

 スープを軽くかき混ぜながら、彼女の声が落ち着いたトーンに変わった。


「休憩所のアイテムはね、休憩所を出た瞬間に消える仕様。あれは偶然じゃないの。悪意ある探索者が、よく使う手口」


「……悪意?」


「そう。たとえば、あなたが私のような人間に助けを求めたとして。その相手が、わざと服を貸さなかったらどうなると思う?」


「そ、それは……」


「裸でダンジョンを歩くことになる。武器も防具もなし。モンスターと遭遇すれば、即死。昨日のあなた、もし私が敵だったらとっくに死んでいたの」


 彼女の言葉が、じわりと心に突き刺さる。


(……甘かった)


 誰かを守るとか言っておきながら、簡単に命を預けてしまう。

 それがどれだけ危険か昨日、身をもって知ったはずなのに。


「……俺、完全に油断してました」


「うん。でも、それでいいの。最初はみんなそう。だから覚えておきなさい。“信じすぎるな”って」


「……真琴先輩……」


 胸の奥で、さっきとは別の感情が広がる。

 心配と、後悔と、決意。


「さて」

 食器を片付けながら、真琴先輩がさりげなく尋ねてきた。


 「ねえ、この後どうするの?

 私と探索を続ける?

 それとも幼馴染のところに行く?

 ……もしかして街で誰かとデートでもするつもり?」


「――っ!?な、な、な、なんですかそれ!?」

 思わず声が裏返る。

 

 あくまで淡々とした口調。

 けれど、その瞳は逃がしてくれない。


「だって、どっちも中途半端は危ないでしょ。ダンジョンも、人間関係も」


「うっ……」

 痛いところを突かれる。


(……選べってことかよ)


 白鳥亜里沙。

 昔から隣にいた幼馴染。

 何度も助けられて、何度も一緒に笑ってきた。

 

 そして――真琴先輩。

 出会ってからまだ短いのに、気づけば隣にいるのが当たり前になりつつある人。

 強くて、冷静で、でも時々すごく優しくて。


(どっちかなんて……)


 胸の奥がぎゅっと締まる。

 選べば、どちらかを置いていくことになる。

 そんな未来を想像しただけで、息が詰まりそうになった。


(……ふざけんなよ。なんで選ばなきゃいけないんだよ)

 そのとき、不意にそんな言葉が浮かんだ。


 ダンジョンは危険だ。人も簡単に死ぬ。

 だからこそ。


(守りたいもの、減らしてどうすんだ)


 ゆっくりと顔を上げる。


「……先輩」

「なに?」


「幼馴染も大事です。昔からずっと一緒で、あいつがいなきゃ今の俺いないですし」


 言葉にしながら、改めて実感する


「あいつ、絶対どこかで無茶してるんですよ。

 だから、放っておけない」


 そして、視線を真琴先輩へ向ける。


「でも、先輩も同じくらい大事です」


「……」


「一緒に戦って、助けてもらって……さっきみたいに飯食って、笑って。

 そういう時間、失いたくないです」

 少し照れながらも、言葉を止めない。


 静かな空気が流れる。

 真琴先輩は何も言わない。

 ただ、じっとこちらを見ている。 


「だから、両方選びます」

 俺は、はっきりと言った。


「……両方?」


「はい。幼馴染も助けるし、先輩とも一緒にいます」

 

 自分でも無茶なことを言ってるのは分かってる。

 でも、それでも。

 

 真琴先輩はしばらく無言だった。


「……ふふ。欲張りね、遼」

 小さく笑った。


「よく言われます」


「普通はね、どちらかを選ぶものなのよ」

「普通じゃないんで」


「……そうね。あなた、普通じゃなかったわ」

 くすっと笑う。


 その笑いは、呆れ半分。でも、どこか楽しそうだった。


「いいわ」

「え?」


「その答え、嫌いじゃない」

 思わず目を見開く。


「ほんとですか!?」

 思考より先に、口が動いた。


「なら、亜里沙にこれから街でデートしようって誘います!」


「は?」

 空気が、凍った。


 次の瞬間。

 ――パァンッ!!


「ぶはぁっ!?」

 視界が真横にぶっ飛んだ。

 何が起きたのか理解する前に、頬に衝撃と熱が走る。


「ちょっ、先輩!? いまのは」

 言い終わる前に。

 ――バチィィンッ!!


「ぐあぁぁっ!?」

 今度は反対側。

 世界が左右にシェイクされる。


「誰がそんなこと許したのかしら?」

 にこり。

 笑っている。

 笑っているのに、目が全然笑ってない。


「いやいやいや!? だって今“いい”って」


「“両方選ぶ”の意味、履き違えてない?」

 ――ゴスッ。


「ぐほっ!?」

 膝が腹にめり込んだ。

 呼吸が、消える。


「選ぶっていうのはね。軽く扱うって意味じゃないの」

 ―――バチンッ!!


「ぎゃあああああっ!!」

 連続ビンタコンボ。

 もはや芸術。いや拷問。

 俺の庁スマホが、ピコン、と無慈悲に鳴る。


《警告:HP残量 1》


「ちょっ!? 待って!? 俺いま瀕死!? ガチで瀕死!?」

 ふらふらと揺れる視界。

 立ってるのが奇跡レベルだ。

 真琴先輩は、はぁ、と小さく息を吐いた。


「……まったく」

 そして、しゃがみ込んで俺の顔を覗き込む。


「両方大事にするっていうなら。

 ちゃんと一人一人、向き合いなさい」

 指で、軽く俺の額を小突いた。


「ほら、立てる?」


「……なんとか……」

 HP1でよろよろと立ち上がる俺。

 その様子を見て、先輩はふっと小さく笑った。


「ほんと、手のかかる勇者様ね」

「前より称号が痛い……」


「当然でしょ」

 そう言いながら、手を差し出してくる。


 一瞬迷って、その手を取った。


「次、同じこと言ったら?」


「……?」

 にこり、と微笑む。


「HP、0にするわよ?」

「やめてくださいぃぃぃっ!!」


 こうして――

 俺の“両方選ぶ宣言”は、開始早々ボコボコにされたのだった。

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