6-32 死んだ社畜は懐かしい匂いを感じる
「まったくなんなんだよ、あの爺」
俺は悪態をつきながら、王都のメインストリートを歩いていた。
周りに人がいるので、迷惑も考えてしっかりと小声である。
しかし、怖い顔をしているせいか、周囲の人間の視線が奇異なものを見るような目であった。
まあ、たしかにこんなところを怒った顔で歩いているのなら、おかしいと思われても仕方のないことかもしれない。
しかし、俺にだって怒りを露わにしたいときもある。
まあ、その大半が学長が関わっている時なのだが……
「こういう時は気晴らしに食べ歩きでもするか? 新しい店もできているだろうから、新しい屋台とかも出てるかもしれないしな」
俺はひとまず学長のことを忘れ、今を楽しむことにした。
腹が減っては戦はできぬ、悩むのであればまずは腹ごしらえである。
とりあえず、周囲を見渡して、見たことのない屋台を探してみる。
と、不意に俺の嗅覚を刺激するものがあった。
どこか嗅いだことのある懐かしい香りで──そして、俺に郷愁を感じさせるような……
「これはっ!?」
俺は驚き、思わず駆けだしてしまった。
この匂いは俺の勘違いでなければ……そんな希望を胸に辿り着いた先は一軒の屋台だった。
屋台自体は他の物と大差はなかった。
しかし、その屋台には全くと言っていいほど客がいなかった。
閑古鳥が鳴いている、というのはまさにこういうことを言うのだろう。
そして、周囲に客がいないという状況は店主の気持ちを落としてしまうわけで、そのせいで屋台自体に暗い影を落としてしまっているわけだ。
俺はそんな店主に話しかけてみる。
「すみま……」
「はぁ……やっぱり無謀だったのか? 南の方でうまいと思って作り方を覚えたのに、誰も買いやしねぇ。何が駄目なんだ?」
「すみませんっ!」
「うおっ!? なんだなんだ?」
俺の声に落ち込んで何やらぶつぶつ呟いていた店主の男が驚いた。
いや、店番しているのだから、話しかけられた時点で客であると気づこうよ?
なぜ、慌てているんだ?
まあ、それは気にしない方向にしよう。
「すみません。この屋台って、その鍋に入っているものを売っているんですよね?」
「あっ!? お客さん……なんだ、子供か?」
俺の言葉を聞いて客だと思っていたようだが、俺の姿を見るやいなや一気にテンションが下がっていた。
子供だから客にはならないと思っているのだろうか?
それは偏見ではないのだろうか?
子供だからといって客ではないと思うのは勝手だが、それでは商売の好機を逃すことになってしまうぞ?
子供の中には金を持っている者もいるのだから……まあ、俺はその中でも異常ではあるが……
「子供だから、なんですか?」
「うちの商品は子供には合わねえよ。最初の一口で食べたくなくなっちまうはずさ」
断られた理由は予想外だった。
店主は俺の姿を見て、うちの商品が合わないと思ったようだ。
それも仕方がないことかもしれない。
しかし、気になることが一つ。
「この屋台、全然売れていないんですよね? せっかくの客なのに、買ってもらわなくていいんですか?」
「うぐっ……痛い所をつくな。たしかにうちは閑古鳥が鳴いているさ」
「だったら、せっかくの客を逃すことはないと思いますが?」
店に客がないことを認めた店主に俺は問いかける。
どうして、俺を相手に商売をしないのか、と。
そんな俺の言葉に店主ははっきりと宣言した。
「たしかに、ただただ商売をするだけの人間なら、お前のような子供を相手に売っても問題はないだろう。それで売り上げがあがるんだからな」
「なら、売ればいいのでは?」
「はんっ! その辺の商売人と一緒にするな。俺は自分の認めていない相手にこれを売るような真似はしないんだよっ!」
「それが閑古鳥が鳴いている原因では?」
「うぐっ!?」
俺の指摘に再び店主は言葉を詰まらせる。
完全に図星だったようである。
まあ、いじめるのはこれぐらいにするか。
俺だって、彼に喧嘩を売りたいわけではない。
もちろん、彼の言いたいことは理解している。
「その料理はもしかしてものすごく辛いのでは?」
「なっ!? なんでわかるんだ?」
俺の言葉に店主が驚きの表情を浮かべる。
やはり俺の予想通りだったようだ。
しかし、驚きすぎではないだろうか?
