第46話 今日こそ俺の冒険力を見せつける
昼下がりの大学キャンパス。
空はどこまでも抜けるような青で、雲は綿菓子みたいにゆっくり流れている。
春の終わりを告げるやわらかな風が吹き抜け、並木道の葉がさらさらと音を立てた。
木漏れ日は芝生の上で揺れ、まるで光の波紋みたいにきらめいている。
カフェテリアに向かうグループ、ベンチで昼寝する者、レポートの愚痴をこぼす者。
「はー、午後の講義だるいな」
「わかるー、もう帰りたい」
そんな日常の断片があちこちで転がっていた。
どこもかしこも、穏やかな午後の風景。
ただ、一人を除いては。
「ふ、ふふ……はは……ついにこの日が来た……!」
芝生を踏みしめるたびに、妙なテンションで震えている男。
俺――藤堂遼は、明らかにこの空間と温度差を起こしていた。
「今日こそだ……今日こそ俺の“冒険力”を見せつける……! あの人に……!」
ぐっと拳を握る。
脳内ではすでに壮大なBGMが流れている。
(今日は“ただの後輩”じゃないところを見せてやる……!)
肩にかけたバッグはパンパンに膨らんでいる。
中にはダンジョンから持ち帰った戦利品の数々がぎっしり詰まっている。
そして腰には、一本の剣。
漆黒の刃。
その表面を、淡い青の光がときおり走る。
ドクン。
握った瞬間、心臓が呼応するように脈打った。
(やっぱり……ただの武器じゃねぇ……)
指先から腕へ、そして胸の奥へと冷たい感触が染み込んでくる。
だが不思議と嫌じゃない。むしろ、しっくりくる。
「……完全に“選ばれし者の武器”だろこれ」
思わずニヤける。
「見ろよ……この造形美。闇夜を切り裂くような漆黒の刃、その表面を駆ける淡青の光……! 」
気づけば、剣を天に掲げていた。
「これぞ、“冒険者の魂”ッ!!」
ビシィッ!!と決めポーズ。
静寂。
「……あれ、藤堂じゃね?」
「うわ、また始まったよ……」
「何あれ、コスプレ?」
「違う違う、あれが“通常運転”」
「近寄ると危険かも」
ヒソヒソ声。
だが俺は気にしない。
「ふん……凡俗どもめ……」
腕を組み、軽く鼻で笑う。
夢のない現代社会の犠牲者たちよ。
「理解できないだろうな……“選ばれし者の宿命”が……」
「やばい、厨二発症してる」
「距離取ろ」
周囲が半径2メートルほど自然に空いた。
(いい……いいぞ……この孤高感……!)
俺の目的はこいつらじゃない。
俺の真の目的は、この宝を“理解してくれる人”に見せることだ。
そう、探しているのはただ一人。
香坂真琴。
「……いたっ!」
キャンパス中央のベンチ。
木漏れ日の下、静かに本を読む一人の女性。
長い黒髪をポニーテールにまとめ、白い首筋が光を受けてわずかに輝く。
ページをめくる指先は細く、無駄がなく、美しい。
(……女神か?)
一瞬、足が止まる。
だがすぐに首を振った。
(いや違う……今日は見せる側だ……!)
俺は一気に駆け出した。
息を整える暇もなく、叫ぶ。
「真琴先輩っ!」
ビクッ、と彼女の肩がわずかに揺れる。
黒い瞳がこちらを向いた。
その瞬間を逃さず。
「見てください!!」
剣を抜き放つ。
光が弾け、刃が太陽を反射する。
「 これが昨日の探索で引き当てた、魔鋼の剣です!
この刀身の輝き、漆黒と淡青が織りなす幻想美! これぞ冒険者の魂ッ!」
……静寂。
周囲の鳥の声すら止まった。
先輩は、ゆっくりと本を閉じた。
そして、冷えきった声で言う。
「……あんた、銃刀法違反って知っている?」
「え、いやその、プレゼンを……」
「武器の?」
「はい!」
「捕まりたいの?」
ぐうの音も出ない。
「ち、違います! これは正式登録品です! ちゃんと探索庁にも」
「じゃあなおさら場所を選びなさい」
バッサリ。
(くっ……この冷たさ……ご褒美か……?)
