1-108 死んだ社畜は伯爵家に報告する
どうにかシリウスの怒りを収め、俺たちはミュール商会を後にした。
そして、ところ変わってバランタイン伯爵邸──俺たちはリュコに今回の件を説明した。
「わかりました。私もともにアストラ子爵領向かえばよろしいのですね」
表情を変えずにリュコがそう答えた。
相変わらず、あまり表情の変わらない娘である。
普段からもう少し表情を変えてくれた方が分かりやすいものの……
「いいのか? 今回のクエストは命の危険が今までより段違いに高いんだぞ?」
リュコの言葉に俺は思わずそんなことを聞き返してしまう。
正直なところ、今回はかなり危険が伴っている。
俺にも死ぬ可能性があるぐらいだ。
だからこそ、シリウスたちを置いていくことすら考えていたわけだが、どうしてこうも俺についてきたがるのだろうか?
「グレイン様が危険な場所に向かうのに、メイドの私がどうしてついていかないと思うのですか?」
「いや、メイドはそういう職業じゃないだろう?」
リュコの言い分に俺は反論する。
少なくとも、メイドという職業はそんな仕事ではなかったと思う。
それは現代日本における本物とは異なるメイドぐらいしか知識がなかったとしても、そう思えるぐらいだ。
しかし、そんな俺の言葉にリュコは反論する。
「メイドとは主人に付き従い、主人のために行動するものです。つまり、主人が危険な場所に行くのであれば、主人を守るためについていくのです」
「気持ちはわからんでもないが……」
「シリウス様たちはついていくのでしょう? それなのに、どうして私だけを置いていくつもりなんですか?」
「うぐ……それを言われれば……」
リュコの指摘に俺は言葉を詰まらせる。
たしかに同じパーティーメンバーとして、シリウスたちを連れて行くのにリュコを連れて行かないのはおかしい。
まさかそれを指摘されるとは……
「グレイン、諦めなよ。僕たちを連れて行くことになった時点で、リュコを連れて行くのは決まったものなんだから」
「……兄さん」
俺の肩にポンと手を置き、シリウスが慰めてくる。
シリウスに慰められる日が来るとはな。
まあ、これは仕方がないか。
リュコは連れて行くことにしよう。
「というわけで、俺たちはしばらく王都をあけるよ」
「うむ、わかった。しっかりやってこい」
俺は同じ部屋にいたバランタイン伯爵に声をかける。
そんな俺の言葉に伯爵は否定することなく頷いた。
まるで俺たちのことを誇らしいと思ってくれているようだ。
というか、もう少し止めてくれると思っていたのだが……
「止めないの?」
「何がだ?」
「いや、孫がそんな危険な場所に行こうとしているのに、普通は止めると思うんだけど……」
「まあ、普通の家庭ならそうじゃろうな。だが、うちは普通じゃない」
「……それを自分で言うか?」
伯爵の言葉に俺は思わずそんな感想を漏らす。
たしかにカルヴァドス男爵家もバランタイン伯爵も世間一般の普通からほど遠い家庭だろうが、まさか自分で宣言するとは……
まあ、それを問題と思っていないのならいいけど……
「たしかに危険な場所に行くのかもしれないが、それも経験だ。ただただ死にに行くのであれば問題だろうが、お前たちならそんなことにはならんだろう」
「そうだろうね。元々、死ぬつもりはないしね」
「その意気やよし。お前たちなら生きて帰ってこれるだろうな」
「うん」
伯爵の言葉に俺は頷く。
彼の言葉から俺たちに対しての信頼を感じ取ることができた。
この人から信頼されているのであれば、自信を持つことができる。
やはりこれが年上の威厳という奴だろうか?
「ねぇ、女の子たちも一緒に行くの?」
と、ここで伯爵夫人のリナリアさんが会話に入ってくる。
先ほどまでは伯爵が話していたので黙っていたようだが、ようやく話が終わったところで口を開いたようだ。
その顔には心配げな表情が浮かんでいる。
「ええ、そうですね。俺たちは一応同じパーティーですから……」
「そうかもしれないけど、かなり危ないみたいじゃない。そんなところに女の子を連れて行くなんて……」
リナリアさんが本気で心配そうにする。
まあ、彼女の気持ちもわからないでもない。
自分の可愛がっている娘たちが危険な場所に行き、死ぬ可能性もあるのだ。
心配しない方がおかしいだろう。
「俺も残したい気持ちはありますが、彼女たちの意志の方が強かったんですよ。それに俺がいる限り、しっかりと連れて帰ってきます」
「グレイン君がそういうなら信じるけど……」
俺の言葉にリナリアさんはしぶしぶ納得してくれる。
もともと自分の意思が尊重されるとは思わなかったのだろう。
すでに伯爵が認めているのだから……
だが、それでも自分の気持ちだけは伝えようと思ったようだ。
「とりあえず、アリスちゃんとティリスちゃんだけは絶対に連れて帰ってきてね」
「……なんでですか?」
リナリアさんの言葉に俺は思わず聞き返してしまう。
どうしてこの状況でその二人だけなのだろうか?
他は心配していないのだろうか……そう思ったのだが、回答は予想外のものだった。
「二人の令嬢教育はまだまだやることがあるから」
「……なるほど」
たしかに連れて帰ってこないといけないようだ。
そして、名指しされた二人はと言うと後ろで嫌そうな表情を浮かべていた。
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