イケメンの正体
ベージュのトレンチコートに黒いスキニーパンツ。
Arataが書き記していた服装そのまま。
なんというか、スタイリッシュだ。
男女問わず行き交う人たちの目を惹いているし、彼が本当にArataなら、歩くだけで衆目に晒されるだろう。
そんな彼は、目の前で足を止めていた俺たちの姿に気が付いたようで顔を上げる。
「イケメンだ……」
イケメンだ……。
顔を上げた姿もイケメンだった。
「あれ! 新田くんじゃん」
志崎は見知った顔だったようで、彼に近付いていく。
少し距離があって何を話しているかは伝わらないが、少なくとも俺だけ場違いなことに変わりはないだろう。
なんせ、映えるのだ。
美男美女が楽しそうに談笑している中、普通な俺が近寄れるはずもない。
にも関わらず、談笑を終えたのか二人は俺に向かって近付いてきた。
「彼、Arata」
志崎が隣のイケメンを指さす。
「初めまして。Arataです。よろしく」
本当にArataだった。
というかやけに懇切丁寧で、しかも柔和な笑みを浮かべている。
「あ、えと、初めまして。ムー太郎です。こちらこそよろしく」
「あれ、ムーは新田くんのこと知らないの?」
知らないの? と聞かれても、全くもって存じ上げない。
俺の数少ない人物事典の中には、クラスメイトと先生、そして体育や選択授業の時に一緒になるような隣のクラスの人たちしかいない。
一学年に八クラスもあれば覚えられるはずがないのだ。
なんなら、それ以外のクラスは誰一人として知らないな。
「……あ、そろそろ時間だし、並んどこうぜ。話は並んでる時にな」
普段のArataがそこにいた。
さっきの爽やかな雰囲気はどこにいったのだろう。
そんなことを考えつつ、Arataに促されるまま会場へと歩を進めた。
「人、エグ……」
Arataが唖然といった感じで言葉をこぼすが、全くもってその通りでしかない。
エスカレーターを上がり、二階に到着した瞬間、真っ先に飛び込んできたのは長蛇の列だ。
ここまでの長蛇の列は、遊園地やアミューズメント施設でしか見たことがない。
そもそもそんなところに行かないせいで、その例えも不適切だが。
いかにこのコンテンツが大人気であるかが窺える。
「……最後尾どこだよ」
「ん~、こっちじゃない?」
志崎が指をさした方向を見ると、スタッフらしい店員がプラカードを持って立っている。
「最後尾はこちらになりま~す。一三時ご予約のお客様はこちらの列にお並びくださ~い!」
とのこと。
よく見ると列は三列になっており、うち一列が流れているのがわかる。
「んじゃ、オレたちも早く並ぼうぜ」
「んで、改めてオレはArata。よろしくな」
「あたしがYuuだよ~」
「ええと、俺がムー太郎。よろしく」
改めて挨拶を済ませ、雑談に花を咲かせる。
……といっても、主に話しているのはArataこと新田と、Yuuこと志崎だ。
俺に関しては二人の話に相槌を打ったり、振られた時に話す程度だ。
どうにも二人のオーラに圧倒されるというか。
姿形を知らないボイスチャット越しではこんなことにはならなかったのだが、気後れと緊張のコンボだ。
俺は二人の会話に耳を傾けつつ、列の流れに身を任せていた。
「Arataは学校と全然雰囲気違うんだね」
「まあな~。ああしとくと受けがいいんだよ」
「ふ~ん、じゃあいつもは猫被ってるんだ」
「ひどい言い方だな! 処世術って言ってくれよ。内申のために先生受けを狙ってたはずなんだけどなぁ」
「……女子ウケがよかったってわけだ」
クスクスと笑う志崎に、新田は盛大なため息を漏らす。
「じゃあさ、ムーはどうなんだ?」
唐突に二人の視線が俺に向けられたため、思わずビクリとしてしまう。
「どうって、学校生活?」
「そ。おまえは学校じゃどんなやつなんだろうなって」
……ぼっちしてます。と潔く認める方が早いのは確かだが。
「ええと……普通?」
無難すぎる。というか、疑問に普通で返すやつがいるか。
「ムーはクラスじゃ静かな男子だよ。Arataみたいに良くも悪くも目立つことはしないね~」
見かねたのか、志崎が助け船を出してくれた。半分テンパっていた俺には何よりありがたい。
「へぇ、意外だな。もっとこう、クラス活動とか積極的にまとめる側だと思ってたわ」
「ね。FPSする時、指示とか的確に出してくれるのってムーだもん。会ってみたら、まさかクラスの静かな男子なんて思わないよ」
「へ~、学校でのムー。ちょっと気になるな……今度会いに行こ」
「え~、来ないで? Arataが来ると絶対騒がしくなるからイヤ」
「ひどくね!? まあ迷惑だって言うなら行かないけどさぁ」
「ムーもきっぱり断っていいんだよ」
「あぁ、うん。はは」
唐突に、何の脈絡もなくクラスにイケメンがやって来れば、それは当然騒ぎになるだろう。
そもそも俺の方が会いたくない。ゲーム友達にまで、普段俺が机と友達の陰キャぼっちなところなんて見られたくない。
いや、もう既にバレているかもな。だって会話に混ざれていないのだし……。
そんなこんなで会話――もとい、何語喋ったかすら指で数えられそうなやり取りをしているうちに、受付まで回ってきていた。
「二次元コードの確認お願いしまーす」
俺たちは揃ってスマホに表示させたQRコードを、受付のお姉さんが持つスキャナーへと読み取らせる。
そしてようやくブースに入ることができた。
予想以上の長蛇の列に比べて、中はそれほど広くはない。ただ、ところ狭しと並べられたグッズがあまりにも壮観で、つい目を輝かせる。
「うわ、すげぇな。どれから行こう」
「わかる。グッズもいいけど、展示されてるフィギュアも見たい」
「ダメだよ。こういうのは先に買っておかないと、すぐなくなっちゃうから」
ほら、と志崎は指をさす。
指し示した方向には、そこだけぽっかりと空白ができており、商品名と値札だけが残されていた。午前中のうちに売り切れてしまったらしい。
「うわ、マジか……」
「だからイベント物は戦争なんだって」
志崎は慣れた様子で肩をすくめる。
「でも、展示見てからでも良くね? 並び直すわけじゃないんだし」
「甘いなぁ、Arataくん。人が増えれば増えるほどレジも混むし、後回しにすると今度は買う気力なくなるんだよ」
「あー……それはちょっとわかるかもな」
二人のやり取りを聞きながら、俺は改めて会場内を見回した。
壁一面に貼られた描き下ろしイラスト。ケースの中に飾られたフィギュア。天井から吊り下げられたタペストリー。どこを見ても、このコンテンツ一色だ。
周囲からも「これ欲しかったやつ!」だとか、「先に並んどいて!」だとか、興奮混じりの声が飛び交っている。
「んじゃ、まず物販から回るか」
「賛成~」
「ムーは?」
急に話を振られ、一瞬反応が遅れる。
「あ、えっと……俺もそれで」
「よし決まり。じゃ、急ごうぜ」
俺たちは人ごみを縫ってグッズのブースに急いだ。




