~第十九章~
「俺は本来なら、直ぐさまムーカイトに向かわなければならなかった。……でも、俺はそれを引き伸ばした。俺は怖かったんだ、セレスたちに会うのが! 俺は彼らにとって忌むべき存在の筈だから」
「シェル……」
「勿論、俺はアクアオーラの一族として帰る訳じゃない。ノンマルタスの王として、客観的に陸の人間を見定めて、決断する為だ。そんな事は分かってる! でも理性と感情は違うんだ。もしセレスたちに拒まれたら、俺はどうすればいい? 怖くて……。自ら望んだ任なのに、怖くて! 実際に島に帰るのに、それから三ヶ月の時を要してしまった」
「…………」
「でもセレスは、島の人々は……戸惑いながらも俺を迎え入れてくれた。嬉しかったんだ、俺は本当は……」
シェルは心底嬉しかった。セレスの、一族の人々の心が。
だからこそ、彼は殊更に冷たくセレスたちに接したのだ。
ともすれば情に流されそうになる自分の心を抑える為に。
「このまま刻が止まってくれればいいと、そう思ってた。でもクンツァイトの事を分かっていながら決断出来なかった俺の弱さが、最悪の結果を齎した。予言は正しかったんだ! 俺は一族を滅ぼす為に産まれた忌むべき存在……」
「シェル、それは違うっ!!」
何という……! これがシェルの背負ってきたものなのか!!
ずっと知りたいと思っていた。
あの深い深い憎しみと哀しみの入り混じった瞳の正体を。
一体シェルが何をしたと言うのだ!
何故、ここまで過酷な運命を背負わねばならないのか!?
その時シェルの瞳から涙が溢れ出た。
私は思わずシェルを抱きしめた。
少しでも彼の心の傷を癒したかった。
だが………
私はその時、初めて気がついた。
シェルの身体が冷たい。
シェルの傷口から流れる血は刻一刻と彼の命を削っていた。
私は彼の服を紅く染めている血はセレスのものだと思っていた。
(まさかっ!?)
確か、銃声は二発聞こえた。
一発、そして暫くして……もう一発!
最初の一発は、シェルが撃たれたものだったのか!?
「シェル。この血は君のもの、なのか!?」
「ああ。クンツァイトに撃たれた。俺はもう助からない。傷は致命傷じゃなかったけど、血が流れすぎた……」
顔色が悪いと思っていた。
シェルは『疲れた』と言ってこの場に座り込んだ。
何故気づかなかった!?
彼はあの時から立ち上がる力さえなかったんだ!!
「何を言ってるんだ? まだ間に合う! 君の命はセレスが救った命なんだぞ! ……君は死んじゃダメだ!!」
「……っ!? セレスが救った、命?」
「そうだ! セレスの為にも、君は生きなきゃいけないんだ!!」
一瞬、虚ろだったシェルの瞳に生気が戻ったような気がした。
彼は私の方に手を伸ばそうとした――その時!
ズウゥゥゥゥゥウウウウウウーーーーーン……
という鈍い音と共に地面がゆっくりと沈み始めた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
シェルは伸ばそうとした手でそのまま私を突き飛ばした。
(未だこんな力が残ってたのか?)
そう思うほど強い力だった。
そして後ろ手で何かのスイッチを押した。
その瞬間、私の身体は目には見えない透明な球体に包まれた。
「シェル! 俺に何をしたっ!?」
「シールドを張ったんだ。これからあんたをアクアオーラ領の海岸まで飛ばす! 島が沈んだら、クンツァイトもアンバーも、島に居る全ての人たちの命を奪う事になる。……その罪は俺が全て背負って逝くから!」
「ダメだ、シェル! 君も一緒にっ!!」
シェルは黙ったまま首を横に振った。
「オニキスさん、俺はあんたに会えて良かったと思ってる。俺は陸の人間はクンツァイトのような奴ばかりだと思ってたから。だから、あんたに頼みたいんだ。ノンマルタスは遥か深い深い海の底に沈んで行ったけれど、決して諦めた訳じゃないんだ。そんな日は来ない……と言いながら、心の奥底ではずっと信じてた。何時か地上の人々が『共に暮らそう!』と手を差し伸べて迎えに来てくれる日を! ノンマルタスは……俺たちは、滅び逝く最期の瞬間まで待っているから! ずっと遥かな海の底で待っているから……と、そう地上の人々に伝えてほしい」
「……分かった、必ず伝えるから! だから君もっ」
その瞬間、私の身体は宙に浮いた。
シェルは黙って私を見ていた。穏やかな瞳だった。
「シェル、俺は君を……」
──それが彼を見た最後だった。
シェルはセレスを失った瞬間から自分が生き延びる選択肢っていうのはなかったんですよね。
だからオニキスに『セレスが救った命!』って言われて愕然とする訳です。
“自分はセレスの為に生きた方がいいのか?”って。
だからオニキスに手を伸ばした。共に生きようとした。
でも、その時にちょうど島が沈み始めて現実に引き戻された。
“いや、そんな事は出来ない! 自分は多くの人の命を奪う。この罪を背負わなくちゃならない!”って。
けれどオニキスだけは救いたいから、伸ばそうとした手で彼を突き飛ばしてシールドを張った。
もし……もう少しだけ島が沈むのが遅かったら、シェルは生きる選択をしたかもしれない。
でも後悔しそうですけどね。
シェルが幸福になるかどうかはオニキス次第のような気もします。
シェルは情に脆くて不器用で優しい。
だから事態はここまで悪化したんだと思います。
もしも立場が逆で、セレスだったとしたら……もう少し早く決断してたような気もするんですけどね。
次回、最終章です。




