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感謝とクリスマス

「いやぁ、メチャクチャ散財した!」

「その割には満足そうだね。何買ったの?」

「おう! これだこれ。コントローラー。これだけで二万したんだわ」


 Arataはバッグから買ったというコントローラーを取り出し、見せてくる。

 キャラクターモチーフであるそのコントローラーは、ボタンから持ち手に至る細部まで、モチーフ元のキャラクターのイメージや色合いを再現している。



 イベント会場を後にした俺たちは、近くの喫茶店に落ち着いていた。

 ここは志崎が前々から目を付けていた店らしく、雰囲気は落ち着いており、いわゆる昭和モダンというコンセプトだった。

 店内では初老のマスターがゆったりとグラスを磨いている。後々篠崎から聞いた話だが、夜はバーになるらしい。

 俺たちは互いの戦利品を見せ合っており、これぞオフ会の醍醐味といった空気を感じていた。


「俺はタペストリーとアートブック。後は……岩」


 岩。

 今回のイベント作品には、炎や水、風、岩といった特殊能力を持つキャラがいる。

 それらがプレイアブルキャラクターなのだが、そのうちの能力のひとつである岩を買った。

 と言っても、在庫があったのは岩だけで、それ以外は品切れだっただけなのだが。

 一応アクセサリーとして身に付けることもできるが、思いのほか大きいし重たい。

 多分、普通に身に付けていたら、何かの拍子に擦れたりして傷を付けてしまうのは明白だろう。

 折角のぐっということで、これは箱から出さずに部屋へ飾っておく方が良さそうだ。


「お待たせしました。こちらオリジナルブレンドコーヒーと、カフェラテ、アールグレイティーになります。ごゆっくりどうぞ」

「ありがとう」


 女性店員が、俺たちの頼んでいたドリンクを運んできてくれた。

 ……のだが。


 Arataは店員が下がる絶妙なタイミングで礼を返し、そのまま自然に笑みを向ける。イケメンの笑みでだ。

 当然、店員は微かに頬を赤らめながら、そそくさと店の奥へ戻っていった。

 志崎は、店員が引っ込むまでその背中を目で追うと、一言。


「そういうとこだよ~」

「えぇ? お礼しただけだろ」


 学校でのArataを詳しく知っているわけではないが、多分今見たこれがそうなんだろう。


「うん、ヤバいな」

「ムーまで!?」


 イケメンの天然タラシとか、本当に実在するんだな。

 無自覚に向けられたさっきの笑顔は、男の俺でも思わず息を呑むほどだった。


「はぁ、そんなつもりはないんだけどなぁ」

「学校でも今みたいにすればいいじゃん」

「簡単に言ってくれるけど、昔っからこれで慣れてるんだわ。仲いい相手だと今みたいな感じになるけど、クラスメイトとか、ほとんど知らない女子相手だとな。ムズイ」


 空を見上げるようにため息を吐くArataに、俺と志崎は顔を見合わせ、苦笑する。


「イケメンも大変なんだな」

「そうなんだよ!」


 自覚があるっていうのも何だかモヤッとするが、実際そうなのだし、深く突っ込まないことにした。


「んでさ、オレのことはいいんだよ! 二人のこと教えてくれよ」


 教えるって何をだ。


「あー、じゃあさ、ムーの喋り方を矯正してあげよう」

「え……俺?」

「そうそう、おれおれ。Arataと会う前にも言ったけど、もう少しタメ口に慣れようよ。もしかしてまだ緊張してる?」

「あー、いや、最初よりは緊張して、ないけど」

「じゃあここで一回頑張ってみよ。はい、まず名前呼びからね。あたしは……二人とも知ってるもんね。じゃあ割愛して、そっちも本名でいいよね? どうせ同じ学校なんだから隠しても意味ないんだし」

「おう、いいぞ。まずオレは新田な。新田翔(にったかける)。あ、ムーの名前って聞いてないよな? 聞いてもいいか?」

「あー、えっと、幸村颯人……」

「颯人だな!」


 これが陽キャってやつか。距離の詰め方が尋常じゃない。


「じゃあ、新田」

「…………」

「か、かける」

「おう!」


 にかッとした満面のイケメンスマイルが眩しすぎる。


「ねえねえ、あたしは~?」

「……志崎」

「えぇ? 名前で呼んでくれないのかな?」

「え、あ」

「新田君の方はちゃんと名前呼びしてるのになー」


 棒読みというか、芝居がかっているというか。彼女は俺にどうして欲しいのか。


「……紗奈」


 ポツリと、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声だったが、言い終わるや否やニヤニヤするのはやめて欲しい。

