EP 5
OL青龍の定時退社と紅蓮の狙撃(左腕)
「……上空150メートル。あんな所に陣取られるとはな」
翌日の夕方、俺の職場である丸の内オフィス街。
高層ビル群の隙間を縫うように、鳥型の魔将機が空を旋回していた。
厄介なことに、そいつは遠距離からビルに向かってプラズマ弾を撃ち込んできている。周辺はすでに避難勧告が出され、無人となっていた。
路地裏で待機していた俺の隣では、巨大な鋼鉄の獅子――ガオンが忌々しそうに空を睨んでいる。
『ええい、卑怯な! 地に降りて正々堂々と戦わんか!』
「アタシのジャンプ力でも、さすがにあの高さは届かないわよ!」
ガオンの隣で、昨日回収したばかりの白虎(今日もJKの姿で、タピオカミルクティーを飲んでいる)がぼやいた。
近接格闘に特化したガオンと白虎では、完全な飛行タイプの敵とは相性が悪すぎる。
「空中の敵には、遠距離火力が要る。……ちょうどいい、俺のレーダーがこのビルの『25階』に聖獣の反応を捉えてるぞ」
『なに? こんな鉄の箱の中に、我らの同胞がいるというのか?』
俺たちは非常階段を駆け上がり、反応があった25階のフロア――俺の勤めるIT企業の別部署のオフィス――へと飛び込んだ。
避難指示が出たため、フロアはもぬけの殻だ。
……いや、たった一人だけ、デスクに残っている人物がいた。
「ターンッ!」
静まり返ったオフィスに、エンターキーを叩く小気味良い音が響く。
青みがかった黒髪をきっちりとまとめ、縁なしの眼鏡をかけたクールビューティーな女性。
タイトスカートのOL制服に身を包んだ彼女は、窓の外で爆発が起きていようが一切動じず、猛烈なスピードでキーボードを叩いていた。
「……終わりました」
彼女はPCの電源を落とし、スッと立ち上がる。
壁の時計が、ちょうど『17:00』を指した瞬間だった。
『おい! 貴様、青龍だな!? なぜこんな所で人間の真似事をしている! 外の敵が見えんのか!』
ガオンが吠えると、青龍と呼ばれたOL美女は、冷ややかな視線をこちらに向けた。
「お久しぶりです、ガオン。見ての通り、私は派遣の事務員としてデータ入力の業務をしておりました。そして、現在の時刻は17時ちょうど。私の本日の業務は終了(定時退社)です」
『は……?』
「契約外の労働はお断りします。魔将機の討伐などという危険業務は、私のジョブディスクリプションには含まれておりませんので」
淡々と告げ、ハンドバッグを持って帰ろうとする青龍。
白虎が「出たわね、青龍の融通の利かないクーデレ……!」と呆れている。
「待て待て。空を飛んでるあの鳥を落とすには、お前の力が必要なんだ」
俺が前に出ると、青龍は眼鏡をクイッと押し上げた。
「……あなたが新しいマスターですか。お断りします。どうしても私に『残業(戦闘)』を命じるというのなら、それ相応の『時間外労働手当』を要求します」
『き、貴様ら揃いも揃って……! 誇り高き聖獣の自覚はないのか!』
ガオンが頭を抱える(前脚で)が、俺はこういう交渉には慣れている。
社会人には、社会人のルールがある。
「残業代なら、きっちり払うぞ。……これでどうだ?」
俺はリュックから、保冷バッグに包まれた小さな箱を取り出した。
「丸の内の高級ショコラティエ『ル・レーヴ』の、1日3箱限定・特製ルビーチョコレート(一粒5000円)だ。定時ダッシュしても買えない代物だぞ」
その瞬間。
青龍の無機質な瞳が、カッと見開かれた。クールな仮面の下で、ゴクリと喉が鳴る音が聞こえた気がした。
「……素晴らしい福利厚生ですね。特別残業申請、受理いたします」
青龍は素早くハンドバッグを放り投げると、オフィスビルの窓ガラスを蹴り破って空宙へとダイブした。
『システム・オーバーライド! 聖獣プロトコル、左腕承認!』
俺のノートPCでのタイピングと同時に、青龍の身体が眩い光に包まれ、巨大な機械の青竜へと変形する。
『ガオン、左腕のポートを開け!』
『応ッ!!』
ビルから飛び降りたガオンの左肩に、青龍がガシャンッ!と激しく連結する。
『聖獣武装・左腕――青龍キャノン、接続完了!』
ガオンの左腕が、長く伸びた蒼き竜の銃身へと姿を変えた。
上空の鳥型魔将機がこちらに気づき、プラズマ弾の雨を降らせてくる。
「俺が風向き、目標の軌道、マナの減衰率を全て計算する! 青龍、俺のターゲットマーカーに合わせて撃ち抜け!」
俺のAIの演算能力が、青龍の照準システムと完全にリンクする。
視界に無数の数式が流れ、上空の魔将機の『0.5秒後の未来位置』に赤いロックオンマークが固定された。
『座標固定。……残業は、手短に終わらせます』
青龍の冷徹な声と共に、左腕の竜の口が大きく開く。
膨大なマナが凝縮され、周囲の空気がビリビリと震えた。
『必殺――【青龍・紅蓮狙撃】!!』
放たれたのは、夜空を焦がすほどの極太の紅蓮のレーザー。
俺の完璧な軌道計算に導かれた一撃は、魔将機の回避行動を許さず、そのコアを正確に撃ち抜いた。
ドゴォォォォンッ!!
空中で大爆発が起き、魔将機は消滅した。
「……ふぅ。見事な射撃精度だ。エラー吐き出しゼロ、完璧な仕事だぞ」
地上に着地し、武装を解除したガオン。
その横で、再びOLの姿に戻った青龍が、俺から受け取ったルビーチョコレートを指でつまみ、エレガントに口に運んでいた。
「……んっ。フルーティーな酸味と、上品なカカオの香り……。悪くありませんね」
僅かに頬を染め、口元をほころばせるクーデレ美女。
「百夜玲王マスター。あなたとの『顧問契約』、前向きに検討させていただきます」
「あぁ、よろしく頼むよ」
これで右腕と左腕が揃った。
残る聖獣は、あと二体。俺の財布とスイーツのストックが持つかどうかが、目下の最大の課題である。




