1-110 死んだ社畜は言い争いを見る
「ん? あれは……」
二人の青年はどこか見覚えがあった。
一体、どこで見たのだろうか……
そんなことを考えているうちに、二人の青年が子爵に直談判していた。
「早く【大量発生】の討伐を急いでください」
「時は一刻を争います」
青年たちは大きな声でそう叫ぶ。
それは先ほどの子爵の考えを否定するものだった。
見たところ貴族でも何でもないただの冒険者──そんな彼らが貴族である子爵の考えを否定するような行為はあまりよろしくないと思うのだが……
「ねぇ、グレイン」
「なに?」
「あの二人って、ロット先輩とヴォーパル先輩じゃない?」
「え?」
シリウスの言葉に再び俺は視線を戻す。
青年たちの顔を確認し、俺の今までの学生生活の記憶を探ってみる。
そして、その名前を思い出すことができた。
「ああ、なるほど。俺が初めて地面に膝をつかされた……」
懐かしい思い出である。
あの二人は【特別試験】を受けた生徒で、ほとんどが何もできずに負ける状況で初めて俺に一矢報いたパーティーメンバーである。
まさかこんなところで見るとは思わなかった。
しかし、たしか他に二人の仲間がいたはずだが……
男二人、女二人のパーティーだったと思う。
そんなことを考えているうちに、向こうでは話が進んでいた。
「却下だ。何故、一冒険者の話を聞かねばならんのだ」
「そんなっ!?」
「どうか考え直してください」
子爵はあっさりと二人の頼みを一蹴する。
まったく受け入れられる様子はない。
このまま頼んだとしても、子爵が折れることはないだろう。
だが、それでも二人は諦めずに頼み込む。
「お願いします。仲間が、命の危険にさらされているんです」
「命の危険?」
一人の──おそらくロット先輩の言葉に俺は思わず驚いてしまう。
命の危険とは無視できない話である。
少し話を聞きたいのだが、人ごみのせいでその場に行くことができない。
俺が立ち往生している間に事態は思わぬ方向に進行していた。
「お前たち、無駄なことはやめろ」
一人の男が二人の間に現れ、肩に手を置いた。
おそらく冒険者なのだろう、鍛え抜かれた体と背負っているハンマーから推測できる。
優しげな表情で二人の行動を止めた。
知り合いなのだろうか?
「ですが……」
「ウォーさんだって、仲間が取り残されてるでしょう?」
男──ウォーさんとやらに二人は言い返す。
おそらく、彼の仲間も二人の仲間と同様にダンジョン内に取り残されてしまったようだ。
そんな状況で気持ちを落ち着かせることなどできるはずがない。
だからこそ、二人は子爵に直談判していたのだろう。
むしろ、ウォーという男が落ち着きすぎているのである。
「確かにその通りだが、下手に何も考えずに潜っても仕方がないだろう。逆に危険にさらされることもある」
「そうかもしれませんが、すでに1週間近く経っているんですよ?」
「もう一刻の猶予もないかもしれない」
二人を落ち着かせようと男が説明しようとするが、興奮している青年たちはまったく聞く耳を持たない。
まだまだ若い二人にとって、仲間が危険にさらされている状態で精神を安定させることは難しいのだろう。
こういうのは経験を積んでいないと慣れることはないだろう。
そもそも慣れることなんてあるのだろうか?
「ふん……話はそれで終わりか? 私は忙しいのだから、無為に時間を割かせるな」
三人の会話に子爵は少し不機嫌になりながら、その場から立ち去ろうとする。
子爵という立場上、自領にダンジョンがあるうえに問題が起きているのだから、忙しくないわけがない。
そのため、少しでもいろいろと仕事を進めようと立ち去ろうとしているのだろう。
しかし、そんな子爵に青年たちがさらに追いすがる。
「あんたの娘が取り残されているんだぞっ!」
「すぐに助けたいと思わないのかっ!」
「なに?」
二人の言葉に俺は驚きの声を出す。
二人の言い分が正しければ、現在取り残されているのは子爵令嬢と言うことになる。
二人の仲間で子爵令嬢と言えば……
「エクレール先輩のことだね」
「ああ、あの人か」
シリウスの言葉に俺は姿と何があったかを思い出す。
たしかポニーテールの似合う快活な少女で、雷属性の魔法を使っていたはずだ。
俺に膝をつけた張本人と言っていい。
そんな彼女がダンジョン内に取り残されているのか。
いや、正確にいうと、エクレール先輩ともう一人のサンドラ先輩が取り残されているのだろう。
まさか女性陣の方が取り残されているとは……
男だったら多少の危険にさらされていても心配はしないが、女性陣となるとかなり不安になってくるな。
そう考えると、すぐにでも助けに行かなければいけないと思うのだが……
「それがどうした」
「「「「「っ!?」」」」」
子爵からの言葉にその場にいた全員が驚きの表情を浮かべる。
到底、父親としての言葉とは思えなかったからだ。
しかし、そんな俺たちの反応を気にした様子もなく、子爵は話を続ける。
「取り残されているのが私の娘だったとしても、方針に変わりはない。娘のために他の者を危険にさらすわけにはいかないからな」
「あんた、それでも父親かっ!」
子爵の言葉にロット先輩が叫ぶ。
娘を心配する父親の言葉に思えなかったからだろう。
だが、そんな先輩の言葉も子爵には届かない。
「お前程度にはわかるまい。私は父親である前に、アストラ子爵領の領主だ。娘のためより、領民のために行動しなければならない」
「てめぇ……」
子爵のはっきりとした宣言にロット先輩はギリっと歯ぎしりをする。
そして、右の拳を握り、子爵へと襲い掛かった。
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