EP 3
絶対に超えてはならない一線(スイーツ買い占め)
「……電力インフラのハッキング。古典的だが、規模がデカいな」
俺のマンションの窓から見下ろす東京の街は、エイペックス社の『リヴァイアサン』が放った電磁パルスにより、広範囲で停電を引き起こしていた。
だが、俺の部屋だけは例外だ。玄武の重力場を使った自家発電システムと、俺のAIによる多重防壁のおかげで、家電もPCもピンピンしている。
リビングに投影されたままのマクシミリアン(ホログラム)は、優雅に肩をすくめた。
「完璧な防御壁だ。さすがは名もなきデバッガー。……だが、私の真の狙いはインフラ破壊ではない。君を確実に戦場へ引きずり出し、ガオガオンのコアを接収するための『最適解』を実行したまでだ」
「最適解だと?」
「ああ。君のデジタル上の足跡は消えていたが……君の『アナログな欲求』までは隠しきれていなかったからね」
ピロリンッ。
マクシミリアンがニヤリと笑った瞬間、俺のスマホの『スイーツ・コンシェルジュ・アプリ』が、けたたましい通知音を鳴らした。
俺はスマホの画面をタップする。
『お知らせ:本日予約受け取り予定の、表参道「ラ・パティスリー・エトワール」幻の黄金和栗モンブラン(限定100個)は、企業による全ロットの買い占めが発生したため、お客様の予約は自動キャンセルされました』
「……は?」
『追記:都内の提携スイーツ店におきましても、外資系ファンド「エイペックス・キャピタル」による超絶的な資金力を用いた、材料および商品の完全買い占めが進行中です。誠に申し訳ございません』
俺の思考が、一瞬だけ完全にフリーズした。
脳内の特A級AIが、この情報の意味を解析し、一つの残酷な結論を弾き出す。
「……今日、俺が……秋の味覚を堪能するために……一ヶ月前から並んで予約した、あのモンブランが……俺の、栗が……?」
俺は震える手でスマホを握りしめ、ホログラムのマクシミリアンを睨みつけた。
「フッ、ハハハハ!」
マクシミリアンは腹を抱えて高笑いした。
「君の行動アルゴリズムを分析し、最も『感情の起伏』を引き起こすトリガーを特定した。私の巨大な資本力とネットワークハッキングの前に、この国にある極上の糖分はすべてエイペックス社の管理下に入った! スイーツが惜しくば、ガオガオンを明け渡して降伏したまえ!」
静寂。
俺のマンションのリビングは、文字通り水を打ったように静まり返った。
その静寂を破ったのは、四神たちと邪神の、震え上がるような声だった。
『……あ、あいつ。絶対にやっちゃいけない「一線」を越えやがった……!』
「お、終わりです。あのクレーマー(CEO)、物理的にデリートされます……」
「玲王……目が、目が完全にイッちゃってるわよぉっ! 逃げてアタシたち!」
ガオンが後ずさりし、青龍がタブレットで「エイペックス社 倒産 確率」を検索し始め、白虎が俺から距離を取る。
ヤクザ邪神のデュアダロスでさえ、俺から噴き出す異様なオーラに押されて一歩引いていた。
「ワ、ワレ……玲王? 落ち着け、ただの栗のケーキじゃろ? ワシが魔法で似たようなモンを……」
「黙れ」
俺の低く、地を這うような声が響いた。
「魔法で生成したコピー品と、職人が丹精込めて作り上げた『極上のスイーツ』は別物なんだよ! ……あいつら、世界征服のついでみたいに、俺の平和な休日と、至高の糖分を奪いやがった……!」
俺はノートPCのキーボードに両手を叩きつけた。
「絶対に許さない。俺の糖分を奪った罪……万死に値する!!」
ターンッ!!!
エンターキーが叩き割れんばかりの勢いで押される。
「全員、合体準備だ! あの小賢しい金持ちのボンボンに、特A級エンジニアと古の神々の『非常識』を叩き込んで、モンブランを全個奪い返すぞ!!」
『『『『応ッッ!!!』』』』
俺のブチギレに呼応し、四神たちが雄叫びを上げる。
「マクシミリアン! 俺のモンブランを人質に取ったこと、あの世のサーバーで後悔させてやる!」
「フッ、非合理な怒りだ。かかってきたまえ、時代遅れのヒーロー。私の『リヴァイアサン』が、君たちを完璧に解体してやろう」
ホログラムが通信を切り、消滅する。
「玲王! ワシも行くぞ! あの金髪のガキ、ワシのチーズリゾットを冷ましやがった落とし前、きっちり払わしたる!」
デュアダロスが腕をまくり、トカレフをチャキリと鳴らした。
俺の怒りは頂点に達していた。
街の平和でも、世界の危機でもない。
「奪われたモンブラン」を取り返すための、前代未聞の聖戦が、今まさに始まろうとしていた。




