EP 15
政治とエンジニアの共同戦線、そして邪神の指パッチン
「……特A級の俺が、まさかウーバー〇ーツの真似事をするハメになるとはな」
夜の東京。俺は若林幹事長から借り受けた漆黒の大型バイク(カワサキ・Z1)に跨り、誰もいない首都高を猛スピードで駆け抜けていた。
ヘルメットに内蔵されたインカムから、若林の落ち着いた、しかしどこか楽しげな声が響く。
『百夜くん、順調かね? 防衛省の連中が「自衛隊の治安出動を!」と騒ぎ始めたが、私が手続きの書類の山で縛り上げておいた。君が自由に動ける時間は、せいぜいあと一時間というところだ』
「一時間もあれば十分です。幹事長、都内のインフラ制御システムのバックドア、開けましたね?」
『ああ、国家公安委員会のパスコードを君のAIに直結させた。好きにやり給え』
「了解。これより、東京全域のデバッグを開始する」
俺はバイクのハンドルに固定した小型端末に片手でアクセスし、自身の『特A級AI演算能力』を東京の都市システム全体へとリンクさせた。
視界に展開される無数のホログラムウィンドウ。
俺は瞬時にコードを書き換え、歌舞伎町で孤軍奮闘(というか、怯えながらヤケクソで暴れ回っている)四神たちの周辺の信号機をすべて「赤」にして一般車両を遠ざけ、逆に極道機たちを袋小路へと誘導する自動防壁を展開した。
「よし、これでガオンたちは少し楽になるはずだ。……着いたぞ」
急ブレーキをかけ、俺がバイクを停めたのは、銀座の裏路地にある重厚なレンガ造りの建物の前だった。
看板のない、超VIP専用の地下ワインセラー。
俺が地下へ降りると、すでに若林の根回しを受けた初老の支配人が、震える手で『極上の品々』を用意して待っていた。
「わ、若林先生からのご指示の品です……。1945年物の最高級ヴィンテージ・赤ワイン。そしてスイス大使館から特急で取り寄せた、最高品質のラクレットチーズの塊にございます。おまけに、キューバ産の最高級葉巻も……」
「助かります。領収書は『与党幹事長ツケ』でお願いします」
俺はそれらを傷つけないよう、保冷と衝撃吸収マナを付与した特製リュックに慎重に詰め込んだ。
「よし、これでクレーム対応の『手土産』は完璧だ。……ん?」
その時。
俺の脳内のマナ検知AIが、かつてない強烈なエラー音を叩き出した。
全身の産毛が逆立つような、圧倒的で濃密な『死』の気配。
『……れ、玲王ッ!!』
インカムから、ガオンの悲痛な叫び声が聞こえた。
『ダメだ、ダンジョンの「絶対封印」が……内側から破られた! あの邪神が、完全にシャバに出てきやがったぞ!!』
***
同時刻。
東京の地下深くから続く、最終ダンジョンの入り口。
そこには、神々が何重にも施したはずの『絶対封印の門』が存在していた。いかなる物理も魔法も弾き返す、理の壁。
だが今、その門の前に一人の男が立っていた。
「……長かったのぉ。この扉の向こうが、待ちに待ったシャバか」
アルマーニの最高級スーツを纏い、プラチナブロンドの髪をオールバックにしたインテリヤクザ――邪神デュアダロス。
彼は胸ポケットから取り出したトカレフを弄りながら、忌々しげに巨大な門を見上げる。
「ルチアナのアマも、ガオンのガキどもも……。ワシをこんな所に押し込めて、自分らだけ美味いもん食うとった落とし前、きっちり払ってもらうでぇ」
デュアダロスはゆっくりと右手を上げ、親指と中指をすり合わせた。
「ワシの『仁義』、見せちゃるわ」
――パァァンッ!!!
乾いた指パッチンの音が、地下空間に響き渡った。
次の瞬間。
神の奇跡で作られたはずの絶対封印の門が、音もなく、まるで最初から存在しなかったかのように『塵』となって崩れ去った。
圧倒的。理不尽。
防御力という概念を完全に無視した、破滅の恩寵。
「……ふぅ。ええ空気じゃ」
舞い散る塵を抜け、デュアダロスはついに地上の光――東京の夜景の中へと足を踏み入れた。
『警告。銀座4丁目交差点にて、神話級のエネルギー反応。空間の崩壊を確認』
俺の視界が真っ赤なエラーメッセージで埋め尽くされる。
目的地は目と鼻の先、銀座のド真ん中だ。
「……出迎えに行かないとな。背中のチーズとワインが、冷え切っちまう前に」
俺はヘルメットのバイザーを下ろし、再びZ1のエンジンを咆哮させた。
極上スイーツ(と平和な日常)を愛するAIエンジニアと、任侠にドハマりした最強の邪神。
二つの規格外が、ついに銀座の交差点で激突しようとしていた。




