6-33 死んだ社畜はアイデアを提案する
「ほら」
「ありがとう」
店主から料理の入った皿とスプーンを受け取る。
中身を見ると、少し赤っぽい色をしているが、それでもやはりこの料理は【カレー】だと思われる。
どんなスパイスが入っているのかはわからないが、このいろんなスパイスの香りはやはり【カレー】以外にはありえない。
入っている具材は──おや、肉だけのようだ。
これは鶏肉かな?
俺はスプーンで一口掬って、口に含んでみた。
「おいっ!?」
俺の行動に店主が驚き、声をかけようとする。
おそらく、全く知らない料理をいきなり食べたことに驚いたのだろう。
まあ、何も知らない料理をいきなり食べようとする人間など普通はいないだろう。
俺だって、まったくであったことのない料理をこんな簡単に口に含んだりはしない。
何が入っているのか、わかったものではないからだ。
だが、この【カレー】については大丈夫だと思った。
なんせ、色も似ているし、匂いもカレーそのものだったからだ。
俺は口の中に入れたカレーの味を確かめていると……うっ!?
「がふっ」
「ほら、言わんこっちゃない……ほら、水だ」
思わず咳き込んでしまった俺に呆れた様子で店主が水の入ったコップを差し出してきた。
俺のこの反応はわかり切っていたようだ。
とりあえず、コップを貰って水を口に含んだ。
ああ、口の中が冷えて、気持ちいい。
とりあえず、口の中が落ち着いたので、一言感想を……
「美味しいですね」
「嘘つけっ!」
俺の感想に店主が即行で否定してきた。
いや、あまりに信じなさ過ぎではないか?
確かに咳き込んだが、別にまずいとは思っていないんだぞ?
というか、自分の料理に自信を持っていないのか?
「本当においしいですよ?」
「気休めはよしてくれ。咳き込んだということはまずかったんだろう? もしくは、お前さんの口に合わなかったか……まあ、子供だから仕方がないが……」
「たしかに辛かったですが、あくまでそれは咳き込んだ理由ですよ? それと料理のおいしさでは話が別ですよ」
「なに?」
俺の言葉に店主が驚きの声を上げる。
それほど俺の感想が予想外だったのだろう。
真剣な目で俺のことをじっと見つめてくる店主。
男に見つめられて嬉しいわけではないが、俺もじっと見つめ返しながら説明する。
「このスープにはおそらくいくつものスパイスが入っているんでしょう。そのため様々なスパイスの味と匂いが複雑に重なり合って、複雑な味を作っているのでしょう」
「……」
「人によっては苦手なスパイスもあるでしょうが、個々のスパイスの味はそれほど強調されていません。なので、感覚の強い人ぐらいしかどのスパイスが入っているかなどわからないでしょう」
「……そうか」
「とりあえず、一言で言うなら、僕にとってもこの料理はおいしいということです」
「……ありがとう」
俺の感想を聞いて、店主が感謝の言葉を言ってきた。
おそらく、俺の言葉を本心だと思ってくれたのだろう。
俺の言葉が伝わってくれて嬉しい。
とりあえず、俺は残りの【カレー】をすべて食べきった。
そして、率直な感想を述べる。
「ただ、このままではおそらく売れないと思いますね」
「……やはりか。だったら、どうすればいい?」
俺の言葉に店主は食いついてきた。
やはり、売れないことをかなり気にしているのだろう。
さらに真剣な表情になっていた。
こういう人の手助けはしてあげたい。
もちろん、この異世界でもっと気軽にカレーを食べるためではあるが……
俺はさっそく説明を始める。
「売れるようにするには、もっと大衆向けにするべきですね。それには二つほどいい方法があるよ」
「大衆向け? どういった方法だ」
「まずは一つ目。野菜と一緒に煮込んでみることだね」
「野菜だと?」
「ああ。野菜を一緒に煮込むことで、野菜の甘さが加わることでもっとたくさんの人が食べやすい味になるはずだ。その甘さを強調することで、子供だって簡単に食べることが出来ると思うよ」
「……なるほど」
「それに野菜の味が加わることで、もっと美味しい料理になるはずだ」
「……だが、どんな野菜を加えればいいんだ?」
「そうだね……ポテト・キャロット・オニオンの三種類は絶対に入れた方が良いと思うよ。それ以外については僕にもわからないから、自分で研究してみて」
「わかった」
俺の言葉に店主は素直に頷く。
早速試してみようと思ったのだろう。