 何がそんなにおかしいんだ。


「もういいだろ! はずい!」


 我ながら耳まで赤くなっている気がするし、顔が熱い。

 生憎と目の前にあるのはホットコーヒーで、熱冷ましにはなりそうにない。

 顔を見られるのはどうにも落ち着かず恥ずかしいので、そっぽを向く。

 向いた先の窓の外には、俺たちと同じようにグッズを抱えた人たちがちらほらと歩いており、皆楽しそうな顔をしていた。


「ほら、ごめんって! これでも飲んで落ち着いてよ」

「飲む」


 志崎がアールグレイティーを差し出してくれたので、一旦飲んで落ち着くことにした。

 考えてみると、アールグレイティーを飲むのは初めてだな。

 俺の知っている紅茶とそこまで変わらない気もするが、正直違いはあまりわからない。

 ただ、すっきりしていて飲みやすいのは無知の俺でもわかった。




「二人とも、今日はありがとう!」

「こっちこそだな。誘ってくれなきゃ応募すらしてなかったしな」

「右に同じ。オフで会えてよかった」


 時刻は五時半。

 喫茶店での小休憩を終えたあと、三人ともまだ時間があるということで、カラオケへ行くことになった。

 結論から言えば、二人ともメチャクチャ上手かった。

 新田はなんというか、表現力が豊かというか、引き込まれるような魅力があった。

 志崎はゲームをするときこそ声を作っていたようだが、普段学校で見せるようなダウナーな感じとは打って変わって、低音を活かした色気というか、セクシーさが滲み出ていた。

 終始圧倒されるというか、劣等感すら覚えそうになったが、二人とも俺が歌う時にはしっかり盛り上げてくれていたし、すごく楽しかった。

 本当に、誘ってくれてありがとうと思う。


「あ、忘れるとこだった。はい、これ」


 志崎はポーチを開くと、中から小さな袋を取り出す。

 クッキーだ。

 袋のラッピングを見る限り、手作りなのだろう。

 Arataと顔を見合わせつつ受け取る。

 早速ラッピングのリボンをほどき、その中からひとつ摘まみ上げた。

 四つ葉のクローバーの形をしたクッキーは、よく見ると二層構造だ。

 料理は作れても、菓子作りはあまりやってこなかった俺には新鮮に映る。


「ひとつ食べていい?」

「もちろん! あ、感想は千文字書いて後で送ってね」


 マジか。

 いや、折角手間暇かけて作ってくれたのだし、そのくらいの労力は必要か?


「ウソウソ、冗談だからね」


 マジか。

 別にそのくらいならお安い御用……とは言い難いが、冗談だと言われなければ本気で書いていたところだ。


「じゃあ、いただきます」

「どうぞ」


 食べると、小気味いいサクッとした音と共に口の中で砕ける。

 二層構造の正体は、バターとココアだ。

 ひと口かじれば、表面のバター生地がほろりと崩れ、濃厚な甘い香りがふわりと広がる。

 裏側のココア生地は少しほろ苦く、あとから静かに味を引き締めていた。


「美味い」


 気付けば、自然と顔が綻んでいるのを自覚した。

 そんな様子を見ていたArataは、曖昧な表情のまま、手のひらに転がしていたクッキーへ視線を落としていた。


「オレ、人からの手作りお菓子がトラウマでさ。……中学のバレンタインの時に貰ったチョコの中に、怨念かよ!ってくらい髪の毛が入っててさ。それ以降、受け付けられなくなったんだよ」


 衝撃的な話だ。

 そういう話自体は聞いたことがある。ただ、聞いたことがある程度だ。

 俺自身、貰える機会なんてほぼなかったし、そもそも実際にそれを経験した相手を見たことがなかった。

 わかるようで、わからない世界の話だった。


「あー、無理しなくていいよ。アタシも何となくわかるし」


 志崎は申し訳なさそうに袋を回収しようと手を伸ばす。

 だが、それを制止したのは他ならぬArataだった。


「いや、ごめん。Yuuがそんなことするわけないし、ちゃんと食べるよ」


 とは言え、Arataの手は少し震えている。

 それほどまでに壮絶なトラウマだったということだろう。

 そして、ついにクッキーを一口かじった。

 齧った量はほんの少しだったが、何かの箍が外れたのか、そのまま一息に口の中へ放り込む。

 辺りに気まずい沈黙が満ちる。

 俺ですら気まずいのだから、志崎はそれ以上だろう。

 十分に咀嚼したあと、Arataはクッキーを飲み込んだ。


「……ウマイ」


 安堵したのか、志崎からほっと息を吐く気配が漏れる。


「めちゃくちゃウマイ! これならオレも食べられそう。マジありがとな!」

「ホント? そう言って貰えて嬉しいよ」

「あー、でもオレ、プレゼント用意してないや」

「い、いいよ。アタシが作りたくて作っただけだから」


 グイグイと志崎に迫る新田に志崎は軽く押されている。あまり見ることのない珍しい光景だ。

 さっきまでしおらしかったArataが急に元気になるものだから、本来の調子を崩されたのだろう。


「クク、プッ、ハハ」


 その光景が妙に可笑しくて、笑いを堪えきれなかった。


「そこ! 何笑ってるの!」

「い、いや、ごめ、ハッ、何でも、ない」

「何でもないならそんな大笑いしないでしょ!」


 改めて、来られて良かったな。そんなことを頭の片隅で思う俺だった。

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