……子供に言い当てられたから、驚いているのだろうか?
「もちろん、この屋台から香ってくる刺激的な匂いですよ」
「なっ!? それだけで?」
「ええ、そうですよ。この匂いはスパイスを複数使っているのでは?」
「そこまでわかるのか? もしかして、どこかのレストランの子供なのか?」
俺の言葉に店主が驚いた表情で聞き返してきた。
まあ、自分の料理の特徴を匂いだけで言い当てられたのなら、そう思っても仕方のないことかもしれない。
しかし、おそらくこの王都の料理人の子供で、匂いだけでこの料理のことを言い当てられる者はいないだろう。
なんせ、王都でこの料理を出す店は存在しないからだ。
いや、すべての店に行ったことがあるわけではないので絶対にそうとは言い切れないが、王都を歩いていてこの匂いを嗅いだのは今日で初めてだった。
なので、他にこの料理を出している店はないと考えられる。
というか、下手したら本当の料理人でもわからないのでは?
「僕は別に料理人の子供でも弟子でもありませんよ」
「だったら、なんでこの料理が辛いって匂いだけで分かったんだ? そういうことができるからだろう?」
店主の言わんとしていることはわかる。
匂いで味を推測するなど、料理人でなければできないことだろう。
いや、料理人も流石に口に含まないと味はわからないか?
もちろん、俺の場合は別に匂いで味を推測していたわけではない。
「それは企業秘密でお願いします。とりあえず、僕はその料理の匂いで辛いものであることはわかるんです」
「……まあ、それはいいか。気にしたって仕方のない事だ」
「では、質問に答えてくれませんか?」
「何が知りたい?」
とたんに素直になる店主。
おそらく自分の料理を匂いだけで特徴を言い当てられ、意気消沈しているのかもしれない。
別にその程度のことで落ち込まなくても……
まあ、聞きたいことは聞くとしよう。
「その料理はスパイスを何種類も使っている料理では?」
「ああ、そうだ。これは東の国の料理でな、そのあたりで自生している植物で作られたスパイスを混ぜて作った料理なんだ」
「それはすごいですね。そこの鍋の中にある料理も東の地の味なんですか?」
「いや、これは俺が調合したスパイスだ。だから、俺独自の味と言えるだろうな」
「そうなんですか? どうして、そうしたんですか?」
彼の言葉に俺は思わずそう聞いてしまった。
おそらく、彼は東の地で食べたこの料理をおいしいと思ったからこそ、王都で店を出そうと思ったのだろう。
それなのに、どうして自分のオリジナルにしたのだろうか?
そんな俺の質問に店主は答えてくれる。
「現地で食べたものは確かに美味しかったが、同時にかなり辛かった。おそらくスパイス自体にあまり慣れていない王都の人間のほとんどはこの料理を食べられないほどに、な」
「つまり、王都の人間の舌に合うように、と?」
「ああ、そういうことだ。まあ、結果は御覧の通りなわけだが……」
店主は苦笑する。
結果は見ての通り、惨敗なんだろう。
しかし、仕方のないことかもしれない。
なんせスパイスに縁のない王都の人間にとって、この匂いはまさに異物。
進んで近づこうとは思わないだろう。
下手したら、この匂いのせいで近くの屋台から訴えられかねない。
だが、俺としてはそんなことにはなって欲しくない。
もちろん、俺が食べたいからだ。
「では、一皿頂けますか?」
「お前、話を聞いていたか?」
「もちろん。そのうえで一皿頂きたいんです」
「……食べたからには残すなよ? 少しでも残したら、絶対に怒るからな?」
「ええ、もちろんですよ」
「……じゃあ、待っていろ」
俺の注文を受けて、店主は鍋の蓋を開けた。
すると、そこからは先ほどまで押し込められていた熱気と匂いが放たれた。
俺はその匂いを吸い、期待に胸を膨らませた。
なんせ、これは俺が二度と食べることが出来ることがないと思った料理──【カレー】だったからだ。
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