その表情からは早く料理して見たいという気持ちがあふれ出ていた。
だが、この料理の改良はそれだけではない。
もう一つ、改良する点があるのだ。
「二つ目はパンと一緒にこの料理を出すことだ」
「パン、だと?」
俺の言葉に店主が驚く。
予想外の提案だったのだろう。
だが、別におかしい話ではない。
日本ではカレーライスが主流であったが、カレーはコメ以外にも様々な炭水化物と組み合わされてきた。
カレーうどんしかり、カレーそばしかり、カレーラーメンしかり……って、麺類ばっかりだな。
まあ、とりあえずカレーと炭水化物は非常に相性が良く、それを組み合わせた料理はどこにでも売っていたぐらいだ。
もちろん、カレーパンというものもあった。
といっても、今回提案するのはそれではないが……
「パンと一緒にこのスープを食べるのさ。そしたら、さらに辛さが和らぐはずだ」
「なるほど……だが、そんな食べ方の料理が売れるのか?」
店主が少し疑心暗鬼になったようだ。
まあ、まったく知らない食べ方を提案されたら、そうなっても仕方がないかもしれない。
だが、俺には勝算があった。
「スープにパンを浸して食べるのは、貴族だろうと平民だろうとよくする食べ方だよ」
「そうなのか?」
「うん。パンの中には固いものも多いから、それだけでは食べづらい人も多いんだ。だから、スープに浸して食べやすくするわけだ。そのスープの味も加わるから、おいしいしね?」
「ほう……たしかにそうかもしれん」
「といっても、貴族のマナーではあまり褒められた行為じゃないから、推奨はされていないけどね」
「その点については大丈夫だろう。うちの店に貴族様が来ることはほとんどないだろうからな」
「……」
店主の言葉に俺は思わず黙り込んでしまう。
現在、唯一の客である俺が貴族であることを黙っていた方が良いかもしれない。
流石にいきなり貴族であることを伝えたら、店主を驚かせかねない。
とりあえず、説明を続けることにしよう。
「この店ではパンとかは……作れないよね?」
「まあ、そうだな。流石に設備がねえな」
「じゃあ、他の店に外注するしかないだろうな」「しかし、こんな売れていない屋台にパンを下ろしてくれる店はあるだろうか?」
「それはこれを食べさせればいいんじゃないかな?」
「これを、か?」
俺の言葉に店主が驚く。
いや、店主が一番してはいけない反応だと思う。
なんで、店主が食べさせることを躊躇しているんだ。
「とりあえず、まずは野菜を入れたものを作って、それからいくつかパン屋さんに行ってみると良いと思う」
「まあ、そうだな。今のままではあまりにも受けが悪すぎるだろうからな」
「あと、どこでも受け入れられないようだったら、ここに尋ねてみて。きっと手助けをしてくれるから」
「ん? ここは……って、ミュール商会じゃねえかっ!? なんで、こんな大商会を?」
「知ってるの?」
「当たり前じゃねえか! 他国でも有名な大商会だぞ? 知らない方がおかしいだろう。というか、ミュール商会を紹介するなんて、お前は何者なんだ?」
なんか、ものすごく驚いている店主。
まあ、こんな子供が大商会を紹介するというのだから、驚くのは仕方のないことかもしれない。
俺としては、モスコと仲良くしているからそういうことを気にしたことはなかった。
普通はそんなことが出来る子供などいるはずがないな。
気にしていても仕方のない事だが……
「グレインの紹介だと言えばわかると思うよ。そしたら、絶対に手を貸してくれるはずだ」
「だから、お前は一体……」
「それじゃ」
「おいっ!?」
何かを聞かれる前に俺はこの場から立ち去った。
これ以上聞かれると、俺が貴族であることがバレてしまうと思われたからだ。
いや、別にばれても問題はないけど、なんとなく店主の反応から俺が貴族であることは隠しておいた方が良いと思ったのだ。
まあ、いずれはわかることだが……
だが、最後に一つだけ聞いておこう。
「おじさん、その料理の名前は?」
「おじさんじゃねえ、お兄さんだっ! この料理の名前は【カリー】だよ」
どうやら似ているのは味だけではなく、名前もだったようだ。
というか、日本でもカリーと呼ぶこともあったはずだ。
俺はそれを聞き、嬉しさを隠し切れずにその場から立ち去った。
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