「なんでちょっと嬉しそうなのよ」
「えっ!? 顔に出てました!?」
完全に読まれている。
だがここで引くわけにはいかない。
必死に手を振って否定する俺。
しかし先輩は、冷ややかに見下ろしたままだ。
「昼間っからキャンパスで武器を抜くとか……あんた、いよいよ末期ね」
「いや、違うんです! これは愛と努力の結晶なんです! 俺の冒険魂を!」
「うるさい」
一言で斬られた。物理的ではなく、精神的に。
しかし、その“冷たい拒絶”にこそ燃えるのが俺という男だ。
むしろ心拍数が上がる。
(クールなツッコミ……ああもう最高かよ……!)
そんな俺の内心など知る由もなく、真琴先輩は立ち上がった。
長い脚、冷たい風に揺れる黒髪。
ああ、現実世界で女神を見たのはこれが初めてかもしれない。
「で?」
腕を組んで俺を見下ろすその姿に、思わず背筋が伸びた。
「え?」
「その剣だけじゃないでしょ。
宝箱から出たの」
「あ、はい! 実はですねっ!」
バッグをガサゴソと開き、中身を地面に並べる俺。
魔石、金属、布切れ、謎のペンダント……。
周囲の学生たちが一斉にざわめいた。
「ちょ、なにあれ」
「やば、また変な儀式始まった」
「触るな、呪われるぞ」
ざわざわ。
だが俺は無視。
ぐっと身を乗り出す。
俺の耳には届かない。
今の俺は、ひたすら先輩の視線だけを追っていた。
「すごいでしょ!? 先輩なら絶対わかってくれると思って!」
「……はぁ。“すごいでしょ”とか言うの、あんただけよ」
深いため息。
だが、先輩の指先は一つの魔石に触れた。
「この魔力反応……なるほど、Dクラス上位か。悪くないじゃない」
「そ、そうですよね!? 俺もそう思って」
「でも扱いを間違えたら爆発するわよ」
「えっ」
手のひらの中で、魔石がピクリと震えた。
「うわあああっ!?」
慌ててバッグに戻す俺。周囲から軽い悲鳴。
「……放課後、実地で検査する。第五区のダンジョン。来なさい」
「ほ、放課後っ!? しかもダンジョンっ!?」
脳内に花火が打ち上がった。
「え、えっとそれって……」
「何?」
「その……二人で……?」
「他に誰が来るの?」
直球。
(これはもう完全にイベント発生だろ……!)
「……変なこと考えてるでしょ」
「いえ!? 全く! 1ミリも!」
(デートイベント、確定じゃね!?)
勝手にBGMが流れる。
勝手に恋愛フラグが立つ。
だが現実の先輩は、無表情のままだ。
「……あと、変なこと言ったら即帰すからね」
「へ、変なこととは……?」
「“俺たちの愛の冒険”とか、そういうの」
「なんで分かるんですか!?」
先輩は軽くため息をついた。
ぐっ……完全に読まれている。
この人、エスパーか?
「……あんたね、いくら才能あっても浮かれてたら死ぬわよ」
「……死んでも、先輩に褒められるなら本望です」
「じゃあ一人で勝手に死んでなさい」
バッサリ。
でも、その声にはほんの少しだけ、柔らかさが混じっていた。
(……今の、ちょっと優しくなかったか?)
その“1ミリの優しさ”を俺の脳内は3割増しでデレ変換する。
(よし、デレきた……今のは完全にデレだ……!)
先輩は歩き出す。
その後ろ姿を見送りながら、俺は拳を握った。
「ふっ……勝ったな」
「何に?」
いつの間にか立ち止まっていた先輩が、冷たい目で振り向いた。
俺は慌ててごまかす。
「い、いやその……今日も天気がいいなって!」
「バカね」
短く吐き捨てるように言いながらも、その口元が、かすかに笑った気がした。
俺の脳内では、完全に勝利BGMが鳴り響いていた。
ベンチの上に残されたコーヒーカップを拾い上げながら、真琴先輩は小さくため息をつく。
その視線の先では、まだ遠くで剣を掲げてポーズを取っている俺がいた。
「……本当に、あの人はどうしようもないわね」
その声はほんの少し、楽しげだった。
そして俺は、夕日に照らされたキャンパスで高らかに宣言する。
「今日こそ見せつけてやるぜ、俺の冒険力を!」
……もちろん、周囲の学生たちは誰も振り返らなかった。




